14 / 35
第1章 ディアス公爵邸編
第14話 質問の嵐
しおりを挟む
そうして私は、昨夜と同じように中庭の木に腰かけていた。時刻も同じ夜の九時を回っている。後ろには、日中私たちが座っていたベンチがあった。
あの時、魔女だと告白した私を前に、『少女』は怯むどころか懇願してきた。しかし私は、相手の正体が分からないまま願いを叶えるほど、できた人間ではない。
確かにルシ、いやルシア様のことは心配だけど、それとこれとでは話が別だった。だから私も、『少女』のように遠慮なく尋ねた。
「ルシア様のことを聞く前に、あなたは誰ですか?」
私も正体を明かしたのだ。そちらも答えるのが筋だろう。そう凄んで見せたが、『少女』はあっけらかんとした態度を見せただけだった。
「そうか。まだ名乗っていなかったな。気持ちが急いで、礼を欠いてしまった。すまない。俺はルシアの双子の兄、ザカリー・ディアスだ」
「えっ?」
予想外の言葉に私は動揺した。だって、兄? 兄って、あの兄よね? 血縁者だとは思っていたけど、姉ではなく、兄? ということは、えっと……その、つまり……。
「男……の子?」
「こんな格好で言うのもなんだが、気がつかなかったのか?」
「はい。とても似合っていますので」
「今はまだ、ルシアと差異がないからな」
そうはいうけれど、ザカリー様の長く伸びた金髪。ドレスのようなワンピースを着て歩く姿は、どこからどう見ても、貴族令嬢だった。突発的に、男爵令嬢になった私とは違い。
そう未だに私は、小綺麗な服に慣れずにいた。ザカリー様が着ていらっしゃる、袖を膨らませたパフスリーブのワンピースなんて、以ての外。考えただけでも、ゾッとする。
ん? 袖? もしかして、肩の骨格を隠すために、敢えてそのワンピースを着ていらっしゃるの?
けれど疑念はまだあった。
「声……そう、声だって!」
「……声変わりがなかったのだ。いや、これからかもしれないが」
「髪は地毛ですか?」
「あぁ。始めはつけ毛で誤魔化していたが、長くやっている内にすべて地毛になった」
「羨ましいです~」
私は思わず、ザカリー様の髪に触れた。髪を高い位置で結い上げているのに、腰まで届くその長さ。艶やかなのに、さらさらとした髪質。幼い頃から手入れをされているのが十分、分かるほどだった。
男の子のザカリー様がこうなのに、私は……と今までの経緯を思い起こしてしまった。一応、身嗜みには気をつけているが、長年の習慣というのはなかなか取れるものではない。
ぼさぼさ頭のまま、ベッドにダイブ。朝はバタバタしていて、髪なんて適当に梳かすだけ。寝癖が酷い時は、結ってやり過ごすほど雑な扱いしかしていなかった。
お陰で、ザカリー様ほどの艶はない。幸いにも金髪と違い、茶髪に艶があろうがなかろうが、あまり変わらないのが美徳だった。
「……アニタ」
「あっ、す、すみません」
私ったら、女の子同士ならいざ知らず。男の子の髪を! 色々と考え事をしながらだったから、失礼なことをしていないかしら。触り心地も良かったし……。
すぐに手を離すと、ザカリー様は恥ずかしそうに、髪を後ろに追いやった。私はそれが少しだけ寂しくて、さらに深い質問をした。
「その、抵抗などはなかったのですか?」
「幼い頃からルシアと同じ格好をさせられていたからな」
確かに。こんな愛くるしい双子を前にしたら、性別なんて関係ないものね。可愛らしい洋服を着せて、花々が咲き誇る庭園を歩かせたら、どんなに素敵だろうか。きっとディアス公爵夫妻も思ったことだろう。
うっとりと想像してしまった私とは裏腹に、ザカリー様は視線を逸らしながらも、私の素朴な疑問に、丁寧に答えてくれている。口が悪く、横柄な態度を見せてはいるが、心根は優しいのかもしれない。
それならば、あのことについて聞いても答えてくださるだろうか。そう思った途端、口から質問が飛び出ていた。
「ザカリー様は何故、そこまでしてルシア様の格好、というか真似をなさっているのですか?」
「……ルシアが、王子の婚約者候補だというのは知っているな?」
「はい。家庭教師を呼ぶのは、そのためだと伺いました」
まぁ、私は違うけれど。
「仮に婚約者になれたとして、ルシアがそれに耐えられると思うか?」
「それは精神面ではなく、体力面という意味ですよね」
「無論だ」
それならば答えは決まっている。無理だ。部屋の外にさえ、満足に出られないルシア様に、務まるとは思えない。
「昨日、会ったばかりのアニタでも気づくというのに、父上や周りの者たちにはそれが分からない。いや、ルシアを人とも思っていないのだろう。地位や立場ばかりを気にしているのだからな」
「私には貴族の情勢というものは分かりません。けれどこのままでは、ルシア様の命に関わる、ということですか?」
「そうだ。このまま話が通れば、ルシアは死んでしまう。それに父上は、ルシアをいずれ王妃にしたいと考えているようだが、それも無理な話だ。王妃としての公務はおろか、世継ぎだって産めないだろう」
残酷な話だが、世継ぎが産めなければ、早々に側室を迎えるだろう。さらに子が産まれれば、側室といえど権力を持つ。
蔑ろにされるルシア様の姿が目に浮かんだ。たとえ、ディアス公爵家の生まれであったとしても、避けられない未来だろう。
「だからルシア様の格好を……」
守るためとはいえ、生半可な覚悟ではできないはずだ。今はいいとしても、成長すれば骨格も変わってくるし、声だって。いつ声変りをするのか、怯える日々を送る可能性だってある。
そうか。だから私が魔女であるか、そうでないか。ザカリー様にとっては重要なことだったのだ。今の状況を変える布石として。
私は再びザカリー様の頭に向かって手を伸ばした。
どれだけの年月、この少年は頑張って来たのだろうか。たった一人で妹を守るために、どれだけ心を砕いたのだろう。
そんな日々が続けば、心が擦れてしまうのも無理はないと思った。
あの時、魔女だと告白した私を前に、『少女』は怯むどころか懇願してきた。しかし私は、相手の正体が分からないまま願いを叶えるほど、できた人間ではない。
確かにルシ、いやルシア様のことは心配だけど、それとこれとでは話が別だった。だから私も、『少女』のように遠慮なく尋ねた。
「ルシア様のことを聞く前に、あなたは誰ですか?」
私も正体を明かしたのだ。そちらも答えるのが筋だろう。そう凄んで見せたが、『少女』はあっけらかんとした態度を見せただけだった。
「そうか。まだ名乗っていなかったな。気持ちが急いで、礼を欠いてしまった。すまない。俺はルシアの双子の兄、ザカリー・ディアスだ」
「えっ?」
予想外の言葉に私は動揺した。だって、兄? 兄って、あの兄よね? 血縁者だとは思っていたけど、姉ではなく、兄? ということは、えっと……その、つまり……。
「男……の子?」
「こんな格好で言うのもなんだが、気がつかなかったのか?」
「はい。とても似合っていますので」
「今はまだ、ルシアと差異がないからな」
そうはいうけれど、ザカリー様の長く伸びた金髪。ドレスのようなワンピースを着て歩く姿は、どこからどう見ても、貴族令嬢だった。突発的に、男爵令嬢になった私とは違い。
そう未だに私は、小綺麗な服に慣れずにいた。ザカリー様が着ていらっしゃる、袖を膨らませたパフスリーブのワンピースなんて、以ての外。考えただけでも、ゾッとする。
ん? 袖? もしかして、肩の骨格を隠すために、敢えてそのワンピースを着ていらっしゃるの?
けれど疑念はまだあった。
「声……そう、声だって!」
「……声変わりがなかったのだ。いや、これからかもしれないが」
「髪は地毛ですか?」
「あぁ。始めはつけ毛で誤魔化していたが、長くやっている内にすべて地毛になった」
「羨ましいです~」
私は思わず、ザカリー様の髪に触れた。髪を高い位置で結い上げているのに、腰まで届くその長さ。艶やかなのに、さらさらとした髪質。幼い頃から手入れをされているのが十分、分かるほどだった。
男の子のザカリー様がこうなのに、私は……と今までの経緯を思い起こしてしまった。一応、身嗜みには気をつけているが、長年の習慣というのはなかなか取れるものではない。
ぼさぼさ頭のまま、ベッドにダイブ。朝はバタバタしていて、髪なんて適当に梳かすだけ。寝癖が酷い時は、結ってやり過ごすほど雑な扱いしかしていなかった。
お陰で、ザカリー様ほどの艶はない。幸いにも金髪と違い、茶髪に艶があろうがなかろうが、あまり変わらないのが美徳だった。
「……アニタ」
「あっ、す、すみません」
私ったら、女の子同士ならいざ知らず。男の子の髪を! 色々と考え事をしながらだったから、失礼なことをしていないかしら。触り心地も良かったし……。
すぐに手を離すと、ザカリー様は恥ずかしそうに、髪を後ろに追いやった。私はそれが少しだけ寂しくて、さらに深い質問をした。
「その、抵抗などはなかったのですか?」
「幼い頃からルシアと同じ格好をさせられていたからな」
確かに。こんな愛くるしい双子を前にしたら、性別なんて関係ないものね。可愛らしい洋服を着せて、花々が咲き誇る庭園を歩かせたら、どんなに素敵だろうか。きっとディアス公爵夫妻も思ったことだろう。
うっとりと想像してしまった私とは裏腹に、ザカリー様は視線を逸らしながらも、私の素朴な疑問に、丁寧に答えてくれている。口が悪く、横柄な態度を見せてはいるが、心根は優しいのかもしれない。
それならば、あのことについて聞いても答えてくださるだろうか。そう思った途端、口から質問が飛び出ていた。
「ザカリー様は何故、そこまでしてルシア様の格好、というか真似をなさっているのですか?」
「……ルシアが、王子の婚約者候補だというのは知っているな?」
「はい。家庭教師を呼ぶのは、そのためだと伺いました」
まぁ、私は違うけれど。
「仮に婚約者になれたとして、ルシアがそれに耐えられると思うか?」
「それは精神面ではなく、体力面という意味ですよね」
「無論だ」
それならば答えは決まっている。無理だ。部屋の外にさえ、満足に出られないルシア様に、務まるとは思えない。
「昨日、会ったばかりのアニタでも気づくというのに、父上や周りの者たちにはそれが分からない。いや、ルシアを人とも思っていないのだろう。地位や立場ばかりを気にしているのだからな」
「私には貴族の情勢というものは分かりません。けれどこのままでは、ルシア様の命に関わる、ということですか?」
「そうだ。このまま話が通れば、ルシアは死んでしまう。それに父上は、ルシアをいずれ王妃にしたいと考えているようだが、それも無理な話だ。王妃としての公務はおろか、世継ぎだって産めないだろう」
残酷な話だが、世継ぎが産めなければ、早々に側室を迎えるだろう。さらに子が産まれれば、側室といえど権力を持つ。
蔑ろにされるルシア様の姿が目に浮かんだ。たとえ、ディアス公爵家の生まれであったとしても、避けられない未来だろう。
「だからルシア様の格好を……」
守るためとはいえ、生半可な覚悟ではできないはずだ。今はいいとしても、成長すれば骨格も変わってくるし、声だって。いつ声変りをするのか、怯える日々を送る可能性だってある。
そうか。だから私が魔女であるか、そうでないか。ザカリー様にとっては重要なことだったのだ。今の状況を変える布石として。
私は再びザカリー様の頭に向かって手を伸ばした。
どれだけの年月、この少年は頑張って来たのだろうか。たった一人で妹を守るために、どれだけ心を砕いたのだろう。
そんな日々が続けば、心が擦れてしまうのも無理はないと思った。
30
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので……
短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
このお話は小説家になろう様にも掲載しています。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる