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お頼み夜這い(八十六話)

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 男たるもの、夜這いの百や二百、いや、もっともっとあっても不思議でねえ。オラまだ、一度もねえんだ。やり方わかんねえし、教わってもいねえ。字の如く、夜に這うんやろ。というこつは、寝静まった刻やな。丑三つ時あたりに、もそもそもぞもぞ、ヤモリんように近づくってな。
 さて、どこん家にしようかえ、顔見知りでねえ方がええのう。だと言って、めくらめっぽうに、よそん家という訳もいかねえ。となると、近場でこっちは知っとるども、向こうは知らねえんがええのう。
 こん長屋ん女衆は、みんな見知ってるのう、そいにばればれや。だども、下手によそん長屋に潜って、捕まりやしねえかや。考えれば考えるほど、難しくなるのう。わかんねえ。
 ん、そうや、夜這いの真似事、どうやろうか。こん長屋ん一人暮らしの女に、あらかじめ言っておいて、忍び込むんや。いつとは言わずに、男がのっかって来たら、そいはオラだすけ騒ぐなと。前もって示し合わせておけば、ことはすんなりといくやろう。
 さて、誰ん頼もっかな。そんなんだと、夜這いでねえけんど、まあ、ええ。長屋ん入り口から、八軒目に一人いる。あん四十路やな、話てみっか……

 オラ「あの、おばんでやす、オラは奥ん方に住んどる、てる吉いいま。ぶしつけながら、お一人と、お見受けもうした、違いますやろか?」
 カカ「んだよ、お前、たまに見かけるな、飛脚やってんだな」
 オラ「そうでやす。ちと、お願いの儀がありましての。カカさんが、こん長屋で一番に頼みやすいと見ましてな」
 カカ「何や? 聞いたる、そんかわり、ワテん頼みも聞けや」
 オラ「実は今、夜這いがしたくて仕様がねえでがす。申し訳ねえけんど、前もっての、たのんま夜這いさせてもらわれんですかい?」
 カカ「やっぱそうけ、面ん書いてある。盛りやから無理ねえ、ええど。あんな、でもお前なあ、そんなんじゃ夜這いでねえど。夜這いっちゅうのはな、突然に襲って来るんやで、頼むんと違うわ」
 オラ「それはそうや、じゃ、真似事でもええ、頼めんやろか?」
 カカ「どうしてもと言うんじゃ、考えねえこつもねえ。ワテかて、若いうちは夜が楽しみでのう、寝ずに待ったりもしたんや。だども、お前、ワテ四十路やど、若いんがええんでねえか」
 オラ「いやいや、女は全部ええ。そいに熟れた柿ん方が、うめえ」
 カカ「ワテが柿かや。じゃども、男は若い方がうめえぞ。そんじゃ、昔を思い出して、夜、楽しみんしとるわ。ええか、そいはええども、ワテん肩たんとほぐしてれっかや?」
 オラ「夜這いの後に、オラ寝ずに肩もませてもらいやす」
 カカ「よし、こいで話ついたわ。で、いつ肩もみに来るんや?」
 オラ「善は急げで、今夜どうですやろか?」
 カカ「ああ、ええよ、じゃ、待つのもなんだ、晩飯ん後で来い」
 オラ「では、夜這いになんねけんど、お邪魔しますんで……」

 こいじゃ、どう見ても夜這いでねえ。女に行く日、刻、お礼の肩もみまで先に約束しとるんやからな。だども、こいで騒がれるこつもねえ、安心は安心じゃて。長屋ん連中に知られんようにせんとのう、つまり、こっそりや。となると、夜這いやんけ、 うん、夜這いや。そっーとな、そっーと……

 オラ「カカ様や、来ましたて、オラだて、入るぞえ」
 カカ「誰にも見つからんかったかえ? 静かにのう、こっちや。あんな、夜這いはのう、いきなり抱くんやで、お前が上や。ワテん方は出来上がっておる、お前はどうや?」
 オラ「はあ、如意棒が天突く如くでやす。いきまっせ」
 カカ「おお。おいっ、声出すなや、ワテは極楽ん前で、手拭い口入れっからな。お前も極楽んとき、雄叫び挙げんなよ。そいが夜這いや」
 オラ「しかと。では、さっそく、もそもそと……」
 カカ「そんや、そう、ええで、そんや、そんや、おっっ……」



 もそもそもぞもぞと、静かにことは進みましたて。
 カカさんは、手拭い咬んで、叫ばずに極楽いった。オラも、いつもの雄叫びを歯喰いしばってこらえたわい。
 そうそう、よがり乳まで飛ばしおったわ。こいにて、お頼み夜這いだったわいな。
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