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Pair.5
元皇太子妃候補
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皇都の社交界では、目上の者が声をかけて初めて目下の者が口を開くことを許される。
初対面の両者を引き合わせた場合は、目上の者の意向を確認して、良ければ目下の者の紹介が許された。
サロンを仕切る最も格上の令嬢の意向を確認せず、押し通した今回の場合……。
挨拶の順序は終えていても、肝心なのはその後。
わたしが二言の自己紹介を終えると、令嬢集まる広々とした室内は、針の落ちる音すら聞き取れてしまいそうな静けさへと変貌していた。
しかし、ふとした瞬間から示し合わせたように令嬢たちのお喋りが再開される。
多くのお喋りは聞こえるものの、誰もわたしへ声をかけない。
理由は簡単。最も格上の令嬢が無視を決め込んでいるからだ。
その令嬢の場所は、複数のテーブルを囲んで座す令嬢たちの中で、すぐに見つけられた。
優美な曲線を描く猫足のソファに座り、中央の純白のテーブルの前にいる、あの令嬢で間違いない。
マリアミス・ミシェル・ドゥ・クェス公爵令嬢。
皇国でマディル公爵家と肩を並べる二大公爵家の、クェス公爵家。皇国の北部を支配し、その絶大な権力で皇国の白銀と謳われる名家の御令嬢だ。
彼女は、わたしのことなど眼中にないようだった。
迎合して、サロン内の令嬢たちも、仕えるメイドたちも、わたしを無視した。
徹底的な無視は、自らを無力で無価値な人間だと錯覚させる。行き着けば、自意識を抑え込み、抑うつ状態にさせるだろう。サロンの空気感は、おろし金のようにわたしの心を削り取っていく。
ギルテッド男爵夫人の忠告も、アレンの制止も、間違いではなかった。
大勢の人々から、はじめて受ける冷遇は心に堪える。
だけど……それでも、だった。
冷遇を受け、思うことは、ひとえにユイーズ皇太子妃殿下のことだった。
領地持ちの貴族の令嬢であるわたしでさえ、この仕打ちなのだ。
傭兵上がりの宮廷貴族の娘、あの悪魔との戦争の英雄の娘であれば、さらに酷く邪険に扱われていたことだろう。
常に、第二騎士団の護衛に囲まれているのも、この害意から身を守るため。
胸が痛んだ。
ただ運命的な愛が、皇太子殿下とユイーズ様との間に存在しただけなのに。
こうやって、大勢の令嬢から無視をされ、時には、あの第二騎士団の中隊長が言うように危険物を送り付けられる。誰もいない後宮の図書室で、皇太子妃がひとり日陰で縮こまってなければいけない。
どうしてユイーズ様が除け者にされなければならないのだろう?
正味、半刻は待ち続けていたかもしれない。
ふと、透き通った声が令嬢たちのお喋りの中でも明瞭に響いた。
「ナトミー子爵令嬢は、側妃候補への推薦をマディル公爵家からいただいたそうですね?」
救いの手を差し伸べた声の主に、サロン中の注目が集まる。
「歓迎会も近いというのに、あまり意地悪をするものではありませんわぁ~。ねぇ、皆様?」
クェス公爵令嬢の意向に逆らったことを、彼女は全く悪びれもせず。
そして無粋を咎める視線すら物ともせず、サロン左奥の令嬢はお気楽に笑った。
すると、クェス公爵令嬢の隣に座る令嬢が反論した。
「彼女は御実家、ナトミー子爵家からの自薦ですけれど?」
「あら、今回は違いますか?」
つかみどころのない返答に、指摘した令嬢は呆れている。
「いつも人をはぐらかすように……そんな冗談はおやめになったらどうです」
「的外れでもありませんよ~。子爵令嬢のお姉様は、マディル公爵夫人でよろしくて?」
そう言って、令嬢はわたしに話を振る。
「はい、モニカ・ノーザン・マディル公爵夫人はわたしの姉です」
「でしょう? 公爵夫人は選定に私情を挟まれる方ではないけれど、実妹のナトミー子爵令嬢が有益な立場に近いことは疑いようがありません」
のほほんとしつつも、令嬢はわたしの利点をサロン中に示した。
「席はいくらでも空いていますわよぅ」
その令嬢の誘い文句が決め手となり、無視を決め込む令嬢達の動揺を誘った。
「なっ、勝手なことをおっしゃらないでくださいます!? ラグランジュ侯爵令嬢!」
「でもぉ、このサロンの目的は、皇太子殿下のお嫁さん候補として優位に立つことでしょう?」
「ええ、そうですね、令嬢の言い分は理に適っています。ですが、サロンに迎え入れるに相応しい人物かといえば――私から見て、服装はまったくもって及第点ではありません」
先程から話す、クェス公爵令嬢と肩を並べる可憐な令嬢がわたしを見て、鼻で笑った。
彼女の嘲笑が咎められないのは、わたしの服が流行遅れのドレスであったこと以上に、彼女が身に纏うドレスや装飾品の感性と調和が最上であったから。さらには、そのドレスや装飾品は、全て彼女が考案したものなのだ。
圧倒的な服飾の才能を持つ彼女は元皇太子妃候補の一人。
クロシェット・ベルフィ伯爵令嬢だ。
ベルフィ伯爵家は代々皇帝陛下の近衛を務める領地持ちの貴族である。
ベルフィ伯爵令嬢自身はクェス公爵令嬢と仲が良く、今も側でべっとりとしていた。
「クロシェット嬢、服が気に入らないのなら、ドレスなんて貴女が見繕ってあげればいいんじゃない?」
ニヤニヤと美しい黒髪と褐色の肌をしたサロン右奥の令嬢が口を挟んだ。
ベルフィ伯爵令嬢は黒髪の令嬢を煩わしそうに見返す。
「私がどうして他の側妃候補の手助けをしなければいけないのです?」
「手助けが強制かどうかは、アタシの知ったことではないね。だけど、西宮殿のサロンにおける品位を下げること、貴女は見過ごせないのでは?」
「……」
黒髪の令嬢の言葉に思うところがあるようで、ベルフィ伯爵令嬢は沈黙した。
「ほらね」
同じく元皇太子妃候補の一人である、この黒髪の令嬢はザフィーア・ラインガード。辺境伯家の令嬢だ。
特徴的なのは、美しい濡羽鴉の色をしたストレートの黒髪と、小麦色の肌。他の温室育ちの令嬢とは異なる健康的な体躯から滲む色気だ。
女性でありながら騎士位を持つ令嬢。その身体は鍛えられ、程よく引き締まっている。
純粋なプロポーションで見れば、彼女もクェス公爵令嬢に引けを取らない。
「もう、提唱者は私だということをお忘れですか~?」
次々と横やりを入れてくる元皇太子妃候補たちに対し、わたしへ最初に救いの声をかけてくれた令嬢は口を尖らせていた。怒っているつもりらしいが、見かけは暢気なあくびのように優しい。
そんな彼女は、イシュカ・ディ・ラグランジュ侯爵令嬢。
ラグランジュ侯爵家の養女で血統などない彼女だが、教会に属し、司教の職階を保持している。とある噂では加護を持ち、不毛の大地を緑樹の森に変えたという。彼女も元皇太子妃候補だ。
「少し良いかしら」
姦しい場はクェス公爵令嬢の一声で口を塞がれた。
やはり元皇太子妃候補同士にも格の差があるようだ。
「ナトミー子爵令嬢、こちらに来てくださるかしら」
クェス公爵令嬢が小首を傾げて手招く。
わたしは彼女の言葉に従った。近づくと……クェス公爵令嬢の暴力的なまでの美貌が殴り掛かってきた。
高くまっすぐな鼻筋。ともすれば高慢に見えるが彼女の場合、気高さが勝る。
やや釣り上がった目尻の刺々しい印象は、厚いまつげと二重の大きな瞳により、新たなチャームポイントとしてクェス公爵令嬢の美しさを引き立てていた。そして、それらを上に戴く首の細さは白鳥のよう。
鮮やかなプラチナブロンドの長い髪は、彼女のかすかな動きでドレスの上を柔らかに流れ。
首から鎖骨にかけての、なめらかな肌はシルクに隠されると芸術的な曲線を描いた。
片手で持ててしまえそうな細いくびれ。
自然と強調されるふくよかな胸元と腰つき。
ドレープスカートから透けるシルエットは、長く美しい脚だと見る者に予感させる。
彼女は後宮に集った妙齢の美女や美少女の中でもひときわ輝くダイヤモンド。
ああ、彼女こそが、マリアミス・ミシェル・ドゥ・クェス公爵令嬢。
比べるのもおこがましいことだけれど。
わたしが砂糖菓子の人形なら、クェス公爵令嬢は陶器製の人形だ……!
「生憎、サロンの席は埋まっております」
彼女は微笑んで、わたしに助け舟を出してくれたラグランジュ侯爵令嬢を見遣る。
「たとえ席を詰めても、貝殻は美しき真珠をひとつしか作れぬもの」
大勢の候補から側妃になれるのは一人だけ。突き詰めれば、不要な皇太子妃に成り代われる側妃……真の皇太子妃は一人だけ、とでも言いたいのだろうか。
「サロンに貴女の席をご用意するには、条件があります」
見惚れるような優雅な仕草でプラチナブロンドの髪を耳にかけつつ、クェス公爵令嬢は琥珀色の紅茶が五分に満たされたティーカップを持ち上げる。
彼女の白く細い首元まで運ばれるティーカップ。
しかし、その紅茶は公爵令嬢の喉を潤さなかった。
―――パシャ。
マリアミス・ミシェル・ドゥ・クェス公爵令嬢は、わたしの顔に向けて紅茶をかけた。
予想だにしない行動にサロン内の令嬢たちがざわつくが、クェス公爵令嬢は平然と条件を語りかける。
「明日、中央宮殿の小庭園で新たにいらっしゃった側妃候補の方々の歓迎会を開く許可を頂いています。これにはユイーズ・サンドレス伯爵令嬢も招待させましたから、お出になるでしょう。それで貴女には……同じようにサンドレス伯爵令嬢へ紅茶をかけていただきたいの。それが条件」
すなわち、大勢の者が見ている前でユイーズ皇太子妃殿下に無礼を働けという。
皇太子殿下は勿論、彼女の父であり、現在は第二騎士団団長であるニコライ・サンドレス伯爵の不興を被り、場所が場所だけに皇帝陛下の耳にも入りかねない暴挙だ。
「承知いたしました。クェス公爵令嬢」
濡れそぼった髪から紅茶の露を滴らせ、わたしは一礼した。
「十三人目の魔女の役、お引き受けいたします」
わたしの返答に、クェス公爵令嬢は口を開きかけたが、彼女の言葉は意をなす前にサロンの騒がしさで立ち消えてしまった。
無理難題を吹っ掛けたクェス公爵令嬢も驚嘆に値するが、それを二つ返事で引き受けた子爵令嬢にも驚愕せずにはいられない。サロンの令嬢たちは隣同士で言葉を交わす。彼女たちも、お茶会が終わるまではクェス公爵令嬢の統制で口を噤むだろう。だが、その後は……姦しい場が物語る。
「しっ、うるさいわね! マリアミス様の声が聞こえないでしょう」
クェス公爵令嬢の真横に座るベルフィ伯爵令嬢が喧しさを叱ると、サロンは静まった。
沈黙の中、クェス公爵令嬢は会話を締め括った。
「明日の歓迎会、期待していますわよ。ナトミー子爵令嬢」
「わたしも待ち遠しい限りです。クェス公爵令嬢」
仮面のような微笑を交わした後、わたしはサロンから辞去した。
初対面の両者を引き合わせた場合は、目上の者の意向を確認して、良ければ目下の者の紹介が許された。
サロンを仕切る最も格上の令嬢の意向を確認せず、押し通した今回の場合……。
挨拶の順序は終えていても、肝心なのはその後。
わたしが二言の自己紹介を終えると、令嬢集まる広々とした室内は、針の落ちる音すら聞き取れてしまいそうな静けさへと変貌していた。
しかし、ふとした瞬間から示し合わせたように令嬢たちのお喋りが再開される。
多くのお喋りは聞こえるものの、誰もわたしへ声をかけない。
理由は簡単。最も格上の令嬢が無視を決め込んでいるからだ。
その令嬢の場所は、複数のテーブルを囲んで座す令嬢たちの中で、すぐに見つけられた。
優美な曲線を描く猫足のソファに座り、中央の純白のテーブルの前にいる、あの令嬢で間違いない。
マリアミス・ミシェル・ドゥ・クェス公爵令嬢。
皇国でマディル公爵家と肩を並べる二大公爵家の、クェス公爵家。皇国の北部を支配し、その絶大な権力で皇国の白銀と謳われる名家の御令嬢だ。
彼女は、わたしのことなど眼中にないようだった。
迎合して、サロン内の令嬢たちも、仕えるメイドたちも、わたしを無視した。
徹底的な無視は、自らを無力で無価値な人間だと錯覚させる。行き着けば、自意識を抑え込み、抑うつ状態にさせるだろう。サロンの空気感は、おろし金のようにわたしの心を削り取っていく。
ギルテッド男爵夫人の忠告も、アレンの制止も、間違いではなかった。
大勢の人々から、はじめて受ける冷遇は心に堪える。
だけど……それでも、だった。
冷遇を受け、思うことは、ひとえにユイーズ皇太子妃殿下のことだった。
領地持ちの貴族の令嬢であるわたしでさえ、この仕打ちなのだ。
傭兵上がりの宮廷貴族の娘、あの悪魔との戦争の英雄の娘であれば、さらに酷く邪険に扱われていたことだろう。
常に、第二騎士団の護衛に囲まれているのも、この害意から身を守るため。
胸が痛んだ。
ただ運命的な愛が、皇太子殿下とユイーズ様との間に存在しただけなのに。
こうやって、大勢の令嬢から無視をされ、時には、あの第二騎士団の中隊長が言うように危険物を送り付けられる。誰もいない後宮の図書室で、皇太子妃がひとり日陰で縮こまってなければいけない。
どうしてユイーズ様が除け者にされなければならないのだろう?
正味、半刻は待ち続けていたかもしれない。
ふと、透き通った声が令嬢たちのお喋りの中でも明瞭に響いた。
「ナトミー子爵令嬢は、側妃候補への推薦をマディル公爵家からいただいたそうですね?」
救いの手を差し伸べた声の主に、サロン中の注目が集まる。
「歓迎会も近いというのに、あまり意地悪をするものではありませんわぁ~。ねぇ、皆様?」
クェス公爵令嬢の意向に逆らったことを、彼女は全く悪びれもせず。
そして無粋を咎める視線すら物ともせず、サロン左奥の令嬢はお気楽に笑った。
すると、クェス公爵令嬢の隣に座る令嬢が反論した。
「彼女は御実家、ナトミー子爵家からの自薦ですけれど?」
「あら、今回は違いますか?」
つかみどころのない返答に、指摘した令嬢は呆れている。
「いつも人をはぐらかすように……そんな冗談はおやめになったらどうです」
「的外れでもありませんよ~。子爵令嬢のお姉様は、マディル公爵夫人でよろしくて?」
そう言って、令嬢はわたしに話を振る。
「はい、モニカ・ノーザン・マディル公爵夫人はわたしの姉です」
「でしょう? 公爵夫人は選定に私情を挟まれる方ではないけれど、実妹のナトミー子爵令嬢が有益な立場に近いことは疑いようがありません」
のほほんとしつつも、令嬢はわたしの利点をサロン中に示した。
「席はいくらでも空いていますわよぅ」
その令嬢の誘い文句が決め手となり、無視を決め込む令嬢達の動揺を誘った。
「なっ、勝手なことをおっしゃらないでくださいます!? ラグランジュ侯爵令嬢!」
「でもぉ、このサロンの目的は、皇太子殿下のお嫁さん候補として優位に立つことでしょう?」
「ええ、そうですね、令嬢の言い分は理に適っています。ですが、サロンに迎え入れるに相応しい人物かといえば――私から見て、服装はまったくもって及第点ではありません」
先程から話す、クェス公爵令嬢と肩を並べる可憐な令嬢がわたしを見て、鼻で笑った。
彼女の嘲笑が咎められないのは、わたしの服が流行遅れのドレスであったこと以上に、彼女が身に纏うドレスや装飾品の感性と調和が最上であったから。さらには、そのドレスや装飾品は、全て彼女が考案したものなのだ。
圧倒的な服飾の才能を持つ彼女は元皇太子妃候補の一人。
クロシェット・ベルフィ伯爵令嬢だ。
ベルフィ伯爵家は代々皇帝陛下の近衛を務める領地持ちの貴族である。
ベルフィ伯爵令嬢自身はクェス公爵令嬢と仲が良く、今も側でべっとりとしていた。
「クロシェット嬢、服が気に入らないのなら、ドレスなんて貴女が見繕ってあげればいいんじゃない?」
ニヤニヤと美しい黒髪と褐色の肌をしたサロン右奥の令嬢が口を挟んだ。
ベルフィ伯爵令嬢は黒髪の令嬢を煩わしそうに見返す。
「私がどうして他の側妃候補の手助けをしなければいけないのです?」
「手助けが強制かどうかは、アタシの知ったことではないね。だけど、西宮殿のサロンにおける品位を下げること、貴女は見過ごせないのでは?」
「……」
黒髪の令嬢の言葉に思うところがあるようで、ベルフィ伯爵令嬢は沈黙した。
「ほらね」
同じく元皇太子妃候補の一人である、この黒髪の令嬢はザフィーア・ラインガード。辺境伯家の令嬢だ。
特徴的なのは、美しい濡羽鴉の色をしたストレートの黒髪と、小麦色の肌。他の温室育ちの令嬢とは異なる健康的な体躯から滲む色気だ。
女性でありながら騎士位を持つ令嬢。その身体は鍛えられ、程よく引き締まっている。
純粋なプロポーションで見れば、彼女もクェス公爵令嬢に引けを取らない。
「もう、提唱者は私だということをお忘れですか~?」
次々と横やりを入れてくる元皇太子妃候補たちに対し、わたしへ最初に救いの声をかけてくれた令嬢は口を尖らせていた。怒っているつもりらしいが、見かけは暢気なあくびのように優しい。
そんな彼女は、イシュカ・ディ・ラグランジュ侯爵令嬢。
ラグランジュ侯爵家の養女で血統などない彼女だが、教会に属し、司教の職階を保持している。とある噂では加護を持ち、不毛の大地を緑樹の森に変えたという。彼女も元皇太子妃候補だ。
「少し良いかしら」
姦しい場はクェス公爵令嬢の一声で口を塞がれた。
やはり元皇太子妃候補同士にも格の差があるようだ。
「ナトミー子爵令嬢、こちらに来てくださるかしら」
クェス公爵令嬢が小首を傾げて手招く。
わたしは彼女の言葉に従った。近づくと……クェス公爵令嬢の暴力的なまでの美貌が殴り掛かってきた。
高くまっすぐな鼻筋。ともすれば高慢に見えるが彼女の場合、気高さが勝る。
やや釣り上がった目尻の刺々しい印象は、厚いまつげと二重の大きな瞳により、新たなチャームポイントとしてクェス公爵令嬢の美しさを引き立てていた。そして、それらを上に戴く首の細さは白鳥のよう。
鮮やかなプラチナブロンドの長い髪は、彼女のかすかな動きでドレスの上を柔らかに流れ。
首から鎖骨にかけての、なめらかな肌はシルクに隠されると芸術的な曲線を描いた。
片手で持ててしまえそうな細いくびれ。
自然と強調されるふくよかな胸元と腰つき。
ドレープスカートから透けるシルエットは、長く美しい脚だと見る者に予感させる。
彼女は後宮に集った妙齢の美女や美少女の中でもひときわ輝くダイヤモンド。
ああ、彼女こそが、マリアミス・ミシェル・ドゥ・クェス公爵令嬢。
比べるのもおこがましいことだけれど。
わたしが砂糖菓子の人形なら、クェス公爵令嬢は陶器製の人形だ……!
「生憎、サロンの席は埋まっております」
彼女は微笑んで、わたしに助け舟を出してくれたラグランジュ侯爵令嬢を見遣る。
「たとえ席を詰めても、貝殻は美しき真珠をひとつしか作れぬもの」
大勢の候補から側妃になれるのは一人だけ。突き詰めれば、不要な皇太子妃に成り代われる側妃……真の皇太子妃は一人だけ、とでも言いたいのだろうか。
「サロンに貴女の席をご用意するには、条件があります」
見惚れるような優雅な仕草でプラチナブロンドの髪を耳にかけつつ、クェス公爵令嬢は琥珀色の紅茶が五分に満たされたティーカップを持ち上げる。
彼女の白く細い首元まで運ばれるティーカップ。
しかし、その紅茶は公爵令嬢の喉を潤さなかった。
―――パシャ。
マリアミス・ミシェル・ドゥ・クェス公爵令嬢は、わたしの顔に向けて紅茶をかけた。
予想だにしない行動にサロン内の令嬢たちがざわつくが、クェス公爵令嬢は平然と条件を語りかける。
「明日、中央宮殿の小庭園で新たにいらっしゃった側妃候補の方々の歓迎会を開く許可を頂いています。これにはユイーズ・サンドレス伯爵令嬢も招待させましたから、お出になるでしょう。それで貴女には……同じようにサンドレス伯爵令嬢へ紅茶をかけていただきたいの。それが条件」
すなわち、大勢の者が見ている前でユイーズ皇太子妃殿下に無礼を働けという。
皇太子殿下は勿論、彼女の父であり、現在は第二騎士団団長であるニコライ・サンドレス伯爵の不興を被り、場所が場所だけに皇帝陛下の耳にも入りかねない暴挙だ。
「承知いたしました。クェス公爵令嬢」
濡れそぼった髪から紅茶の露を滴らせ、わたしは一礼した。
「十三人目の魔女の役、お引き受けいたします」
わたしの返答に、クェス公爵令嬢は口を開きかけたが、彼女の言葉は意をなす前にサロンの騒がしさで立ち消えてしまった。
無理難題を吹っ掛けたクェス公爵令嬢も驚嘆に値するが、それを二つ返事で引き受けた子爵令嬢にも驚愕せずにはいられない。サロンの令嬢たちは隣同士で言葉を交わす。彼女たちも、お茶会が終わるまではクェス公爵令嬢の統制で口を噤むだろう。だが、その後は……姦しい場が物語る。
「しっ、うるさいわね! マリアミス様の声が聞こえないでしょう」
クェス公爵令嬢の真横に座るベルフィ伯爵令嬢が喧しさを叱ると、サロンは静まった。
沈黙の中、クェス公爵令嬢は会話を締め括った。
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