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第1章 ディアス公爵邸編
第16話 ルシアの病
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「まぁ、お兄様から聞いていたけれど、こっちがアニーの本当の姿なのね。ほら、私が言った通り。やっぱりアニーは魔女だったのね」
二十歳の姿に戻った私を見て、ルシア様が声を上げた。ザカリー様と同じで、気味が悪いとは微塵も感じていないようだった。
「はい。隠していて申し訳ありません」
確かに、ルシア様は何の疑いもなく、最初から私を魔女だと言い当てた人物。おそらくザカリー様にも、そのまま伝えたのだろう。だからザカリー様は、私を魔女なのか、と疑いもせずに尋ねたのだ。
そもそも双子の妹の言葉を信じない兄はいない。妹のためにわざわざ女装までする御方なのだから、無理もないだろう。さらにそのルシア様は、私にとても好意的だった。だから逆にザカリー様は、慎重に探りを入れたのだ。
なんて仲のいい兄妹なのだろう。特にルシア様を全面的にサポートするザカリー様の献身ぶりに、驚いてしまう。
けれどやはり、というべきか、これだけは聞かずにいられなかった。先ほどザカリー様は答えてくださったが、ルシア様の口からは聞いていない。格好については、恥ずかしい感想をいただいたけれど。
「その、ルシア様は私の姿を見ても大丈夫ですか? 気味が悪かったら言ってください」
「えっ、そんなこと思うなんてあり得ないわ。どっちもアニーであることは、変わらないのだから」
そう言ってくれるだけでも嬉しいのに、ルシア様は私のところまで近づいてきた。
ほんのわずかな距離だったが、気持ちが昂っているのだろう。その足取りが少しばかり速く見えた。けれどザカリー様からルシア様の病気を聞いているだけに、思わず心配になる。
ルシア様を治してほしいと言われても、私は医者ではない。魔女だ。それも万能とは言い難い分類の魔女。事前の情報が必要だった。
***
「レルシィ病ですか?」
ルシア様の病名を聞いたのは、改めてザカリー様が女装するに至った経緯を聞いた後だった。
突然、病の話をすると、逆にルシア様が警戒するのではないか、とザカリー様が懸念したからだ。病気になった途端、使用人たちがよそよそしくなってしまったからだという。他の令嬢たちとは、そもそも遊べるわけがないため、交流もしていない。
ザカリー様は私が避けるはずはない、と分かっていても、事情を知らないルシア様は……敏感に反応してしまうかもしれない。私もルシア様を傷つけたいわけではなかったから、それに賛同した。
しかしその病名を聞いた途端、私は驚きのあまり声に出してしまった。ハッとなって、口元を手で覆ったが、すでに後の祭り。
それでも申し訳ない気持ちでベッドの上に座るルシア様へ視線を向けると、少しだけ困った表情が目に入った。正面の椅子に座るザカリー様も、同じ表情になっている。それが余計、罪悪感となって胸を締めつけた。
「あぁ、そうだ」
「……すでに終息した、と聞きましたが」
「表向きはな。実際は、ルシアが罹っているように、まだ続いている」
レルシィ病とは、十年前に流行った疫病だ。
感染力はけして強くないが、子供にしか発症しない、稀有な病だった。しかも、女児のみが発症するという特性を持っている。
何故、そうなのかは不明だが、感染すると足に赤い斑点が現れ、次第に動かなくなり、最悪、切断することもあるという。
けれどそれだけで、死に至るほどの病ではなかったからだろう。あまり深刻に捉えられることはなかった。
しかしこの疫病の発祥とされる、レルシィ教会は違う。そう、レルシィという病名が教会から取られていたことがわかるように、そこは孤児院と併合していた。
当然、孤児院に子供が多くいて、その中でもレルシィ教会は女児が多かった。だから一人が発症すると、また一人、また一人と次々に感染していき……その子たちは隔離された。けれど、発症していない男児たちの行動までは抑えることはできず、結果、街へ感染していったのだ。
病で苦しむ女児たちを放って、元気な男児たちの相手ができるシスターたちはいない。どちらかというと、満足な治療など受けられることもなく、病が進行していく女児たちの世話で精一杯だったのだ。
しかしその苦労も虚しく、女児たちの足は動かなくなった。病に侵され、引き取り手がなくなった絶望感。シスターたちの関心も次第に薄れて……生きる希望などそこにあるだろうか。そんな子どもに誰が手を差し伸べる? 誰が面倒を見てくれるというのだろうか。
その結果、死に至らないとされていたレルシィ病に、初の死者が出たのだ。すると、危機感を抱くのが人間という生き物。
国、貴族たちがレルシィ教会を訪れ、事態の終息に動いた。
「母上は、ディアス公爵夫人として、レルシィ教会へ慰問に行くべきだと進言し、他の夫人たちを焚きつけた。大人はうつらないから、大丈夫だと言って」
「お気持ちや立場は分かりますが、大人であっても感染はします。ただ発症しないだけであって」
当時、私は十歳だったため、お祖母様から外部との接触を禁じられた。登山者や、お祖母様を訪ねてくる者のほとんどは、大人だったからだ。
それほどにお祖母様は、私が感染しないようにと注意してくれたから、うつることはなかったけれど。まさか、ルシア様が……。
「そうだ。しかも母上はご自分が進言した、という責任もあって……」
「もしかして、公爵邸で夫人を見かけないのは……」
じ、自殺……!
「いや、母上は生家である伯爵家に帰ってもらっている」
「あっ、そうですよね。ご自分のせいでルシア様が感染してしまったのですから。距離を置かれた方が――……」
「違う。母上が実家に帰ったのは、アニタが想像している内容ではない。王子の婚約者候補から外してほしいという、抗議の証だ」
「え?」
なんで、ここで抗議の話? それも公爵夫人が?
「考えてもみろ。ルシアがレルシィ病に罹っていることを知っていたら、父上が家庭教師など雇うと思うか?」
「いいえ、思いません。が、本当にご存知ないのですか?」
「母上が断固として父上に知られたくないと言うのでな。誰も逆らってまで、父上に言う者もいなかった。だが、さすがにこのままではマズイと思ったのだろう。ルシアを婚約者候補から外してほしい、と自ら父上に進言したのだが、受け入れてもらえず……」
「それで抗議という名目で帰られた、と……」
確かに、ボロを出さないためには懸命な判断とは思うけれど……それはそれでどうなのだろうか。
目を閉じるザカリー様を見て、私も頭を抱えた。
「お兄様もアニーも、深刻に考え過ぎよ。私は大丈夫だから」
そう言いながら、ベッドから降りて私に近づいてくるルシア様。その途端、体が前に倒れそうになった。
「危ないっ!」
咄嗟に、その細い体に向けて手を伸ばす。
やはりとも言うべきか。体が傾く寸前、右足の動きがおかしかった。おそらく、すぐに膝を曲げることができなかったのだろう。足が床から離れず、躓いたように見えた。
ルシア様がレルシィ病だと知らなければ、どんくさいの一言で片づけられてしまう一幕だが、これは違う。足が硬直したのだ。
思わずルシア様を抱く腕に力が入る。
「ありがとう、アニー。私ったら、歩く時はゆっくりって言われていたのに、すぐに忘れてしまうなんてね」
何でもなさそうにクスクス笑うルシア様の姿を見て、私は胸が絞めつけられるような思いでいっぱいになった。
病に罹ったのは、ルシア様のせいでもないのに、彼女はこんなにも無邪気に振る舞う。本当は外で遊びたい、甘えたい。そんな年頃だというのに。
ザカリー様だけでなく、ルシア様の力になりたいと、純粋に強く思った。
二十歳の姿に戻った私を見て、ルシア様が声を上げた。ザカリー様と同じで、気味が悪いとは微塵も感じていないようだった。
「はい。隠していて申し訳ありません」
確かに、ルシア様は何の疑いもなく、最初から私を魔女だと言い当てた人物。おそらくザカリー様にも、そのまま伝えたのだろう。だからザカリー様は、私を魔女なのか、と疑いもせずに尋ねたのだ。
そもそも双子の妹の言葉を信じない兄はいない。妹のためにわざわざ女装までする御方なのだから、無理もないだろう。さらにそのルシア様は、私にとても好意的だった。だから逆にザカリー様は、慎重に探りを入れたのだ。
なんて仲のいい兄妹なのだろう。特にルシア様を全面的にサポートするザカリー様の献身ぶりに、驚いてしまう。
けれどやはり、というべきか、これだけは聞かずにいられなかった。先ほどザカリー様は答えてくださったが、ルシア様の口からは聞いていない。格好については、恥ずかしい感想をいただいたけれど。
「その、ルシア様は私の姿を見ても大丈夫ですか? 気味が悪かったら言ってください」
「えっ、そんなこと思うなんてあり得ないわ。どっちもアニーであることは、変わらないのだから」
そう言ってくれるだけでも嬉しいのに、ルシア様は私のところまで近づいてきた。
ほんのわずかな距離だったが、気持ちが昂っているのだろう。その足取りが少しばかり速く見えた。けれどザカリー様からルシア様の病気を聞いているだけに、思わず心配になる。
ルシア様を治してほしいと言われても、私は医者ではない。魔女だ。それも万能とは言い難い分類の魔女。事前の情報が必要だった。
***
「レルシィ病ですか?」
ルシア様の病名を聞いたのは、改めてザカリー様が女装するに至った経緯を聞いた後だった。
突然、病の話をすると、逆にルシア様が警戒するのではないか、とザカリー様が懸念したからだ。病気になった途端、使用人たちがよそよそしくなってしまったからだという。他の令嬢たちとは、そもそも遊べるわけがないため、交流もしていない。
ザカリー様は私が避けるはずはない、と分かっていても、事情を知らないルシア様は……敏感に反応してしまうかもしれない。私もルシア様を傷つけたいわけではなかったから、それに賛同した。
しかしその病名を聞いた途端、私は驚きのあまり声に出してしまった。ハッとなって、口元を手で覆ったが、すでに後の祭り。
それでも申し訳ない気持ちでベッドの上に座るルシア様へ視線を向けると、少しだけ困った表情が目に入った。正面の椅子に座るザカリー様も、同じ表情になっている。それが余計、罪悪感となって胸を締めつけた。
「あぁ、そうだ」
「……すでに終息した、と聞きましたが」
「表向きはな。実際は、ルシアが罹っているように、まだ続いている」
レルシィ病とは、十年前に流行った疫病だ。
感染力はけして強くないが、子供にしか発症しない、稀有な病だった。しかも、女児のみが発症するという特性を持っている。
何故、そうなのかは不明だが、感染すると足に赤い斑点が現れ、次第に動かなくなり、最悪、切断することもあるという。
けれどそれだけで、死に至るほどの病ではなかったからだろう。あまり深刻に捉えられることはなかった。
しかしこの疫病の発祥とされる、レルシィ教会は違う。そう、レルシィという病名が教会から取られていたことがわかるように、そこは孤児院と併合していた。
当然、孤児院に子供が多くいて、その中でもレルシィ教会は女児が多かった。だから一人が発症すると、また一人、また一人と次々に感染していき……その子たちは隔離された。けれど、発症していない男児たちの行動までは抑えることはできず、結果、街へ感染していったのだ。
病で苦しむ女児たちを放って、元気な男児たちの相手ができるシスターたちはいない。どちらかというと、満足な治療など受けられることもなく、病が進行していく女児たちの世話で精一杯だったのだ。
しかしその苦労も虚しく、女児たちの足は動かなくなった。病に侵され、引き取り手がなくなった絶望感。シスターたちの関心も次第に薄れて……生きる希望などそこにあるだろうか。そんな子どもに誰が手を差し伸べる? 誰が面倒を見てくれるというのだろうか。
その結果、死に至らないとされていたレルシィ病に、初の死者が出たのだ。すると、危機感を抱くのが人間という生き物。
国、貴族たちがレルシィ教会を訪れ、事態の終息に動いた。
「母上は、ディアス公爵夫人として、レルシィ教会へ慰問に行くべきだと進言し、他の夫人たちを焚きつけた。大人はうつらないから、大丈夫だと言って」
「お気持ちや立場は分かりますが、大人であっても感染はします。ただ発症しないだけであって」
当時、私は十歳だったため、お祖母様から外部との接触を禁じられた。登山者や、お祖母様を訪ねてくる者のほとんどは、大人だったからだ。
それほどにお祖母様は、私が感染しないようにと注意してくれたから、うつることはなかったけれど。まさか、ルシア様が……。
「そうだ。しかも母上はご自分が進言した、という責任もあって……」
「もしかして、公爵邸で夫人を見かけないのは……」
じ、自殺……!
「いや、母上は生家である伯爵家に帰ってもらっている」
「あっ、そうですよね。ご自分のせいでルシア様が感染してしまったのですから。距離を置かれた方が――……」
「違う。母上が実家に帰ったのは、アニタが想像している内容ではない。王子の婚約者候補から外してほしいという、抗議の証だ」
「え?」
なんで、ここで抗議の話? それも公爵夫人が?
「考えてもみろ。ルシアがレルシィ病に罹っていることを知っていたら、父上が家庭教師など雇うと思うか?」
「いいえ、思いません。が、本当にご存知ないのですか?」
「母上が断固として父上に知られたくないと言うのでな。誰も逆らってまで、父上に言う者もいなかった。だが、さすがにこのままではマズイと思ったのだろう。ルシアを婚約者候補から外してほしい、と自ら父上に進言したのだが、受け入れてもらえず……」
「それで抗議という名目で帰られた、と……」
確かに、ボロを出さないためには懸命な判断とは思うけれど……それはそれでどうなのだろうか。
目を閉じるザカリー様を見て、私も頭を抱えた。
「お兄様もアニーも、深刻に考え過ぎよ。私は大丈夫だから」
そう言いながら、ベッドから降りて私に近づいてくるルシア様。その途端、体が前に倒れそうになった。
「危ないっ!」
咄嗟に、その細い体に向けて手を伸ばす。
やはりとも言うべきか。体が傾く寸前、右足の動きがおかしかった。おそらく、すぐに膝を曲げることができなかったのだろう。足が床から離れず、躓いたように見えた。
ルシア様がレルシィ病だと知らなければ、どんくさいの一言で片づけられてしまう一幕だが、これは違う。足が硬直したのだ。
思わずルシア様を抱く腕に力が入る。
「ありがとう、アニー。私ったら、歩く時はゆっくりって言われていたのに、すぐに忘れてしまうなんてね」
何でもなさそうにクスクス笑うルシア様の姿を見て、私は胸が絞めつけられるような思いでいっぱいになった。
病に罹ったのは、ルシア様のせいでもないのに、彼女はこんなにも無邪気に振る舞う。本当は外で遊びたい、甘えたい。そんな年頃だというのに。
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