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未練について

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次の日、純から電話がきた。


「昨日は、ごめんね?」純がボソボソと言った。

「・・・いや、俺も困らせてごめん」
「あの!あのさ・・・」
「うん」
「その、気持ちはうれしかった。」
「うん」
「ありがとう。」

うれしかった、と言われて調子にのった。
「・・・好きだよ」

長く息を止めたかのような沈黙。

「俺、ちゃんと言ってなかったから」
「・・・」
「もう会ってくれないの?」

まったく未練がましい男だ。いつか、彼氏と別れるかも、とか、そんとき俺がそばにいれば、とか、あわよくば、とか。

「・・・」
「俺、会いたい。すっげー会いたい」

もう、やけっぱちだ。

「・・・」
「彼氏がいてもいいから、会いたいんだよ・・・」

電話の向こうで、純が息をひそめて、俺の言葉を聞いている。


「・・・ほんとに好きだよ・・・」
もう、それしか言えなかった。


「・・・俺そっちに行ってもいい?」
「・・・ダメだよ・・・」

純の声が震えてる。

「・・・」
「か、借りてた本!返すから!外で会おう・・・」
純がようやく言った。


『彼氏がいるから迫らない』って言ってたやつは、どこのどいつだ。
そんなことは忘れて、もう絶対どうにかして純をつなぎとめたかった。


純は和食好きだったが、俺は地中海料理の店に連れていった。
子供のころ親父が連れてきてくれた思い出の店。
薄暗い店内にランプの明かり、美しい皿、食べたことのない料理、大人の世界。ロートレックの絵画のような、俺のとっておきの場所。


「・・・ここ?」
純が引いてる。
ドレスコードはないが特別感のある店だ。
俺はまたやってしまったようだった。重い。

ただ店内は隣の席の会話が聞こえるくらいの狭さと賑やかさだ。核心をついた話はできない気軽さはあるだろう。


「子供のころ家族とたまに来たんだ」
「家族と?」
「親父は大酒飲みの酔っ払いだったけど、この店でだけはお上品に飲んでた。母親もここだと機嫌が良くてさ」
「・・・」
「はじめてここでエスカルゴを食べて旨くて楽しくて、夢みたいなところだと思った」


「ご両親様との素敵な思い出の店であること、大変嬉しく存じます。」給仕が笑顔でそう言って礼をした。
俺はペリエを、純はグラスワインを頼んだ。


「そういえば冷たいスープを飲んだのも、ここがはじめてな気がする」
「へえ。メニューにあるかな?」

純が楽しそうにしている。コースは選ばず、純が興味を示した一品料理を四つ注文した。


「旨い!」感動で目を見ひらいて小さく叫んだ。
「えー、えー、なんだこれ?」純が不思議そうに味わっている。やっぱり、ここに連れてきて良かった。 
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