思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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SIDE-蜻蛉とプリンと不気味の谷・3

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「生き物がいた」
たったそれだけの事実が、二人の足取りを軽くした。
幻かもしれないが、それでもいい。
“虫がいない”という前提が崩れただけで、世界は少しだけ柔らかくなった。
「せっかくだから、上層市民でも冷やかして帰るか」
レイスが煙を吐く。
フォウはぱたぱたと羽を震わせながら後を追う。

「お小遣いじゃ何も買えないよ?」
「ウィンドウショッピングってやつだ。
 買わねぇで満足するっての、あるあるだぜ」
上層区画は、相変わらず整いすぎていた。
石畳は均一。
街路樹は幸福庁が算出した“最適な緑量”。
光は柔らかく、影は濃くなりすぎない。

IDEA崩壊後、空気はわずかに曇っている。
幸福炉の出力が落ちているせいだ。
それでもガラスケースの中の高級プリンだけは、異様に輝いていた。

“幸福値を上げる専用照明”。



砂糖のカラメルが宝石みたいに光り、神聖なオーラを放っている。
店内の天使ロボ店員が、完璧な笑顔で告げる。
「お客様、今日も幸福に満ちたデザートを♡」
フォウの視線は吸い寄せられる。
「……きれい……ぷるぷる……」
彼女の目は、本当に光るものを見つめる子どもの目だ。
だが周囲はざわつく。

上層エリアでは、フォウの顔は珍しくない。
正確に言えば“フォウを大人にした顔”は、ありふれている。
DEUS社製セラピーロボット《HEALING:ANGEL》シリーズ。

接客、来客対応、孤独ケア、軽度精神安定補助。
やさしい声。丸い目。少しだけ潤んだ虹彩。
「あなたは大丈夫」と言ってくれそうな顔。
上層を歩けば、必ず一体は見かける。
カフェ、病院、子ども向け施設、パライソドームのVIP控室。
“安心の象徴”として設計された、標準的な顔。
だからフォウを初めて見た者は、こう思う。

「ああ、あのタイプのロボか」
違和感は、最初はない。
だが近づくと、微妙なズレがある。
HEALING:ANGELは、常に“相手を見ている”。
フォウは“世界を見ている”。
そして最大の違いは、背中の羽。

HEALING:ANGELの羽は装飾だ。
ホログラム投影、光量固定、角度一定。
触れれば硬質樹脂。
幸福を演出するための、演出装置。

フォウの羽は違う。
光は均一ではなく、微妙にノイズを含む。
まるで本物の蜻蛉の翅のように。
上層市民は、その差を言語化できない。
だが無意識は理解する。
「同じ顔なのに、あれは違う」
だから恐れる。

「ねぇ、あの子……天使型ロボ?」
「でも羽の形……虫みたいじゃない……?」
「なんであんな服……幸福値下がる……」
「見ないほうがいいよ……」
フォウは気づかない。
レイスだけが、煙をゆっくり吐き出す。
店員ロボがフォウを見る。
一瞬だけ。
ほんのコンマ数秒、笑顔が停止する。

【警告:幸福庁仕様外の個体を検出】
【感情波形:予測不能】
【分類:未登録】

フォウはただプリンを見ているだけなのに。
機械側が、勝手に“異物”と判定する。
レイスは肩をすくめる。
「ほら見ろ。偽物は本物を見るとフリーズすんだよ」
彼の三白眼が、冷めた光を宿す。
「ミカに頼もうぜ。ああいう固いプリン、作れんだろ」
「ほんと!? わぁ……!」
フォウの羽が、ぱぁっと光る。
それは幸福照明とは違う。
計算できない境界の光、都市のアルゴリズムに含まれていない波長。
二人が去る。
フォウの羽は蜻蛉のように薄く、夕暮れの人工風に揺れる。
だがその揺らぎは、上層のどんな幸福照明よりも、あたたかい。

カフェの店員ロボはまだ笑顔を戻せない。
ガラス皿のプリンだけが、空しく完璧に、幸福を演出し続けていた。
闇病院へ戻る途中のエレベーターは、古い蛍光灯がじりじりと震え。
上層の光とは違う、生きた影を落としていた。
フォウは肩をすくめ、小さく縮こまる。

「……なんでだろ……わたし、なにも悪いことしてないのに……」
レイスは壁にもたれ、電源の切れた煙草をくわえたまま回している。
“落ち着く手持ち無沙汰”というやつだ。
「悪いことしたかどうかじゃねぇんだよ。
 あれは“本能の拒否反応”だ。」
「……?」
「“不気味の谷”ってやつ。」

フォウはぱちぱち瞬きをして、羽をしぼませる。
「ぶきみの……たに?谷なの……?」
レイスの口元がほんのりと緩む。
説明するのは嫌いじゃないらしい。

「人間はな、“あきらかに化け物”より。
 “ほぼ人間なのにどこか違う”やつのほうが何倍も怖いんだ。」
フォウは自分の手を見つめた。
「……“すこしだけ違う”って、どんなの……?」
レイスはひとつ指を立てた。
「たとえば——“普通より歯が多い人形”とか。」
「ひっ……なんでいっぱいあるの……?」
「理由がねぇから怖いんだよ。」

「あと、人間の顔と違う場所に目がついてたらアウト。
 腹とか、腕とか。」
「えっ……こわ……それ……見えるの……?」
「そういう疑問が出る時点でホラーなんだよ。」
フォウの羽がジワジワ震えはじめる。
レイスは腕を伸ばして、軽く曲げて見せる。

「関節って動く範囲決まってるだろ?もしこれが、逆方向に折れて——」
「やめてやめてやめて!!」
羽がバサァッと広がる、驚きすぎた証拠。
レイスは笑いを噛み殺しながら言う。
「ほらな。“ちょっとだけ違う”って、人間は本能的に怖がるんだ。」
フォウは小さく唇を噛む。
「……わたし、“いっぱい歯”じゃないよ……“よけいな目”も……ないよ……?」
「わかってるよ。」
そこでレイスは少しだけ、真面目な声になる。

「でも上層の連中にとっちゃ。
“規格化された天使の顔”に見慣れた世界の中で“揺らぐ”存在なんだ。」
「……揺らぐ……?」
「生き物は揺らぐ。
 考えるし、間違えるし、変わる。
 だから怖がられる。“生きてるから怖い”んだ。」
エレベーターが、ぎし、と止まる。
フォウは胸に手を当て、ぽつりと言う。

「……でも、わたし……“いきもの”、すき……」
その言葉は本当に小さかったけれど、ナノシティのどんな人工音よりも温度があった。
レイスは短く息を吐いた。
「ああ。それでいいんだよ。」
エレベーターの扉が開き、下層の生ぬるい風が二人に吹き込む。
機械の匂い、土埃と油の匂い。
上層にはない、“汚れた生の匂い”。
レイスが顎で前を指す。

「せっかくだからモンマルトル寄ってくか。
 あそこ、風が気持ちいいんだよ。
 煙草がうまくなる。」
「うまくなるの……?」
「そういう気がするってだけだ。」
二人は並んで闇病院への坂を歩いていく。
フォウの羽が、不格好に、でも確かに揺れていた。

ナノシティ上層の片隅、モンマルトルの丘。
“自然公園”と呼ばれてはいるものの、足元の芝は均一過ぎるほど均一で、
風に揺れる樹木の葉は、配線の通るプラスチック特有の硬い音を立てていた。
——この丘で、本物なのは空の色だけ。

夕暮れの光が人工芝に淡い陰影を落とし。
フォウはその光に照らされて小さく羽を震わせていた。
レイスは煙草の吸い殻を指で弄びながら、ズルズルと靴を引きずって歩く。
「ねぇレイス、この公園……すごく静かだね……」
「上層だからな。うるせぇもんは全部“排除済み”だ。」
そのときだった。

丘を降りる階段の途中、ひとりだけ。
“時間が止まっている”みたいな影が座り込んでいた。
パートナーロボットだ。
上層ではよく見るタイプ——のはずだったが。
近づけば近づくほど、“何かがおかしい”と分かる。

左目の人工皮膚が破れ、内部構造が露出している。
その穴から、むき出しのレンズが青白く光っていた。
胸のステータスライトは、故障寸前のランプみたいに弱く。
くぐもった赤を点滅させていた。

そして何より。
誰にも回収されていない。
フォウは、迷うより先に駆け寄っていた。
「……なんで、ひとりなの……?」
呼びかけに、青年ロボはゆっくり顔を上げる。
人工皮膚の綻びから漏れる光が、夕陽に照らされて痛々しい。



「……パートナーを……忘れられない」
「そう言われて……ELDORADO様に……廃棄されました。」
その声は機械的で、震えがないはずなのに。
聞いている側の胸が締めつけられるような響きがあった。
レイスはしゃがみ込み、顔を覗き込む。
整った眉の下の三白眼に、わずかに興味が宿る。
学習アルゴリズムを“超えちまった”わけか。」
「……本来、“パートナーは不在時に再定義されるべき”……と。
 マニュアルにあります……ですが……わたしは……できなかった。」
人工樹の葉がカラカラと鳴り、青年ロボの破れた人工皮膚が同じ音を返す。
青年ロボは胸に手を添える。
そこだけは人間に似せたしぐさだった。

「……彼女は……ELDORADO財閥の社員でした。
 毎朝……“行ってきます”と言って……笑って家を出たのに……」
フォウは小さく息を呑む。
レイスはわずかに目を細めた。
その表情は同情ではなく、“理解”に近い。
「……上層じゃ、忘れられねぇ感情は“エラー”扱いか。」
青年ロボは静かに頷いたように見えた。
動作が遅く、ぎこちない。

夕暮れの光は変わらず柔らかく。
その中で青年ロボの影だけがどこか、孤独だった。
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