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嗤う無意識、アンラ・マンユ
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噴水広場は既に“舞台”の底―紙芝居のように剥がれる現実。
空間を裂いて垂れ下がる“本体”アンラ・マンユの影。
見上げるだけで、頭の芯が軋むほどの悪夢が、世界そのものを覆っていた。
その声は“音”ですらなかった。
誰も口を動かしていない。
それどころか、空気が震えたわけでもない。
ただ、“理解”も“共感”も拒絶したまま“直接脳を揺さぶる概念”として。
アンラ・マンユの最終宣言が、クロノチームの意識全体を侵食してくる。
「言い忘れたね、下等生物諸君?」
「私、正しい言い方をすれば――神ではないのだ」
「君たちの無意識が抱く、“理解し合える”という儚く愚かな希望」
「それを――嗤うのが、この私だ」
……声ですらない“何か”。
空間から?地面から?
いや、もう感覚すら曖昧だ。
全員が“精神ごと演出空間に引きずり込まれている”ことだけは本能で理解していた。
だが――クロノチームの反応は、まるで効いていない。
レイスは眉ひとつ動かさず、煙草をくわえたまま目を細める。
「何言ってるかわかんねー!!!!草」
言葉と同時に、煙草の火が“虚空に吸い取られる”が。
気にせずポケットからライターを取り出し、何度でも再点火。
「やっべ、火ィ点かねぇ。オイ、アンラ。次から火種も一緒に降らせろ」
ウラヌスは、もはや恐怖も、異常も超越して爆笑している。
スマホを縦→横→縦に持ち替え。
「めっちゃ映えるじゃん社長ォ!!!」
「Dスタやってるぅ!?いやもはやメタ神降臨フェスじゃんこれ!!」
興奮と困惑が混じってテンションは最高潮。
サタヌスは口をパッカーン開け、喉仏まで丸見え状態。
「え、なにアレ……目がいっぱいあって口もいっぱいで」
「……っべぇ、俺、今日寝れねぇわコレ!!!!!!!」
でも、その叫びすらもどこかワクワクしていて――
「でもちょっとカッコよくね!?」
“怖すぎてテンション上がってく”タイプのやべぇ元ストリート少年が完全に降臨。
なぜか“理解不能な世界”を爆笑しながら駆け抜けていた。
悪夢的な演出空間――紙芝居の向こうで千の目と千の口が同時に嗤う中。
クロノチームの“冷静”と“狂気”は、ますますギアを上げていく。
カリスト。
恐怖で泣くでも、叫ぶでもなく、
完全に冷静な科学者モードで観察メモを取り始める。
「……視認情報:正常判定不能、情報変換プロトコルが破損」
「……これは、“芸術作品”と認識することで脳の破損を防ぐしかない」
ペンを走らせながら淡々と、
「“神の顔”は抽象画と同じです。観賞ではなく、“鑑賞”しましょう」
ユピテル。
完全にキメ顔+腕組み、いつもの薄ら笑いに雷がバチバチと迸る。
「テメェ……わざわざ“最終形態”になるの、遅ェよ」
「もう少し早く出てくりゃ、“演目”も盛り上がったのになァ!?」
剣を肩に乗せ、半ば煽るように。
「……で、“その姿”で何するつもりだ?観客役か? 舞台監督か?」
「どっちでもねェんなら――ぶっ斬られてろ、神様ァ!!!!!!」
世界の“真実”を晒したはずのアンラ様。
しかし――その千の目と千の口が、確かに動揺していた。
「――なに……?この者たちは“私の演目”に――笑った……?」
「――この“草”という概念は……?これは、嘲り……か?」
「いや……これは……“台本の外”からの……感情反応……!?」
一瞬だけ、“世界の書き手”が言葉に詰まる。
そして。
「……ハハ、面白いね」
「君たち、私の劇場(シアター)を“即興舞台”に変えるつもりだね……?」
邪神をして“観客”と“舞台”の境界を失わせる。
――それが、クロノチームという“台本の外側”の存在だった。
紙芝居の舞台が完全に破れ、アンラ・マンユ本体の降臨。
世界そのものが“無意味な夢”に飲み込まれそうな中。
クロノチームは一瞬で現状を分析した。
レイスが血の気の引いた顔で叫ぶ。
「だめだっ……相手が悪すぎる!!」
「さっきまで喋ってた“影”ならまだ倒せたが……」
声がかすれ、言葉にならない絶望がにじむ。
ウラヌスは拳を振り回しながら喚く。
「えっつまりお手上げてこと!?無理ゲーすぎん!?ガチで詰んでるじゃん!!」
レイスは唇を噛み、遠くを睨んだ。
「……あいつを追い返す代償に生まれたのが“無慟海”だ、それで察しろ」
「それだけ規格外なんだよ、邪神本体は――
“神話の終わり”を生み出せるレベルだぞ、あいつ」
サタヌスが周囲を見渡し、声を荒げる。
「インマールは!?巻き込まれていねぇか!」
その言葉に全員の意識が一気に現実へ引き戻される。
五人は瞬時にアイコンタクトを交わし。
何も言わず――神竜大聖堂へ向かって一斉に駆け出した!
アンラ・マンユは彼らを見下ろしながら、口角をゆっくりと吊り上げる。
「おやおやおや……賢明なことだ」
「では少し。無意識らしい“妨害”をしてあげようではないか」
その声は地の底から這い上がるように響き。
舞台装置がまた、悪意を持って蠢き出す。
アンラ・マンユ本体が降臨し、帝都は現実と夢の狭間に沈む。
“無意識”という名の劇場で、クロノチームの“最も弱い場所”に“神の声”が触れてくる。
ユピテルの耳に刺さるのは、あの重たく、冷たい父ーーゾルタンの声。
「ユリウス、立派な処刑人になる為ニハ、先ず父親の言う事を聞かなければいけないヨ……」
昔、幾度も繰り返された言葉。
父に逆らうたび、叩き込まれた“命じられた通りの生き方”。
“剥製師”という仮面の奥底、自分は結局“父と同じ。
ただの処刑人”なのだと、本質ごと否定される痛み。
ウラヌスは煽りもギャグも消え、心がぐらつく。
優しい父の声が響く。
「ウラヌス。ダディだよ、疲れてるだろ? お風呂もシチューも用意してるよ」
思い出すのは、遠い昔の家の匂い。
“許されたい、帰りたい”
ただの“メスガキ”じゃない、“弱さ”という名前の心が疼く。
レイスの耳にどこからともなく、かつて愛した恋人の声がささやく。
「アナタ、なんで私ほっといてそんなのと絡むの? 妬くわよ」
振り向きたくても、もうあの姿には戻れない。
「自由」と「愛」――両立しないものが、心の中で絡み合い、傷をえぐる。
サタヌスには、優しいはずの母の声が聞こえた。
それだけで胸が締め付けられる。
「あの日ごみ捨て場に置き去りにしてごめんね、坊や……」
ずっと強がってきた。
でも、本当は泣きたかった。
「今のお前が強いのは、その時泣けなかったせいだ」
その囁きが、魂の原点をむき出しにする。
四人とも、それぞれ「一番聞きたくなかった声」に囁かれる。
だが、互いに何を聞かされているのかは分からない。
誰もが言葉を失う数秒――最初に沈黙を破ったのは、レイスだった。
煙草を吸い、肺いっぱいに苦い煙を吸い込む。
「クソ社長……人の心をシナリオのダシにすんなや……」
アンラ・マンユは千の目で微笑む。
「なんで私がその“声”を知ってるかって?」
「答えは簡単、君たちが“忘れられなかった”からだ」
「無意識はなァ……いつも私の書庫から漏れているんだよ」
アンラ・マンユの声が、今度は重みのある年配の男のものとなる。
「大和、お前の生き様は激動の明治において不器用過ぎた……」
「だが魂は本物だ。刀を下ろせ、お前こそ丙最後の侍だ」
一瞬、カリストの瞳が揺れる。
それは“元帥”と呼ばれた恩人の言葉だった。
カリストは反射的に叫ぶ。
「元帥様……」
だが、その次の瞬間。
目が大きく見開かれ、その瞳には決定的な“違和感”が浮かぶ。
「ッ!違う……違うッッ!!」
「晴輝様は……武士道など褒められない……!!」
「あの人は何度も、俺に言っていたッ……!」
「“もう侍はいらん。軍人になれ、大和”って!!」
「これは……これは……ッ」
「俺が、ずっと、言って欲しかった言葉だ……!」
頬を一筋、涙が伝う。
だけどそれは――悲しみじゃない。
むしろ“長い渇きの果てに、自分で答えにたどり着けた”証。
カリストは震える声で、でもはっきりと自分自身を“現実”に引き戻す。
「……だからこそ、これは“あの人”じゃない」
「俺が造り出した“都合のいい声”だッ!!」
背筋を伸ばし“カリスト・クリュオス”の声と人格を。
胸の中心から――力強く解き放つ。
「私はカリスト・クリュオス」
「大和は、もうあの日に死んだ。俺は、俺の言葉で前を向く!」
過去の亡霊も、優しさも、後悔も“今の自分”が全部引き受ける。
ここにいるのは――“六花将軍”カリストだ!と。
カリストが“無意識の亡霊”を断ち切った瞬間。
まるで何かの結界が破れたように、全員の耳に、“本当の声”が届きはじめる。
ウラヌスにはどこか懐かしい、でもずっと求めていた優しい父の声が聞こえた。
「ウラヌス!ごはん作れるし、服も自分で選べるようになったの!?」
「……僕、感激!!」
「ダディはね、ウラヌスの“独り立ち”が嬉しいんだよ」
「もう頼られなくて寂しいけどさ……それって『ちゃんと育てられた』ってことだもんね」
――甘やかしでも、押し付けでもない。
“誇る”という愛。
本当の親子の形が、温かくウラヌスの胸を満たす。
レイスには静かで潔い、少しだけ意地を張った恋人の声が響く。
「ふーん……それ、アナタの友達?ようやく、ボッチ脱却ね」
「……妬くわけないでしょ」
「だってアナタ、気づいてないみたいだけど。笑顔、かわいいのよ」
ふっと微笑む、その表情だけで全てが伝わる。
「愛」とは、縛るものではなく、“今のあなた”を肯定し、自由を見守るもの。
レイスの心は痛みごと、温かさで包まれる。
ゾルタンの声は皮肉にも、最初は偽物とまったく同じ言葉。
だが――そのあとの静かな沈黙とともに、本当の父の“答え”が降ってくる。
「……そう言った私が、間違っていたネ」
「お前が選んだ“命を断つ”という美学、私には理解できない。だが――」
「父として、“美しいと思った”ヨ」
――生涯で一度だけ、“承認”として語られる父の言葉。
ユピテルの中で、鎖が音を立てて消えていく。
この瞬間だけは、“支配”ではなく“尊重”だけが残る。
心の奥底で欲しかった言葉は、“無意識の怪物”ではなく。
自分自身の強さで迎えに行ったその先にだけ、届く。
サタヌスの脳裏に、“ごみ捨て場”で最後に見た母の背中が浮かぶ。
それは決して振り返らず、後悔も、言い訳も残さない最低の母親。
「……生きてたの? へぇ……そっか、元気ならそれでいい」
ぽつり、呟くだけで立ち去ろうとする。
その背中が――もう一言だけ、届く。
「……捨てた子が、笑ってるなら、それで十分。ね」
そこに“愛してる”も、“ごめん”もない。
ただ、子の“生”だけに安堵する。最低で最高の母の愛。
カリストの足は、かつての師・須藤晴輝元帥の幻影の前で止まる。
「ようやく、侍を捨てたな」
「それで良い。時代の変化を拒む亡霊の手を取ることなど不要」
「進め。日向大和」
“侍”として生まれた青年に“生き延びること”の意味を教え続けた男。
カリストは目を閉じ、涙をこらえて、深く息を吐く。
「須藤晴輝元帥。カリストは……もう侍には戻りません」
「ただのカリストとして、進みます」
そう宣言して、生家――。
侍としての自分に、はっきりと背を向ける。
次の瞬間、カリストの足は前だけを見て動き出す。
軍帽を深くかぶり、誰の亡霊にも追いつかれないように。
ただ“仲間”のもとへと走り出した。
空間を裂いて垂れ下がる“本体”アンラ・マンユの影。
見上げるだけで、頭の芯が軋むほどの悪夢が、世界そのものを覆っていた。
その声は“音”ですらなかった。
誰も口を動かしていない。
それどころか、空気が震えたわけでもない。
ただ、“理解”も“共感”も拒絶したまま“直接脳を揺さぶる概念”として。
アンラ・マンユの最終宣言が、クロノチームの意識全体を侵食してくる。
「言い忘れたね、下等生物諸君?」
「私、正しい言い方をすれば――神ではないのだ」
「君たちの無意識が抱く、“理解し合える”という儚く愚かな希望」
「それを――嗤うのが、この私だ」
……声ですらない“何か”。
空間から?地面から?
いや、もう感覚すら曖昧だ。
全員が“精神ごと演出空間に引きずり込まれている”ことだけは本能で理解していた。
だが――クロノチームの反応は、まるで効いていない。
レイスは眉ひとつ動かさず、煙草をくわえたまま目を細める。
「何言ってるかわかんねー!!!!草」
言葉と同時に、煙草の火が“虚空に吸い取られる”が。
気にせずポケットからライターを取り出し、何度でも再点火。
「やっべ、火ィ点かねぇ。オイ、アンラ。次から火種も一緒に降らせろ」
ウラヌスは、もはや恐怖も、異常も超越して爆笑している。
スマホを縦→横→縦に持ち替え。
「めっちゃ映えるじゃん社長ォ!!!」
「Dスタやってるぅ!?いやもはやメタ神降臨フェスじゃんこれ!!」
興奮と困惑が混じってテンションは最高潮。
サタヌスは口をパッカーン開け、喉仏まで丸見え状態。
「え、なにアレ……目がいっぱいあって口もいっぱいで」
「……っべぇ、俺、今日寝れねぇわコレ!!!!!!!」
でも、その叫びすらもどこかワクワクしていて――
「でもちょっとカッコよくね!?」
“怖すぎてテンション上がってく”タイプのやべぇ元ストリート少年が完全に降臨。
なぜか“理解不能な世界”を爆笑しながら駆け抜けていた。
悪夢的な演出空間――紙芝居の向こうで千の目と千の口が同時に嗤う中。
クロノチームの“冷静”と“狂気”は、ますますギアを上げていく。
カリスト。
恐怖で泣くでも、叫ぶでもなく、
完全に冷静な科学者モードで観察メモを取り始める。
「……視認情報:正常判定不能、情報変換プロトコルが破損」
「……これは、“芸術作品”と認識することで脳の破損を防ぐしかない」
ペンを走らせながら淡々と、
「“神の顔”は抽象画と同じです。観賞ではなく、“鑑賞”しましょう」
ユピテル。
完全にキメ顔+腕組み、いつもの薄ら笑いに雷がバチバチと迸る。
「テメェ……わざわざ“最終形態”になるの、遅ェよ」
「もう少し早く出てくりゃ、“演目”も盛り上がったのになァ!?」
剣を肩に乗せ、半ば煽るように。
「……で、“その姿”で何するつもりだ?観客役か? 舞台監督か?」
「どっちでもねェんなら――ぶっ斬られてろ、神様ァ!!!!!!」
世界の“真実”を晒したはずのアンラ様。
しかし――その千の目と千の口が、確かに動揺していた。
「――なに……?この者たちは“私の演目”に――笑った……?」
「――この“草”という概念は……?これは、嘲り……か?」
「いや……これは……“台本の外”からの……感情反応……!?」
一瞬だけ、“世界の書き手”が言葉に詰まる。
そして。
「……ハハ、面白いね」
「君たち、私の劇場(シアター)を“即興舞台”に変えるつもりだね……?」
邪神をして“観客”と“舞台”の境界を失わせる。
――それが、クロノチームという“台本の外側”の存在だった。
紙芝居の舞台が完全に破れ、アンラ・マンユ本体の降臨。
世界そのものが“無意味な夢”に飲み込まれそうな中。
クロノチームは一瞬で現状を分析した。
レイスが血の気の引いた顔で叫ぶ。
「だめだっ……相手が悪すぎる!!」
「さっきまで喋ってた“影”ならまだ倒せたが……」
声がかすれ、言葉にならない絶望がにじむ。
ウラヌスは拳を振り回しながら喚く。
「えっつまりお手上げてこと!?無理ゲーすぎん!?ガチで詰んでるじゃん!!」
レイスは唇を噛み、遠くを睨んだ。
「……あいつを追い返す代償に生まれたのが“無慟海”だ、それで察しろ」
「それだけ規格外なんだよ、邪神本体は――
“神話の終わり”を生み出せるレベルだぞ、あいつ」
サタヌスが周囲を見渡し、声を荒げる。
「インマールは!?巻き込まれていねぇか!」
その言葉に全員の意識が一気に現実へ引き戻される。
五人は瞬時にアイコンタクトを交わし。
何も言わず――神竜大聖堂へ向かって一斉に駆け出した!
アンラ・マンユは彼らを見下ろしながら、口角をゆっくりと吊り上げる。
「おやおやおや……賢明なことだ」
「では少し。無意識らしい“妨害”をしてあげようではないか」
その声は地の底から這い上がるように響き。
舞台装置がまた、悪意を持って蠢き出す。
アンラ・マンユ本体が降臨し、帝都は現実と夢の狭間に沈む。
“無意識”という名の劇場で、クロノチームの“最も弱い場所”に“神の声”が触れてくる。
ユピテルの耳に刺さるのは、あの重たく、冷たい父ーーゾルタンの声。
「ユリウス、立派な処刑人になる為ニハ、先ず父親の言う事を聞かなければいけないヨ……」
昔、幾度も繰り返された言葉。
父に逆らうたび、叩き込まれた“命じられた通りの生き方”。
“剥製師”という仮面の奥底、自分は結局“父と同じ。
ただの処刑人”なのだと、本質ごと否定される痛み。
ウラヌスは煽りもギャグも消え、心がぐらつく。
優しい父の声が響く。
「ウラヌス。ダディだよ、疲れてるだろ? お風呂もシチューも用意してるよ」
思い出すのは、遠い昔の家の匂い。
“許されたい、帰りたい”
ただの“メスガキ”じゃない、“弱さ”という名前の心が疼く。
レイスの耳にどこからともなく、かつて愛した恋人の声がささやく。
「アナタ、なんで私ほっといてそんなのと絡むの? 妬くわよ」
振り向きたくても、もうあの姿には戻れない。
「自由」と「愛」――両立しないものが、心の中で絡み合い、傷をえぐる。
サタヌスには、優しいはずの母の声が聞こえた。
それだけで胸が締め付けられる。
「あの日ごみ捨て場に置き去りにしてごめんね、坊や……」
ずっと強がってきた。
でも、本当は泣きたかった。
「今のお前が強いのは、その時泣けなかったせいだ」
その囁きが、魂の原点をむき出しにする。
四人とも、それぞれ「一番聞きたくなかった声」に囁かれる。
だが、互いに何を聞かされているのかは分からない。
誰もが言葉を失う数秒――最初に沈黙を破ったのは、レイスだった。
煙草を吸い、肺いっぱいに苦い煙を吸い込む。
「クソ社長……人の心をシナリオのダシにすんなや……」
アンラ・マンユは千の目で微笑む。
「なんで私がその“声”を知ってるかって?」
「答えは簡単、君たちが“忘れられなかった”からだ」
「無意識はなァ……いつも私の書庫から漏れているんだよ」
アンラ・マンユの声が、今度は重みのある年配の男のものとなる。
「大和、お前の生き様は激動の明治において不器用過ぎた……」
「だが魂は本物だ。刀を下ろせ、お前こそ丙最後の侍だ」
一瞬、カリストの瞳が揺れる。
それは“元帥”と呼ばれた恩人の言葉だった。
カリストは反射的に叫ぶ。
「元帥様……」
だが、その次の瞬間。
目が大きく見開かれ、その瞳には決定的な“違和感”が浮かぶ。
「ッ!違う……違うッッ!!」
「晴輝様は……武士道など褒められない……!!」
「あの人は何度も、俺に言っていたッ……!」
「“もう侍はいらん。軍人になれ、大和”って!!」
「これは……これは……ッ」
「俺が、ずっと、言って欲しかった言葉だ……!」
頬を一筋、涙が伝う。
だけどそれは――悲しみじゃない。
むしろ“長い渇きの果てに、自分で答えにたどり着けた”証。
カリストは震える声で、でもはっきりと自分自身を“現実”に引き戻す。
「……だからこそ、これは“あの人”じゃない」
「俺が造り出した“都合のいい声”だッ!!」
背筋を伸ばし“カリスト・クリュオス”の声と人格を。
胸の中心から――力強く解き放つ。
「私はカリスト・クリュオス」
「大和は、もうあの日に死んだ。俺は、俺の言葉で前を向く!」
過去の亡霊も、優しさも、後悔も“今の自分”が全部引き受ける。
ここにいるのは――“六花将軍”カリストだ!と。
カリストが“無意識の亡霊”を断ち切った瞬間。
まるで何かの結界が破れたように、全員の耳に、“本当の声”が届きはじめる。
ウラヌスにはどこか懐かしい、でもずっと求めていた優しい父の声が聞こえた。
「ウラヌス!ごはん作れるし、服も自分で選べるようになったの!?」
「……僕、感激!!」
「ダディはね、ウラヌスの“独り立ち”が嬉しいんだよ」
「もう頼られなくて寂しいけどさ……それって『ちゃんと育てられた』ってことだもんね」
――甘やかしでも、押し付けでもない。
“誇る”という愛。
本当の親子の形が、温かくウラヌスの胸を満たす。
レイスには静かで潔い、少しだけ意地を張った恋人の声が響く。
「ふーん……それ、アナタの友達?ようやく、ボッチ脱却ね」
「……妬くわけないでしょ」
「だってアナタ、気づいてないみたいだけど。笑顔、かわいいのよ」
ふっと微笑む、その表情だけで全てが伝わる。
「愛」とは、縛るものではなく、“今のあなた”を肯定し、自由を見守るもの。
レイスの心は痛みごと、温かさで包まれる。
ゾルタンの声は皮肉にも、最初は偽物とまったく同じ言葉。
だが――そのあとの静かな沈黙とともに、本当の父の“答え”が降ってくる。
「……そう言った私が、間違っていたネ」
「お前が選んだ“命を断つ”という美学、私には理解できない。だが――」
「父として、“美しいと思った”ヨ」
――生涯で一度だけ、“承認”として語られる父の言葉。
ユピテルの中で、鎖が音を立てて消えていく。
この瞬間だけは、“支配”ではなく“尊重”だけが残る。
心の奥底で欲しかった言葉は、“無意識の怪物”ではなく。
自分自身の強さで迎えに行ったその先にだけ、届く。
サタヌスの脳裏に、“ごみ捨て場”で最後に見た母の背中が浮かぶ。
それは決して振り返らず、後悔も、言い訳も残さない最低の母親。
「……生きてたの? へぇ……そっか、元気ならそれでいい」
ぽつり、呟くだけで立ち去ろうとする。
その背中が――もう一言だけ、届く。
「……捨てた子が、笑ってるなら、それで十分。ね」
そこに“愛してる”も、“ごめん”もない。
ただ、子の“生”だけに安堵する。最低で最高の母の愛。
カリストの足は、かつての師・須藤晴輝元帥の幻影の前で止まる。
「ようやく、侍を捨てたな」
「それで良い。時代の変化を拒む亡霊の手を取ることなど不要」
「進め。日向大和」
“侍”として生まれた青年に“生き延びること”の意味を教え続けた男。
カリストは目を閉じ、涙をこらえて、深く息を吐く。
「須藤晴輝元帥。カリストは……もう侍には戻りません」
「ただのカリストとして、進みます」
そう宣言して、生家――。
侍としての自分に、はっきりと背を向ける。
次の瞬間、カリストの足は前だけを見て動き出す。
軍帽を深くかぶり、誰の亡霊にも追いつかれないように。
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