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第3話 姉妹の関係性
思わず芳口湊、と書かれたネームプレートと顔を交互に見る。
温かな光が病室に差し込み、長閑な空気が漂っているというのに、私の心は緊張感で満ちていた。
恐らくそれは、姉も同じなのだろう。余計なことは言うな、という無言の圧を感じた。
大丈夫。お姉ちゃんがこの人を本当に好きだろうが、そうじゃなかろうが、私は邪魔しないよ。
この人と上手くいって、お姉ちゃんが私から離れてくれさえすれば……なんだって協力する。……もう、私の人生を邪魔されたくないから。
だから私はいい妹、という仮面を貼り付けた。
「えーっと、初めまして、と言っていいのか分かりませんが、一ノ瀬栞です。その、姉を責めないで上げてください。一般職に勤めている私と看護師の姉とでは、なかなか時間が取れないものですから……」
実際は違うけれど、相手は医者。それも大病院の跡取りだ。中卒出の一般事務が、どのような会社に勤めているかなんて、想像もできないだろう。
多分、テレビドラマや漫画で見る、OLを思い浮かべているのかもしれない。
本当は小さな会社の安月給で、電話対応から受注や発注、資料制作に整理。社長との距離がすぐそこ、等々。そんな職場風景など想像できるとは到底思えなかった。
けれど相手は姉の事情も知っている。そう言っておけば、勝手に納得するだろう。案の定、湊さんは一切疑うことなく、柔らかい笑みを向けてくれた。
「そうでしたか。確かに、看護師は夜勤がありますからね。時間が合わないのは仕方がありません」
「栞が毎日、頑張っているのを見ているので、休日はゆっくりと過ごしてほしくて、私もなかなか声をかけられなかったんですぅ」
これは間違っていない。何故なら私と姉は、とても微妙な関係で成り立っていたからだ。
だからといって、けして仲が悪い姉妹ではない。良くても悪くても、共にやっていかなければ、自分らしく生きることができないのを、互いに知っているからだ。
両親を亡くして親戚の家に行けば、自分の自由など皆無。面倒な人間関係が待ち受けている。それをしないための共同戦線だった。
しかしそれをずっと、とは私も姉も考えてはいない。だからこそ、私を利用してまでも湊さんという優良物件を逃すまい、と必死なのだ。
そして最終目的が同じ、ということもあり、私はその小芝居に乗らざるを得なかった。姉と離れるためならば、これくらいどうってことはない。私は恥を忍んで口を開いた。
「休日は、その……半日ほど寝ていることが常でして。だから事故の日も、夜遅くにコンビニへ……」
「栞ったら、コンビニは手軽だけど、高いから控えてって言ったのに」
「疲れていると、余計に贅沢をしたくなるのよ……」
私は答えが合っていたのかどうか、チラッと姉の方を見る。前に「可哀想アピールも大事なの」だと聞いていたからだ。
確か、庇護欲がどうのこうの、だったかな? そんな理由で。
すると、姉は正解だったとばかりに、口元を両手で隠しオーバーリアクションを取ってみせた。
「っ! 私が不甲斐ないばかりに、ごめんね、栞」
さらに抱きついて、耳元でこう囁いた。「上出来よ」と。
あぁ、本当に嫌になる。姉もそうだが、こんな茶番に付き合う自分にも。
「それなら、ここにいる間は好きにするといいよ。といっても、怪我人だから色々と制限はあるけど」
「本当ですか、湊さん!」
お姉ちゃん、それは私のセリフだと思うよ。けれどお構いなしに、湊さんに擦り寄る。
「母も、琴美のように栞さんを心配していてね。融通してやって欲しい、と逆に頼まれてしまったよ。だから二人とも、安心してくれていい。少しくらいなら、僕もフォローできるから」
「さすがは院長夫人です! いいえ、湊さんのお母様だわ。直接、お礼を言いに行きたいのだけれど……栞もあんな状態だし……」
「わ、私もお礼を申し上げに行きたいです」
これは本心だった。
***
「本当は、目を覚ましたばかりだし、病室で養生してもらいたいところだけど……」
しばらく三人で話をしていると、突然、姉が私の外出を提案したのだ。確かに、目を覚ましたばかりで病室の外に出られるとは思えない。いくら入院経験の乏しい私でも分かることだった。
けれど何が目的なのかは分からないが、姉は湊さんの言葉を文字通り、言葉でねじ伏せた。
「でも、私も栞に付きっ切りで面倒を見るわけにはいかないですし、病院内を案内するのにはちょうどいいと思いませんか? いくら院長夫人の計らいがあっても、私はまだまだ新人ですから。いつ、このような機会を作ってもらえるかどうか、分かりません……」
まるで、他の看護師から虐めでも受けているかのような口振りだった。まぁ、次期院長というべき湊さんの恋人なら、周りからやっかみを受けていても不思議ではない。
これまで湊さんの存在を、私に話さなかったのと同じで、姉は家で仕事の話は一切しない人だった。その理由が妬みや嫉みによる嫌がらせだったら? 無理もないと思った。
お姉ちゃんは、妹の私を利用するほど、自尊心が高い人だ。弱みなんて……絶対に見せたくない、よね。逆の立場だったら……私もしないと思う。
けれど湊さんも、担当医ということもあって、簡単に首を縦に振らなかった。
「琴美の気持ちは分かるよ。だからそうだな。条件付きで許可をしよう」
「条件?」
「担当医である、僕の同行。それなら、いざ何かあってもすぐに対処ができるからね。琴美だけでなく、警察の方も今、栞さんに何かあったら困るだろう?」
「っ! ありがとうございます、湊さん」
結局、湊さんが折れる、という形での外出となった。本当、何なんだろう。
温かな光が病室に差し込み、長閑な空気が漂っているというのに、私の心は緊張感で満ちていた。
恐らくそれは、姉も同じなのだろう。余計なことは言うな、という無言の圧を感じた。
大丈夫。お姉ちゃんがこの人を本当に好きだろうが、そうじゃなかろうが、私は邪魔しないよ。
この人と上手くいって、お姉ちゃんが私から離れてくれさえすれば……なんだって協力する。……もう、私の人生を邪魔されたくないから。
だから私はいい妹、という仮面を貼り付けた。
「えーっと、初めまして、と言っていいのか分かりませんが、一ノ瀬栞です。その、姉を責めないで上げてください。一般職に勤めている私と看護師の姉とでは、なかなか時間が取れないものですから……」
実際は違うけれど、相手は医者。それも大病院の跡取りだ。中卒出の一般事務が、どのような会社に勤めているかなんて、想像もできないだろう。
多分、テレビドラマや漫画で見る、OLを思い浮かべているのかもしれない。
本当は小さな会社の安月給で、電話対応から受注や発注、資料制作に整理。社長との距離がすぐそこ、等々。そんな職場風景など想像できるとは到底思えなかった。
けれど相手は姉の事情も知っている。そう言っておけば、勝手に納得するだろう。案の定、湊さんは一切疑うことなく、柔らかい笑みを向けてくれた。
「そうでしたか。確かに、看護師は夜勤がありますからね。時間が合わないのは仕方がありません」
「栞が毎日、頑張っているのを見ているので、休日はゆっくりと過ごしてほしくて、私もなかなか声をかけられなかったんですぅ」
これは間違っていない。何故なら私と姉は、とても微妙な関係で成り立っていたからだ。
だからといって、けして仲が悪い姉妹ではない。良くても悪くても、共にやっていかなければ、自分らしく生きることができないのを、互いに知っているからだ。
両親を亡くして親戚の家に行けば、自分の自由など皆無。面倒な人間関係が待ち受けている。それをしないための共同戦線だった。
しかしそれをずっと、とは私も姉も考えてはいない。だからこそ、私を利用してまでも湊さんという優良物件を逃すまい、と必死なのだ。
そして最終目的が同じ、ということもあり、私はその小芝居に乗らざるを得なかった。姉と離れるためならば、これくらいどうってことはない。私は恥を忍んで口を開いた。
「休日は、その……半日ほど寝ていることが常でして。だから事故の日も、夜遅くにコンビニへ……」
「栞ったら、コンビニは手軽だけど、高いから控えてって言ったのに」
「疲れていると、余計に贅沢をしたくなるのよ……」
私は答えが合っていたのかどうか、チラッと姉の方を見る。前に「可哀想アピールも大事なの」だと聞いていたからだ。
確か、庇護欲がどうのこうの、だったかな? そんな理由で。
すると、姉は正解だったとばかりに、口元を両手で隠しオーバーリアクションを取ってみせた。
「っ! 私が不甲斐ないばかりに、ごめんね、栞」
さらに抱きついて、耳元でこう囁いた。「上出来よ」と。
あぁ、本当に嫌になる。姉もそうだが、こんな茶番に付き合う自分にも。
「それなら、ここにいる間は好きにするといいよ。といっても、怪我人だから色々と制限はあるけど」
「本当ですか、湊さん!」
お姉ちゃん、それは私のセリフだと思うよ。けれどお構いなしに、湊さんに擦り寄る。
「母も、琴美のように栞さんを心配していてね。融通してやって欲しい、と逆に頼まれてしまったよ。だから二人とも、安心してくれていい。少しくらいなら、僕もフォローできるから」
「さすがは院長夫人です! いいえ、湊さんのお母様だわ。直接、お礼を言いに行きたいのだけれど……栞もあんな状態だし……」
「わ、私もお礼を申し上げに行きたいです」
これは本心だった。
***
「本当は、目を覚ましたばかりだし、病室で養生してもらいたいところだけど……」
しばらく三人で話をしていると、突然、姉が私の外出を提案したのだ。確かに、目を覚ましたばかりで病室の外に出られるとは思えない。いくら入院経験の乏しい私でも分かることだった。
けれど何が目的なのかは分からないが、姉は湊さんの言葉を文字通り、言葉でねじ伏せた。
「でも、私も栞に付きっ切りで面倒を見るわけにはいかないですし、病院内を案内するのにはちょうどいいと思いませんか? いくら院長夫人の計らいがあっても、私はまだまだ新人ですから。いつ、このような機会を作ってもらえるかどうか、分かりません……」
まるで、他の看護師から虐めでも受けているかのような口振りだった。まぁ、次期院長というべき湊さんの恋人なら、周りからやっかみを受けていても不思議ではない。
これまで湊さんの存在を、私に話さなかったのと同じで、姉は家で仕事の話は一切しない人だった。その理由が妬みや嫉みによる嫌がらせだったら? 無理もないと思った。
お姉ちゃんは、妹の私を利用するほど、自尊心が高い人だ。弱みなんて……絶対に見せたくない、よね。逆の立場だったら……私もしないと思う。
けれど湊さんも、担当医ということもあって、簡単に首を縦に振らなかった。
「琴美の気持ちは分かるよ。だからそうだな。条件付きで許可をしよう」
「条件?」
「担当医である、僕の同行。それなら、いざ何かあってもすぐに対処ができるからね。琴美だけでなく、警察の方も今、栞さんに何かあったら困るだろう?」
「っ! ありがとうございます、湊さん」
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