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第2章 アカデミー編
第33話 アニタの好物
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「たっだいま~!!」
いつもは煩いと感じるリノの声だったが、この時ばかりはよく来てくれた、と褒めてあげたかった。
「って、お邪魔でした?」
前言撤回! 何、出て行こうとしているのよ!
「いや、大丈夫だ。じゃない……大丈夫です」
「何で敬語……って、あぁ。もう、ここの生徒ですからね、ザカリー様……じゃなかった。ザカリーさんも!」
「分かったらリノも、教授らしくして。あと、その荷物はどうしたの?」
よく見ると、リノの両腕には小さな紙袋が幾つもぶら下がっていた。
「あっ、これ? 在校生たちから貰ったのよ。ほら、入学式で新任の挨拶をしたじゃない。それで急遽、用意してくれたんだって。なんて可愛い後輩たちなのかしら~。ちゃんとアニタの分もあるから心配しないで。代わりに受け取っておいたから」
「ありがとう」
リノは私に向かって左手を差し出した。簡単な話、左腕にぶら下がっている紙袋を取れ、と言っているのだ。
私は慣れた手つきで、紙袋を回収していく。早速、その中の一つ、赤い紙袋を覗くと……。
「わっ、これ『ベスネープショコラトリー』のトリュフじゃない!」
「あぁ、前からアニタが好きって言っていたお店の。ちゃんとチェックしているなんて、やるわね」
「なかなか手に入らない上に、高いって評判なのに……」
この『ベスネープショコラトリー』は首都にあるチョコレート菓子店で、養父がたまにお土産で買ってくる、私のお気に入りのお店だった。
特にここのトリュフは大人気で、すぐに売り切れてしまうのだ。
「コルテス教授はチョコレートが好きなんですか?」
「はい。それも『ベスネープショコラトリー』は特別なんです」
「特別……」
「実は男爵家に引き取られて間もない頃、養父も私の扱いに困っていたみたいで」
お祖母様に恩返しをしたくて私を引き取ったものの、婚姻歴もない。勿論、子育ての経験も。さらにいうと女の子。同性でもない。
何をしたら喜んでもらえるか、悩んでいたそうだ。そこで出てきたのが、お菓子。
「私の気を、というより、ご機嫌取りに近いですね。首都で評判のお菓子を買ってきてくれたんです」
「それが『ベスネープショコラトリー』のチョコレート……ですか」
「はい。ザカリーさんもご存じの通り、山奥に住んでいましたので、こういうのにはあまり縁がなくて……」
「田舎娘が、都会の味を知ってしまった、というやつです」
まさにその通りだけど、リノに言われるのは癪に障る。
私はリノを睨んだ。
「いいじゃない。それ以来、催促でもしているのかなって思うくらい、ここのチョコレートが好きだって、周りに言い触らしていたんだから」
「なるほど。それで、誰からなんですか?」
「えっと、これは……誰だったかな?」
首を傾ける時点でリノは信用できない。
恐らく、両脇にできた行列から、一つ一つ回収したのだろう。顔すら覚えているのかも怪しいところだ。
私は赤い紙袋の中を確認する。が、再度確かめても、送り主が分かるカード、もしくは手紙の類は入っていなかった。
「アニタはよく、後輩たちに勉強を見てあげていたから、その誰かじゃないの?」
「リノはその横で、よく歌っていたわよね」
赤い紙袋をひっくり返してまで見る私に、リノが勝手に結論付けた。あり得そうな話だったのもあって、私はそのまま話題を変える。
だって、ザカリーさんの視線が、どことなく怖かったからだ。
「あら、無音じゃ可哀そうでしょう。後輩たちにも人気なのよ。私の歌」
「知っているわよ。お陰で私まで――……」
「人気……なんですか?」
どうやら私は失言したらしい。ザカリーさんの声がさらに低くなる。
「いえ、そういう訳ではなく……リノと一緒にいると目立つんですよ。あの通り、華やかな容姿にお気楽な言動をするので」
「失礼ね! と言いたいところだけど、ザカリーさんも知っての通り、私は歌うのが好きですから」
「そうでした。ルシアもリノ……ではなく、イグレシアス教授を真似して、良く歌っているので。……確かに目立つ」
顔を顰めるザカリーさん。ディアス公爵邸にいる双子の妹、ルシア様を思い出しているのだろう。
あぁ、ここでもリノをディアス公爵邸に呼び出した弊害が……。
「申し訳ありません」
「どうして、コルテス教授が謝るんですか? お陰で我が家は華やいでいるというのに」
「それならいいんですが……」
「アニタは心配性ね。歌は健康にいいのよ。体力も使うし、声を出すことでストレスの発散にもなるしね」
いや、私が心配しているのはそっちじゃない。ディアス公爵邸の皆さんに対してだ。
けれど、そんな私の気持ちとは裏腹に、リノはとんでもない提案をしてきた。
「ちょうどいいわ。ザカリーさんの入学祝いに、一曲歌ってもいいかしら?」
ダメに決まっているでしょう!
いつもは煩いと感じるリノの声だったが、この時ばかりはよく来てくれた、と褒めてあげたかった。
「って、お邪魔でした?」
前言撤回! 何、出て行こうとしているのよ!
「いや、大丈夫だ。じゃない……大丈夫です」
「何で敬語……って、あぁ。もう、ここの生徒ですからね、ザカリー様……じゃなかった。ザカリーさんも!」
「分かったらリノも、教授らしくして。あと、その荷物はどうしたの?」
よく見ると、リノの両腕には小さな紙袋が幾つもぶら下がっていた。
「あっ、これ? 在校生たちから貰ったのよ。ほら、入学式で新任の挨拶をしたじゃない。それで急遽、用意してくれたんだって。なんて可愛い後輩たちなのかしら~。ちゃんとアニタの分もあるから心配しないで。代わりに受け取っておいたから」
「ありがとう」
リノは私に向かって左手を差し出した。簡単な話、左腕にぶら下がっている紙袋を取れ、と言っているのだ。
私は慣れた手つきで、紙袋を回収していく。早速、その中の一つ、赤い紙袋を覗くと……。
「わっ、これ『ベスネープショコラトリー』のトリュフじゃない!」
「あぁ、前からアニタが好きって言っていたお店の。ちゃんとチェックしているなんて、やるわね」
「なかなか手に入らない上に、高いって評判なのに……」
この『ベスネープショコラトリー』は首都にあるチョコレート菓子店で、養父がたまにお土産で買ってくる、私のお気に入りのお店だった。
特にここのトリュフは大人気で、すぐに売り切れてしまうのだ。
「コルテス教授はチョコレートが好きなんですか?」
「はい。それも『ベスネープショコラトリー』は特別なんです」
「特別……」
「実は男爵家に引き取られて間もない頃、養父も私の扱いに困っていたみたいで」
お祖母様に恩返しをしたくて私を引き取ったものの、婚姻歴もない。勿論、子育ての経験も。さらにいうと女の子。同性でもない。
何をしたら喜んでもらえるか、悩んでいたそうだ。そこで出てきたのが、お菓子。
「私の気を、というより、ご機嫌取りに近いですね。首都で評判のお菓子を買ってきてくれたんです」
「それが『ベスネープショコラトリー』のチョコレート……ですか」
「はい。ザカリーさんもご存じの通り、山奥に住んでいましたので、こういうのにはあまり縁がなくて……」
「田舎娘が、都会の味を知ってしまった、というやつです」
まさにその通りだけど、リノに言われるのは癪に障る。
私はリノを睨んだ。
「いいじゃない。それ以来、催促でもしているのかなって思うくらい、ここのチョコレートが好きだって、周りに言い触らしていたんだから」
「なるほど。それで、誰からなんですか?」
「えっと、これは……誰だったかな?」
首を傾ける時点でリノは信用できない。
恐らく、両脇にできた行列から、一つ一つ回収したのだろう。顔すら覚えているのかも怪しいところだ。
私は赤い紙袋の中を確認する。が、再度確かめても、送り主が分かるカード、もしくは手紙の類は入っていなかった。
「アニタはよく、後輩たちに勉強を見てあげていたから、その誰かじゃないの?」
「リノはその横で、よく歌っていたわよね」
赤い紙袋をひっくり返してまで見る私に、リノが勝手に結論付けた。あり得そうな話だったのもあって、私はそのまま話題を変える。
だって、ザカリーさんの視線が、どことなく怖かったからだ。
「あら、無音じゃ可哀そうでしょう。後輩たちにも人気なのよ。私の歌」
「知っているわよ。お陰で私まで――……」
「人気……なんですか?」
どうやら私は失言したらしい。ザカリーさんの声がさらに低くなる。
「いえ、そういう訳ではなく……リノと一緒にいると目立つんですよ。あの通り、華やかな容姿にお気楽な言動をするので」
「失礼ね! と言いたいところだけど、ザカリーさんも知っての通り、私は歌うのが好きですから」
「そうでした。ルシアもリノ……ではなく、イグレシアス教授を真似して、良く歌っているので。……確かに目立つ」
顔を顰めるザカリーさん。ディアス公爵邸にいる双子の妹、ルシア様を思い出しているのだろう。
あぁ、ここでもリノをディアス公爵邸に呼び出した弊害が……。
「申し訳ありません」
「どうして、コルテス教授が謝るんですか? お陰で我が家は華やいでいるというのに」
「それならいいんですが……」
「アニタは心配性ね。歌は健康にいいのよ。体力も使うし、声を出すことでストレスの発散にもなるしね」
いや、私が心配しているのはそっちじゃない。ディアス公爵邸の皆さんに対してだ。
けれど、そんな私の気持ちとは裏腹に、リノはとんでもない提案をしてきた。
「ちょうどいいわ。ザカリーさんの入学祝いに、一曲歌ってもいいかしら?」
ダメに決まっているでしょう!
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