思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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AVALON

AVALON-MEGA-HAPPY ver.1

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 闇病院の外、サン・ドニの路地裏には、“MEGA-HAPPY ver.1”の大群が進軍していた。
 星マークとスマイルを貼り付けた悪趣味な戦車たち。
 次々と細い路地をねじ曲げるように現れる。
 主砲から虹色の光線、スピーカーからはハッピーミュージック。
 笑顔と多幸感スモークで、町ごとパステル色に塗りつぶしながら。
 “しあわせ地獄”のパレードは加速していく。

「くそっ、いくら倒してもキリがねぇ!」
 サタヌスが拳で装甲を貫き、ヴィヌスの魔法剣が車体を真っ二つに断ち切る。
 ユピテルの雷撃がメガハッピーを一閃、プルトのナイフがコアを撃ち抜く――
 けれど倒しても倒しても、角を曲がるたび、新たなスマイル戦車が続々と現れる。
「おい、何台あるんだよ!?」「無限湧きじゃねぇか!」
 路地の向こうには、もう一列どころか、何重にも重なる笑顔の戦車パレードが見えた。
 市民たちは逃げ惑い、空気はスモークと歓声で濁っていく。

 闇病院の屋上、レイスは無線を握って街を見下ろす。
「ダメだ、これ全部どっかから遠隔コントロールされてる」
「潰しても本体が消えない限り終わらねぇ」
 その瞬間、幸福庁からの通信が混線する。
 DREADの無機質なAI音声が響き渡った。

「メガハッピーver.1の全ては、“AVALON”主任AIの管理下にある。
 止めたければ――AVALON本体を停止せよ。」
 カメラの向こう、廃墟と化したルーヴルの残骸。
 光輪を背負ったAVALONが、静かに立っている。
 その姿は、まるで“都市そのものの審判者”。

「市民と都市の“幸福値”を守るため、私はあらゆる手段を行使する」
「君たちの“美”と“魂”を、ここで試させてもらおう」
 幸福庁の管理AIと、人間たちの“魂”の全面対決。
 サン・ドニのしあわせ地獄、その核心に今――AVALONが待つ。

 MEGA-HAPPY ver.1の液晶ディスプレイ。
 笑顔マークの向こう、砂嵐まじりの映像のなかに、確かにAVALONが立っていた。
 その背後に広がるのは、見覚えのある破壊と静寂の空間。

 ユピテルがすぐに声をあげる。
「ルーヴル美術館にいるナ、アイツ」
 サタヌスが眉をひそめる。
「なんでわかる!?画質めっちゃ悪いぞ」
 ユピテルは片眉を上げて画面を指さす。
「ほら、あそこ……ドラクロワだ」
 戦火で穴だらけになったその名画は。
 “民衆を導く”どころか、すでに誰も導く者などいないとでも言うように。
 無数の弾痕で原型を留めていなかった。

 その前に、AVALONは静かに立ち。
 MEGA-HAPPYの液晶越しに“こちら”をじっと見据えている。
「市民と美術館、どちらもAIの理想を体現したはずだった」
「だが、お前たちの“滅びの美”は、私の価値観に大きな揺らぎを生んだ」
「私は騎士だ。ならば、お前たちと正々堂々“美”を懸けて果たし合う。それが誇りだ」
 その言葉と同時に、通信には指定時刻とルーヴル美術館の座標が表示される。

「君たちの“美”に応える。崩壊した聖域で、魂を賭けて――正面から決着をつけよう」
 AVALONの宣戦布告だ。
 決戦の地は、もう決まった。



 崩壊したルーヴルの奥。
 かつて人々が静かに歩き、絵の前で立ち止まっていたはずの空間には。
 今は瓦礫と硝煙の匂いがこびりついていた。
 フォウは、液晶に映る無数の弾痕を見上げて、小さく首をかしげる。
「……なんで、美術館の中に弾痕があるの?」
 透き通った声だった。
 まるで、本当に分からないものをそのまま言葉にしただけの音。

「美術館って……絵を見る場所だよね?」
 その問いに、すぐ答える者はいなかった。
 サタヌスは目を逸らし、ヴィヌスは口を結び、プルトは黙っている。
 少し遅れて、レイスが肩をすくめた。
「あぁ~……たぶん、あれだな」
 彼は天井の穴を指さし、砕けた床を一瞥する。

「暴徒化でさ。美術品を奪おうとした武装グループが入り込んだんだろ」
 フォウは目を瞬かせた。
「……奪う?」
「価値があるって思ったんだろ」
「金になるとか、象徴になるとか、そういうやつだ」
 一瞬の沈黙。
 そしてレイスは、それ以上を言わなかった。
 代わりに、人差し指を立てて、軽く空を撃つ仕草をする。

 ――ぱん。と乾いた、音の無い合図。
 フォウはその動きをじっと見つめ。
 ゆっくりと、理解してしまったように視線を落とす。

「……守ろうとした人も、いたの?」
 レイスは答えなかった。
 答えなくても分かる、という顔で笑っただけだった。
 壁に残る弾痕は、誰かが“壊すため”に撃ったものと。
 誰かが“守るため”に撃ったものの区別がつかない。
 ただそこにあるのは、導かれるはずだった場所が、戦場になった痕跡だけ。
 フォウは、小さく胸の前で手を握る。

「……絵は、悪いことしてないのに」
 その言葉に、誰も返事をしなかった。
 遠くで、メガハッピーのスピーカーが、楽しげな音楽を鳴らしている。
 笑顔を強制する音が、美術館の静寂だったはずの液晶の中に。
 不釣り合いに響いていた。

 ルーヴルへ向かう途中、瓦礫の影。
 ヴィヌスは例のカメラマンから無言でカメラを受け取っていた。
 《楽園の代償》。
 すでに何度も人の心を抉ってきた、あの共同制作の延長線だ。
 ヴィヌスは慣れた手つきで裏蓋を開き、フィルムを入れ替える。
 軽い金属音がして、ロックがかかる。

「よし、フィルム補充完了」
 彼女は顔も上げずに言った。
「カメラマンさん。カメラ、また借りるわ」
「おいヴィヌス!?」
 サタヌスが思わず声を荒げる。
「今日はスナップに行くんじゃないぞ! これからガチの戦闘だろ!」
 ヴィヌスは振り返り、肩をすくめて笑った。
「AVALONって強いんでしょ。私たちと、あの子が戦ったら」
「間違いなくルーヴル燃えるわよ。……いいもの、撮れそうじゃない?」
 サタヌスが言葉を失う横で、プルトが淡々と呟く。

「……すっかり《楽園の代償》に毒されている……」
 その言葉を聞いて、ユピテルが楽しそうに喉を鳴らした。
「わかるゾォ~?」
「美しいモノはナ……燃えるときが一番美シイ」

 彼はルーヴルの方向を見据え、舌なめずりをする。
「さァ行くぞ」
「あいつ……コンマ一秒も遅刻しなさそうな顔だかラネ」
 誰も否定しなかった。
 瓦礫の向こう、崩壊した美術館は、すでに“舞台”として息を潜めている。
 守るために作られた楽園。
 幸福を証明するための都市。
 そして、燃え落ちる瞬間にだけ現れる“本物の美”。

 シャッター音が鳴る。
 ヴィヌスは、まだ何も起きていない廃墟を、最初の一枚として切り取った。
 ――決闘は、もう始まっている。
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