なりゆきの同居人

七月きゅう

文字の大きさ
上 下
109 / 113

#109

しおりを挟む
 ―…待ちに待った12月24日、駅の改札を抜けると律は詩織の姿を探した。
帰宅ラッシュの時間と重なったのか、それともクリスマスイブのせいか、駅の構内を行き交う人々はかなり多い。

 しかし、人の群れの向こうにすぐに彼を見つけた。
スマホを片手に壁にもたれている。
久しぶりに目にした詩織の姿に、律の唇からはつい、笑みがこぼれた。

 人波を横切るように近づいていくと、彼の方も律に気づいた。その口元が弧を描く。
彼の笑顔を見て、また嬉しくなる。

「すみません、お待たせしました」
 詩織は首を横に振ると、愛でるようなまなざしを律に向ける。
「久しぶりに君の顔を見られて嬉しいよ」

「!」その言葉に反応するように、心臓が大きくはねる。
“私もです”―…すぐにそう返せればよかったのに、何も言えない。
まさか落ち合ってすぐに、そんなことを言われるとは思ってもいなかったのだ。

 ちらりと詩織を見上げると案の定、彼は律の反応を楽しむような顔をしている。
「…かなり待たれましたか?」
からかわれるのは癪だし、かといって今さら素直に「私もです」とは言えず、律は気にも留めなかった風を装う。

「いや、俺もさっき着いたところだよ。行こうか」
律が隣に立つと、彼は歩き始めた。


 
 闇夜の中に淡い金色の光を灯す屋台がずらりと並び、その最奥には、輝く大きなクリスマスツリーがそびえ立つ―…そんなクリスマスマーケットの光景は、一目見ただけで律の心を浮き立たせた。

「私、クリスマスマーケットって初めてです」
「本場はドイツで、ここはドイツのマーケットを模倣してるんだ。だから、ドイツ料理も楽しめる」
時間的にも頃合いだったため、二人は会場に入ってすぐ、夕飯がてら食事を摂ることにした。

 詩織の言う通り、屋台ではドイツ料理を提供しているところが多くあった。
グーラッシュ、ソーセージ、ビール、シュトーレン、焼きリンゴにグリューワイン。

 屋台料理を二人で分け合いながら、ひとしきり舌鼓を打ち、その後は律の希望で雑貨を見て回ることになった。
飾り用のくるみ割り人形と、ガラスのオーナメント、鈴細工の小物、ハーブ入りの石鹸…

 物販ブースを歩きながら、ドイツ雑貨の可愛さについつい律の財布のひもは緩む。
由紀奈や友人達、母へのプレゼントだと自分に言い聞かせるが、それでも少し買い過ぎかもしれない。

所持金はあっという間に底を尽きそうだった。
もう少し多めに現金を持っておけばよかった…そう後悔したのは、スノードームが並ぶ屋台の前を通った時だった。
しおりを挟む

処理中です...