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スミの、置屋替え(九十四話)

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 兄貴分の土佐兄からは、女衒稼業の、イロハを教わっておる。闇の生業。血肉を喰らう世界よ。良く言うと、まあ、人繋ぎよ。

 女衒心得
 其の一 毎日、女を抱け。 
 其の二 一発一発に魂を込めよ。
 其の三 女ん壺を、六等分に仕分けよ。
     (上の上、上の下、中の上、中の下、下の上、下の下)
 其の四 女ん売り買いの前夜は、玉袋ん中を空っぽにしとけ。
 其の五 女は呑ませて仕込み、床技を付けて高く売れ。
 其の六 腹をくくり、土性骨でやれ。

 オラは、一については、長屋の隣部屋のキクに、ほぼ毎日抜かれ取る。二は、ヘソの穴に力入れて、がまんがまんの挙句に大砲ぶっとる。三は、道半ば。四、五はこいから、六はまだまだ先とな。
 そんキクと言うんは、オラの一回り歳上の女でのう。つーかーの仲で、かゆい所に手が届く歳の離れた姉女房みてえや。気立てのええ女で、訳あっての出戻り、子はいねえ。そんで、もう、お上がりで、オラとの間でも子は出来ねえて。身内みてえなもんだすけ、今度、四ツ谷の長屋に一緒に越すことにした。開いた置屋が四ツ谷の越後屋、キクに店番してもらおう。こんまい四部屋だけの平屋だんども、お上だわい。

 オラ「キクや、四ツ谷に越すんは他でもねえ、おまん、店番やってのう。ようやく二人決まったんや、飯、身の回り、なんだかんだやってな」
 キク「あんたん、どげな女たちや?」
 オラ「うん、訳ありや。あん二人は隅田川で夜鷹しとったわ。五十路の面にやけど跡んある別嬪と、口の不自由な二十歳過ぎの娘や。難儀しとるんで、ここで夜露をしのいでもらうんや。悦んで、ここ来る言うてのう、オラ、守ってやる決めたんだ」
 キク「ほうかえ、あんたんなりの道やな。ええ女衆に来てもらうんやね。わかったで。お上ん真似事から始めるわ。そんで、もう後、二人やね」
 オラ「そうや、どっかで探して来るわい。頼むでよ」
 キク「あの、立ちの悪か男が来たらどないしょ?」
 オラ「大丈夫や、土佐兄に出て来てもらう。女衒が付いとるけ。そんで、泊まりはなしや、ちょんの間だけで晩過ぎには店閉める。おまん、あん二人に飯たんとあげてのう。布団もええのをな。客との助平布団とは別に、用意するんやで」
 キク「あんたん、銭あるんかい?」
 オラ「そいは、土佐兄の仕事を手伝う。女衒は、ええ稼ぎんなるけん」
 キク「あの、今までの、町飛脚も続けるんかいや?」
 オラ「そうや、あん仕事で街中廻っとると、ええ女を見かけるからのう。何も女だけでねえ、人のやり取り、世間の風がわかるんじゃ」
 キク「女や。あんたんは、本当に女好きやね。千人斬りでもしたれ」
 オラ「もうじき百人斬りや。そいは、おいおい、どこまでかいのう。女衒の男気でもある。キクや、オラ三足の草鞋でいくでよ。稼ぎようは、女衆に任せるんや、居たいだけ居てもらうんや。おまん、優しいお上んなって、女衆頼むぞい、ええな」
 キク「はいな、ええ置屋を作るんやな。女衆にとってもな、本当の極楽ん地やな。あんたんの女観音道、アテ、支えるで、好きにしてえや……」

 そんなこつで、四ツ谷に越して来やした。今夜は人集めをかね、地元の岡場所あたったるわ。置屋どうしの銭の絡んだ女の引き抜きは、まだオラには荷が重い。まずは客んなって、なじみんなり、そんで話してみて、まとまればええのう。オラの培ってきた得意技を繰り出して、下の口にも、うんと言わせねばだて。よしゃ、今夜は、あばれ太鼓打ちしたろう……

 オラ 「こん四ツ谷は、町衆目当ての置屋だらけやのう」
 アネサ「そやで、よそ者は来んわ。面見知ってるんが、常連で遊んでいくんや」
 オラ 「アネサの常連は何人おるんや? ちょくちょくかや?」
 アネサ「六、七人や。中には朝までねばるども、ちょんの間が多い。まあ、だいたい月に五度は打ちに来るわい」
 オラ 「あのオラ、生業からして知りてえんだども、年に何人さばいとるんや?」
 アネサ「盆や暮れ正月を除くと、一日で五、六人やろ。月で百五十、年で二千位かや」
 オラ 「ほうか、じゃ十年で二万、三十年で六万やな。凄かのう」
 アネサ「いや、そうはいかんて。年増んなれば客減るでよ。若い体がええんや」
 オラ 「そいは、もったいねえ話よのう。年増ん甘か密に、たどり着かんとはのう。オラなんか、皮剥けの女が五十路でのう、まっぱじめから黒密に溺れたでよ。今では、そいが高じたんか、こん四ツ谷の外れに置屋開いてもうた。今年んなってから出来た越後屋がそいで、オラが主や」
 アネサ「ん、あん小屋がそうかえ。女だれもいねえぞい」
 オラ 「看板先に掛けたんや。やっと二人、今度来るんや、仲ようしていや」
 アネサ「お前が主とはのう。若いのに、ようやるわ。相当に女好きやな」
 オラ 「うん、そいだけはお猿さんにも負けん。でもってな、あと二部屋空いとるんや。ここには、人集めを兼ねて来たんや、アネサ、良かったら来んかえ?」
 アネサ「アテはこん店がええんや、他当たれなはれ。さっ、遊ぶだけや、さあ」
 オラ 「アネサや、もしのう、オラん腰技で大往生とげたら考えてんか?」
 アネサ「何言うね。アテらは極楽いった振りも、ようすんで、見極められるかや」
 オラ 「そいは、男の沽券と股間かけ見抜くわい。あばれ太鼓打ち喰らわしたる。祭りばやしから取ったんや。浅深の連打、堪えれた女はいねえでよ。ほな、いくで……」

  ……深、浅、深、浅浅浅浅、深、浅、深、浅浅浅浅、浅浅浅深、浅浅浅浅、深深深深、深深深深……
         
 アネサ「……ア、アテ、え、越後屋さ、行く……いぐっっ……」



 三人目は、あっさりと決まりもうした。
 芸は身を助けるかや、女悦ばしの技は、置屋稼業にもってこいや。
 スミと言う三十路ん女や。先のナミと同様、根っからの助平女や。
 置屋は、こうでのうてはのう、ゆくゆくは千客万来やで……
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