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女刺客、おリョウ(九十九話)
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慶応四年も六月んなった。江戸はオラん越後と違うて蒸し暑いのう。こんな夜は女ん膝枕で、ウチワ振ってもらったり、耳こちょこちょがええ。内縁のキクは、よう置屋のお上をやってくれとるわ。オラは安心して飛脚ん仕事が出来る。女衒の下働きも出来るて。
こん飛脚やっとると、様々ん世間の話が耳に入ってきよる。何やら、東海道ん方で、奇妙な唄踊りが流行っておる。老若男女が面に粉塗って、通りにごちゃんと出て、踊り狂っとるんやと。こんな掛け声でのう……
……えじゃないか えじゃないか えじゃないか……やと。
町衆が大勢と繰り出しとるんを、お侍さんも、大目に見てんや。街道の遊女屋なんぞは、大流行り。ガキや爺まで上がり込むと。宿んお上はさばき切れず、銭貰ったんかどうかも、わからん始末。置屋んよっては、大盤振る舞いで、ただで女抱かせるとこもな。
なんやら、こん渦はただ事でねえな。徳川ん世は仕舞いじゃのう。今度は、直に江戸でも、大流行りになんでねえの。
えじゃないかえじゃないかえじゃないか、そっか、そんやで。徳川ん世、潰れてもええじゃないか。新しい世、やって来てもええじゃないか。士農工商なんて、間違うておる。みんな同じじゃ。オラは越後の水飲みん出だ。テテの後釜に家追い出されて、江戸に来た。なかば自棄んなって、女狂いやって来た、そんで置屋まで開いた。
そんなオラだども、女に癒され、極楽与えらとるうちに、教えられたんや。男も女も同じゃ、一人ひとりが手前ん道、どうどう歩いて行けばええんや。もし、新しい世が来るんやったら、もっともっとええ置屋をやりてえ。今みてえの、四人だけの平屋でのうて、楼閣造りてえのう。そんで、女衆に和気あいあいと、腹いっぺ飯食ってもらって、楽にな。
生きるんに本当に困っとるん女から、来てもらうんや。オラは、そんな屋根んなりてえ。夜鷹の涙は、よう見て来た。もしものう、オラが女に生まれてたら、夜鷹やっとたかもしんね。観音様が、本当の観音様んなんねでどないする。そんな、新しい世が来ればええ。オラは、女観音道歩みてえ……
さてと、今日は隅田川ん先の、木場まで用使った。文を道々に届けねばだ、飛脚は忙しいでよ、急かす客もいんど。こん仕事は、ええ女を見つけながら出来るんが、役得みてえや。
女、女、おっ、こりゃええんが、橋ん上にいんど……
おリョウ「お前さん、急いでるのう、飛脚も大変だのう。なあ、ウチんとこで、一服していかんかえ」
オラ 「あと一件残っとるんや、そいが済んだら、向かってもええ」
おリョウ「そうこうしてたら、ウチん身、ほかん男ん元へ流れるで」
オラ 「んー、こん文が無ければええんやけんどな。そんしたら、さっそく」
おリョウ「そん文、捨ててもええで」
オラ 「何を言うや。大事な預かりもんや、お客が待っとるわな」
おリョウ「ええんや。実はのう、そん文はウチん親分が仕組んだん。お前、土佐兄んとこ出入りしとるやろ。こん橋んとこで待ち伏せや。てる吉やな、親分から接待せ言われたんや、さっ、そん文捨てな」
オラ 「いや、おいおい、さわんな、おいっ、あっ、あっ……」
こん女、隅田川に文を投げてもうたわ。
話が本当ならば、木場に行くこん橋で、出くわすわなあ。んでも、何でオラに用があんのやろ、土佐兄の女衒仲間かいな。こうなったら、女に着いてくしかねえ。話聞こう。
おリョウ「さっ、入れ。そうゆう訳や、こん身で遊んでけ」
オラ 「何か裏があるのう。なんで土佐兄んこつ知っとるんや」
おリョウ「商売敵やでな。ウチらは相模や、武蔵ん女衒が荒らすんを我慢出来んのや。女買い付けで、相模女たんと江戸ん持ってく、で骨んする」
オラ 「まあ、オラも相模で三人仕入れて来たども、そいも仕事じゃて。でもって、商売敵を身で持って接待すんとは?」
おリョウ「二度と使えんようにしたる。命は取らん、けんど玉は潰す」
オラ 「お、おっ、帰る、女狐め、このう、ったく」
と、オラは逃げ出ようとしたんだが、紅天狗タケが動き出した。敵だか何だかは、さておき。据え膳食わぬは男の恥である。こん女はただもんでねえ。男を殺めかねえ、刺客かいな。女狐に玉潰しされたんじゃ叶わねえ、じゃこっちは、あれや。返り討ちにしたるわ……
オラ 「帰んのやめたわ。勝負したる。玉潰しどころか、泣いて欲しがるで。あんたも闇ん女やな、同類は目を見ればわかる。おい、同類同士、あの世でのうて、この世ん極楽で溺れんか」
おリョウ「お前を潰すんが、頼まれ仕事や。何も怨みねえどもな」
オラ 「じゃ、オラん玉預けっから、どうすっか、よがりながら考えたらええ。そんなこつしたら、極楽にいけんぞ。一緒に極楽がええど」
おリョウ「ウチはな、ウチは、蛇で仕込まれとるんや。やられてまうわ」
オラ 「大丈夫や、江戸ん女衒が守ったる。土佐兄んとこさ来い」
おリョウ「ええんかえ、ウチ怖いわ。じゃ、約束ん契りしてんか。さっきは悪かったのう、お詫びや、身で償うわ、壊してもええで」
オラ 「お言葉に甘え、極楽ん淵で一緒に溺れような、一緒やで」
おリョウ「うん、ウチんカズノコ、全部たいらげな、おかわりしてえな。あんた、守ってな、あんた……」
闇ん女は、闇ん男に弱か。
蛇で仕込まれた女は、カズノコどころか、めめずん数も多かった。
壺良し技良し度胸よし。こんだは、土佐兄のドスが待っとるわいな。
こん飛脚やっとると、様々ん世間の話が耳に入ってきよる。何やら、東海道ん方で、奇妙な唄踊りが流行っておる。老若男女が面に粉塗って、通りにごちゃんと出て、踊り狂っとるんやと。こんな掛け声でのう……
……えじゃないか えじゃないか えじゃないか……やと。
町衆が大勢と繰り出しとるんを、お侍さんも、大目に見てんや。街道の遊女屋なんぞは、大流行り。ガキや爺まで上がり込むと。宿んお上はさばき切れず、銭貰ったんかどうかも、わからん始末。置屋んよっては、大盤振る舞いで、ただで女抱かせるとこもな。
なんやら、こん渦はただ事でねえな。徳川ん世は仕舞いじゃのう。今度は、直に江戸でも、大流行りになんでねえの。
えじゃないかえじゃないかえじゃないか、そっか、そんやで。徳川ん世、潰れてもええじゃないか。新しい世、やって来てもええじゃないか。士農工商なんて、間違うておる。みんな同じじゃ。オラは越後の水飲みん出だ。テテの後釜に家追い出されて、江戸に来た。なかば自棄んなって、女狂いやって来た、そんで置屋まで開いた。
そんなオラだども、女に癒され、極楽与えらとるうちに、教えられたんや。男も女も同じゃ、一人ひとりが手前ん道、どうどう歩いて行けばええんや。もし、新しい世が来るんやったら、もっともっとええ置屋をやりてえ。今みてえの、四人だけの平屋でのうて、楼閣造りてえのう。そんで、女衆に和気あいあいと、腹いっぺ飯食ってもらって、楽にな。
生きるんに本当に困っとるん女から、来てもらうんや。オラは、そんな屋根んなりてえ。夜鷹の涙は、よう見て来た。もしものう、オラが女に生まれてたら、夜鷹やっとたかもしんね。観音様が、本当の観音様んなんねでどないする。そんな、新しい世が来ればええ。オラは、女観音道歩みてえ……
さてと、今日は隅田川ん先の、木場まで用使った。文を道々に届けねばだ、飛脚は忙しいでよ、急かす客もいんど。こん仕事は、ええ女を見つけながら出来るんが、役得みてえや。
女、女、おっ、こりゃええんが、橋ん上にいんど……
おリョウ「お前さん、急いでるのう、飛脚も大変だのう。なあ、ウチんとこで、一服していかんかえ」
オラ 「あと一件残っとるんや、そいが済んだら、向かってもええ」
おリョウ「そうこうしてたら、ウチん身、ほかん男ん元へ流れるで」
オラ 「んー、こん文が無ければええんやけんどな。そんしたら、さっそく」
おリョウ「そん文、捨ててもええで」
オラ 「何を言うや。大事な預かりもんや、お客が待っとるわな」
おリョウ「ええんや。実はのう、そん文はウチん親分が仕組んだん。お前、土佐兄んとこ出入りしとるやろ。こん橋んとこで待ち伏せや。てる吉やな、親分から接待せ言われたんや、さっ、そん文捨てな」
オラ 「いや、おいおい、さわんな、おいっ、あっ、あっ……」
こん女、隅田川に文を投げてもうたわ。
話が本当ならば、木場に行くこん橋で、出くわすわなあ。んでも、何でオラに用があんのやろ、土佐兄の女衒仲間かいな。こうなったら、女に着いてくしかねえ。話聞こう。
おリョウ「さっ、入れ。そうゆう訳や、こん身で遊んでけ」
オラ 「何か裏があるのう。なんで土佐兄んこつ知っとるんや」
おリョウ「商売敵やでな。ウチらは相模や、武蔵ん女衒が荒らすんを我慢出来んのや。女買い付けで、相模女たんと江戸ん持ってく、で骨んする」
オラ 「まあ、オラも相模で三人仕入れて来たども、そいも仕事じゃて。でもって、商売敵を身で持って接待すんとは?」
おリョウ「二度と使えんようにしたる。命は取らん、けんど玉は潰す」
オラ 「お、おっ、帰る、女狐め、このう、ったく」
と、オラは逃げ出ようとしたんだが、紅天狗タケが動き出した。敵だか何だかは、さておき。据え膳食わぬは男の恥である。こん女はただもんでねえ。男を殺めかねえ、刺客かいな。女狐に玉潰しされたんじゃ叶わねえ、じゃこっちは、あれや。返り討ちにしたるわ……
オラ 「帰んのやめたわ。勝負したる。玉潰しどころか、泣いて欲しがるで。あんたも闇ん女やな、同類は目を見ればわかる。おい、同類同士、あの世でのうて、この世ん極楽で溺れんか」
おリョウ「お前を潰すんが、頼まれ仕事や。何も怨みねえどもな」
オラ 「じゃ、オラん玉預けっから、どうすっか、よがりながら考えたらええ。そんなこつしたら、極楽にいけんぞ。一緒に極楽がええど」
おリョウ「ウチはな、ウチは、蛇で仕込まれとるんや。やられてまうわ」
オラ 「大丈夫や、江戸ん女衒が守ったる。土佐兄んとこさ来い」
おリョウ「ええんかえ、ウチ怖いわ。じゃ、約束ん契りしてんか。さっきは悪かったのう、お詫びや、身で償うわ、壊してもええで」
オラ 「お言葉に甘え、極楽ん淵で一緒に溺れような、一緒やで」
おリョウ「うん、ウチんカズノコ、全部たいらげな、おかわりしてえな。あんた、守ってな、あんた……」
闇ん女は、闇ん男に弱か。
蛇で仕込まれた女は、カズノコどころか、めめずん数も多かった。
壺良し技良し度胸よし。こんだは、土佐兄のドスが待っとるわいな。
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