あなたが「ハーレムを作ろうと思うんだが」なんていうから。

古堂すいう

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ビビアン姫と勇者ダエル

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辻馬車に乗って、カルミアは港街に辿り着いた。

(塩の香り……)

蒼天の空が地上へ落ちたようだった。目の前に広がる一面の青い海からは波音が聞こえてくる。活気ある港街。人の声が行き交って、香ばしい匂いの漂う露店がいくつもある。中には美しい装飾品の売られている店もあった。本で見たことがある。あれは貝殻というやつだ。

砂浜に降り立ってみる。細かい砂が靴と足の間に入って気持ち悪かった。

カルミアは周囲の者達がそうしているように、そっと靴を脱いで裸足で砂浜を歩いてみた。柔い砂の感触。打ち寄せる波に指先が振れた。

「……っ」

(冷たい……でも、気持ちいいわ)

白いワンピースを翻して、しばらく足先で波と遊んでいた。

だけどこうして広大な海の前で1人でいると虚しくなってしまって、カルミアは小さく溜息を吐き、足から砂を払いしばらく乾かす。

視線を浜辺へ向けると、遠くに船が見えた。

船は徐々に近づいてきて、そのたびに、カルミアの周りにも人が寄り集まって来る。

正確にはカルミアの周りにではなく、その船が到着するであろう船着き場の付近に。

「ほら、どいた、どいた!」

船が見上げるほど近くに来た時、船着き場に群がる人々を散らすように駆けてきたのは、国の役人らしき恰好をした男達だった。屈強な男達は人々を蹴散らすと声高に叫ぶ。

「今より、ここを封鎖する!隣国より要人来る(きたる)ため、ここを封鎖する!皆、散れ!散れ!」

そう言われても、すでに大勢の人間が寄り集まってしまっている。見上げるほどに大きくなったその船を、皆口を半開きにして見つめていた。カルミアは抜け出そうと試みてみるが、人波に揉まれ、そこから抜け出したくても抜け出せない。

しばらくして、船が船着き場についた。先まで声高に叫んでいた男達は、大きな盾のようなもので、船から降りてくるであろう要人のための道をつくっていた。

──……なあ、隣国からの要人って誰か知ってるか?
──……さあなあ

周囲の声音がよく聞こえる。カルミアは必死に人波から抜けようとするが、砂に足を取られて上手く駆けだすことも出来なかった。

──……やあね、あなた達知らないの?隣国の王女・ビビアン様がいらっしゃったのよ

誰かが喜々として言った。カルミアはその名に肩をビクリと震わせる。

隣国の王女──ビビアン。

数ヵ月の間共に旅をした。彼女は魔王を討伐するまで村娘を装っていたが、ダエルが魔王を討伐した後に自らの身分を明かして隣国の王女であると告げたのである。

その理由は、健気なものだった。

隣国の王女としての身分を捨てる覚悟で、魔王討伐に加わり、大陸に平穏をもたらしたかったという。

凛とした雰囲気を持つ美しき隣国の王女。彼女の話は美談としてこの国の民にも浸透し、今や小説として盛り上がりを見せていた。

小説の題名は「ビビアン姫と勇者ダエル」

そう。麗しき隣国の姫と勇者ダエルが、力を合わせて魔物を倒しながら愛を深め合い、魔王を討伐した後に結ばれるという。そんな話だ。皮肉なことに、その小説の中にダエルの幼馴染であるカルミアは存在しない。

作り話だ、気にすることはない。と、前は考えるようにしていた。

だけど、きちんと現実を見るべきだった。

(ダエルにとって……私はそんなものだったのよ)

物語に存在しない自分。それこそが本当の自分だった。ダエルが懸命に戦う中でただ祈ることしか出来ない。祈っても、聖女のように力があるわけではない。ダエルに何か加護を与えられるわけでもない。

無意味な祈りを捧げて、傷ついたダエルの手当をして。それだって、治癒師が加わった後は用済みだった。

仲間が増えるごとに頼もしさが増す。それと同時にカルミアは自分の立場が徐々に削られているような錯覚を覚えた。

そう、あの日、あの時。

瀕死のダエルを守るために、カルミアはその身を投げ出した。

もしかしたらあの時、自分は「死んでしまいたい」と思っていたのではなかったか。ここでダエルを守って死んでしまえば、一生ダエルの心の中で生き続けることが出来る。そんな悍ましいことが考えていなかったか。

(「否」と答えられない自分が怖い……)

カルミアは無意識に自分自身の身体を抱きしめた。

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