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3章-異国 虎龍
シェンタオ
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かれこれ数十年ぶりに訪れたシェンタオは。
七割近くも焼失したという大火の傷跡を感じさせない程復興していた。
大通りは人で溢れ、屋台が所狭しと立ち並ぶ。
「すごいな!こんな活気ある都市だったなんて」
「うん、でも……ちょっと人が多いネ」
ハオは人の波に飲まれそうになりながらも、なんとかシャオヘイの手を引きながら進む。
そして辿り着いたのはシェンタオの中心にある大広場。
かつて璃寛寧と過ごした家がここにあった。
跡形もなく焼け落ちた今あるのは建て直された家々のみだ。
「ないネ、知ってた」
「ねえハオ、本当にここマルなんとかに焼かれたの?」
「そう聞いただけで何で焼いたかはわかんないんだヨ」
「そっか……」
シャオヘイは何か思うことがあったのか、大広場の噴水の前で立ち止まる。
そしてハオに向き直り口を開いた。
「璃寛寧様とハオ師匠はよくここで一緒に稽古をしていたそうです」
「……そう」
「何でも出来る方で。それで悔しくていつも勝負を申し込んでいたと」
-強くなりたかったんです、あの人の隣に立ちたかったから。
シャオヘイが語る向こうでハオはただ静かに、もうすぐ開きそうな桃の蕾を見つめていた。
バルトロメオも、シェンタオに来てから何処か上の空のガイウスに気付いたようで。
桃の花弁を数枚肩に乗せながら「元気ない?」と問う。
「……いや、傷が疼く」
「ああ。雨降った日に痛むやつ?僕も捻挫した時に……」
「そっちの疼くじゃねえ」
「何かあった?」
バルトロメオは首を傾げながら聞く。
やはり勘付かれていたか、とガイウスは自分の態度が明らかにおかしいことに内心自嘲した。
「マルスは昔の俺なんだよ」
「昔のガイウス君か」
「魔族は殺すべきだと無条件に憎んで、名誉欲と破壊衝動に塗れた……な」
バルトロメオは、ガイウスが勇者だった頃を詳しくは知らない。
だがマルスとガイウスは似ている、と感じていた。
「でもさ、今は違うんでしょ?」
「ん」
「じゃあ大丈夫じゃない?」
バルトロメオは屈託なく笑う。そして肩に乗せていた花弁をガイウスの頭に乗せた。
向こうではハーフエルフと魔族である、ルッツとハオが肩を並べ。
舞い落ちる花弁を掴もうとその場で小さく跳ねている。
「なあバルトロメオ」
「んー?」
「魔族も人間と変わらないよな」
彼の笑顔にバルトロメオは「なんだ、笑えるじゃないか」と口角を上げる。
ガイウスの笑顔は勇者らしい作り物でも、完全に素が出た時の悪魔のような笑みでもなく。
一人の青年らしい、屈託ない笑顔だった。
-----
「シェンタオの桃、食べると寿命伸びるって言われてるよ」
「貴方達シェンタオ初めてね?シェンタオ来たら桃酥(タオスゥ)食べなきゃダメ」
「桃酥?何ですそれ?」
シャオヘイは屋台で売り子の女性に声をかける。
すると彼女は待ってましたと言わんばかりに、くるみ入りクッキーを数枚握らせてくる。
これが桃酥(タオスゥ)、シェンタオではごくありふれたオヤツだ。
「この辺じゃありふれたオヤツよ、くるみは好き?」
「ッ……大好きです!ありがとうございます!」
クッキーもくるみも両方大好物、ということで。
一気に年相応の笑顔になったシャオヘイに店主の女性はクスクスと笑う。
そして彼はふと思い出したように口を開いた。
「そういえば璃寛寧様ってご存知ですか?」
「ええ、よく知ってるわ。私あの人のファンなのよ」
「ファン!?」
璃寛寧は鬼族でも美丈夫と有名だ。
子どもの頃は背が低かったそうだが、鬼にありながら物静かで聡明な青年だったと。
そして何より、とても優しい方で女性は璃寛寧の人となりを語り始めた。
「私ね、あの人に助けてもらったことがあるの」
「助け?」
「ええ。シェンタオは鬼族と人間の共存する都市として有名でしょ?
でも……やっぱり鬼族は人間を襲うからって、よく思わない人もいて」
彼女は数年前、夜盗に襲われたという。
その時偶然通りかかった璃寛寧が彼女を助けたとか。
璃寛寧は人間を襲うような鬼ではない。
「璃寛寧様、とても優しい方だったわ。でも……」
「?」
「……あの人が居なくなってからシェンタオも変わってしまった」
シェンタオは嚥下しながら思う、ハオの師匠と言うことは大師匠様。
顔も知らぬ、ハオを破門したきりシェンタオから去った鬼。
璃寛寧とマルスは共通点が多すぎる。
あの人が居なくなったあと、シェンタオは火元のわからぬ大火に襲われた。
この2つの情報から推測するに、おそらく彼は……。
「あの、その方って……」
シャオヘイが女性に問おうとした時、突然向こうから悲鳴が上がる。
煙も見える、あの嫌な黒さ……直ぐ気付いた、火事だ!
シャオヘイは「お釣りは後で取りに来ます!」と叫びながら会計にお金と桃酥を置き。
火事の現場へと走っていった。
「お釣りはいいわ」
女性は悲しそうに微笑みながら呟く。
その目に今何が映っているのか、シャオヘイには計り知れなかった。
-寛寧様は悪しき魔族となられた。
-ハオ様から聞いていたけど本当だったなんて。
女性の手には一枚の桃酥だけがぽつんと置かれていた。
---
火の手が上がるシェンタオ大広場。
其処に立っていたのは帝国で死闘を繰り広げたユピテルと共通の核を持ち、熱風に赤い衣を靡かせる男。
「全く燃えてしまうとは。暖めてやろうとしたものを」
マルスだ!彼の足元には彼なりの善意か、将又わざとなのか。
焼き殺された人間の死体が転がっている。
当人は死体には目もくれず親指と人差し指をこすり合わせながら、大広場を眺めていた。
少し遅れてガイウスが、更に屋根を飛び跳ね勇者の超人的脚力にほぼ並走し。
ハオがほぼ同時に降り立つ、そして叫んだ。
「マルス!!」
「寛寧様!!」
二人の声はシンクロし、お互い目の前の鬼を全く違う名で呼んだ。
二人は真剣な顔だったのがまず片眉だけ上げ、続いて目だけ動かしお互いを見る。
「知ってるのか!?」
「アレはハオの師匠だヨ!マルスって名前じゃない」
「違う!あれがマルスだ!!アイツが俺の顔を焼いたんだ」
「違うヨ!璃寛寧様はハオの破門状を……」
言い争いを始めた二人を見てマルスは笑う。
「はははは!なんだガイウス、勇者から漫才師に転職したのか?」
「っ!マルス!」
「ハオ、お前……。そうか」
マルスは何かに気付いたのか、ハオの姿を見て目を細める。
その目に宿るのは怒りか、それとも憐みか。
ハオは目の前の男が寛寧だと確信した、だが同時に悲しみも込み上げてきた。
そしてルッツとバルトロメオとシャオヘイも遅れて合流しマルスは目を細める。
知らない顔ばかりだ、まあ人の顔など直ぐ忘れるのだが。
それでも1年前に見た顔がガイウスしか居ないことに少々驚いた。
「新しい仲間か?切り替えの早い男だ」
「お前こそ、御礼参りて感じでもねぇな」
「私はユピテルと違うのだ。感情で動いたりはせん……そうだな。名乗らぬのは無作法か」
マルスは一呼吸置くと「私はマルス。六将の一人だ!」と高らかに宣言した。
「っ!寛寧様!」
ハオは叫ぶが彼はもうハオの知る璃寛ではない。
そのことはハオ自身が一番よくわかっていた。
そして同時に悟る、シェンタオを焼いたのは彼だと。
-あの大火はきっと寛寧なりの、フーロンへの未練を絶つためだろう。
-自分はもう戻らないと。
「魔王様亡き今、魔王軍は消滅し六将は独自に動いている。
私もそうだ、パーダオで皇様の下に就いている」
「地位も力もあるじゃん!それ以上何欲しがってるの」
「歴史って知ってるか?半精霊」
噛み付くルッツに対しマルスは静かに、自身の癖である角の先を触りながら言った。
「人間共は歴史に名を残したがっている、自分達がどれだけ愚かなことをしたかを後世に残したいのだ」
「何が言いたいの?」
「私は歴史に名を刻みたいのだ。見ろ、あれだけルナ陛下を恐れておったのに。
1年そこらで魔王がいたことすら忘れておる。悪しき魔王軍の存在も、それを倒した英雄も」
「……」
「私はルナ陛下のようにはならん、必ず歴史にこのマルスの名を刻んでくれる」
「お前、まさか!」
マルスは手を広げ、高らかに宣言する。
「この大広場はな、私の炎で焼き払うつもりだったのだ!恐怖を植え付けてやる為にな!!」
「そんな……」
ハオが膝から崩れ落ちた。
寛寧様……貴方は本当に変わってしまったの?
もうハオに笑いかけてはくれないのか。
ガイウスは1年ぶりに対面した宿敵に対し。
向き合うように静かに、鼻に傷をゆっくり指でなぞった。
お前がつけた傷だと言うように、ゆっくりと。
「マルス、お前焦ってるな」
「……」
「……お前がいきなりここまで動くなんてよほどだぜ」
「1年だな、陛下がお隠れになられて」
マルスは直接は答えず、だが否定もせず核を撫でる。
1年ぶりに目にした赤い核は相変わらずギラギラと。
だが以前の対峙より翳りが見えるのは何故だろう。
「我らはな、あと半年と待たず肉体が朽ち、魂が消滅する。その前にやり遂げねばならぬ」
「何がしたいんだお前」
「決まっているだろう。魔王軍の生き残りとして……。
そして陛下への忠義を果たす為にこの大陸中を炎で包む」
「戦争を起こすって事!?そんなことして何になるんだよ!!」
ルッツの叫びはもっともだ、既にルナはいないのだ。
更に六将はルナという要を喪い「1年」というタイムリミットが間近に迫っている。
ガイウスが指摘した通り、彼らは焦っていた。
「大義の為だ、陛下の正義を世に知らしめねばならん」
「正義なんて言葉を軽々しく使うな!」
「……ハオ、お前はもう破門された身だ。口出しするな」
マルスはハオに冷たく言い放つと、炎を指先から起こし。
炎の波がシャオヘイとバルトロメオに襲い掛かる。
間一髪、二人はなんとか炎をかわすも大広場を包む大火が広がっていく。
不味い、またシェンタオが燃える。
そう大広場に目が向いた時には、もうマルスの姿は消えていた。
ガイウスとハオの声がまたもシンクロする。
「マルス!」
「寛寧様!」
「だから寛寧様じゃねーって!……くそっ!」
「寛寧様はどうして変わってしまったんだヨ……」
大広場が炎に包まれる中立ちすくむ。
また燃える故郷を見つめるしか出来ないのか、そう目を伏せてはあっと気付いた。
そしてガイウスに協力しろというように貝のような道具を渡す。
「おい何するんだ。消火はもう……」
「宝貝で玄武を呼ぶノヨ、ハオだけじゃ難しいからあんさんにも手伝ってもらうヨ」
「玄武?」
「水を司る聖獣だ、消火にうってつけだね。でもハオ?もう破門されたんだろ?」
「……」
寛寧様から貰った道具だから、使いたい。
そう目で訴えればガイウスは何か察したように頷いた。
そしてシャオヘイもルッツも、バルトロメオも頷く。
「じゃ頼むよ!僕は避難させるから」
「そのゲンブっての呼べなかったら往復ビンタだから!」
「わかったわかった!!往復ビンタか……。ハオ、行くぞ!」
「うん」
-貴方はもう、破門された弟子など必要ないのですね。
「水よ、我が意に従い形を成したまえ」
「来吧(来い)!!玄武!!」
ハオがそう叫び宝貝を掲げると青い光が空へ吸い込まれ。
数秒後-咆哮とともに空が青っぽく変わって雨が降る。
雨は炎を消しながら大広場に広がり、そして鎮火する頃には水溜まりが出来ていた。
「消せた、あの時とは違う」
ハオは宝貝を握りしめる。
その顔は雨の為か涙の為か、ぐしゃぐしゃだった。
「寛寧様……」
そしてハオは空を見て呟いた。
もし貴方がただの鬼なら、こんなに胸が張り裂けそうなほど苦しくなかったのに。
七割近くも焼失したという大火の傷跡を感じさせない程復興していた。
大通りは人で溢れ、屋台が所狭しと立ち並ぶ。
「すごいな!こんな活気ある都市だったなんて」
「うん、でも……ちょっと人が多いネ」
ハオは人の波に飲まれそうになりながらも、なんとかシャオヘイの手を引きながら進む。
そして辿り着いたのはシェンタオの中心にある大広場。
かつて璃寛寧と過ごした家がここにあった。
跡形もなく焼け落ちた今あるのは建て直された家々のみだ。
「ないネ、知ってた」
「ねえハオ、本当にここマルなんとかに焼かれたの?」
「そう聞いただけで何で焼いたかはわかんないんだヨ」
「そっか……」
シャオヘイは何か思うことがあったのか、大広場の噴水の前で立ち止まる。
そしてハオに向き直り口を開いた。
「璃寛寧様とハオ師匠はよくここで一緒に稽古をしていたそうです」
「……そう」
「何でも出来る方で。それで悔しくていつも勝負を申し込んでいたと」
-強くなりたかったんです、あの人の隣に立ちたかったから。
シャオヘイが語る向こうでハオはただ静かに、もうすぐ開きそうな桃の蕾を見つめていた。
バルトロメオも、シェンタオに来てから何処か上の空のガイウスに気付いたようで。
桃の花弁を数枚肩に乗せながら「元気ない?」と問う。
「……いや、傷が疼く」
「ああ。雨降った日に痛むやつ?僕も捻挫した時に……」
「そっちの疼くじゃねえ」
「何かあった?」
バルトロメオは首を傾げながら聞く。
やはり勘付かれていたか、とガイウスは自分の態度が明らかにおかしいことに内心自嘲した。
「マルスは昔の俺なんだよ」
「昔のガイウス君か」
「魔族は殺すべきだと無条件に憎んで、名誉欲と破壊衝動に塗れた……な」
バルトロメオは、ガイウスが勇者だった頃を詳しくは知らない。
だがマルスとガイウスは似ている、と感じていた。
「でもさ、今は違うんでしょ?」
「ん」
「じゃあ大丈夫じゃない?」
バルトロメオは屈託なく笑う。そして肩に乗せていた花弁をガイウスの頭に乗せた。
向こうではハーフエルフと魔族である、ルッツとハオが肩を並べ。
舞い落ちる花弁を掴もうとその場で小さく跳ねている。
「なあバルトロメオ」
「んー?」
「魔族も人間と変わらないよな」
彼の笑顔にバルトロメオは「なんだ、笑えるじゃないか」と口角を上げる。
ガイウスの笑顔は勇者らしい作り物でも、完全に素が出た時の悪魔のような笑みでもなく。
一人の青年らしい、屈託ない笑顔だった。
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「シェンタオの桃、食べると寿命伸びるって言われてるよ」
「貴方達シェンタオ初めてね?シェンタオ来たら桃酥(タオスゥ)食べなきゃダメ」
「桃酥?何ですそれ?」
シャオヘイは屋台で売り子の女性に声をかける。
すると彼女は待ってましたと言わんばかりに、くるみ入りクッキーを数枚握らせてくる。
これが桃酥(タオスゥ)、シェンタオではごくありふれたオヤツだ。
「この辺じゃありふれたオヤツよ、くるみは好き?」
「ッ……大好きです!ありがとうございます!」
クッキーもくるみも両方大好物、ということで。
一気に年相応の笑顔になったシャオヘイに店主の女性はクスクスと笑う。
そして彼はふと思い出したように口を開いた。
「そういえば璃寛寧様ってご存知ですか?」
「ええ、よく知ってるわ。私あの人のファンなのよ」
「ファン!?」
璃寛寧は鬼族でも美丈夫と有名だ。
子どもの頃は背が低かったそうだが、鬼にありながら物静かで聡明な青年だったと。
そして何より、とても優しい方で女性は璃寛寧の人となりを語り始めた。
「私ね、あの人に助けてもらったことがあるの」
「助け?」
「ええ。シェンタオは鬼族と人間の共存する都市として有名でしょ?
でも……やっぱり鬼族は人間を襲うからって、よく思わない人もいて」
彼女は数年前、夜盗に襲われたという。
その時偶然通りかかった璃寛寧が彼女を助けたとか。
璃寛寧は人間を襲うような鬼ではない。
「璃寛寧様、とても優しい方だったわ。でも……」
「?」
「……あの人が居なくなってからシェンタオも変わってしまった」
シェンタオは嚥下しながら思う、ハオの師匠と言うことは大師匠様。
顔も知らぬ、ハオを破門したきりシェンタオから去った鬼。
璃寛寧とマルスは共通点が多すぎる。
あの人が居なくなったあと、シェンタオは火元のわからぬ大火に襲われた。
この2つの情報から推測するに、おそらく彼は……。
「あの、その方って……」
シャオヘイが女性に問おうとした時、突然向こうから悲鳴が上がる。
煙も見える、あの嫌な黒さ……直ぐ気付いた、火事だ!
シャオヘイは「お釣りは後で取りに来ます!」と叫びながら会計にお金と桃酥を置き。
火事の現場へと走っていった。
「お釣りはいいわ」
女性は悲しそうに微笑みながら呟く。
その目に今何が映っているのか、シャオヘイには計り知れなかった。
-寛寧様は悪しき魔族となられた。
-ハオ様から聞いていたけど本当だったなんて。
女性の手には一枚の桃酥だけがぽつんと置かれていた。
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火の手が上がるシェンタオ大広場。
其処に立っていたのは帝国で死闘を繰り広げたユピテルと共通の核を持ち、熱風に赤い衣を靡かせる男。
「全く燃えてしまうとは。暖めてやろうとしたものを」
マルスだ!彼の足元には彼なりの善意か、将又わざとなのか。
焼き殺された人間の死体が転がっている。
当人は死体には目もくれず親指と人差し指をこすり合わせながら、大広場を眺めていた。
少し遅れてガイウスが、更に屋根を飛び跳ね勇者の超人的脚力にほぼ並走し。
ハオがほぼ同時に降り立つ、そして叫んだ。
「マルス!!」
「寛寧様!!」
二人の声はシンクロし、お互い目の前の鬼を全く違う名で呼んだ。
二人は真剣な顔だったのがまず片眉だけ上げ、続いて目だけ動かしお互いを見る。
「知ってるのか!?」
「アレはハオの師匠だヨ!マルスって名前じゃない」
「違う!あれがマルスだ!!アイツが俺の顔を焼いたんだ」
「違うヨ!璃寛寧様はハオの破門状を……」
言い争いを始めた二人を見てマルスは笑う。
「はははは!なんだガイウス、勇者から漫才師に転職したのか?」
「っ!マルス!」
「ハオ、お前……。そうか」
マルスは何かに気付いたのか、ハオの姿を見て目を細める。
その目に宿るのは怒りか、それとも憐みか。
ハオは目の前の男が寛寧だと確信した、だが同時に悲しみも込み上げてきた。
そしてルッツとバルトロメオとシャオヘイも遅れて合流しマルスは目を細める。
知らない顔ばかりだ、まあ人の顔など直ぐ忘れるのだが。
それでも1年前に見た顔がガイウスしか居ないことに少々驚いた。
「新しい仲間か?切り替えの早い男だ」
「お前こそ、御礼参りて感じでもねぇな」
「私はユピテルと違うのだ。感情で動いたりはせん……そうだな。名乗らぬのは無作法か」
マルスは一呼吸置くと「私はマルス。六将の一人だ!」と高らかに宣言した。
「っ!寛寧様!」
ハオは叫ぶが彼はもうハオの知る璃寛ではない。
そのことはハオ自身が一番よくわかっていた。
そして同時に悟る、シェンタオを焼いたのは彼だと。
-あの大火はきっと寛寧なりの、フーロンへの未練を絶つためだろう。
-自分はもう戻らないと。
「魔王様亡き今、魔王軍は消滅し六将は独自に動いている。
私もそうだ、パーダオで皇様の下に就いている」
「地位も力もあるじゃん!それ以上何欲しがってるの」
「歴史って知ってるか?半精霊」
噛み付くルッツに対しマルスは静かに、自身の癖である角の先を触りながら言った。
「人間共は歴史に名を残したがっている、自分達がどれだけ愚かなことをしたかを後世に残したいのだ」
「何が言いたいの?」
「私は歴史に名を刻みたいのだ。見ろ、あれだけルナ陛下を恐れておったのに。
1年そこらで魔王がいたことすら忘れておる。悪しき魔王軍の存在も、それを倒した英雄も」
「……」
「私はルナ陛下のようにはならん、必ず歴史にこのマルスの名を刻んでくれる」
「お前、まさか!」
マルスは手を広げ、高らかに宣言する。
「この大広場はな、私の炎で焼き払うつもりだったのだ!恐怖を植え付けてやる為にな!!」
「そんな……」
ハオが膝から崩れ落ちた。
寛寧様……貴方は本当に変わってしまったの?
もうハオに笑いかけてはくれないのか。
ガイウスは1年ぶりに対面した宿敵に対し。
向き合うように静かに、鼻に傷をゆっくり指でなぞった。
お前がつけた傷だと言うように、ゆっくりと。
「マルス、お前焦ってるな」
「……」
「……お前がいきなりここまで動くなんてよほどだぜ」
「1年だな、陛下がお隠れになられて」
マルスは直接は答えず、だが否定もせず核を撫でる。
1年ぶりに目にした赤い核は相変わらずギラギラと。
だが以前の対峙より翳りが見えるのは何故だろう。
「我らはな、あと半年と待たず肉体が朽ち、魂が消滅する。その前にやり遂げねばならぬ」
「何がしたいんだお前」
「決まっているだろう。魔王軍の生き残りとして……。
そして陛下への忠義を果たす為にこの大陸中を炎で包む」
「戦争を起こすって事!?そんなことして何になるんだよ!!」
ルッツの叫びはもっともだ、既にルナはいないのだ。
更に六将はルナという要を喪い「1年」というタイムリミットが間近に迫っている。
ガイウスが指摘した通り、彼らは焦っていた。
「大義の為だ、陛下の正義を世に知らしめねばならん」
「正義なんて言葉を軽々しく使うな!」
「……ハオ、お前はもう破門された身だ。口出しするな」
マルスはハオに冷たく言い放つと、炎を指先から起こし。
炎の波がシャオヘイとバルトロメオに襲い掛かる。
間一髪、二人はなんとか炎をかわすも大広場を包む大火が広がっていく。
不味い、またシェンタオが燃える。
そう大広場に目が向いた時には、もうマルスの姿は消えていた。
ガイウスとハオの声がまたもシンクロする。
「マルス!」
「寛寧様!」
「だから寛寧様じゃねーって!……くそっ!」
「寛寧様はどうして変わってしまったんだヨ……」
大広場が炎に包まれる中立ちすくむ。
また燃える故郷を見つめるしか出来ないのか、そう目を伏せてはあっと気付いた。
そしてガイウスに協力しろというように貝のような道具を渡す。
「おい何するんだ。消火はもう……」
「宝貝で玄武を呼ぶノヨ、ハオだけじゃ難しいからあんさんにも手伝ってもらうヨ」
「玄武?」
「水を司る聖獣だ、消火にうってつけだね。でもハオ?もう破門されたんだろ?」
「……」
寛寧様から貰った道具だから、使いたい。
そう目で訴えればガイウスは何か察したように頷いた。
そしてシャオヘイもルッツも、バルトロメオも頷く。
「じゃ頼むよ!僕は避難させるから」
「そのゲンブっての呼べなかったら往復ビンタだから!」
「わかったわかった!!往復ビンタか……。ハオ、行くぞ!」
「うん」
-貴方はもう、破門された弟子など必要ないのですね。
「水よ、我が意に従い形を成したまえ」
「来吧(来い)!!玄武!!」
ハオがそう叫び宝貝を掲げると青い光が空へ吸い込まれ。
数秒後-咆哮とともに空が青っぽく変わって雨が降る。
雨は炎を消しながら大広場に広がり、そして鎮火する頃には水溜まりが出来ていた。
「消せた、あの時とは違う」
ハオは宝貝を握りしめる。
その顔は雨の為か涙の為か、ぐしゃぐしゃだった。
「寛寧様……」
そしてハオは空を見て呟いた。
もし貴方がただの鬼なら、こんなに胸が張り裂けそうなほど苦しくなかったのに。
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