9 / 14
テンゼル
しおりを挟む
その日から、カルミアは再び部屋の中に閉じこもって暮すことを余儀なくされた。窓辺から見える街の雰囲気はいつもとは違ってどこか陰鬱としている。
空が曇っているせいではなく、ただ単に閑散としているのだ。
昨日、すぐそこの通りを走っていた子供の声も、薔薇の花籠を持った若い女の話声も。活気ある若い男の恫喝する声も。何もかも聞こえない。特に通りには男ばかりで、女を見かけることはあまりない。
カルミアがこの街に引っ越してきてから、こんなことは一度もなかった。
恐ろしいほどの静けさ。部屋の中でクロエと2人きりでいることがこんなにも心元ない。
腕の中で眠る小さな赤子。クロエの瞳はカルミアに似て濃いルビーの色合いをしている。ほんの少し生える髪もカルミアによく似た金色。愛らしい天使ような我が子。
カルミアはクロエを柔く抱きしめた。
幾日がして。
ランネルが部屋を訪れた。ランネルの顔は日が経つごとに鬱々としている。
「……今日もまた1人、いなくなったの」
そう言って顔を俯けるランネルの声音は今までにないくらい静かだ。
「今日は誰が?」
「この街に来たばかりの子。蜂蜜売りのケイトおば様のところまで働きに来た子らしいの。私は知らない子だけど、ケイトおば様は、ものすごく嘆いていらっしゃったわ」
顔を覆うランネルの肩をカルミアはそっと撫でた。
「……テンゼルは人心掌握に長けた人間なのかしら」
カルミアの呟きに、ランネルは顔をあげた。
「そう、なのかもしれない。彼と直接話したことはないの。だけど、そうとしか考えられないわね」
ランネルが頷いた時、ふいに扉の戸が忙しなく叩かれた。
扉の向こうから聞こえてくるか細い声。この声は。
「リネットの声だわ」
カルミアが急いで扉へ向かおうとすると、何故かランネルに押しとどめられた。
「ミア、クロエを抱いて……絶対に奥の部屋から出てきては駄目」
瞬間、剣呑な空気が部屋の中を見たした。反論を許さないその口調。カルミアはランネルに強い力で、奥の部屋へと押し込められた。
閉じられた扉の向こう側、ランネルの険しい声が聞こえてくる。そして1人。野太い男の声だ。一体、誰の声音なのか。
(もしかして……テンゼル?)
そんな馬鹿な。なぜ、テンゼルがカルミアの家を知っているというんだ。考えすぎにもほどがある。すぐに自らの思考を正そうとするカルミアだったが、次のランネルの言葉で冷や水を浴びせられたかのような心境に陥る。
「……テンゼル様、一体何の用でこちらに?」
(嘘……どうして)
本当にテンゼルだというのか。カルミアとテンゼルに面識などない。それが一体どうしてこんな小さな家にまで来るというのだ。
「この家に相当な美人が住んでいると聞いてな。いや、なに、少しその顔を拝ませてもらおうと思ったまでよ」
その気味の悪いねっとりとして声音に、カルミアの背筋がぞっと泡だった。
空が曇っているせいではなく、ただ単に閑散としているのだ。
昨日、すぐそこの通りを走っていた子供の声も、薔薇の花籠を持った若い女の話声も。活気ある若い男の恫喝する声も。何もかも聞こえない。特に通りには男ばかりで、女を見かけることはあまりない。
カルミアがこの街に引っ越してきてから、こんなことは一度もなかった。
恐ろしいほどの静けさ。部屋の中でクロエと2人きりでいることがこんなにも心元ない。
腕の中で眠る小さな赤子。クロエの瞳はカルミアに似て濃いルビーの色合いをしている。ほんの少し生える髪もカルミアによく似た金色。愛らしい天使ような我が子。
カルミアはクロエを柔く抱きしめた。
幾日がして。
ランネルが部屋を訪れた。ランネルの顔は日が経つごとに鬱々としている。
「……今日もまた1人、いなくなったの」
そう言って顔を俯けるランネルの声音は今までにないくらい静かだ。
「今日は誰が?」
「この街に来たばかりの子。蜂蜜売りのケイトおば様のところまで働きに来た子らしいの。私は知らない子だけど、ケイトおば様は、ものすごく嘆いていらっしゃったわ」
顔を覆うランネルの肩をカルミアはそっと撫でた。
「……テンゼルは人心掌握に長けた人間なのかしら」
カルミアの呟きに、ランネルは顔をあげた。
「そう、なのかもしれない。彼と直接話したことはないの。だけど、そうとしか考えられないわね」
ランネルが頷いた時、ふいに扉の戸が忙しなく叩かれた。
扉の向こうから聞こえてくるか細い声。この声は。
「リネットの声だわ」
カルミアが急いで扉へ向かおうとすると、何故かランネルに押しとどめられた。
「ミア、クロエを抱いて……絶対に奥の部屋から出てきては駄目」
瞬間、剣呑な空気が部屋の中を見たした。反論を許さないその口調。カルミアはランネルに強い力で、奥の部屋へと押し込められた。
閉じられた扉の向こう側、ランネルの険しい声が聞こえてくる。そして1人。野太い男の声だ。一体、誰の声音なのか。
(もしかして……テンゼル?)
そんな馬鹿な。なぜ、テンゼルがカルミアの家を知っているというんだ。考えすぎにもほどがある。すぐに自らの思考を正そうとするカルミアだったが、次のランネルの言葉で冷や水を浴びせられたかのような心境に陥る。
「……テンゼル様、一体何の用でこちらに?」
(嘘……どうして)
本当にテンゼルだというのか。カルミアとテンゼルに面識などない。それが一体どうしてこんな小さな家にまで来るというのだ。
「この家に相当な美人が住んでいると聞いてな。いや、なに、少しその顔を拝ませてもらおうと思ったまでよ」
その気味の悪いねっとりとして声音に、カルミアの背筋がぞっと泡だった。
133
あなたにおすすめの小説
幸せな結婚生活に妻が幼馴染と不倫関係、夫は許すことができるか悩み人生を閉じて妻は後悔と罪の意識に苦しむ
ぱんだ
恋愛
王太子ハリー・アレクサンディア・テオドール殿下と公爵令嬢オリビア・フランソワ・シルフォードはお互い惹かれ合うように恋に落ちて結婚した。
夫ハリー殿下と妻オリビア夫人と一人娘のカミ-ユは人生の幸福を満たしている家庭。
ささいな夫婦喧嘩からハリー殿下がただただ愛している妻オリビア夫人が不倫関係を結んでいる男性がいることを察する。
歳の差があり溺愛している年下の妻は最初に相手の名前を問いただしてもはぐらかそうとして教えてくれない。夫は胸に湧き上がるものすごい違和感を感じた。
ある日、子供と遊んでいると想像の域を遥かに超えた出来事を次々に教えられて今までの幸せな家族の日々が崩れていく。
自然な安らぎのある家庭があるのに禁断の恋愛をしているオリビア夫人をハリー殿下は許すことができるのか日々胸を痛めてぼんやり考える。
長い期間積み重ねた愛情を深めた夫婦は元の関係に戻れるのか頭を悩ませる。オリビア夫人は道ならぬ恋の相手と男女の関係にピリオドを打つことができるのか。
こんな婚約者は貴女にあげる
如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。
初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。
王子が親友を好きになり婚約破棄「僕は本当の恋に出会えた。君とは結婚できない」王子に付きまとわれて迷惑してる?衝撃の真実がわかった。
ぱんだ
恋愛
セシリア公爵令嬢とヘンリー王子の婚約披露パーティーが開かれて以来、彼の様子が変わった。ある日ヘンリーから大事な話があると呼び出された。
「僕は本当の恋に出会ってしまった。もう君とは結婚できない」
もうすっかり驚いてしまったセシリアは、どうしていいか分からなかった。とりあえず詳しく話を聞いてみようと思い尋ねる。
先日の婚約披露パーティーの時にいた令嬢に、一目惚れしてしまったと答えたのです。その令嬢はセシリアの無二の親友で伯爵令嬢のシャロンだったというのも困惑を隠せない様子だった。
結局はヘンリーの強い意志で一方的に婚約破棄したいと宣言した。誠実な人柄の親友が裏切るような真似はするはずがないと思いシャロンの家に会いに行った。
するとヘンリーがシャロンにしつこく言い寄っている現場を目撃する。事の真実がわかるとセシリアは言葉を失う。
ヘンリーは勝手な思い込みでシャロンを好きになって、つきまとい行為を繰り返していたのだ。
王太子殿下のおっしゃる意味がよくわかりません~知能指数が離れすぎていると、会話が成立しない件
碧井 汐桜香
恋愛
天才マリアーシャは、お馬鹿な王子の婚約者となった。マリアーシャが王妃となることを条件に王子は王太子となることができた。
王子の代わりに勉学に励み、国を発展させるために尽力する。
ある日、王太子はマリアーシャに婚約破棄を突きつける。
知能レベルの違う二人の会話は成り立つのか?
幼馴染に婚約者を奪われましたが、私を愛してくれるお方は別に居ました
マルローネ
恋愛
ミアスタ・ハンプリンは伯爵令嬢であり、侯爵令息のアウザー・スネークと婚約していた。
しかし、幼馴染の令嬢にアウザーは奪われてしまう。
信じていた幼馴染のメリス・ロークに裏切られ、婚約者にも裏切られた彼女は酷い人間不信になってしまった。
その時に現れたのが、フィリップ・トルストイ公爵令息だ。彼はずっとミアスタに片想いをしており
一生、ミアスタを幸せにすると約束したのだった。ミアスタの人間不信は徐々に晴れていくことになる。
そして、完全復活を遂げるミアスタとは逆に、アウザーとメリスの二人の関係には亀裂が入るようになって行き……。
とある令嬢の婚約破棄
あみにあ
恋愛
とある街で、王子と令嬢が出会いある約束を交わしました。
彼女と王子は仲睦まじく過ごしていましたが・・・
学園に通う事になると、王子は彼女をほって他の女にかかりきりになってしまいました。
その女はなんと彼女の妹でした。
これはそんな彼女が婚約破棄から幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる