彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け

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高校1年目

一目惚れ(上)

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 登藤 清は将来に悲観していた。
 俺は中学の受験で失敗した、いわゆるところの負け組である。
 負け組になったのは大いに勉強をしていなかったと言う事はもちろん、運命の恵まれていなかったこともあるが、既に人間としての何かが腐ってしまっていたのかもしれない。
 頭を坊主に丸め、阿保のようにバットでボールを叩くスポーツや、海外から来た毬を蹴るスポーツや、竹刀で相手をシバキまくる凶暴なスポーツにハマっている奴らの気が知れないと思っていた。
 もちろん、先ほど話に出ていた彼らも、俺のような学校に行っては誰とも会話をせず机に突っ伏しながらスマホを弄り、授業が終わったら誰よりも早く家に帰ることが全てになっているような、怠惰で自堕落な奴には言われたくないと言う事もよくわかっている。
 こうなったことについては自分自身が一番わかっていたと思うが、過ぎた昔のことを考えてもしょうがないと思い、将来のことを考えていた。
 何とか受験では滑り止めだった高校に合格して入学したが、教室の片隅で外を眺めていると、自分がこのまま呆然と歳を重ねて色も花もないまま日陰で社会の波に飲まれて独りで死んでいくような妄想がチラつきはじめた。
 子供は大人になるが子供に戻れない、腐ったミカンから腐った部分を取り除いても腐っていた事実は消えないのだ。
 そもそも、環境が変わったとして色んな情報が目や耳に入ってきて、そのまま外に出されている状況で、空気を吸っているのに酸素を吸収していないのだから、人間として死んでいると等しいが生物学上では生きていることになっている。
 人並みのコミュニケーション能力もない、捻くれた陰キャが俺だった。
 こんな人間がどうして恋に落ちるのかと言う事に興味がある読者の方がいる思うが、こんな人間でも根本にある本能的部分はちゃんと機能している事を身をもって知った。

 高校1年生の5月末頃、俺の世界が大きく変わる出来事が起こった。
 昼休み、俺はクラスで孤立して浮いた存在で、話し相手もいないので机に突っ伏して寝ていた。
 寝ていたと言うよりもやることがないので、周りに寝たフリをしてその時間を過ぎるようにじっと待っていた。
 こんなにも賑やかな中で一人でスマホでゲームをしているのも、一層に孤独を感じるのでやる気にはなれなかった。
 周りがテレビの番組の良し悪しや、流行りの音楽が共感出来る出来ないとか、もっと雑多な内容が大量に飛び交っていたが、雑音でしかなかった。
 もし人並みのコミュニケーション能力を習得したなら、雑音から知りうる情報を見つけて、クラスメイトとどうでもいいような話題で盛り上がるような、少しは明るい学園生活を謳歌していただろう。
 特に昼休みは本当に何もすることがないので寝たフリも数日で我慢できなくなり、静かに昼休みを過ごせる場所を探してたどり着いたのは図書室だった。
 独特の古紙の匂いと重々しい程の静寂、意外と空いている長机を自由に使え、利用している人も少ない、学校と言う喧騒から限りなく離れたオアシスだった。
 こうして俺は、昼休みになれば図書室に行き、スマホでゲームをするようになった。
 俺は長机に突っ伏すような姿勢で、スマホを弄っていると、目の前に誰かが座った。
 視線を向けた瞬間、目の前の女の子に釘付けになった。
 綺麗な黒髪を後ろで結った三つ編み、健康的な顔立ちにちょっとレンズが大きい丸眼鏡が愛らしい、彼女の顔に10秒ぐらい目を奪われ、急に心臓がキュッと締まると同時に、顔に血が集まってくるのがわかった。
 何事も無かったかのように音を立てずにその場から立ち上がり、そこから少し離れた本棚の裏側に早足で移動した。
 そこからは彼女に気づかれないように移動しながら、色んな角度から彼女を見ていた。
 心の片隅では、ジロジロと彼女を見てはいけないと思いながらも、視線を外すことは出来なかった。
 モデルのように身長が高く小顔、細く白い肌の腕、色っぽいうなじに桜色で潤った唇、見れば見るほど、その姿が目を通して脳裏に焼きついていくようだ。
 俺はやっと気持ちが落ち着いてきたと思いきや、目の前の彼女に熱い眼差しを向けていることに気付くと、恥ずかしくなってその場から逃げるように出て教室に戻っていった。
 その後は読者の皆さんが予想している通り、脳裏に焼きついた彼女を思い出しながら、色んな思いに焦がれていた。
 それから何度か図書室で本を読む彼女を見つけると熱い眼差しを向け、思いが募るばかりであった。
 俺はそんな状況を、悪魔のように舌で唇を嘗め回しながら喜ぶ男がいることに全く気付いていなかった。

 その日も彼女の事を思い浮かべながら学校の校門前で、急に声を掛けられた。 

 「よう、元気!」

 後ろを振り向き、声を掛けてきた相手を見ると、そこには気味の悪い薄ら笑みを浮かべ、火星の裏側から地球にやって来た宇宙人と言われたら、10人中8人は信じてしまうような風貌の男が立っていた。
 その恐ろしい二枚舌と低姿勢の舌先三寸で心の隙間に漬け込み、人として褒めるべきところが全く浮かばない、奴に会わなければ俺の魂はここまで穢れることもなかっただろう。
 阿部 直人は俺の数少ない友人で、3年間の高校生活を全力で引っ搔き回した男だった。
 阿部と知り合ったのはバイト先のドラックストアで、俺と阿部は同じ高校だった為、店長が勝手に勘違いして知り合いか友人の中と思って同時面接をしたのが始まりだった。
 学校の校則でバイトは基本禁止となっていたので、お互い秘密を共有していることや、阿部の巧みな話術もあり、会ったその日に意気投合してしまった。
 阿部は謎のコミニティを持っており、それを使って学校情報のありとあらゆる面で精通していたことで、学校内では一定の地位を確立していた。
 
 「なんだよ...。」
 
 俺は何故に阿部に冷たく接しているかと言うと、バイトでは遅刻やサボりを良くしていて、そのツケを俺が拭いていることがあった。
 その度にお詫びとして近所のラーメン屋で奢ってもらう等の埋め合わせはあるのだが、阿部は全く反省をしていないらしく、素行の悪さが目立っていた。
 このままだと俺も何か大きな問題に巻き込まれる恐れがあると思い、距離を置くようにしていた。

 「冷たいですね。」
 
 そう言いながら、歩き続ける俺に追いつくと馴れ馴れしく腕を首に回しながらスマホの画面を俺に見せながら喋りはじめた。

 「今日は良い情報をもってきたんですよ、これ見てくれませんか、良く撮れてますね。」

 それは俺だった。
 しかも図書室で名前も知らない女生徒に熱い眼差しを送っている姿をハッキリと遠目でしっかりと撮られていた。
 俺は立ち止まり、恥ずかしい気持ちを全力で叫びそうになるところをグッと堪えて、何もなかったように冷静に答えた。
  
 「盗撮とは言い趣味しているな。」
 
 顔の筋肉がどうやったらそんな顔になるのかわからないが、前歯の歯茎がハッキリと見えるようなニヤニヤした表情で、阿部は俺の顔を見ながらこう言った。
 
 「いや、あまりにも良くできた風景だから撮影しました。カメラ音を出していましたが気付いていないと思っていませんでした。」

 俺は今すぐここから逃げ出したかったが、阿部が首に腕を回していることや、明日、変に誇張された噂を流されることを考えると逃げる方法がなかったのだ。

 「いや、なんか急に空腹で何か食べたいですね、立ち話もなんなんで、ラーメンでも食べながらゆっくり今後について話をしません?」
 
 俺は阿部の提案を断ることが出来ず、阿部とラーメン屋へ向かった。

 ラーメン屋では席に着くなり、阿部が勝手にラーメンを二つ頼むと、すぐに本題を切り出し始めた。

 「単刀直入ですが、山城さんの事はどう思ってるんですか?」

 俺は阿部の質問よりも思いを募らせている彼女が“山城”と言う名字である事しか頭に入っていなかった。
 
 「あの子、山城さんって言うのか。」
 
 阿部は惚れた女の子の名前も知らない俺に、両手を上げて外国人のコメディアンが良くやる呆れたポーズをしながら言葉を続けた。
 
 「山城さんは美人です、でも、私は田舎娘っぽい芋臭い感じは頂けないですね。登藤は好みのタイプなんですか?」

 俺はその問いには答えられずにいた。
 一目惚れとはわかっていたがこの思いに確信的なものがなかったからだ。
 例えば、綺麗なグラビアモデルの写真集を見て興奮するのと何が違うのか、彼女の姿が自分の知らない性癖に刺さったと言うことではなかったのかと、気の迷いと言うか勘違いを恐れを抱いていたのだ。
 俺のそんな気の迷いで彼女に迷惑をかけるのは、違うような気がしてならないと言う思いがあった。
 そんな風に頭を悩ませている俺を気にせず、阿部は配膳されたラーメンに胡椒を振りかけながら器用に口と片手で割り箸を割ると、麺をズルズルとすすり始めていた。
 阿部は啜った麺を飲み込むと、未だに頭の中で自問している俺をからかってきた。

 「まあ、ああいう美人は、すぐに彼氏が出来ますよ。私みたいな言葉巧みな男に引っ掛かって高校デビューとかしちゃうとか。」

 俺の中で阿部と山城さんがそんな関係にならないと思いつつも、阿部の話術で山城さんとそういう関係になる恐れは拭えなかった。
 これで彼女に一生残る汚点が出来るようなら、俺は止めなかったことを死ぬまで後悔して、墓に入るまでその思いに悩まされると思い言葉が出た。

 「それはダメだ!」

 阿部の豆鉄砲で撃たれたような顔、ラーメン屋の親父がカウンターからヌッと顔を出してこちらを見ていた。
 自分でもこんな大きな声が出ると思いもせず、驚いていた。

 「悪い、声を荒げてしまって...。」

 阿部は何か考えながら、唇の周りをベロベロ嘗め回しながら何か納得したようだった。
 
 「じゃあ、山城さんと付き合ってしまえばいいじゃないですか。登藤が付き合わなかったら、私じゃなくても他の男と付き合うの目に見えています。」

 阿部の言う通り、他の男と付き合う可能性は、俺も頭の中で理解していた。
 俺には彼女から見て魅力的なところが一つもない、それどころか彼女から見たらマイナスでしかない。
 だったら、彼女の汚点になるような行動は慎み、俺だけが傷つくことが社会的にも最大限の合理的な考えなんじゃないかと頭の中で結論をつけた。
 しかし、頭の片隅では彼女と心躍るような恋の二人三脚で桃色の青春を走ってみたいと言う渇望に近い思いもあり、この矛盾が一進一退の攻防をしていた。
 阿部は俺の内心を理解していたかわからないが、その部分に漬け込んで提案を持ちかけてきた。
 
 「これは提案ですが、私が彼女と仲良くなる方法を教えましょうか?」
 
 俺は胡散臭い詐欺師が持ち掛けた提案に騙されることにした。
 内心、阿部の言う話に乗らないと変な噂が流れる恐れがあると言う話を、言い訳として自分自身に言い聞かせて納得させてしまった。
 そもそも、俺みたいな存在感がない人間の話など周りが興味ないなんてわかっていた。
 
 「そんな方法があるのか。」

 阿部はラーメンのスープを飲むきると気味な悪い薄ら笑みを浮かべながら代価を言ってきた。
 俺は阿部が一言で言って気前の良い悪魔に見えた。
 
 「じゃあ、ラーメンの支払いお願いします。そして明日は昼休み図書室で会いましょう。」

 言い切ると今日は用事があるなんて言い訳をして、そそくさと俺を置いて店から出て行ってしまった。 
 色々面倒なことになったことを後悔しながら、不安な思いを麺が伸びきったラーメンと一緒に腹の奥の方に追いやることにした。
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