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愛染明王の女(九十七話)

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 オラの始めた四ツ谷の置屋は、集めて来た三人の女が、よがりながら稼いでおるわ。そうやで、稼ぐからには楽にのう、そんで極楽に連れてってもろうたらええ。
 男は一発一発に命を掛ける。この世の極楽にいった後は、みんな、ええ面んなる。たとえ悪党でも、果てた後は童みてえに、また、善人面になっりもする。女は観音面んなる。もう片足は向こうみてえに、この世とあの世の境をさ迷う。
 こいから語るんは、土佐兄にあてがわれた褒美、女衒まわしの闇ん女や。こん稼業には、役得があってのう、凄か女がまわってくる。
 オラは土佐兄んとこへ、面出しに行ったんや……

 オラ 「ごぶたさしてやす、女集めん時は、また声かけてくだせい」
 土佐兄「おう、わかっちゅう。こいからの女衒のイロハは、おいおいやき。今はのう、一人でも多く抱くんが修行やきな、ええな。そんや、おまんの置屋ん調子はどうやき。客来とるかや?」
 オラ 「あいから、なんとか三人集めて、ほそぼそと。部屋が、後一つ空いとるで、どっかで探すつもりでやす」
 土佐兄「そっかや。なあ、おまんとは、穴兄弟や。そんよしみで、また、闇ん女喰わせたるき。そん女はの、左の二の腕から肩んかけて、彫り物入れとる。愛染明王や。腹に力瘤の入った憤怒の面構えやきな。真っ赤な明王でな、そんで女が極楽ん時は、真っ赤赤に燃えよるで。おまんも、そん女の愛染明王を、燃やしてみい。女衒の端くれやったら、そいぐれえ出来るやろ。二人して蕩けんか」
 オラ 「ほう、今度は愛染明王を抱かせてくれますけ、かたじけのう」
 土佐兄「てる吉、ええかや、そん女の彫り物、じろじろ見たらいかんぜよ。訳があるきな。まあ、見抜いたら、おまんにくれてやってもいいき。世を逃げとる女ぜよ。闇ん中が居場所や、その日の男が、その日の布団や。女衒ご用達や、一日を隠れ生きてる女やき、好きんしてええきな」
 オラ 「土佐兄、じゃ、オラが彫り物ん秘密見抜いて、真っ赤赤にしたら、くれるんけ?」
 土佐兄「ええんやき。こいで、おまんの置屋が埋まるやろ、可愛い弟分やきな。そいとな、置屋の主たるもの、店ん女には、もう手出すなや。女衆は客んもんやきな。店ん出す前に抱きまくったれ、ええな」
 オラ 「ありがてごわす、また、良しなに……」

 さて、いつもの深川ん町屋に、愛染明王がお待ちや、急がねばなんねて。土佐兄の宛がって来る女は、みんな凄いからのう。前にあん町屋で、骨ん成りかけたこつもあんけど、真剣勝負やな。

 オラ 「土佐兄絡みや、朝んなんまで、ええな?」
 闇ん女「はいな、アテん今夜の布団は兄さんや、存分になも」
 オラ 「あの、毎夜毎夜と違う布団に寝とるんかえ、居場所は?」
 闇ん女「特にねえな。昼間は軒下や、そんで声掛かると男ん元へな。朝んなんまで、おもちゃんされて、昼まで寝て、晩までぶらぶらや」
 オラ 「と言うと、根無しちゅうこつやな。悪党どものたらい回しやな。こいまた難儀や。野郎どもは、狂ったようにのっかって来るんやろ?」
 闇ん女「そんでええ。なんもかんも忘れさせてくれる、ええ夢ん中や」
 オラ 「もし、良かったらの、あんた次第だども、オラん置屋に腰降ろさねか?」
 闇ん女「アテはのう、根無し草がええんや。男から男へとな」
 オラ 「まあ、訳があるんやろて、いつでも来てくれてええでよ」
 闇ん女「あんな、アテはのう、腕に彫り物があるんや。愛欲が深すぎてのう」
 オラ 「聞いとるわい。愛染明王やろ。欲を鎮める為に彫ったんやろ。そんでも、極楽さ迷っとる時は、より真っ赤んなって暴れるやて。女はそんでええんじゃ。男どころでねえ、底なしの極楽味わうんやけんな。オラはな、今度は女に生まれかわってみてえ。羨ましいでよ」
 闇ん女「アテはな、やっぱ女がええて。ひもじい家に嫁ぎ、子、孫がほしい」
 オラ 「なあ、オラん所さ来ないけ、楽に稼いで、いつまでも居てええで」
 闇ん女「彫り物あんから、置屋に置いてもらえねえんや、ばれるんや。こん愛染明王は重ね彫や。何を隠しとるかは、玄人にはすぐわかる。女衒らに弱み握られとるんやで。もう身も心も、もぬけや、ぺんぺん草や」
 オラ 「見せてんか。左やな、どれ……おっ、こいは、まさに鬼やな。そんで、腹ん力瘤が六つあるわな。三分の黒線が二本、はっきりやな」
 闇ん女「兄さんや、あんま見んといてな、恥ずかしいわ。アテ、男好きで仕様がないんやで、だから、鎮めよう思うてな、こいを」
 オラ 「違うやろ。わかったわ。オラはそんでもええ、オラん所来いて」
 闇ん女「……アテ、な、逃げてな、こうしてな、今も」
 オラ 「もう済んだこつや。こいからは逃げんでええ、安心してや。よし、オラが愛染明王を真っ赤赤に染めれたら、考えてな、な」
 闇ん女「兄さんや、明王様ともども、アテを燃やしてんか、そしたらのう」
 オラ 「置屋に来てくれるんやったら、抱くんは今夜切りや。店ん女には、手出さないんが主ってもんやからのう。あんたが江戸だというんは、さっき見た。名は?」
 闇ん女「コト言いま。本当にアテ、置いてくれるんかえ?」
 オラ 「ああ、オラは困っとる女衆に場を作りてえんや、悦んでな。じゃ、十八番の技、みんな繰り出して、真っ赤赤にしたるで」
 闇ん女「アテかて、腹ん力瘤で狂い腰やったるわ」
 オラ 「そやそや、へし折ってもええで、ま、そんつもりでな、さあー」
 闇ん女「うん……うん」



 コトには、江戸ん入れ墨があった。
 三分の二本線を、愛染明王の腹ん力瘤で隠してのう、本当に難儀しとる。
 こいからは、オラん元で楽にしてもらおう。愛染明王様は、真っ赤赤どころじゃなかったわ。
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