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第6話 もう一人の担当医
「あぁあ、何だか興が冷めたな」
「すみません」
それでも岡先生は、私が笑い終わるまで待ってくれていた。
「いや、いきなり事故に遭って、放置されて。挙句の果て、助けてくれたのが病院を経営している院長夫妻ときた。さらにこれからの入院生活で、アリバイ作りに加担されそうになっているとくれば、頭がおかしくなるのも無理はないと思うぜ」
「……別に、事故に遭って頭がおかしくなったわけではありません」
私を取り巻く環境が特殊だっただけだ。
「協力者が先生で、しかもこんな……」
「ガラが悪ってか?」
「っ!」
「いいって。それにまともだったら、こんな提案にわざわざ乗ったりしねぇよ」
それは私も含めて、姉と湊さんもまともではないことを示唆していた。
「岡。頼むからこれ以上、僕の評判を下げないでくれ」
「大丈夫だ。こんな提案をした時点で、すでに下がっている。そうだろう?」
「……まぁ、類は友を呼ぶ、と言いますから」
「栞っ!」
「お姉ちゃんだって、自分がいい子だとは思っていないでしょう?」
どっちがこの提案を嗾けたのかは知らないけれど、同意したのだから共犯しているといっても過言ではなかった。
「確かに、こんなことに巻き込んで悪いとは思っているわ。でもね――……」
「いいよ、今更。弁解されても、もう決定事項だってことくらい分かるよ。えっと、岡先生も巻き込んでいる時点でね。それで、どんな手はずになっているの?」
さっき師長は、人手が足りていない、と言っていた。それなのに、一人の患者に医者、それも外科医が二人に看護師が一人付いていたら、怪しまれる。いつまでもこんな所にいたら、余計に目立つのではないだろうか。
それを他の三人も察してくれたようだった。早速、私に聞かれて姉が答えてくれた。
「表面上と形式上、さらに書面でも栞の担当医は湊さん、ということになっているわ。けれど実際は担当医としての役目を果たせる時間があまり取れない状況なのよ。色々と他にもやることがあるから。だからそんな湊さんのフォローをいつもしてくれている岡先生に……協力していただいた、というわけ」
さっき岡先生が『こういう時は大抵、駆り出されている』とか『お前らの尻拭い』とか言っていた内容が、ようやく私の中で繋がった。
確かに、次期院長と目されている人が、一般の医者と同じことをするわけがない。色々とやることが多そうに思えた。
「だから、湊の担当患者イコール俺の患者というわけさ」
「つまり、私の傍に岡先生がいても、怪しまれることはない、ということですか」
よくできたシステムだ、と内心頷いた。
「あぁ。そういうわけだから、すまない、岡。すぐに頼まれてくれないか」
「……早速とは節操がないな。でもいいぜ。シュークリーム二つで手を打とう」
「助かる。それじゃ行こうか、琴美」
「はい」
意気揚々と、この場から離れていく二人に向かって、私は手を振った。あとで姉に愚痴を聞きたくないため、さっさと行ってほしかったのだ。
***
さて、二人に見捨てられ、もとい残された私は、というと岡先生を見上げた。
「なんだ?」
「いえ、意外だと思ったものですから」
「シュークリームがか?」
「それもありますが……」
別に男の人が甘いものを食べても不思議には思わない。むしろ、好感を覚える方である。だから余計に意外だった。だが、ここで言っているのは、そっちではない。
「芳口先生の尻拭いを、率先してやっていることが、です」
「あぁ、そっちか。まぁ初対面の一ノ瀬……いや、ややこしいから栞って呼ばせてもらうけど、そっちからしたら、確かに変に見えるかもな」
お姉ちゃんのこともあるから、湊さんや園子夫人同様、私は何も言わずに受け入れた。
「湊とは、さっきも言ったように悪友でな。それも幼稚園の頃からの付き合いだ」
「えっ。失礼ですけど、芳口先生と岡先生はお幾つなのですか?」
「なんだ。一ノ瀬……ってこっちは姉の方な。聞いていなかったのかよ」
「今日初めて芳口先生の存在を知ったので」
目の前で岡先生が、盛大なため息を吐いた。
うん。聞いた時は私も同じ心境だったので、よぉぉぉぉく分かります。
「二十六だよ」
「四つ上!?」
「意外か?」
「もっと上かと思って……」
「おい。軽く失礼だぞ。これからはしばらく傍にいる存在に対して」
一瞬、えっと思ったが、姉と湊さんのアリバイ作りに協力する、ということは、そういうことを意味していた。
しかも、二人が戻って来るまでは、ずっと一緒にいる必要がある。それは恐らく、一時間や二時間ではないだろう。
岡先生は私の後ろに回り、車椅子を押した。
「まぁ意識を取り戻してから数時間で、すべてを理解するのは難しい、か」
「ば、バカにしないでください。このくらい大丈夫です。ただ驚く出来事が多くて……」
脳が処理できないだけ、と言いかけて止めた。これでは岡先生に言われたことと同じだからだ。
すると、後ろからクククッと笑い声が聞こえてきた。思わず振り返り、抗議の視線を送る。
「別に湊の尻拭いを率先してやっているわけじゃないさ」
「美味しい思いでも?」
「まさかっ!」
「でも、シュークリームがって、さっき……」
今度は大笑いされた。さすがに私もこれはないかな、とは思ったものの、それ以外、思い浮かばなかったのだ。
「すみません」
それでも岡先生は、私が笑い終わるまで待ってくれていた。
「いや、いきなり事故に遭って、放置されて。挙句の果て、助けてくれたのが病院を経営している院長夫妻ときた。さらにこれからの入院生活で、アリバイ作りに加担されそうになっているとくれば、頭がおかしくなるのも無理はないと思うぜ」
「……別に、事故に遭って頭がおかしくなったわけではありません」
私を取り巻く環境が特殊だっただけだ。
「協力者が先生で、しかもこんな……」
「ガラが悪ってか?」
「っ!」
「いいって。それにまともだったら、こんな提案にわざわざ乗ったりしねぇよ」
それは私も含めて、姉と湊さんもまともではないことを示唆していた。
「岡。頼むからこれ以上、僕の評判を下げないでくれ」
「大丈夫だ。こんな提案をした時点で、すでに下がっている。そうだろう?」
「……まぁ、類は友を呼ぶ、と言いますから」
「栞っ!」
「お姉ちゃんだって、自分がいい子だとは思っていないでしょう?」
どっちがこの提案を嗾けたのかは知らないけれど、同意したのだから共犯しているといっても過言ではなかった。
「確かに、こんなことに巻き込んで悪いとは思っているわ。でもね――……」
「いいよ、今更。弁解されても、もう決定事項だってことくらい分かるよ。えっと、岡先生も巻き込んでいる時点でね。それで、どんな手はずになっているの?」
さっき師長は、人手が足りていない、と言っていた。それなのに、一人の患者に医者、それも外科医が二人に看護師が一人付いていたら、怪しまれる。いつまでもこんな所にいたら、余計に目立つのではないだろうか。
それを他の三人も察してくれたようだった。早速、私に聞かれて姉が答えてくれた。
「表面上と形式上、さらに書面でも栞の担当医は湊さん、ということになっているわ。けれど実際は担当医としての役目を果たせる時間があまり取れない状況なのよ。色々と他にもやることがあるから。だからそんな湊さんのフォローをいつもしてくれている岡先生に……協力していただいた、というわけ」
さっき岡先生が『こういう時は大抵、駆り出されている』とか『お前らの尻拭い』とか言っていた内容が、ようやく私の中で繋がった。
確かに、次期院長と目されている人が、一般の医者と同じことをするわけがない。色々とやることが多そうに思えた。
「だから、湊の担当患者イコール俺の患者というわけさ」
「つまり、私の傍に岡先生がいても、怪しまれることはない、ということですか」
よくできたシステムだ、と内心頷いた。
「あぁ。そういうわけだから、すまない、岡。すぐに頼まれてくれないか」
「……早速とは節操がないな。でもいいぜ。シュークリーム二つで手を打とう」
「助かる。それじゃ行こうか、琴美」
「はい」
意気揚々と、この場から離れていく二人に向かって、私は手を振った。あとで姉に愚痴を聞きたくないため、さっさと行ってほしかったのだ。
***
さて、二人に見捨てられ、もとい残された私は、というと岡先生を見上げた。
「なんだ?」
「いえ、意外だと思ったものですから」
「シュークリームがか?」
「それもありますが……」
別に男の人が甘いものを食べても不思議には思わない。むしろ、好感を覚える方である。だから余計に意外だった。だが、ここで言っているのは、そっちではない。
「芳口先生の尻拭いを、率先してやっていることが、です」
「あぁ、そっちか。まぁ初対面の一ノ瀬……いや、ややこしいから栞って呼ばせてもらうけど、そっちからしたら、確かに変に見えるかもな」
お姉ちゃんのこともあるから、湊さんや園子夫人同様、私は何も言わずに受け入れた。
「湊とは、さっきも言ったように悪友でな。それも幼稚園の頃からの付き合いだ」
「えっ。失礼ですけど、芳口先生と岡先生はお幾つなのですか?」
「なんだ。一ノ瀬……ってこっちは姉の方な。聞いていなかったのかよ」
「今日初めて芳口先生の存在を知ったので」
目の前で岡先生が、盛大なため息を吐いた。
うん。聞いた時は私も同じ心境だったので、よぉぉぉぉく分かります。
「二十六だよ」
「四つ上!?」
「意外か?」
「もっと上かと思って……」
「おい。軽く失礼だぞ。これからはしばらく傍にいる存在に対して」
一瞬、えっと思ったが、姉と湊さんのアリバイ作りに協力する、ということは、そういうことを意味していた。
しかも、二人が戻って来るまでは、ずっと一緒にいる必要がある。それは恐らく、一時間や二時間ではないだろう。
岡先生は私の後ろに回り、車椅子を押した。
「まぁ意識を取り戻してから数時間で、すべてを理解するのは難しい、か」
「ば、バカにしないでください。このくらい大丈夫です。ただ驚く出来事が多くて……」
脳が処理できないだけ、と言いかけて止めた。これでは岡先生に言われたことと同じだからだ。
すると、後ろからクククッと笑い声が聞こえてきた。思わず振り返り、抗議の視線を送る。
「別に湊の尻拭いを率先してやっているわけじゃないさ」
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「まさかっ!」
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