なりゆきの同居人

七月きゅう

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#49

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 詩織は記憶を手繰る。
詩織が近づくと、律は決まって身を固くし、逃げるように距離を取る。
どの場面を思い出しても、そんな有り様だ。
まさか嫌われてはいないだろうが…落とせるのか?

 彼女のこれまでの反応などを見ても、感触は悪くないと考えている。
しかし、それが自分の思い込みの場合もあるため、時間をかけて反応を窺いながら距離を詰めてきた。

 その方法が功を奏したのか、初対面の頃よりはだいぶ打ち解けてくれているという手ごたえは感じている。
ゆっくりと事を進めるのは本来、詩織の得意とするところではないが、しかし強引に迫って逃げられてしまっては元も子もない。

 だからこそ、恋愛感情があるようなそぶりは一切見せずに、あくまでも由紀奈の弟として、こまめに彼女と顔を合わせる程度の距離を守ってきた。だが…
状況が変わった。このまま悠長に今の関係を保ち続けるつもりはない。

 しばし思案した末に、詩織はスマホを手に取った。
そのまま電話をかける。ワンコールで相手はすぐに出た。
はい、やなぎです。電話口で相手が名乗る声を聞き届けるより早く、詩織は口を開く。

「この間断った納涼会があっただろう。あれに出席する」
挨拶も前置きも飛ばして用件だけを伝えた。

彼とのやり取りは、いつもこうした素っ気ないもののため、相手が一瞬沈黙したのは、気分を害してではなく、ただ、詩織の発言を疑わしく思っているからだろう。
「…本当に?」

気まぐれでないことを確認するかのように、尋ね返される。
「ああ。たまには気晴らしが必要だ」
この理由を信じられないのだろう。息の漏れるような曖昧な相槌が返ってくる。
それもそうだ。自分でも白々しいと思う。

「分かりました。先方にはそのように…ただ、すでに一度欠席すると伝えているので」
物言いは控えめだが、ドタキャンだけはするなと釘を刺された。
「必ず出席する」

そう断言すると、半信半疑の了承が返ってくる。
常日頃、詩織がこうした催しをあまり好まないことを理解しているだけに、電話口の向こうで相手は、どういう風の吹き回しかと訝っているのだろう。

「お一人ですか?」
「同伴者連れが集まる会なら、飾りでも女は連れてくだろう」
高堂こうどう様に根負けされたのですか」
「同伴者は彼女じゃない」

一瞬の沈黙の後、そうですか、と向こうが相槌を打つ。
そうと明確に言葉にしなくても、詩織が新しい女を同伴するのだろうと察しを付ける程度には、付き合いの長い相手だ。

やり取りを終えて電話を切ると、詩織は自室を出た。
あとは彼女を誘うだけだ。
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