嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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片道だけの希望

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 地割れ、塔の崩壊、アノマリーが咆哮しながら魔力を喰らい尽くす街路。
 あらゆる“過去の美”も“誇り”も、マナの奔流に呑まれて空洞化していく。
 そこはもう、かつての都ではなかった。
 サタヌスが崩れゆく足場の上で叫ぶ。
「うわわわ!?あの塔倒れたぞ!マナデス発動前に都がもたねぇよ!!」
 ウラヌスは必死にスマホを掲げて悲鳴。
「やだやだやだやだ!!自撮りしてないのに死ぬとかイヤなんですけどォ!!」
「ねぇサロメ姫どこ!?まだ会えてないカットがあるの!!」
 だが――その混沌のただなかに、“唯一”揺るがぬものがあった。
 エンヴィニア城。
 “あの城”だけは一切の歪みを受けず、立ち続けている。

「これだけのことが起きて尚……壊れない……!?」
 カリストが虚ろな声で呟く。
 レイスはゆっくりとフードを外しながら静かに、だが深い重みをもって答える。
「ほら……前にも言ったろ」
「エンヴィニア城は、壊れない」
 イントネーションは、いつものギャグめいたそれじゃない。
 祈りと皮肉、呪いと誓い、あらゆる感情がねじれて重なった。
 “この国の本質”を言い当てる一句だった。

 この城だけは“嫉妬”という感情の象徴。
 世界が何度壊れても――絶対に消えない“核”だった。
 まるで、世界そのものがこの城を避けて崩れているように。
 それは神話の「禁じられた都」そのものの姿だった。

 廃墟と化した研究ラボ。
 カイネス博士の姿はもうどこにもない。
 天井から落ちるマナの粒子だけが、転送装置のコアに静かな光を宿していた。
 ウラヌスが声を上げる。
 「えっ、ヴィラン博士死んだ!?あの人死んだらマナデス発動しないよぉ!」
 レイスは、無人のラボを見渡しながら叫ぶ。
 「カイネス博士ぇー!!」

 その傍ら、インマール司祭は涙を滲ませながら。
 それでも、どうしても、問わずにはいられなかった。
 「……あの子は?」
 声は震えていた。
 でも、“希望の最後の名残”を、確かめずには進めなかった。
 カリストは、転送装置のコアに器用な指を走らせながら。
 静かに、まっすぐインマールを見据える。
 「……笑っていました」
 表情は変わらないまま、即座に続ける。

 「目から複数の眼球が浮き上がり、骨はありえない方向へ曲がって……。
 それでも、“嬉しそう”でしたよ」
 インマールは膝に手を置き、肩を震わせる。
 「……それは、救いなんですか……?」
 カリストはしばし沈黙したあと、静かに答えた。
 「いいえ。……地獄でも、“神は笑う”のです」
 その後、ほんの少しだけ優しい声音で、言い直す。
 「……でも、あなたが見なかったのは、弱さではありません。むしろ、強さです」
 「貴方は“記録者”ではなく、“証人”だ。語るべきは“地獄”ではなく“光”なのです」
 インマールは静かに目を閉じ、そのまま、祈るように両手を重ねた。
 それは、“救えなかった者”の哀しみと。
 “未来を生きる者”の強さが交差する、エンヴィニア最後の祈りだった。
 
 ラボの奥に「それ」は佇んでいた。
 ユピテルが転送装置を眺めて眉をひそめる。
 「…あの装置。以前は未完成だったはず……」
 何度も末っ子コンビが悪戯に使用した転送装置。
 何度も、何度も転送を繰り返すうちにはみ出ていた配線などは消え。
 目の前に佇むそれは完全に「完成」していた。
 レイスがにやりと、でもどこか苦々しく答える。

 「けど今は違う。“完成”してやがる」
 そして、装置のプレートをじっと睨みつつ。
 「……確か、博士の話だと」
 「“身長170cm程度までなら転送可能”って言ってたな」
 明らかに“インマール”のほうをちらちらと見ている。
 その意図を察して、場にピリリとした空気が流れる。
 レイスは一拍置いて、斜めに構えながら訊いた。
 「司祭さん、身長いくつ?」
 インマールは素直に即答。
 「168cmです……」
 ウラヌスが半笑い、でもどこか泣きそうな顔で呟く。

 「……条件一致とか、神過ぎん?」
 「っていうか今、完全に“転送装置があんたを選んだ”って感じだよね」
 サタヌスが両手を広げて爆笑。
 「どんなギャグだよ!!170cm制限ってお前、電車か!!」
 レイスは苦笑気味に装置の扉を開け、
 「でもまあ……逆に言えば、“行けるのは司祭だけ”ってことだろ?」
 「……ってことで、司祭ここに入れ!!」
 バーンッと扉を開けて、全力でインマールを押し込む。

 「え、えええ!?だ、大丈夫ですか……???」
 ウラヌスは装置のパネルを押さえながら叫ぶ。
 「もう司祭さん生き残る方法これしかないじゃん!!」
 「このままだとアノマリーに食われちゃうよ!良心枠は生きてくれなきゃ困るの!!」
 世界滅亡ギリギリ、クロノチームは命がけのギャグで“人類の良心”を最後まで守り抜こうとする。
「生きろ、司祭!」
「未来で語ってくれ、“俺たちは逃げなかった”って――」
 だがその意思は、早々につまづくこととなった。
 カイネス博士不在ゆえに転送の仕方がわからないのだ。
 
 「待て!コレわかんねぇ…何処の何処打ち込めばいい!?」
 サタヌスはパネルの前で半泣きになり、バンバン叩くが、何も動かない。
 その時――カリストの指が、無意識のうちに端末をなぞる。
 その所作は滑らかで、まるで何百回も同じ型を再構築してきたかのようだった。
 カリストは低く、しかし迷いなく呟く。
 「ヒノエ陸軍第七技術廠……当時の規格と酷似している」
 「電子流路が二重に走ってるのも、旧式の兵装転送機と同じ構造……!」
 誰もがポカンとするなか、ただ一人。
 “戦争の記憶”がカリストの脳裏を駆け抜ける。

 転送装置の操作盤に向かうカリスト。
 彼の指が迷いなく走るたび「丙国陸軍大尉・日向大和」だった過去が呼び起こされていく。
 その頃の大和は、常に端末や設計図を握りしめ。
 同僚たちからは「武家の家柄で出世しただけ」と陰口を叩かれていた。
 人付き合いは得意ではなく、工廠(こうしょう)の隅で。
 ひたすら機械いじりに没頭する根暗。
「元帥」と呼ばれる須藤晴輝とも、実のところ大した会話はなかった。
 英雄の影に憧れながらも、その背中に触れることさえ叶わなかった。
 そう、“士官学校の秀才”で終わるはずの青年だった。

 手が勝手に動く。
 けれど、手は覚えていた。
 ――戦時下の設計ミスで何度も起こした爆発事故。
 ――夜な夜な配線を直しては、錆びついた端子を磨き続けた記憶。
 「無駄な知識ばっかだ」と自嘲してきた日々。
 それが今、インマール司祭という“人類の良心”を救うために生きている。
 誰にも見えないところで技術を磨いてきた。
 その孤独な過去が、いま仲間と共に“誰かのため”に使われている。
 それは大和自身が、士官学校時代の自分を赦す瞬間でもあった。

「日向!また工房で寝てたのか、お前は本当に変わってるな」
「……いえ、機械が好きなだけです」
「ふん、らしいな」
 かつての自分の面影が、カリストの瞳に宿る。
 けれど今の彼は、もう“丙陸軍大尉”ではない。
 過去の影を超え、“カリスト・クリュオス”として仲間を救うために立つ。



 端末に手を置く。
 淡い光が走り、パネルに走っていたエラー表示がひとつずつ正常化していく。
 カリストはブレない声で宣言した。
 「私に!!元士官の知識を活かします!!」
 その背筋は、“氷の貴公子”でも、“クロノチームの仲間”でもなく。
 一人の元軍人として――戦場に立つ者そのものだった。
 ウラヌスはパネル越しに絶叫する。
 「何その元軍人スイッチ!?ギャップえっっっぐ!!」
 ユピテルは半笑い、しかし瞳は本気で評価している。
 「なァにが“氷の貴公子”だ。軍事国家の亡霊じゃねーか」
 その言葉には、皮肉も皮肉。
 だが“戦友への最大の賛辞”が込められていた。
 
 「カリスト、頼む!!俺はこういうのだけはホント無理だ!!」
 サタヌスも感心と感涙の入り混じった声で、全力で託す。
 崩壊と絶望のただなか、クロノチームの“過去”も“痛み”も“知識”も。
 全部が、今この瞬間だけ“仲間”のために使われていく!
 研究ラボの空気が静電気のようにピリついた。
「アノマリーの影響ですね……タイムゲージ、完全に狂っています……!」
「転送可能なタイムウィンドウは――“ちょうど1年後”しか出ません!」
 カリストの声は冷静だが、その指先が小刻みに震えていた。
 その瞬間。

「構いません!!!」
 研究室に響いたインマールの声は、普段の優しさを遥かに凌駕した。
 “意志”そのものだった。
 クロノチーム全員が動きを止め、思わずその顔を見つめる。
 ユピテルが、ぽつり。
「……え、司祭さン……?」
 レイスも、低く呟く。
「……今の声、誰かと思ったわ」
 ウラヌスに至っては。
「え、なに……神の啓示?今の演出なに???」
 と半泣きで手元のパネルを見つめる。

 だがインマールは、穏やかに微笑み、まっすぐカリストを見た。
「“1年後”なら――この災厄が過ぎた後ですよね?」
「大丈夫です。僕は、“この国を語り継ぐ者”として生きて届けばいいのです」
 ほんの少し、口元を引き締めて。
「……落ち着かれて、座標を打ち込まれてください」
 カリストは息をのむが、それでもしっかりと頷き。
 手元のキーボードに指を走らせる。
 その目は、確かに揺れていた。
 サタヌスは半泣きで、だが無理やり笑顔を作る。

「司祭……マジでかっこいいよ」
 ウラヌスはもう涙声で。
「うぅうぅ……っ!タイピングしながら涙でタップずれる!」
 ユピテルは顔を背け、呟く。
「……言うことねぇ。最高だよ、司祭」
 その瞬間、“神話の語り部”が、未来へと託される。
 クロノチームの“最後の良心”を背負って。
 世界は新しい夜明けを待つのだった。

「Transfer: +1Y | Target: Envy-North」

 転送装置のカウントダウンが静かに始まる。
 装置のコアが低く唸りを上げ、淡い光がパネル全体を包む。
 インマール司祭の白いローブの裾だけが。
 不思議な風に撫でられたように、ふわりと揺れた。

 クロノチーム全員が、ひとりずつ。
 “本当にこれが最後”と知りながらも。
 いつもの調子で、でも心からの言葉を送る。
 レイスが口元に微笑を浮かべ、硝子を撫でる。
「司祭……語り部は頼むぜ」
 サタヌスは無理やり明るく拳を握る。
「あんたの飯最高にうまかったぜ!」
 ウラヌスはぐしぐし涙を拭いながら。
「神竜式お祈り、たまにならやってあげるから!」
 ユピテルは少しだけ顔を背けて。
「特に言う事はねぇ、早く行きな」
 カリストはキーを静かに打ちながら。
「……お気をつけて」



 インマール司祭は、静かに、でも力強く頷いた。
「サロメ様…博士……エンヴィニアの美しき日々よ。
 私は忘れません。必ず、伝えます。」
 転送装置の光がインマールをすっぽりと包み込む。
 神の掌が届くその直前、光と共に彼の姿はフッと消えた。

 次の瞬間、転送装置のディスプレイがノイズを走らせて消えていく。
 コードがパチパチと自壊し、外装が小さく弾ける。
 まるで、「使命を果たして燃え尽きた」かのように。
 ウラヌスが、ぽつり。
「……壊れちゃった」
 珍しく笑わず、焦げたパネルを指先でなぞる。
 サタヌスは、照れ隠しの笑顔で呟く。
「ありがとよ……お前でやるイタズラ、最高に楽しかったぜ」
 その目は、ほんの少し赤く滲んでいる。

 だが、ユピテルがバシンと現実を引き戻す。
 雷をチャージしながら、力強く。
「感傷に浸ってんじゃねェ、テメェら!!」
「“例の”――マナデストロイヤー、起動まであと半日もねぇ!!」
「神の掌が閉じる前に、螺旋の芯まで突っ込むぞ!!」
 語り部は未来へ旅立ち、地獄だけがクロノチームの手の中に残った。
 いよいよ世界の芯、エンヴィニア城への最後の突入が始まる。
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