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4章-アルキード王国
偽りの故郷
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「あれぇ…?僕は、さっきまで…んん?」
気付けば霧の中、さっきまでウラヌスと戦っていた筈だが?
やがて霧の中にぼんやりと見覚えある景色が見えてきた。
ディノスだ、もっといえば自分の家じゃないか!
いつ自分は故郷に帰ったんだと驚くが。
そんなことを考えているうちに家の中から出てきた人物が居た。
それは紛れもないガイウスの姿だった!
ついに国外追放されてたのが帰って来たんだ。
ホッとし駆け寄ろうとすると、彼もこちらに気づき笑顔をみせてくれる。
「兄ちゃん帰ってきたの?大陸にいるはずじゃ」
「あぁ。俺は大陸にいたよ、でもちょっと事情があってな……」
「そうなんだぁ……僕嬉しいなぁ……」
笑顔で駆け寄ってきたガイウスを抱きしめようとする、しかし次の瞬間-。
「ところでお前。俺の故郷で何してるんだ?こともあろうに姫に斬りかかるなんて」
「うっ、ち……違うよ!?あいつはウラヌスって悪魔だったんだ!!」
「何を言ってる?ロディ、たしかに俺は嘘つきだが。
お前が俺に嘘をついたことは無いはずだ!!」
信じてくれない、いつものガイウスなら信じてくれる筈なのに。
なんで!?なんで!?と混乱している間もディノスの景色は。
どんどんおかしなものになっていく、トマトは紫色になっているし。
空は夕焼けとは違う、嫌な赤さに染まっているし。
「お前のせいで俺の故郷はこのザマだ。
どう責任取るんだ?えぇ?お前なんかに勇者代理なんかやれというべきじゃなかったな」
「い、いや……僕は、僕はウラヌスを……これはウラヌスが見せている幻で」
「うるさい黙れ!!ロディ、お前はいつそんな反抗的になった!?」
今までのガイウスは怒ったとしても睨んだり頭を軽く叩く程度だった。
だけど今は違う、本気で怒っている、殺気を放っている。
このままでは殺されるかもしれない。
頭が混乱するやら恐怖で体が震えるやらで唇が悴む。
今すぐ謝りたいのに言葉が出ない……。
「なんだロディ、俺に怒ってほしくないのか?」
「あ、う……ごめ、ごめん」
「簡単だよ?お前もある方に忠誠を誓えばすぅぐ許してやる」
「はへ?忠誠……?兄ちゃんの口から、忠誠?」
「もちろん、魔王様にだ。さ、今から忠誠を誓え」
どちらもガイウスの口からまず出ないワードだった、勇者が魔王に忠誠を誓う!?
確かに自分の兄は国外追放を受けるくらい性格に難があったが。
悪魔に魂を売るような人ではなかった。
いや絶対あり得ない!彼が泥中の蓮のような。
誇り高さを持っていたのは自分が一番知っている。
「そ、そんな……そんなのは……」
「なんだ、俺に反抗するのか?村をこのザマにしたのは誰だ?俺か?」
「うう……ち、違うよ……」
「じゃあわかるよな?お前は俺の言うことを聞いてればいいんだよ」
そう言うとガイウスはロディの首筋を舐めてきた、まるで蛇のように。
突然のことで思わず変な声が出てしまうが、気にする余裕がなかった。
なぜならガイウスに舐められたところから痺れるような感覚が襲ってきたからだ。
それが全身に広がっていきやがて立っていられなくなり、その場に座り込んでしまう。
そんな様子を見た彼は満足そうな表情を浮かべると優しく頭を撫でてきた。
「そうそう、素直に俺に従っていればいいんだよ」
「あ、兄ちゃん……やめて……」
「やめないさ、ほら立てロディ」
無理やり立たせられると今度は強引に唇を重ねてくる。
しかも今度は口の中に舌を入れてくるディープなやつ。
魔族が精気を吸う時行う仕草にそっくりだ。
「んっ……んむぅ……んん!!」
抵抗しようにも身体に力が入らない。
手足は小刻みに震え、まるで自分の身体じゃないみたいだ。
(いやだっ!こいつ……兄ちゃんじゃない……誰か助けて!!)
心の中で叫ぶが誰も助けにはこない。
その間にも彼の口づけは激しさを増していき-服の中に手を入れられ胸や脇を撫で回される。
くすぐったさと嫌悪感でロディの顔は真っ赤になっていた。
唇が離れると唾液の糸を引き、その間も体中を這い回る手は止まらない。
「うぅう……やめて、やめてよぉ……こんなの気持ち悪いよ」
「気持ち悪くなんかない。ロディ、このディノスでまた暮らそう?
もう王様に追い出されたりなんてしないし、お前に面倒ごとなんか回さない。
この俺に全て任せれば全てうまくいく、だから……ほら、忠誠を誓えよ」
(やだっ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!こんなの兄ちゃんじゃないっ!!)
兄の変わりように絶望感を覚えるロディだったが。
鏡のほうに目をやり気づいた、景色がおかしい。
今見せているガイウスやディノス村の景色は幻だというように。
鏡の向こう側は何も写さぬ闇が広がっている。
「んっ……んんっ!!」
鏡の向こうに気を取られていると口の中に舌が入り込んでくる。
歯茎の裏や上顎を舐め回される感覚に嫌悪感で全身がぞわぞわしてくる。
なんとか引き剥がそうとするも力が入らずされるがままになってしまう。
そうしてようやく唇が離れると彼は耳元で囁いた。
「さぁ、早く誓えロディ……そうしたらお前も楽になれるぞ?」
そう顔を近づけるガイウス-いや幻影は本性をむき出しにした、醜悪な笑みを浮かべている。
「さぁロディ、答えは?」
(兄ちゃんごめん……)
「……ディ……ロデ……ロディ!ロディッ!!」
少しずつ声が近づいてくる。
思わぬ妨害にガイウス-もとい幻もキョロキョロと見回し出し。
今しかチャンスはないとばかりにロディは幻のガイウス目掛け思い切り頭を反らし。
「いでぇ!?」
頭突きをかまし、彼が仰け反った拍子に家を飛び出す。
すでに景色は故郷じゃなくなっていた、空は真っ赤だし
家々はボロボロになっているし、なにより人の気配が全く無い。
だがここがどこかよりも大事な事がある。
逃げるのだ、この村から、あの家から、あの男から。
だが逃げ切れるだろうか?相手は自分を捕まえるためなら。
どんな手段でも使ってきそうな男だ、力づくでも連れ戻しにくるだろう。
「レオノーレさん!ここです……僕はここです!!」
「すみません……ここからでは幻術を解除できません。
私の手が届くところまで来なさい!」
「はい!!」
間違いない、レオノーレだ。
ロディは声がする方へ幻のディノス村を走り抜ける。
だがただで解放してくれるわけがなく、ガイウス姿の幻が。
家のドアを蹴破り飛び出して来ると追いかけてくる。
「待ってくれロディ!行くな!行かないでくれ!」
「待つもんか偽物!本物は大陸にいるはずなんだ!
偽物に愛されても嬉しくないんだよっ!!」
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だぁ!俺を置いていくなよぉ!!」
「うるさい!もうお前の思い通りにはならない!」
必死に逃げるロディ、だが幻のガイウスはすぐそこまで迫っている。
そしてついに追いつかれてしまい、腕を掴まれてしまう。
「離せっ!!離せよぉ!!」
「嫌だ……離したくないんだ……頼むから一緒にいてくれ……。
お前にまで拒絶されたら、俺は……俺は……」
幻のガイウスは泣いていた。
昔、兄がこんな風に泣いた事があった。
虹色の目を災厄の象徴と言われて、村中から迫害されていた。
あの頃も今のように泣きじゃくっていた。
その姿を見てロディは胸が締め付けられるような感覚を覚えるが。
ここで絆されたらまた同じことの繰り返しだ。
「離せよ!!このっ!!」
「あぐっ!?」
思いっきり頭突きをかまし怯ませると、そのまま腕を掴んでいる手を振り払い距離を取る。
だがすぐに距離を詰められてしまい再び腕を掴まれてしまう。
「お前は幻影だろ!幻なら消えろ!!」
「ねぇロディ……何度も子守唄歌ってあげたよね?
かくれんぼもしたし、おままごとだってやったよね? だから……ね?一緒に帰ろうよ」
「うるさい!ここはディノスじゃない!!」
そう叫ぶと再び走り出そうとするが今度は足を掴まれてしまい転んでしまう。
それでも必死に抵抗するが力では敵わずずるずると引きずられてしまう。
そしてついには村外れの崖まで連れてこられた。
「ねぇ、お願いだよ……行かないで、俺を置いていかないで……お願いだから……」
やはりここはディノスじゃない、とロディは景色で実感する。
門から先が断崖になっていて、底なしの闇が広がっていたからだ。
「こんな場所には行けない、僕は……僕は……」
元の世界に帰りたい、そう言おうとした瞬間-。
「あぐっ!?」
突然首を掴まれ持ち上げられる。
そしてそのまま地面に叩きつけられた。
「がはっ!げほっ!!」
咳き込む暇もなく馬乗りになると首を絞められる。
息苦しさと痛みに耐えかね、必死に抵抗するがビクともしない。
(く、くそぉ……)
意識が遠のき始める中-ふと幻のガイウスは「また、一緒に暮らそう?」と呟いた。
(兄ちゃん……ごめん……僕、もうダメかも……)
その時だった。
『汝、我が名において命ずる。煉獄より来たれ!紅蓮に燃ゆる炎よ!!』
レオノーレの声が響き渡ると同時に、崖から炎が噴き上がる!
その勢いは凄まじく、まるで噴火したかのようだ。
「熱ぅっ!?」
思わず手を離してしまう幻のガイウス。
その隙にロディはなんとか逃げ出すと地面に手をつく。
「はぁ……はぁ……げほっ……」
「大丈夫ですか!?」
レオノーレが駆け寄ってくる、どうやら彼女が助けてくれたらしい。
だが今はそれどころでない、幻のガイウスが再び襲い掛かってくるだろうからだ。
「あ、ありがとうございます!でもまだあいつが!」
「……ウラヌスの作り出す幻影ですか、厄介な」
向こうで幻のガイウスは先ほどまでの。
何としてもロディを引き留めようとする様子はどこへやら。
今は俯いていてブツブツと何か呟いている。
「くそっ……くそっ!!なんで……俺の思い通りにならないんだ……」
「兄ちゃん」
「ロディ!俺の言うこと聞けるよな!?そんな女なんか置いてここに居よう!ここに……永遠に」
「違う……」
ガイウスはそんなこと言わない。
彼は自分の意思を尊重してくれる、ちょっと陰険だが高圧的に強要したりはしなかった。
「兄ちゃんは幻なんだ、偽物だ」
「違う!俺は本物だよ!!」
そう叫ぶとディノス村の景色が歪んでいく。
そして再び現れたのは先ほど見た赤い空と崩壊した村だった。
だが今度は家が燃えていたりなどはせず、まるで廃墟のように荒れ果てているだけだ。
しかしそれを見てもなお幻影のガイウスは続ける。
「どうしてわかってくれない!?俺はお前を愛してるんだ!!
こんなにも想っているのに!!お前は俺の想いを受け止めてくれないのか!?」
「兄ちゃん……」
「だったらもういい……無理矢理にでも連れて帰る……!!」
そう叫ぶと幻のガイウスは魔力を放出し始める。
その瞳の色は虹色ではなく、血のようにドス黒い赤色だった。
そして次の瞬間、彼の体に変化が訪れる。
側頭部から角が生えてきたのだ、しかも二本もだ。
さらに爪や翼なども生えてきて、その姿はまるで悪魔そのものに変わっていた。
「ひゃああ!?兄ちゃんが悪魔になったぁぁ!」
「夢魔です。やはり……!精神世界に入り込める悪魔といえば」
「う、うわああああ!!」
もう完全に理性を失っているのだろう。
ロディは恐怖で腰が抜けてしまい立てない。
幻のガイウス-いや夢魔はそんなロディの首を掴むと持ち上げる。
そしてそのまま絞め殺そうとしてきたが……。
「させません!はぁああっ!!」
レオノーレが剣を振るうと夢魔の腕が切り裂かれる。
その隙に彼女はロディを抱き抱えると一気に距離を取る。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい……なんとか……」
「よかった。ですがあの悪魔は厄介です、夢魔は精神世界に入り込みます。
心を引き裂き、恐怖を与えることで相手を操るのです」
「そ、そうなんですか……あぐっ!?」
再び幻影のガイウス-夢魔が襲いかかってくる。
今度は鋭い爪を立てて突進してくるがレオノーレは剣で防ぎつつ、反撃を試みる。
だが素早い動きで避けられてしまい逆にカウンターを受けてしまう。
「なあロディ!取引しよう、お前がここに留まれば。
この女を殺したりなんかしない!だからこっちに来い!!」
「う、うう……」
夢魔はレオノーレを足蹴にしながら言う。
「ほら、早くしないとこの女が死ぬぞ?いいのか?」
「くっ……この卑怯者……!」
「なんとでも言え、俺は欲しいものを手に入れるためならなんでもする」
そう言うと再び夢魔はロディを捕まえようと手を伸ばす。
しかしロディは手を取らない、ただ悲しそうに首を振るだけ。
「なんで……お前が大好きなガイウスなんだよ?兄ちゃんだよ?ずーっと一緒に暮らせるんだぞ?」
「違う!兄ちゃんじゃない!」
「いいや違わない、俺はここにいる」
すると夢魔の手に禍々しい魔力が集まっていく。このままじゃ……!
其処でロディはポケットを弄り引っかかるものに気づいた、聖水の小瓶だ。
今使わずしていつ使う?だが同時にそれはガイウスの姿をした魔物を浄化させることに意味していた。
「う、うぅ……」
「ロディ!迷ってはいけません!」
レオノーレの声が聞こえるが、それでも決心がつかない。
しかし夢魔はそんな様子に業を煮やしたのか-。
「ならもういい!!お前ごと殺してやる!!」
夢魔の手が迫る。
もう躊躇っている余裕なんてない!ロディはポケットから取りだすと。
前歯でキャップを取り外し、 そのまま聖水の瓶を叩きつける。
「ごめんね……!」
小さく謝罪し、そのまま夢魔にぶっかける。
聖水の瓶が砕けると同時に、夢魔は苦しみだした。
「な、なんだこれ!?痛い!痛いぃぃ!!」
「兄ちゃんごめん……」
夢魔が化けた偽りのものと知っているが。
ガイウスの姿で悶え苦しむ姿を見て罪悪感が湧いてくる。
だがここで手を緩める訳にはいかない。
レオノーレは夢魔に剣を突き立てると、 そのまま切り裂いた。
「ぎゃああああ!!!」
断末魔の悲鳴と共に夢魔の姿が消えていく。
同時に偽りの故郷は霞のように消えていき。
やがて完全に消滅したことを確認すると、ロディはその場にへたり込んだ。
気付けば霧の中、さっきまでウラヌスと戦っていた筈だが?
やがて霧の中にぼんやりと見覚えある景色が見えてきた。
ディノスだ、もっといえば自分の家じゃないか!
いつ自分は故郷に帰ったんだと驚くが。
そんなことを考えているうちに家の中から出てきた人物が居た。
それは紛れもないガイウスの姿だった!
ついに国外追放されてたのが帰って来たんだ。
ホッとし駆け寄ろうとすると、彼もこちらに気づき笑顔をみせてくれる。
「兄ちゃん帰ってきたの?大陸にいるはずじゃ」
「あぁ。俺は大陸にいたよ、でもちょっと事情があってな……」
「そうなんだぁ……僕嬉しいなぁ……」
笑顔で駆け寄ってきたガイウスを抱きしめようとする、しかし次の瞬間-。
「ところでお前。俺の故郷で何してるんだ?こともあろうに姫に斬りかかるなんて」
「うっ、ち……違うよ!?あいつはウラヌスって悪魔だったんだ!!」
「何を言ってる?ロディ、たしかに俺は嘘つきだが。
お前が俺に嘘をついたことは無いはずだ!!」
信じてくれない、いつものガイウスなら信じてくれる筈なのに。
なんで!?なんで!?と混乱している間もディノスの景色は。
どんどんおかしなものになっていく、トマトは紫色になっているし。
空は夕焼けとは違う、嫌な赤さに染まっているし。
「お前のせいで俺の故郷はこのザマだ。
どう責任取るんだ?えぇ?お前なんかに勇者代理なんかやれというべきじゃなかったな」
「い、いや……僕は、僕はウラヌスを……これはウラヌスが見せている幻で」
「うるさい黙れ!!ロディ、お前はいつそんな反抗的になった!?」
今までのガイウスは怒ったとしても睨んだり頭を軽く叩く程度だった。
だけど今は違う、本気で怒っている、殺気を放っている。
このままでは殺されるかもしれない。
頭が混乱するやら恐怖で体が震えるやらで唇が悴む。
今すぐ謝りたいのに言葉が出ない……。
「なんだロディ、俺に怒ってほしくないのか?」
「あ、う……ごめ、ごめん」
「簡単だよ?お前もある方に忠誠を誓えばすぅぐ許してやる」
「はへ?忠誠……?兄ちゃんの口から、忠誠?」
「もちろん、魔王様にだ。さ、今から忠誠を誓え」
どちらもガイウスの口からまず出ないワードだった、勇者が魔王に忠誠を誓う!?
確かに自分の兄は国外追放を受けるくらい性格に難があったが。
悪魔に魂を売るような人ではなかった。
いや絶対あり得ない!彼が泥中の蓮のような。
誇り高さを持っていたのは自分が一番知っている。
「そ、そんな……そんなのは……」
「なんだ、俺に反抗するのか?村をこのザマにしたのは誰だ?俺か?」
「うう……ち、違うよ……」
「じゃあわかるよな?お前は俺の言うことを聞いてればいいんだよ」
そう言うとガイウスはロディの首筋を舐めてきた、まるで蛇のように。
突然のことで思わず変な声が出てしまうが、気にする余裕がなかった。
なぜならガイウスに舐められたところから痺れるような感覚が襲ってきたからだ。
それが全身に広がっていきやがて立っていられなくなり、その場に座り込んでしまう。
そんな様子を見た彼は満足そうな表情を浮かべると優しく頭を撫でてきた。
「そうそう、素直に俺に従っていればいいんだよ」
「あ、兄ちゃん……やめて……」
「やめないさ、ほら立てロディ」
無理やり立たせられると今度は強引に唇を重ねてくる。
しかも今度は口の中に舌を入れてくるディープなやつ。
魔族が精気を吸う時行う仕草にそっくりだ。
「んっ……んむぅ……んん!!」
抵抗しようにも身体に力が入らない。
手足は小刻みに震え、まるで自分の身体じゃないみたいだ。
(いやだっ!こいつ……兄ちゃんじゃない……誰か助けて!!)
心の中で叫ぶが誰も助けにはこない。
その間にも彼の口づけは激しさを増していき-服の中に手を入れられ胸や脇を撫で回される。
くすぐったさと嫌悪感でロディの顔は真っ赤になっていた。
唇が離れると唾液の糸を引き、その間も体中を這い回る手は止まらない。
「うぅう……やめて、やめてよぉ……こんなの気持ち悪いよ」
「気持ち悪くなんかない。ロディ、このディノスでまた暮らそう?
もう王様に追い出されたりなんてしないし、お前に面倒ごとなんか回さない。
この俺に全て任せれば全てうまくいく、だから……ほら、忠誠を誓えよ」
(やだっ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!こんなの兄ちゃんじゃないっ!!)
兄の変わりように絶望感を覚えるロディだったが。
鏡のほうに目をやり気づいた、景色がおかしい。
今見せているガイウスやディノス村の景色は幻だというように。
鏡の向こう側は何も写さぬ闇が広がっている。
「んっ……んんっ!!」
鏡の向こうに気を取られていると口の中に舌が入り込んでくる。
歯茎の裏や上顎を舐め回される感覚に嫌悪感で全身がぞわぞわしてくる。
なんとか引き剥がそうとするも力が入らずされるがままになってしまう。
そうしてようやく唇が離れると彼は耳元で囁いた。
「さぁ、早く誓えロディ……そうしたらお前も楽になれるぞ?」
そう顔を近づけるガイウス-いや幻影は本性をむき出しにした、醜悪な笑みを浮かべている。
「さぁロディ、答えは?」
(兄ちゃんごめん……)
「……ディ……ロデ……ロディ!ロディッ!!」
少しずつ声が近づいてくる。
思わぬ妨害にガイウス-もとい幻もキョロキョロと見回し出し。
今しかチャンスはないとばかりにロディは幻のガイウス目掛け思い切り頭を反らし。
「いでぇ!?」
頭突きをかまし、彼が仰け反った拍子に家を飛び出す。
すでに景色は故郷じゃなくなっていた、空は真っ赤だし
家々はボロボロになっているし、なにより人の気配が全く無い。
だがここがどこかよりも大事な事がある。
逃げるのだ、この村から、あの家から、あの男から。
だが逃げ切れるだろうか?相手は自分を捕まえるためなら。
どんな手段でも使ってきそうな男だ、力づくでも連れ戻しにくるだろう。
「レオノーレさん!ここです……僕はここです!!」
「すみません……ここからでは幻術を解除できません。
私の手が届くところまで来なさい!」
「はい!!」
間違いない、レオノーレだ。
ロディは声がする方へ幻のディノス村を走り抜ける。
だがただで解放してくれるわけがなく、ガイウス姿の幻が。
家のドアを蹴破り飛び出して来ると追いかけてくる。
「待ってくれロディ!行くな!行かないでくれ!」
「待つもんか偽物!本物は大陸にいるはずなんだ!
偽物に愛されても嬉しくないんだよっ!!」
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だぁ!俺を置いていくなよぉ!!」
「うるさい!もうお前の思い通りにはならない!」
必死に逃げるロディ、だが幻のガイウスはすぐそこまで迫っている。
そしてついに追いつかれてしまい、腕を掴まれてしまう。
「離せっ!!離せよぉ!!」
「嫌だ……離したくないんだ……頼むから一緒にいてくれ……。
お前にまで拒絶されたら、俺は……俺は……」
幻のガイウスは泣いていた。
昔、兄がこんな風に泣いた事があった。
虹色の目を災厄の象徴と言われて、村中から迫害されていた。
あの頃も今のように泣きじゃくっていた。
その姿を見てロディは胸が締め付けられるような感覚を覚えるが。
ここで絆されたらまた同じことの繰り返しだ。
「離せよ!!このっ!!」
「あぐっ!?」
思いっきり頭突きをかまし怯ませると、そのまま腕を掴んでいる手を振り払い距離を取る。
だがすぐに距離を詰められてしまい再び腕を掴まれてしまう。
「お前は幻影だろ!幻なら消えろ!!」
「ねぇロディ……何度も子守唄歌ってあげたよね?
かくれんぼもしたし、おままごとだってやったよね? だから……ね?一緒に帰ろうよ」
「うるさい!ここはディノスじゃない!!」
そう叫ぶと再び走り出そうとするが今度は足を掴まれてしまい転んでしまう。
それでも必死に抵抗するが力では敵わずずるずると引きずられてしまう。
そしてついには村外れの崖まで連れてこられた。
「ねぇ、お願いだよ……行かないで、俺を置いていかないで……お願いだから……」
やはりここはディノスじゃない、とロディは景色で実感する。
門から先が断崖になっていて、底なしの闇が広がっていたからだ。
「こんな場所には行けない、僕は……僕は……」
元の世界に帰りたい、そう言おうとした瞬間-。
「あぐっ!?」
突然首を掴まれ持ち上げられる。
そしてそのまま地面に叩きつけられた。
「がはっ!げほっ!!」
咳き込む暇もなく馬乗りになると首を絞められる。
息苦しさと痛みに耐えかね、必死に抵抗するがビクともしない。
(く、くそぉ……)
意識が遠のき始める中-ふと幻のガイウスは「また、一緒に暮らそう?」と呟いた。
(兄ちゃん……ごめん……僕、もうダメかも……)
その時だった。
『汝、我が名において命ずる。煉獄より来たれ!紅蓮に燃ゆる炎よ!!』
レオノーレの声が響き渡ると同時に、崖から炎が噴き上がる!
その勢いは凄まじく、まるで噴火したかのようだ。
「熱ぅっ!?」
思わず手を離してしまう幻のガイウス。
その隙にロディはなんとか逃げ出すと地面に手をつく。
「はぁ……はぁ……げほっ……」
「大丈夫ですか!?」
レオノーレが駆け寄ってくる、どうやら彼女が助けてくれたらしい。
だが今はそれどころでない、幻のガイウスが再び襲い掛かってくるだろうからだ。
「あ、ありがとうございます!でもまだあいつが!」
「……ウラヌスの作り出す幻影ですか、厄介な」
向こうで幻のガイウスは先ほどまでの。
何としてもロディを引き留めようとする様子はどこへやら。
今は俯いていてブツブツと何か呟いている。
「くそっ……くそっ!!なんで……俺の思い通りにならないんだ……」
「兄ちゃん」
「ロディ!俺の言うこと聞けるよな!?そんな女なんか置いてここに居よう!ここに……永遠に」
「違う……」
ガイウスはそんなこと言わない。
彼は自分の意思を尊重してくれる、ちょっと陰険だが高圧的に強要したりはしなかった。
「兄ちゃんは幻なんだ、偽物だ」
「違う!俺は本物だよ!!」
そう叫ぶとディノス村の景色が歪んでいく。
そして再び現れたのは先ほど見た赤い空と崩壊した村だった。
だが今度は家が燃えていたりなどはせず、まるで廃墟のように荒れ果てているだけだ。
しかしそれを見てもなお幻影のガイウスは続ける。
「どうしてわかってくれない!?俺はお前を愛してるんだ!!
こんなにも想っているのに!!お前は俺の想いを受け止めてくれないのか!?」
「兄ちゃん……」
「だったらもういい……無理矢理にでも連れて帰る……!!」
そう叫ぶと幻のガイウスは魔力を放出し始める。
その瞳の色は虹色ではなく、血のようにドス黒い赤色だった。
そして次の瞬間、彼の体に変化が訪れる。
側頭部から角が生えてきたのだ、しかも二本もだ。
さらに爪や翼なども生えてきて、その姿はまるで悪魔そのものに変わっていた。
「ひゃああ!?兄ちゃんが悪魔になったぁぁ!」
「夢魔です。やはり……!精神世界に入り込める悪魔といえば」
「う、うわああああ!!」
もう完全に理性を失っているのだろう。
ロディは恐怖で腰が抜けてしまい立てない。
幻のガイウス-いや夢魔はそんなロディの首を掴むと持ち上げる。
そしてそのまま絞め殺そうとしてきたが……。
「させません!はぁああっ!!」
レオノーレが剣を振るうと夢魔の腕が切り裂かれる。
その隙に彼女はロディを抱き抱えると一気に距離を取る。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい……なんとか……」
「よかった。ですがあの悪魔は厄介です、夢魔は精神世界に入り込みます。
心を引き裂き、恐怖を与えることで相手を操るのです」
「そ、そうなんですか……あぐっ!?」
再び幻影のガイウス-夢魔が襲いかかってくる。
今度は鋭い爪を立てて突進してくるがレオノーレは剣で防ぎつつ、反撃を試みる。
だが素早い動きで避けられてしまい逆にカウンターを受けてしまう。
「なあロディ!取引しよう、お前がここに留まれば。
この女を殺したりなんかしない!だからこっちに来い!!」
「う、うう……」
夢魔はレオノーレを足蹴にしながら言う。
「ほら、早くしないとこの女が死ぬぞ?いいのか?」
「くっ……この卑怯者……!」
「なんとでも言え、俺は欲しいものを手に入れるためならなんでもする」
そう言うと再び夢魔はロディを捕まえようと手を伸ばす。
しかしロディは手を取らない、ただ悲しそうに首を振るだけ。
「なんで……お前が大好きなガイウスなんだよ?兄ちゃんだよ?ずーっと一緒に暮らせるんだぞ?」
「違う!兄ちゃんじゃない!」
「いいや違わない、俺はここにいる」
すると夢魔の手に禍々しい魔力が集まっていく。このままじゃ……!
其処でロディはポケットを弄り引っかかるものに気づいた、聖水の小瓶だ。
今使わずしていつ使う?だが同時にそれはガイウスの姿をした魔物を浄化させることに意味していた。
「う、うぅ……」
「ロディ!迷ってはいけません!」
レオノーレの声が聞こえるが、それでも決心がつかない。
しかし夢魔はそんな様子に業を煮やしたのか-。
「ならもういい!!お前ごと殺してやる!!」
夢魔の手が迫る。
もう躊躇っている余裕なんてない!ロディはポケットから取りだすと。
前歯でキャップを取り外し、 そのまま聖水の瓶を叩きつける。
「ごめんね……!」
小さく謝罪し、そのまま夢魔にぶっかける。
聖水の瓶が砕けると同時に、夢魔は苦しみだした。
「な、なんだこれ!?痛い!痛いぃぃ!!」
「兄ちゃんごめん……」
夢魔が化けた偽りのものと知っているが。
ガイウスの姿で悶え苦しむ姿を見て罪悪感が湧いてくる。
だがここで手を緩める訳にはいかない。
レオノーレは夢魔に剣を突き立てると、 そのまま切り裂いた。
「ぎゃああああ!!!」
断末魔の悲鳴と共に夢魔の姿が消えていく。
同時に偽りの故郷は霞のように消えていき。
やがて完全に消滅したことを確認すると、ロディはその場にへたり込んだ。
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今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
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【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
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――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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