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高校1年目
幻視(2)
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数日後、阿部は俺をいつものラーメン屋に呼び出すと封筒を手渡してきた。
俺はその封筒の中身を確認すると、参萬円が中に入っていた。
誰に写真を売ったのかなんて事はあえて聞かないことにしたのは、学校で写真に取られた連中を見ていないので何となく察しはついていた。
「実は機械棟で行っている賭博、どうやら尻尾を掴まれたようでしてね。一度、ガス抜き程度に摘発させようと思っています。そこで登藤には斑目さんにこの情報を掴ませて欲しいんですよ。」
阿部は主催だが、阿部が居なくても勝手に人を集めて賭博をやっていることを知っていて、阿部が参加していないタイミングで摘発させるように仕向けてたいと言う事だった。
「どうして斑目さんなんだ?その辺は他の誰でも良いんじゃないか?」
俺は斑目さんにこの件を握らせようとする理由がわからなかったが、阿部はその理由を簡潔に一言で済ませていた。
「そりゃ、登藤に彼女と仲良くなってもらう為ですよ。これで斑目さんからの株が上がりますからね。」
俺はそれ以上に阿部には色々聞かないでいたが、ラーメン屋を出た後で阿部の行動について色々と考えていた。
俺と斑目さんを関係を良くしたい理由、賭博について情報を漏らす理由、それが何なのか答えが出ないまま、頭に霧がかかったような気分でその日は眠りについた。
そして、目が覚めた時には昨日の事は半分どうでも良くなっていた。
阿部に頼ったのは自分自身であり、阿部の考えた通りにことを進める事しか俺には出来ないと思ってしまったからだ。
事実、俺には阿部のような計画を立て、人を動かし、結果を出せるような人間ではない、それなら阿部に信じて任せるべきだと思った。
スマホに俺は手短に斑目さんにメッセージを送ったら、すぐに返信があり、今日の放課後に美術室に来て欲しいと言う事であった。
その日の昼に俺は山城さんといつも通り話をしていた。
彼女が楽しく、いつものSWの話をしているのを目の前にしながら、俺は急にこの『いつも』がいつまで続くのか、それが気になっていた。
今のままの関係で卒業すれば、恐らく自然消滅は逃れられないし、阿部とやっている人には決して言えないようなことが耳に入っても消滅してしまう事はわかっていた。
しかし、どこまでなら許されるのか、侮蔑、嫌悪される一線はどこかなのか、それは確かめなくてはわからない。
そんな考えに至った時、俺はこんなことを考える人間だったのかと思いは投げ捨てて、山城さんに他人の噂話で聞いたような語り口でこの前の事を話していた。
「この前、阿部から聞いた話なんですが、機械科の生徒が恐喝で生徒指導部に補導されたそうですよ。それをバラしたのは恐喝した生徒と学校内で賭博をやっていた連中らしくて、誰かにその情報を売ってお金を受け取っていたみたいで、滅茶苦茶なことになってるらしいんだ。」
話を聞いている山城さんのずっと顔を伺って、口元、目や眉毛の変化、身体の動きにその端々から彼女の感情の変化が漏れ出ていないか目を離すことが出来なかった。
最大限に語彙力を使って面白おかしく着色をして話していたつもりだったが、話し終わる頃には表情が何とも言えない不安と軽蔑に似たような顔に俺は焦っていた。
「あの、ほら、あくまでも阿部から聞いた話ですよ!それにその・・・俺は電気科だし、そんなことに関わっている訳ないじゃないですか。」
俺は心臓が破裂してしまうんじゃないかと思うぐらい鼓動が早くなっていて、その場に自分が関係ないことを強く協調するような言い訳をしていた。
これは流石に絶対に知られたら嫌われると思い、墓まで持っていくしかないと思った。
全てが片付いたら何も問題ない、知ったことで悲しい思いをすることは知らない方が、山城さんも俺も良いはずだとこの時は思っていた。
何度も自分に言い聞かせながら、不安を心の奥に押し込むことにした。
放課後、約束通りに美術室に行き、扉を開くとそこには恐らく斑目さんらしい人が独りでキャンパスに絵を描いていた。
後ろ姿から斑目さんだとわかるのだが、彼女が着ているピンク色のパーカーで違和感が脳を刺激しているのか声が掛けづらかった。
邪魔をしてはいけないので静かに近づいて、二、三歩後ろで絵を覗き込んでみた。
この美術室から見える夕日の風景がらしく、キャンパスより奥の窓のサッシやカーテン等の配置からすぐにわかった。
「どう思う?」
こちらを見ずに彼女はそう言ったのだが、この問いにどう答えるべきか、数秒は考えたが無難な言葉を選んで言う事にした。
「完成していない作品に評価はつけられない、それをしたら作者に失礼じゃないか?」
そう言うと彼女はクスクスと笑いながら、可笑しそうに笑うとこう言った。
「違うわよ、機械科で行われる賭博の件よ。」
確かにその話をするのが目的だったが、世間話等の軽いやり取り無しで本題を聞かれるとは思っていなかった。
「どうって言われても、単純に柄の悪い奴が集まって賭博をしているってだけだ。」
俺は斑目さんに伝えてあるのは、〝阿部から機械科で賭博を行われている〟と言う話を聞いたと言うだけであったが、彼女は既に補導された生徒と賭博が何かしらのつながりがある事を見抜いているようだった。
「私は機械科の賭博については、表面部分でだけのような気がするわ。」
彼女は淡々と理由を話を語り始めた。
賭博は学校内でやる理由について見つかるリスクが高い場所で行う理由がない、そもそもなんでこれまで隠すことが出来たのか、数日前に補導されて問題になった生徒についての関係性があるのではないか、証拠はないが何か関係性があると思っていた。
俺の頭でさっきの山城さんの不安そうな顔がチラついて、最悪な結末をどうすれば回避できるのか必死で考えていた。
まず、阿部が捕まって全てを自白させてはいけない、阿部が証拠を売った相手も捕まってはいけない、証拠写真を売ってお金を手に入れたことは発覚してはいけない、条件を並べて無難に答える必要があった。
斑目さんは阿部の尻尾を掴むのは時間の問題、だから、阿部と俺の行動は正当性を持たせる必要があり、またしても嘘をつく必要が出てきてしまっていた。
「賭博を学校でさせるようにしたのは、不良が集まれば監視しやすいし、何かしら情報も掴みやすいと思うんだ。」
俺は仮定の話で、阿部に行動に嘘を交えながら話を始めた。
始まりはどうであれ、機械科で賭博を行う様になったから、阿部はそこに集まる問題を起こす連中から、何か行動を起こす情報も手に入れることが出来た。
その情報を学校内の関係者に提供することによって、学校内の影響力を高めているんじゃないかと言う話を斑目さんは黙って聞いていた。
「数日前に補導された生徒は、俺と阿部で偶々をしているところを証拠を取ったから補導されたんだ。」
そう言うと彼女は、顔半部をこちらに向け、若干、表情は少し驚いたようなそんな表情だった。
写真を俺と阿部で撮っていた事は、阿部が斑目さんに必ず言う様に決めていた事だったが、彼女はそれが俺の口から出てくると思っていなかった様子だった。
数秒間、視線を逸らしながら何やら考えていたが、何か結論がついたのか顔を正面に戻した。
「機械科の賭博の件だけど、明日、先生に話をするわ。色々教えてくれてありがとう、私はもう少し絵を描かないといけないから先に帰っても大丈夫よ。」
そう言われるとなんだか身体から力が抜けたが、胸の中の不安が晴れることは無かった。
阿部は何故、斑目さんと俺の関係性を良くなるように推し進めるのか、俺はこの時わかってしまった気がした。
しかし、それは阿部は口に出して公言していないので確かではない、でも、俺は最善の考えだと思ってしまっていた。
「その絵、完成したら見せて欲しい。」
「どうして?」
「よくわからないけど、気になった、それだけ。」
そう言うって俺は美術室を出て行き、そのまま、俺は阿部が待っている例のラーメン屋に向かった。
ラーメン屋に入ると阿部は先にラーメンを啜っていて、俺が席に着くと阿部はこちらに気付いて箸を止めた。
「どうですか、斑目さんに例の件を伝えましたか。」
俺はその件について、斑目さんにどう伝えたかを正確に嘘をついた内容も含めて話をすると、阿部はあの不気味な笑みをしながら納得していたようだった。
「会って早々ですが、登藤に良い話と悪い話があります。どちらを先に聞きたいですか?」
俺は阿部の問いについて、とりあえず良い話から聞く事にした。
「例の件でボーナスが出ましたので、これを渡します。」
阿部が渡してきたのは、いつもの封筒で中身を見ると二万円が入っていて、俺が封筒の中身を確認したと同時に阿部は悪い話を始めた。
「悪い話は、登藤に御願い出来そうな仕事が少なくなってしまったんですよ。」
阿部の言い方から恐らく、御願いできる仕事は無い訳ではないが、含ませた言い方からしてこれまでとは違ったリスクをはらんだ内容になる事は何となく察しがついた。
でも、俺の中では既にあの夕陽の闇の向こうに見えた幻視に、近づくためにはしょうがない事だと言い訳をして、話を聞く前からやる気になっていた。
「どんな内容なのか聞いてから考えさせてくれないか。」
阿部はその言葉を待っていたのはわかった、そして、条件を一つ出してきた。
「私としては斑目さんが、邪魔なんですよね。でも物理的に排除する訳には行かないんですよ。しかし、方法は色々とあります。そこで登藤君に協力して頂きたいのです。」
阿部は包み隠さず、その黒い腹の内を聞いた俺は驚くほど冷静で、そしてまるで何も感じていない事に不思議と違和感がなかった。
冷たく、それでいて意識と思考が水のように透き通っていて、余分な雑音もない落ちついた状態だった。
そして俺もこのままにしていたらいつかは、斑目さんは俺を妨げる障害になる事も口には出さないが、阿部との共通認識になっていた。
阿部はテーブルに空のコップ置くと水を灌ぎ、コップに醤油を垂らすと黒く濁っていった。
「例えば、このコップが斑目さんの頭で考えられる範疇だとしましょう。そして、水は彼女が今抱えている問題だとします、そこに私に対しての敵意が醤油として混じっています。これが今の彼女の状態ですが、この醬油を無くすためにはどうすれば良いと思いますか?例えば、コップを叩き割れば問題は解決しますが、ラーメン屋の店主に私たちがみっちり絞られます。ならこれならどうでしょう。」
阿部は水を勢いよく注ぐと水が溢れ出し、テーブルに水が広がり始めて、俺は服に水がかからない様に慌てて立ち上がった。
「すいません、水を零したんで布巾を貸してもらえませんか。」
阿部は白々しくそう言うと、何も知らないラーメン屋の親父がこちらを睨みつけながら布巾を阿部に手渡すとカウンターの奥に帰っていった。
「まあ、少し嫌そうな顔されましたが、問題ないでしょう?で、コップの水はどうです?醤油が入ってたようには思えないほど透明になりましたね。」
確かにテーブルのコップの水は、若干、色が残っているものの、目を凝らさないと見えない程で、阿部はコップを持つとそのまま口に運び飲み干した。
「登藤には水を灌ぐ役をやって欲しいです。別に犯罪ではありませんし、誰だって誤りがあります。ただ、それだけです。」
そして阿部は、一言付け足すように言った。
「登藤の働き次第ですね、そうですね、どうせなら出来るだけ良い夢を見てもらいましょう。例えば、出来る事なら覚めて欲しくないと思うほどの心地良いものを用意すれば良い。そうすれば、登藤も気分よく出来るでしょう?」
阿部は俺が何となく予想した通りの話を始めて、その話を聞きながら俺は何となくどうすれば良いのか考えていた。
幸いにも罪悪感に胸が痛いなどの事は起こらず、淡々と阿部が語ったおおよその粗筋を理解して、どうすれば良いのかを考えていた。
それは致し方ないと言う思いなのか、それともそれしかないと言う思いなのか、それが何かに封をして一度踏みとどまる事を忘れさせていた。
俺は出来る限りの事をやることで家族に対しての贖罪になるならそうすべきなのだと思うのは、あの夕焼けで見た幻視のせいだった。
次の日の朝から俺は行動を起こし、斑目さんとどんな形でも良いので、何かメッセージの連絡をするようにした。
手始めに昨日、描いていた絵がいつごろ完成するのか、そしてその絵を完成したら見せて欲しいと話を送っていた。
女性の事は女性に聞くのが一番だと思い、昼休みに山城さんに会うと、最近、クラスで何が流行っているのか情報を聞き、それについて調べて頭に入れた。
何故にそんなに必死なのかは阿部がラーメン屋で俺に言ってきた言葉にあった。
「斑目さんに恋と言う夢を見てもらいましょうか。恋は盲目と言いますし、甘く切ない恋でも見て貰えば良いのです。そうすれば、私への私怨なんて不味いものは恐らくすぐに忘れますよ。」
俺は頭の中でそんなことが出来るのかと言う不安がよぎったが、阿部はそれをすぐさま感づいたのか追い込みをかけた。
「別にやらなくても良いですが、登藤は高校卒業後どうするんですか?大学に行きたいと思っても、家庭的金銭状況を考えてそれは難しいですよね。山城さんは登藤に好意があったとしても、大学に行かないような異性を山城さんの両親はどう思いますかね?奨学金ってありますが登藤は問題を起こしているので受け入れられる見込みは薄い思いますよ。」
心の内で意識していない不安を全て読み取っていたような発言に、まるで心臓に触られているような気分だった。
「申し訳ない、私が出来る限りの事を考えましたが、この方法しかないと思います。無理を御願いする気はありません。でも、可能性があるならやるべきだと私は思いますがね。」
阿部がそんなこと全く思っていない事もわかっていた、しかし、阿部の言う話を俺は受け入れるしかなかった。
あの夕陽から見えた幻視が頭から離れることはない自由と希望がそこにあった。
家族の目を気にせずに好きな武術をやり、他人の目を気にせずにくだらない話をして、家族と食卓を囲み、過去の事は許され、明るい将来を想像したかった。
家族の悲しませないために武術を辞め、他人の目を気にして独りで黙って時間を浪費し、独りで飯を食べ、過去が知られることに怯え、将来が想像できなかった。
台無しの未来、そこに見えた希望は眩しくて心が震え、思い出すほど渇望し、駆り立てられる。
そんな思いを手放せることなど出来ない、こんなにも暖かい思いを手放してしまったら、俺自身がどうなるか怖かった。
俺はその封筒の中身を確認すると、参萬円が中に入っていた。
誰に写真を売ったのかなんて事はあえて聞かないことにしたのは、学校で写真に取られた連中を見ていないので何となく察しはついていた。
「実は機械棟で行っている賭博、どうやら尻尾を掴まれたようでしてね。一度、ガス抜き程度に摘発させようと思っています。そこで登藤には斑目さんにこの情報を掴ませて欲しいんですよ。」
阿部は主催だが、阿部が居なくても勝手に人を集めて賭博をやっていることを知っていて、阿部が参加していないタイミングで摘発させるように仕向けてたいと言う事だった。
「どうして斑目さんなんだ?その辺は他の誰でも良いんじゃないか?」
俺は斑目さんにこの件を握らせようとする理由がわからなかったが、阿部はその理由を簡潔に一言で済ませていた。
「そりゃ、登藤に彼女と仲良くなってもらう為ですよ。これで斑目さんからの株が上がりますからね。」
俺はそれ以上に阿部には色々聞かないでいたが、ラーメン屋を出た後で阿部の行動について色々と考えていた。
俺と斑目さんを関係を良くしたい理由、賭博について情報を漏らす理由、それが何なのか答えが出ないまま、頭に霧がかかったような気分でその日は眠りについた。
そして、目が覚めた時には昨日の事は半分どうでも良くなっていた。
阿部に頼ったのは自分自身であり、阿部の考えた通りにことを進める事しか俺には出来ないと思ってしまったからだ。
事実、俺には阿部のような計画を立て、人を動かし、結果を出せるような人間ではない、それなら阿部に信じて任せるべきだと思った。
スマホに俺は手短に斑目さんにメッセージを送ったら、すぐに返信があり、今日の放課後に美術室に来て欲しいと言う事であった。
その日の昼に俺は山城さんといつも通り話をしていた。
彼女が楽しく、いつものSWの話をしているのを目の前にしながら、俺は急にこの『いつも』がいつまで続くのか、それが気になっていた。
今のままの関係で卒業すれば、恐らく自然消滅は逃れられないし、阿部とやっている人には決して言えないようなことが耳に入っても消滅してしまう事はわかっていた。
しかし、どこまでなら許されるのか、侮蔑、嫌悪される一線はどこかなのか、それは確かめなくてはわからない。
そんな考えに至った時、俺はこんなことを考える人間だったのかと思いは投げ捨てて、山城さんに他人の噂話で聞いたような語り口でこの前の事を話していた。
「この前、阿部から聞いた話なんですが、機械科の生徒が恐喝で生徒指導部に補導されたそうですよ。それをバラしたのは恐喝した生徒と学校内で賭博をやっていた連中らしくて、誰かにその情報を売ってお金を受け取っていたみたいで、滅茶苦茶なことになってるらしいんだ。」
話を聞いている山城さんのずっと顔を伺って、口元、目や眉毛の変化、身体の動きにその端々から彼女の感情の変化が漏れ出ていないか目を離すことが出来なかった。
最大限に語彙力を使って面白おかしく着色をして話していたつもりだったが、話し終わる頃には表情が何とも言えない不安と軽蔑に似たような顔に俺は焦っていた。
「あの、ほら、あくまでも阿部から聞いた話ですよ!それにその・・・俺は電気科だし、そんなことに関わっている訳ないじゃないですか。」
俺は心臓が破裂してしまうんじゃないかと思うぐらい鼓動が早くなっていて、その場に自分が関係ないことを強く協調するような言い訳をしていた。
これは流石に絶対に知られたら嫌われると思い、墓まで持っていくしかないと思った。
全てが片付いたら何も問題ない、知ったことで悲しい思いをすることは知らない方が、山城さんも俺も良いはずだとこの時は思っていた。
何度も自分に言い聞かせながら、不安を心の奥に押し込むことにした。
放課後、約束通りに美術室に行き、扉を開くとそこには恐らく斑目さんらしい人が独りでキャンパスに絵を描いていた。
後ろ姿から斑目さんだとわかるのだが、彼女が着ているピンク色のパーカーで違和感が脳を刺激しているのか声が掛けづらかった。
邪魔をしてはいけないので静かに近づいて、二、三歩後ろで絵を覗き込んでみた。
この美術室から見える夕日の風景がらしく、キャンパスより奥の窓のサッシやカーテン等の配置からすぐにわかった。
「どう思う?」
こちらを見ずに彼女はそう言ったのだが、この問いにどう答えるべきか、数秒は考えたが無難な言葉を選んで言う事にした。
「完成していない作品に評価はつけられない、それをしたら作者に失礼じゃないか?」
そう言うと彼女はクスクスと笑いながら、可笑しそうに笑うとこう言った。
「違うわよ、機械科で行われる賭博の件よ。」
確かにその話をするのが目的だったが、世間話等の軽いやり取り無しで本題を聞かれるとは思っていなかった。
「どうって言われても、単純に柄の悪い奴が集まって賭博をしているってだけだ。」
俺は斑目さんに伝えてあるのは、〝阿部から機械科で賭博を行われている〟と言う話を聞いたと言うだけであったが、彼女は既に補導された生徒と賭博が何かしらのつながりがある事を見抜いているようだった。
「私は機械科の賭博については、表面部分でだけのような気がするわ。」
彼女は淡々と理由を話を語り始めた。
賭博は学校内でやる理由について見つかるリスクが高い場所で行う理由がない、そもそもなんでこれまで隠すことが出来たのか、数日前に補導されて問題になった生徒についての関係性があるのではないか、証拠はないが何か関係性があると思っていた。
俺の頭でさっきの山城さんの不安そうな顔がチラついて、最悪な結末をどうすれば回避できるのか必死で考えていた。
まず、阿部が捕まって全てを自白させてはいけない、阿部が証拠を売った相手も捕まってはいけない、証拠写真を売ってお金を手に入れたことは発覚してはいけない、条件を並べて無難に答える必要があった。
斑目さんは阿部の尻尾を掴むのは時間の問題、だから、阿部と俺の行動は正当性を持たせる必要があり、またしても嘘をつく必要が出てきてしまっていた。
「賭博を学校でさせるようにしたのは、不良が集まれば監視しやすいし、何かしら情報も掴みやすいと思うんだ。」
俺は仮定の話で、阿部に行動に嘘を交えながら話を始めた。
始まりはどうであれ、機械科で賭博を行う様になったから、阿部はそこに集まる問題を起こす連中から、何か行動を起こす情報も手に入れることが出来た。
その情報を学校内の関係者に提供することによって、学校内の影響力を高めているんじゃないかと言う話を斑目さんは黙って聞いていた。
「数日前に補導された生徒は、俺と阿部で偶々をしているところを証拠を取ったから補導されたんだ。」
そう言うと彼女は、顔半部をこちらに向け、若干、表情は少し驚いたようなそんな表情だった。
写真を俺と阿部で撮っていた事は、阿部が斑目さんに必ず言う様に決めていた事だったが、彼女はそれが俺の口から出てくると思っていなかった様子だった。
数秒間、視線を逸らしながら何やら考えていたが、何か結論がついたのか顔を正面に戻した。
「機械科の賭博の件だけど、明日、先生に話をするわ。色々教えてくれてありがとう、私はもう少し絵を描かないといけないから先に帰っても大丈夫よ。」
そう言われるとなんだか身体から力が抜けたが、胸の中の不安が晴れることは無かった。
阿部は何故、斑目さんと俺の関係性を良くなるように推し進めるのか、俺はこの時わかってしまった気がした。
しかし、それは阿部は口に出して公言していないので確かではない、でも、俺は最善の考えだと思ってしまっていた。
「その絵、完成したら見せて欲しい。」
「どうして?」
「よくわからないけど、気になった、それだけ。」
そう言うって俺は美術室を出て行き、そのまま、俺は阿部が待っている例のラーメン屋に向かった。
ラーメン屋に入ると阿部は先にラーメンを啜っていて、俺が席に着くと阿部はこちらに気付いて箸を止めた。
「どうですか、斑目さんに例の件を伝えましたか。」
俺はその件について、斑目さんにどう伝えたかを正確に嘘をついた内容も含めて話をすると、阿部はあの不気味な笑みをしながら納得していたようだった。
「会って早々ですが、登藤に良い話と悪い話があります。どちらを先に聞きたいですか?」
俺は阿部の問いについて、とりあえず良い話から聞く事にした。
「例の件でボーナスが出ましたので、これを渡します。」
阿部が渡してきたのは、いつもの封筒で中身を見ると二万円が入っていて、俺が封筒の中身を確認したと同時に阿部は悪い話を始めた。
「悪い話は、登藤に御願い出来そうな仕事が少なくなってしまったんですよ。」
阿部の言い方から恐らく、御願いできる仕事は無い訳ではないが、含ませた言い方からしてこれまでとは違ったリスクをはらんだ内容になる事は何となく察しがついた。
でも、俺の中では既にあの夕陽の闇の向こうに見えた幻視に、近づくためにはしょうがない事だと言い訳をして、話を聞く前からやる気になっていた。
「どんな内容なのか聞いてから考えさせてくれないか。」
阿部はその言葉を待っていたのはわかった、そして、条件を一つ出してきた。
「私としては斑目さんが、邪魔なんですよね。でも物理的に排除する訳には行かないんですよ。しかし、方法は色々とあります。そこで登藤君に協力して頂きたいのです。」
阿部は包み隠さず、その黒い腹の内を聞いた俺は驚くほど冷静で、そしてまるで何も感じていない事に不思議と違和感がなかった。
冷たく、それでいて意識と思考が水のように透き通っていて、余分な雑音もない落ちついた状態だった。
そして俺もこのままにしていたらいつかは、斑目さんは俺を妨げる障害になる事も口には出さないが、阿部との共通認識になっていた。
阿部はテーブルに空のコップ置くと水を灌ぎ、コップに醤油を垂らすと黒く濁っていった。
「例えば、このコップが斑目さんの頭で考えられる範疇だとしましょう。そして、水は彼女が今抱えている問題だとします、そこに私に対しての敵意が醤油として混じっています。これが今の彼女の状態ですが、この醬油を無くすためにはどうすれば良いと思いますか?例えば、コップを叩き割れば問題は解決しますが、ラーメン屋の店主に私たちがみっちり絞られます。ならこれならどうでしょう。」
阿部は水を勢いよく注ぐと水が溢れ出し、テーブルに水が広がり始めて、俺は服に水がかからない様に慌てて立ち上がった。
「すいません、水を零したんで布巾を貸してもらえませんか。」
阿部は白々しくそう言うと、何も知らないラーメン屋の親父がこちらを睨みつけながら布巾を阿部に手渡すとカウンターの奥に帰っていった。
「まあ、少し嫌そうな顔されましたが、問題ないでしょう?で、コップの水はどうです?醤油が入ってたようには思えないほど透明になりましたね。」
確かにテーブルのコップの水は、若干、色が残っているものの、目を凝らさないと見えない程で、阿部はコップを持つとそのまま口に運び飲み干した。
「登藤には水を灌ぐ役をやって欲しいです。別に犯罪ではありませんし、誰だって誤りがあります。ただ、それだけです。」
そして阿部は、一言付け足すように言った。
「登藤の働き次第ですね、そうですね、どうせなら出来るだけ良い夢を見てもらいましょう。例えば、出来る事なら覚めて欲しくないと思うほどの心地良いものを用意すれば良い。そうすれば、登藤も気分よく出来るでしょう?」
阿部は俺が何となく予想した通りの話を始めて、その話を聞きながら俺は何となくどうすれば良いのか考えていた。
幸いにも罪悪感に胸が痛いなどの事は起こらず、淡々と阿部が語ったおおよその粗筋を理解して、どうすれば良いのかを考えていた。
それは致し方ないと言う思いなのか、それともそれしかないと言う思いなのか、それが何かに封をして一度踏みとどまる事を忘れさせていた。
俺は出来る限りの事をやることで家族に対しての贖罪になるならそうすべきなのだと思うのは、あの夕焼けで見た幻視のせいだった。
次の日の朝から俺は行動を起こし、斑目さんとどんな形でも良いので、何かメッセージの連絡をするようにした。
手始めに昨日、描いていた絵がいつごろ完成するのか、そしてその絵を完成したら見せて欲しいと話を送っていた。
女性の事は女性に聞くのが一番だと思い、昼休みに山城さんに会うと、最近、クラスで何が流行っているのか情報を聞き、それについて調べて頭に入れた。
何故にそんなに必死なのかは阿部がラーメン屋で俺に言ってきた言葉にあった。
「斑目さんに恋と言う夢を見てもらいましょうか。恋は盲目と言いますし、甘く切ない恋でも見て貰えば良いのです。そうすれば、私への私怨なんて不味いものは恐らくすぐに忘れますよ。」
俺は頭の中でそんなことが出来るのかと言う不安がよぎったが、阿部はそれをすぐさま感づいたのか追い込みをかけた。
「別にやらなくても良いですが、登藤は高校卒業後どうするんですか?大学に行きたいと思っても、家庭的金銭状況を考えてそれは難しいですよね。山城さんは登藤に好意があったとしても、大学に行かないような異性を山城さんの両親はどう思いますかね?奨学金ってありますが登藤は問題を起こしているので受け入れられる見込みは薄い思いますよ。」
心の内で意識していない不安を全て読み取っていたような発言に、まるで心臓に触られているような気分だった。
「申し訳ない、私が出来る限りの事を考えましたが、この方法しかないと思います。無理を御願いする気はありません。でも、可能性があるならやるべきだと私は思いますがね。」
阿部がそんなこと全く思っていない事もわかっていた、しかし、阿部の言う話を俺は受け入れるしかなかった。
あの夕陽から見えた幻視が頭から離れることはない自由と希望がそこにあった。
家族の目を気にせずに好きな武術をやり、他人の目を気にせずにくだらない話をして、家族と食卓を囲み、過去の事は許され、明るい将来を想像したかった。
家族の悲しませないために武術を辞め、他人の目を気にして独りで黙って時間を浪費し、独りで飯を食べ、過去が知られることに怯え、将来が想像できなかった。
台無しの未来、そこに見えた希望は眩しくて心が震え、思い出すほど渇望し、駆り立てられる。
そんな思いを手放せることなど出来ない、こんなにも暖かい思いを手放してしまったら、俺自身がどうなるか怖かった。
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この小説はフィクションです。
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この物語はフィクションです。
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