神のおわす所

月灯り

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青い髪の少年

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気づいたら異世界にいた。それも和風なファンタジー世界。

運良く保護してくれた人の家でしばらくすごしてた。

そうして過ごしている内に、そこの家の親戚の子と体の関係になった。

親戚のない身寄りのない私だったから、これで少しはこの世界に馴染めるのかと思うと安心した。

激しい恋ではなかったし、付き合いたての頃とは違って乙女心をくすぐる言動や表情は見れなくなったけど、多分長く付き合うとか歳を重ねるとか、家族になっていくってこういうことなんだろうと無理やり自分を納得させた。

1人になりたくなかった。

でもそれ以上に、好きだったんだよ。

愛とかじゃなくて、禁じられたことを楽しむ、子供みたいな恋愛だったかもしれないけどさ。


「すぐ着替えて来るねっ!」

「いーよ、女の着替えって時間かかるじゃん。着替え終わったら俺先帰ってるわ」

「ええっ………」

「あ、…こちらにどうぞ」

スタスタと歩き出した彼を店員さんが驚いたように男性用の更衣室に案内していく。

「………」

店員さんにかわいそうな子って思われたかも。

「あ、お嬢さんはこちらに…」

「…はい…」

ここは異世界でも有数の観光地で、変な生き物まで含めたたくさんの見たことがない存在が街のあちこちをうろついている。


家からそう離れた場所ではないが、1人で来るには怖いし、この世界の知識のない私には物騒だからと養い親には1人では行くなと止められていた。

身の上を語れるわけもなく、この世界の知識もないから色々なことに対して何一つ、言い訳一つ考えることができないからだ。

巨大な観光地だけあって街の散策はそれはもう楽しかった。

神社巡りもしたし、珍しい食べ物も食べたし、こうして可愛い着物も着て歩けた。

普段から着物は着てるけど現代と同じように少しずつ簡素化されたりしてるし、洋服も着てる人も少ないけど存在する。

だから京都みたいに、ここには観光客向けに昔ながらの着物を着せてくれるお店があった。

観光地に1人で置いていかれる女ってどれだけいるんだろう………。

家はここから近所で30分もかからずに帰れるけどさ。

周りにたくさんいる楽しそうなカップルや家族連れをみるとつい考えてしまった。

それに、なんだか無性に怖かったのだ。この場所が。

雷がとか、人目がとかじゃなくて、あれです、学校からの誰もいない暗い帰り道とか、無人のホームとかそういう怖さ。

誰もいないのに、誰かがいるように感じるっていうか。(いや、観光地だから人はたくさんいるんだけどね?)

自意識過剰なんだろうけど、付け狙われてる視線を感じる、みたいな。

「………」

「脱いだ服はそこに置いて置いてください~お疲れ様でした~」

「ありがとうございました」

着替え終わってお店を出る時、また視線が強くなった気がして表情が強張る。

お店の外に出ると楽しそうに歩く人々がたくさんいて少しだけほっとする。

近くの路面店の可愛い和風の小物をじっくりと時間をかけて眺める。

さっきからの感覚が落ち着かなくて、早く帰りたい気はしたけど、未練がましいけど。

「おう、沙月」って、声をかけられたかった。だってさ、思うのよ。家に帰るまでがデートですって。

家まで送れなんて思ってない。でも最後に交わした言葉が「俺先に帰ってるわ」じゃ嫌だ。

その言葉にへこんだままの感情が、今日のデートの総括の感情になってしまう。

我ながら、女とはいえ、女々しいって思うよ。でもしょうがないじゃん。

この世界で深い付き合いできる人なんて片手にも満たないんだから。

楽しかったの。今日。

いつもは素性を怪しまれると良くないから、お家デートだったり、街に出かけても意識して喋らないようにしたりしてた。驚くことだらけの異世界だからポーカーフェイスも頑張った。

でも今日は違かったから。自由にたくさん2人で色んなところ見て回って。

混んでるからって手を繋いで、神社巡りとかして。

「…はぁ」

わかってる。もう今日はこれで終わりだって。

もう、来ないって。

「…帰ろ」

ふと、また視線が気になって。見なければいいのに後ろを振り返る。

たくさん並ぶ観光客向けのお店の中、どこかへ繋がる暗闇の中。

青い髪をした少年が無表情にこちらをじっと眺めていた。

「ひっ……!」

思わず口から悲鳴が漏れる。

訝しそうな視線を横で商品を見ていた人から向けられて咄嗟に方向転換して駆け出す。

あああ、思いっきり不審!

でもさ、何?あれ?超怖くない???

和服姿の人達で溢れかえる街は見ていて楽しい。

でもさ、現代服を散々着慣れていた身からすると超動きづらいよ????

要は走り去るのに、逃げるのに、超不向き!

それでも頑張って走ってるとだんだん家への距離も縮まってきて、気持ちも落ち着いてくる。

「はぁ、はぁ、はぁ…」

そろそろ観光地の端っこだ。

失礼なことしちゃったな。多分、お店の子供が観光客を暇潰しに眺めてただけだ。異世界から来たとはいえ、他人から見て見かけに異常があるなんてことはない。

まだドクンドクンと忙しなく心臓は脈打ってるし、指先は震えてるけど。

自分があの様な観光地で生まれ育っていたら多分、家族は接客に集中してるし暇で、あの無表情で人間観察することもあるんだろう。

1人でいる時まで、四六時中、人に好かれる表情でいるなんて無理だ。

それでも顔を見てぎょっとして走り去られれば子供でも気にしたり悩んだりはするだろう。

ただ見つめられてただけで、街を楽しんでいる観光客の間を何かありました!みたいな顔で走り去って来たのも正直やりすぎだ。

「あーもう、バカみたい」

いよいよ人が少ない場所へ来る。

ざーざーと大きく音を立てる川がある。

幅の広い川を越えれば私の住む養い親の家がある。

そして橋の本数は少ない。

「地味に遠いんだよねぇ…」

橋までの距離はまだ遠い。

良いお家がこの辺には多くて、馬車に乗って橋を渡ったり、家に舟があって、雇った人に漕いでもらって対岸に渡ったりする。

でも今日の私は徒歩だ。彼氏に置いていかれた庶民、しんど。

別にいじわるされた訳じゃなくて単純に気の回らない人なのだ。無関心とも言い換えられる。

「…………」

私彼女だけどね!

もしくは家の人に馬車を頼めると思われてる。

でもうちの養い親は紳士な方なので、彼氏が帰り送らないなんてnot紳士な振る舞いをするなんて1ミリも考えてない。

馬車で丁重に家まで送るのが多分デフォルトの思考。

そんな人に帰りの馬車のことなんて相談したら速攻で別れさせられる気がする。

「はぁぁ…」

川原沿い、川の流れる音に心を鎮められながら橋へと顔を向ける。

「え……」

橋の近くに青い髪の少年が見えた気がした。

瞬間、ゾワっと全身に鳥肌が立つ。

やっと落ち着いてきてたのに!
(考えていたことはひどいが)

「ちょっと……怖い怖い!」

驚いて独り言を零す。

橋に行こうとしてたのをやめて川へ直進する。

茂みにガサガサと入る。

ここは異世界、日本ではない。

養い親に聞かされていた。

不思議な力を持つ存在がたくさんいること、見た目の違う存在がいること、色んな文化の民が入り混じっているのが例のさっきまでいた観光地だってこと。

地元ルールだけではない、こちらの民からしても眉をひそめるようなルールで動いてる者もいる。

だから、家まで送ってもらえとか、観光地に行くなとか言うのは、もちろん異世界から来た私のためっていうのもあるんだけど、普通に最初からこの異世界でこの土地で生まれ育った子供達にも行って欲しくはないみたい。

それでも皆大人の言うことなんて聞かずに一度や二度は行くものみたいだけど。

多分日本でいう、小学生のゲーセンとか、そういう感じなんじゃないかな?よくわかんないけど。

と、現実逃避はこんなところで。

茂みに突っ込んだ不審者女な訳だけど、そんな不審者女に、普通いたいけな1人でいる子供は寄ってこないはずなのよ。

だって怪しいし、怖いもん。

ちらっと、さっきの橋の方を伺う。

「あれ?いない」

一瞬ほっとしてから。いや、いない方が怖いな、と思い直す。

見えてたら距離がわかるし、遠ければ一応安心もできるけど、見えなくなるとさ、こう、想像しちゃうじゃん?どこにいるんだろう?とか、あとは…。



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