罪人は今世を復讐に、前世と来世を彼に捧ぐ

宮枝ゆいり

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それは或る少女の前世(前編)

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 わたしには或る秘密がある。

 それは前世だけど未来の人生の記憶があること。

 約三百年後から逆行転生してきた人間だということだ。

 もし、未来の記憶があったらあなたはどうする?

 これから世界が辿る運命を知っている訳だから、歴史的な災厄や流行を予言してみせて地位や財産を築くことができるかも。ああ、わたしもできるならそうしたかった。残念ながら、わたしの転生前は罪人だった。

 罪人の名前はロザリー。享年十三歳。

 彼女は生涯のほとんどを孤児院と処刑塔で過ごし、最期は心臓を包丁で刺されて死んだ。

 彼女だった頃の記憶は驚くほど鮮明で、何度も夢に出てくるぐらいに忘れ難く、偶にどちらが本当のわたしなのか分からなくなるほど。

 なので、心の整理の為に今のわたしについて紙にしたためてみようと思う。

 わたしの名前はロザリンド・デ・ナトミー。十七歳。

 ヴェルザンディ皇国にあるナトミー子爵家の四女として生を受け、現在は結婚適齢期の令嬢と呼ぶべき少女だ。

 家族である上の姉様たちは既に嫁いでいて、わたしは子爵邸でパパと暮らしている。

 今日も住み込みの家庭教師から領主にとって一般的な学問について教わったし、明日は街の司教様から法学をご教授賜る予定だ。

 容姿は……鏡台で確認しよう。

 陽だまりに透かすと淡い苺色に色付く金髪、真白で軽い砂糖菓子のような体躯、同じ素材で精巧な細工付けがされた顔。調子に乗って微笑むと、お母様譲りの碧眼がジャムのように輝き、にこやかに見つめ返してくる。

 冷静にありのままのことを書いているはずなのに、なんだかナルシストみたいだ。これだから鏡は嫌い。

 家族との仲も、家の経済状況も良好だ。転生前と比べたら、今のわたしはどれほど恵まれているか。

 けれど時折、自分の手足に重く分厚い鉄枷がかけられているのを幻視てしまう。もしかしたら今のわたしの人生は、転生前のわたしが死に際に見ている夢かもしれない。

 ……なんだか感傷的な方向に話がずれてしまった。こうなったら、愚痴でも書いて気分転換をするのが一番だ。

 そもそも、わたしは、自分で言ってしまうのも自惚れが過ぎるけれど、おそらく平均よりも上の美貌であるし、家柄も程々に良く財産に困ることもない。

 つまり、大体は親のおかげで行き遅れることは万が一にもない……はずだった。

 何故、『はずだった』なのか?

 それは勿論、親のおかげ……いいえ、親の所為。

 まず、お父様と呼ぶことを許さない過保護なパパ!

 姉様たちが嫁ぐ時も酷かった。

『私を倒したら、我が愛娘と結婚するのを認めてやろう』

 とかなんとか、格上の公爵様や伯爵様に手袋を叩きつけて宣言していい台詞じゃない。結局は姉様とお相手の方、二人の熱意と覚悟に負けて渋々認めるのだけれど、そうやって回数を重ねる度に末娘のわたしにかける愛情を重くするのはやめてほしい。

 年の近い異性を遠ざけることから始まり、招かれていたであろうお茶会や、社交界からのお誘いは丁重に断られてきた。果てには、子爵領からは一歩も出させないとまで……!

 パパのうっとうしいぐらいの溺愛ぶりに辟易する毎日だ。でも善意100%の愛情だから、本当にたちが悪い。無碍にすることはできないし、約三百年後の転生前の境遇に比べたら遥かにマシというのもある。

 ただ、これでは憧れの結婚どころか、お相手と出会うことすらできない。

 問題はまだある。ナトミー子爵家には男子の跡継ぎがいないことだ。代わりに継げる親族もおらず、赤の他人 よそ からの養子も血筋的な問題でできないので、お家断絶の危機だった。

 勿論、わたしが婿を貰えば一件落着……なのだがパパの心情的な理由で不可能。となると、姉様たちの息子を養子に迎える。それが血筋的な問題も何とかなる一番の解決策で、時間が最もかかる策だった。

 この場合の、領地経営の一世代の空白は負担が大きい。

 現当主は晩年まで働かざるを得なくなり、幼い次期当主は一刻も早い継承の為に勉学を強いられるからだ。それに長く土地を治めた先代から年の離れた領主に変わることで、不必要に領民の不安を煽る可能性や周辺領主から軽んじられることも否めない。

 一応、後者の周辺領主については、彼らの親類に嫁いだ姉様たちが気を利かせてくれるだろうけど……。

 そんなこんなで、わたしが男の子に生まれていたらなぁと責任を少し感じていたある日、朝食の席でパパがこう言った。

『ああ、そうだ。ロザリンドが子爵家の当主になってくれたら、パパは良いなぁと思うんだ。どうかな?』

 後ろめたい気持ちもあって、わたしはパパの提案を断ることができなかった。

『うん……』
『本当だね?』

 パパの嬉しそうな顔を見て、その日のわたしは頷いてよかったと思った。内心、同じ年頃の子が通う学び舎や、貴族の子が通う皇都の学院で勉強ができるかもしれないと期待していたからだけど。

『それで、どこの学校に――』
『そうと決まったら、明日から専門の家庭教師チューターを呼ぶ為に早馬を出さねば。取り敢えずは経営学と、法学は今いる司教様で充分か』
家庭教師チューター?』
『皇帝陛下に申し上げる際には既に万全の状態が好ましい。となると、二年で応用を交えつつ、基礎を完成させるスケジュールか。……まあ、パパの自慢のロザリンドなら大丈夫だね』

 剣術や乗馬術を抜いても、貴族の嫡子が五年以上かけてやることをたったの二年でですか?

 自責と淡い期待に突き動かされた決意が、わたしをあらぬ方向へと投げ飛ばす音が聞こえたことを今でも憶えている。

 当時のわたしは十五歳。

 社交界デビューを目前に控え、なんとかして子爵領から脱出して一夜だけでも舞踏会デビュタントに出れるよう画策していたが、それも叶わぬ夢となった。

 本当に、あの時のわたしは随分と抜けていた。パパの愛情が異性を近づけさせず、子爵領から出させないことが前提にあるのだから、家庭教師をつけるのは当然だ。

 それからは家庭教師と邸宅に詰めながら、必要な学問を修め、時たまパパと領内の街や村の視察について行く日々が始まった。一番の大損を被ったのはわたしだった……!

 もし、転生前の記憶が地位や財産を築けるようなものだったらどんなに良かったか。

 それなら絶対、絶対! 領主になんかならなかったはず。

 わたしだって、姉様たちのように刺繍に励み、お茶会に気の合う友人を招き、淑女らしく振る舞いながら、女主人として食料貯蔵室パントリールームのレシピを受け継いだり考案したりしたかった。

 どんな男性と出会い、結ばれるのかも考えた。

 ウエディングドレスぐらい綺麗な礼服を着て、素敵な人とワルツを踊るんだ。場所は舞踏会でも、月夜のバルコニーでも良いから……と、ひどく乙女的なことを夢見ていたのに!

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