なりゆきの同居人

七月きゅう

文字の大きさ
上 下
112 / 113

#112

しおりを挟む
 疑わし気な視線を向ける律に、詩織がさらに挑発するようなことを言う。
「なんなら、今から役所に行くか?」
「ほんとにせっかちですね。私達はお互いの相性をもっとよく知るべきだと思います」

それさえ見極めないうちから結婚の約束をするなんて、早計だ。
すると、彼がじっと律を見つめる。
「なら、ホテルだな」

「……は?」
「どこがいい?君の望むところに連れていく。公共の場が嫌なら君の部屋でも俺の家でもいい」
自分の発言を彼がどう受け止めたのか理解して、律の顔はみるみる赤くなる。

「かっ…!勘違いしないでくださいっ!私はそういう限定的な話をしてるわけじゃありません!」
「他に確認し合う点があるか?生活面での相性が悪くないことはすでに分かってる。そうなると未知数なのは体の相性だけだろう」

「そんなものより大事なことはたくさんあります!」
「だが、ゆくゆくは通る道だ。それとも、そばにいると言っておきながら寝る気はないということか?」
「それは…別に、そういうわけじゃ…」

返事にきゅうして律はうつむく。
焦って否定すればするほど、彼の悪乗りをあおるだけだ。
しかし、だからといって「そうですね」なんて同調できるわけがない。

「さすがに今日、君に襲いかかるような真似はしないが、長くは待てない。あまりにも焦らすようなら、そう遠くないうちに君をホテルに引きずり込むことになる」
「……まるで体が目的みたいな発言に聞こえますが」

白い目を向ける律に、彼は全く意に介さない様子で淡々と言い放つ。
「体目的だ」
「というかそもそも!なぜここでこんな話をしなきゃならないんですか!?」
「なら家に帰って話し合うか?体の相性がいかに重要かについて。姉貴は今日は独身女の会で外泊するらしいからな」

うろたえる律の反応を楽しんでいるのだろう、詩織は愉快そうに口の端を上げた。
だけどこれが、単なるからかいだけの会話じゃないということは、彼の目を見れば分かる。

「じゃあ私は今日は家に帰りません!ここからは別行動で!」
「どこへ行く?」
「決まってるじゃないですかっ!あなたのいないところですっ!」

足音荒く歩き出すと、その後ろを彼が追いかけてくる。
笑いながら、というところがまた気にくわない。
こうした反応をすることも、彼の予想の範疇はんちゅうなのだろうか。

「悪かった。冗談が過ぎた」
「冗談?とてもそんな風には思えませんでしたが?」
「俺の冗談は分かりづらいとよく言われる」

「私も同意見です!」
つっぱねるように断言すると、彼は苦笑する。
「それに半分は本心だ。好きな女を抱きたいと思って何が悪い?」

「!」あまりにもあっさりと言われ、律はまた赤面して言葉を失う。
「もちろん、君の意思を無視しようとは思っていないが」
「とっ…!当然ですっ!!」

「とにかく、今日は何もしないと誓う」
「…本当に?」
「ああ、必要なら誓約書を書こうか?」
まるで子供をあやすような口調に、律は憤然ふんぜんと言い返した。
「結構です!」

 彼が笑ったところで、時計台から22時を告げるベルが鳴った。
「明日も仕事だろう?ツリーを見たらそろそろ引き上げよう。ワインを買って帰って、あとは家で楽しむか」
しおりを挟む

処理中です...