誠実であることは難しい

びっとのびっと

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怯えについて

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はじめて入った新宿のバーで優しくしてくれた、しんちゃんと再会したときのことだった。

お店には来てた?もう慣れたかしら。今日は混んでるわねえ。なんて、とりとめのない話をしていると、その酔っ払いはやってきた。

カウンターの二人組に「どんな音楽が好き?」と話しかけていた。二人組は流行のハウスミュージックを彼に告げると、彼は興味を失って離れていった。

案の定、こちらにもやってきた。
彼の質問にしんちゃんは「シャンソンが好きよ。」と答えた。
彼はわかってたよ、って顔をしながらしんちゃんの肩をポンポンと叩いた。「年寄り扱い?なんか失礼ね!」と笑いながら返す。
そして俺をみて「彼氏は?何が好き?」と聞いてきた。

「ルー・リードとか好きだよ」と言うと、「ルー・リード?ルー・リード知ってるの?」と聞き返してきた。
「うん。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド。あとはニック・ケイブとかも」
彼はあっけにとられながら
「俺も・・・」と言った。
どの曲が一番好き?とか映画のサントラが、とかドアーズはどう?とか話が盛り上がってくると、しんちゃんが「あとは若い二人でしゃべってなさい!」と言い常連グループの方に戻っていってしまった。

ちなみに酔っ払いの彼には、ガタイのいい優しそうな30才くらいの連れがいたが、「ボク、シャンソン興味あるなあ。」と言いながらしんちゃんの後をついていった。

彼とはずっと音楽や映画の話をしてただけだったが、また会おうよ、となって連絡先を交換する。
その夜の二日後くらいに、彼から電話がかかってきた。(翌日ではなかったがすぐだったと思う)


「俺のこと覚えてる?」
第一声はそれだった。
「もちろん、覚えてるよ。音楽の話をした」
「そう、それ。よかったら会わない?」


渋谷の大きな映画館の前で、昼の12時に約束をした。
会話は覚えていたが、彼の顔はぼんやりとしか思い出せない。そんなに太ってはいなかったが白くてムチムチしていた。大福餅みたいな。でも、なんだか彼は輝いてて見えた。

たぶん向こうから声をかけてくれるだろうと、早めに待ち合わせの場所に行ってみた。


約束の12時になって、自分が緊張していることに気づく。なぜだろう。
10分過ぎて、だんだん不安になり、落ち着かなくなってきた。待ち合わせに誰も来ず騙されたテレクラの男の話を思い出す。いや、そういうんじゃないだろう。
さらに5分過ぎて悲しい気持ちになってくる。
気が変わったんだろうか。

いつも、ガードレールに座って街を眺めたり、人の流れを観察したりして、のんびりしている。
それが定石だった。
今日は、それがうまくできない。
なぜか通り過ぎる人の目が気になった。


12時20分を過ぎた。
普段なら1、2時間は平気だ。でも、もう我慢ならなかった。
ここでの表現は「逃げるように」が正解だろう。彼が来なくて、ひどく傷ついてる自分から。

一度しか会ったことないのに
まだ20分しかたってないのに
なにかトラブルがあったのかも

冷静に考えてみればそんなもの。
俺はどうかしてたのだろう。そのまま家に帰ってしまった。 
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