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繋がる時空の橋
チョコミント帝国の野望
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料理が届くまでの、わずかな静寂。
レイスがカウンター越しにぼそっとつぶやいた。
「やっぱ影煮込みって……あれか? 昨日カイネス博士がレストランで食ってた、ヨモギみたいな……」
「アレなー!!」
即座にウラヌスが身を乗り出す。
「見た目、地面に落ちてても気づかないレベルの色してたやつ!」
「博士、美味しいからじゃなくて栄養価で食べてたでしょ!? あれ、絶対“食”じゃなくて“研究”」
サタヌスも苦笑しながら同意する。
「わかる。“味覚”って単語を忘れてそうな食い方だった」
「現代いたら冷凍の宅配弁当、ルーティンで3種類しか頼まねぇぞ。絶対。」
「なんなら“なんで毎日違うもの食べてんの?”って聞いてくるタイプ」
「“タンパク質、炭水化物、ビタミン群、それぞれが満たされるならば日替わりに意味はない”とか言いそう」
「しかも本気で!」
店内にくぐもった笑いが広がる。
すると、カウンター奥で控えていたマスターが、ふと口を開いた。
「……カイネス・ヴィアン博士のことですか」
クロノチーム、笑いながら振り返る。
「時々、来店されますよ」
マスターは静かに珈琲のフィルターを外しながら続けた。
「“君の珈琲はカフェインの摂取に適している”と、そうおっしゃっていました」
その瞬間。
ウラヌスとサタヌスが、椅子から崩れ落ちそうになる勢いで爆笑する。
「いやああああああ!!!想像通りィィィィ!!!」
「本っっっっ当に言いそうなやつううう!!!」
「やべぇ!脳内カイネスとリアルカイネスが完全に一致してんの草生える!!!!」
サタヌスは机を叩いて笑いながら、息も絶え絶えに。
「もうそのまま冷凍でいいよ、博士……ほんと……!」
ユピテルは一人、笑わずにカップを傾ける。
だが、目元だけがわずかに綻んでいた。
「……なるほどね。ヴィラン博士、ここにも出没してたわけか」
「影を好むのは、俺らも同じってことか」
その言葉を聞いて、マスターは静かに微笑んだ。
影煮込みプレート、着皿。
香りは意外にも、ほんのり甘く香ばしい。
……だが、色だけはやっぱり黒と緑の中間、まるで「混ざった思念」のような見た目だった。
影煮込みプレートが卓上に着いた瞬間、空気が一瞬、静まった。
見た目の衝撃がすべてを黙らせたのだ。
レイスが一言、ため息とともに言う。
「あー……うん。“影煮込み”って時点で、こういうのだと思ってたよ」
皿の上に広がる漆黒。
ツヤツヤした表面はまるで墨汁。だがほんのり香ばしい。
スプーンを入れれば、ほろほろと崩れる塊――どうやら肉系だ。
レイスは眉をひそめ、やや後退り気味に皿を見つめていた。
その様子を見て、隣からユピテルがニッと笑う。
「黒い飯ってのは案外うまいンだぜ」
「イカスミ、トリュフ、熟成酒……全部“腐ってるようで旨い”ってヤツだ」
そう言って、レイスの皿に手を伸ばす。
「食わねェなら、俺が食う」
ひと匙をすくい、口へ。
─数秒の沈黙。
「……うまい」
低く、だがはっきりとした声でユピテルが言った。
「トリュフ煮込みか。香りでごまかしてない。ちゃんと香辛料で煮込んである」
ウラヌスが隣で目を見開いた。
「え!?ユッピーが普通に褒めた!?レアじゃん!?!?!?www」
「なにそれ!?バフついた!?料理で!?!?」
サタヌスは半笑いでフォークを構えながらつぶやく。
「影なのに……正直うまそうに見えるのが悔しい」
一口食べた瞬間、全員の表情が変わる。
だがこの時、クロノチームの昼は、ちょっとだけ静かで、あたたかかった。
店内に流れる、針音のように静かなジャズ。
外の喧騒と切り離されたような空間に、ふと明るい声が跳ねた。
「なぁ影煮込み……はインパクト在り過ぎるからよ、普通の色したメニューねぇの?」
サタヌスが顔をしかめてメニューをめくる。
目の前の“漆黒煮込みプレート”が発する闇の気配に、つい言葉も漏れた。
「でしたら。沈黙のジェノベーゼなんていかがでしょう?」
ティニのマスターは微笑み、静かに提案した。
「あぁ~あのバジルのパスタな?それにするわ。色、落ち着いてるしな」
その横で、レイスがフォークで“影煮込み”を突いていた。
「……なあ、これ本当に食い物か?」
黒光りする謎の煮込みに、さすがの悪魔ハンターも若干引いている。
しかし─ひとくち、口に入れたレイスの動きが止まった。
「……うまい」
短い一言。けれどそこには、虚無からの帰還のような深みがあった。
「マジかよ」
「うっわwwチョコミント帝国、ガチで胃袋まで支配しに来てんじゃん!!」
ウラヌスとサタヌスが次々に席へ着き、メニューを覗き込む。
「じゃあ私は“嫉妬のキッシュ”いくわ!なんか映えそうな名前だし!」
「オレ“神竜風グラタン -アルヴ式-”で。なんか筋トレに良さそう」
「おれは……“ロトの涙”ゼリーで」
ユピテルのチョイスに、思わず三人が止まった。
「え、メシそれだけ?」
「……いや、デザートだけってどうなん?」
「……“涙”ってとこに惹かれただけだ。文句あるか」
「か~~!やっぱ変態だったわコイツ!!」
笑い声がカフェに響く。
影煮込みの向こうにあったのは、久しぶりに感じる“日常”だった。
昼食を終えたクロノチームは、ようやくひと息ついた様子でメニューの“甘味”欄に目を通し始めていた。
レイスがぽつりとつぶやく。
「……やっぱスイーツも緑なのかなぁ。メロンゼリーとか」
「いや、ここはチョコミントだろ」
サタヌスが頬を拭いながら答える。
「それにあのジェノベーゼ、マジでうまかった。
バジルの香りが立ってて、ちょっと泣きそうになった。おすすめ」
「……まじか」
レイスは少し目を細めて、今さらながら自分の“影煮込み”の器を見つめなおした。
真っ黒だが、うまかった。けど、普通の色の飯も悪くないかもしれない――と。
その時だった。
「ちょっとちょっとちょっとォ!!!」
ウラヌスが叫んだ。メニュー表を両手で広げ、キラッキラの目をしている。
「なに、“パフェ・オブ・エンディング”って!?!?!?」
全員の視線が一斉に集まった。
ユピテルが眉をひそめて覗き込む。
「……名前の癖がすごいな。どんな最終回だよ」
「なにそれ名前ヤバ!!パフェでエンディングって、人生終わるの!?!?甘味でトドメ刺されるの!?!?」
サタヌスとレイスが同時に顔を上げた。
「……どんな死因だよ」
「甘味過剰摂取によるエンドロールってこと?」
マスターは落ち着いた所作のまま、棚にコーヒー豆を戻しながら振り返る。
「残念ながら」
その口調は本当に残念そうではなく、どこか試すような響き。
「“パフェ・オブ・エンディング”は1日3つ限定の品。……本日は、売り切れです」
ウラヌスの笑顔が静止し、すぐに次の台詞へスライドした。
「じゃあ、明日来よう!明日!ユッピー、明日予約ね!」
満面の笑顔で、人差し指をビシィと向ける。
その隣でコーヒーを飲んでいたユピテルは、カップを置いて顔を伏せた。
「……俺ら、パフェ食うために古代帝国来たわけじゃねぇンだけど……」
その声には諦念と、微かな笑いが混ざっていた。
マスターはふっと目を細める。
「良いではありませんか、戦士の休息に甘味はつきものです」
「……アルヴ=シェリウス様も、台本が仕上がるたびに砂糖を欲しがったものです。……死にそうなほどにね」
クロノチーム、絶句。
ウラヌスが思わず呟く。
「それが“エンディング”の由来じゃないよね!?」
答えは、マスターのほほ笑みの奥に消えていった。
─明日また来る理由が、ひとつ増えた。
「アルヴ座が閉鎖され、旧貴族街が封鎖されてからというもの……」
静かに、マスターは言葉を落とした。
「エンヴィニアは、まるで灯が消えてしまったかのようです」
カップを拭く手も、ふと止まる。
棚の隅に置かれた“座”の名残のような古びた台本が、ぽつりと沈黙していた。
レイスはコーヒーの残りを見つめながら、低く呟く。
「王族は……アルヴって灯を、自分たちの手で消しちまったんだな」
「……あの舞台があった頃のエンヴィニアは、確かに“生きていた”」
マスターはゆっくりと頷いた。
「しかし、今は……生きているのか、死んでいるのかすら……」
─その空気を、あまりにも唐突に破壊したのは、やはりこの人物だった。
「ねええええええ!!!???」
ウラヌスが跳ねるように立ち上がり、手元の皿を指差した。
「チョコミントなんだけどぉおおおおおおお!!!!」
青緑色のクリーム、黒く粒立つチョコ、そして凍ったミント葉が踊るスプーンの上。
見た目も味も期待通りのチョコミントである。
「期待裏切らな過ぎじゃん!?!?」
「チョコミント帝国でチョコミント食うなって方がムリだからね!?!?」
サタヌスはすでに三口目に突入していた。
「うっめぇ……やっぱミントは神……」
「都市レベルでテーマ食材あって、そこに全力で乗っかるこの店、俺好き……」
マスターはどこか誇らしげに微笑む。
「これは“影の葉”を使ったミントです。アルヴ座の楽屋でもよく振る舞われていました。
……舞台前の冷静さと集中力を引き出す、魔術的調整を施してあります」
「効能付きチョコミント!?」とウラヌスが叫び。
「帝国チョコミント宗教説……」とレイスが遠い目をする。
─しんみりと、文化の滅びを語ったわずか数分後。
気づけばチーム全員が、真剣にチョコミントを掘り進めていた。
それが、滅びを忘れる魔力か、ただのミントの中毒性か。
答えは……この都市の空にしか、わからない。
「明日の夕刻にお待ちしております」
マスターは、変わらぬ糸目と微笑で告げた。
「“最後のパフェ”は、明日にならねば完成しませんので」
「いや名前ェ……」
レイスがボソッとツッコみながらも、そのまま皆で腰を上げた。
ティニの扉をくぐると、街の空気はどこか穏やかになっていた。
嵐の爪痕はまだ色濃く残るが、陽射しが差し込み、瓦礫の隙間から風が通り抜けていく。
通りの向こうでは、何人かの兵士たちがせっせと動いていた。
崩れかけた街灯の根元を直し、葉っぱまみれの路地を掃き清め。
割れた窓の前に板を打ちつける者たち。
ユピテルが目を細めて呟く。
「……あいつら。エスクワイアだな」
「多分、向こうのが“騎士”だ」
サタヌスは鼻を鳴らし、手をポケットに突っ込んだまま歩を進める。
遠くで、金属音が響いた。
一人の青年が、騎士の鎧を拭き上げている。
隣には槍を研ぐ姿、さらにその後ろでは瓦礫を黙々と運ぶ者たちの姿も見える。
ユピテルがちらりと目線だけ動かし、ぽつりと口を開く。
「……簡単に言えば、騎士の卵だな」
「騎士の世話をしたり、武器を修理したり、鎧を着せたり。それがエスクワイアの仕事」
ウラヌスが首をかしげながら手を振る。
「え、番組のADみたいなもん?」
「……近いな」
サタヌスが鼻で笑って答える。
「前線に出ることはねぇけど、雑に扱うと後が怖い。どっかで化けて出てくるからな、そういうやつが」
レイスがちらっと横目をくれる。
「騎士なんかより、よっぽど人間くさいな。地に足つけてる分、信用できる」
ユピテルはフッと笑った。
「……ま、俺の鎧着せたら感電するけどな」
「誰得情報だよそれ」
「ああいう仕事は下っ端の仕事と決まってんのさ。
けど、それを黙ってやる奴が一番強ぇのは、ガチだと思う」
「……さ、行くぜ」
レイスが肩を回しながら言った。
「王族共に喧嘩売るのは、まだあとだ」
陽光が騎士たちの額に差し、静かな光を描いていた。
クロノチームはその横を無言で通り過ぎ、大聖堂への道へ戻っていった。
誰の目にも留まらず。
けれど誰よりも、物語の中心へと近づきながら。
レイスがカウンター越しにぼそっとつぶやいた。
「やっぱ影煮込みって……あれか? 昨日カイネス博士がレストランで食ってた、ヨモギみたいな……」
「アレなー!!」
即座にウラヌスが身を乗り出す。
「見た目、地面に落ちてても気づかないレベルの色してたやつ!」
「博士、美味しいからじゃなくて栄養価で食べてたでしょ!? あれ、絶対“食”じゃなくて“研究”」
サタヌスも苦笑しながら同意する。
「わかる。“味覚”って単語を忘れてそうな食い方だった」
「現代いたら冷凍の宅配弁当、ルーティンで3種類しか頼まねぇぞ。絶対。」
「なんなら“なんで毎日違うもの食べてんの?”って聞いてくるタイプ」
「“タンパク質、炭水化物、ビタミン群、それぞれが満たされるならば日替わりに意味はない”とか言いそう」
「しかも本気で!」
店内にくぐもった笑いが広がる。
すると、カウンター奥で控えていたマスターが、ふと口を開いた。
「……カイネス・ヴィアン博士のことですか」
クロノチーム、笑いながら振り返る。
「時々、来店されますよ」
マスターは静かに珈琲のフィルターを外しながら続けた。
「“君の珈琲はカフェインの摂取に適している”と、そうおっしゃっていました」
その瞬間。
ウラヌスとサタヌスが、椅子から崩れ落ちそうになる勢いで爆笑する。
「いやああああああ!!!想像通りィィィィ!!!」
「本っっっっ当に言いそうなやつううう!!!」
「やべぇ!脳内カイネスとリアルカイネスが完全に一致してんの草生える!!!!」
サタヌスは机を叩いて笑いながら、息も絶え絶えに。
「もうそのまま冷凍でいいよ、博士……ほんと……!」
ユピテルは一人、笑わずにカップを傾ける。
だが、目元だけがわずかに綻んでいた。
「……なるほどね。ヴィラン博士、ここにも出没してたわけか」
「影を好むのは、俺らも同じってことか」
その言葉を聞いて、マスターは静かに微笑んだ。
影煮込みプレート、着皿。
香りは意外にも、ほんのり甘く香ばしい。
……だが、色だけはやっぱり黒と緑の中間、まるで「混ざった思念」のような見た目だった。
影煮込みプレートが卓上に着いた瞬間、空気が一瞬、静まった。
見た目の衝撃がすべてを黙らせたのだ。
レイスが一言、ため息とともに言う。
「あー……うん。“影煮込み”って時点で、こういうのだと思ってたよ」
皿の上に広がる漆黒。
ツヤツヤした表面はまるで墨汁。だがほんのり香ばしい。
スプーンを入れれば、ほろほろと崩れる塊――どうやら肉系だ。
レイスは眉をひそめ、やや後退り気味に皿を見つめていた。
その様子を見て、隣からユピテルがニッと笑う。
「黒い飯ってのは案外うまいンだぜ」
「イカスミ、トリュフ、熟成酒……全部“腐ってるようで旨い”ってヤツだ」
そう言って、レイスの皿に手を伸ばす。
「食わねェなら、俺が食う」
ひと匙をすくい、口へ。
─数秒の沈黙。
「……うまい」
低く、だがはっきりとした声でユピテルが言った。
「トリュフ煮込みか。香りでごまかしてない。ちゃんと香辛料で煮込んである」
ウラヌスが隣で目を見開いた。
「え!?ユッピーが普通に褒めた!?レアじゃん!?!?!?www」
「なにそれ!?バフついた!?料理で!?!?」
サタヌスは半笑いでフォークを構えながらつぶやく。
「影なのに……正直うまそうに見えるのが悔しい」
一口食べた瞬間、全員の表情が変わる。
だがこの時、クロノチームの昼は、ちょっとだけ静かで、あたたかかった。
店内に流れる、針音のように静かなジャズ。
外の喧騒と切り離されたような空間に、ふと明るい声が跳ねた。
「なぁ影煮込み……はインパクト在り過ぎるからよ、普通の色したメニューねぇの?」
サタヌスが顔をしかめてメニューをめくる。
目の前の“漆黒煮込みプレート”が発する闇の気配に、つい言葉も漏れた。
「でしたら。沈黙のジェノベーゼなんていかがでしょう?」
ティニのマスターは微笑み、静かに提案した。
「あぁ~あのバジルのパスタな?それにするわ。色、落ち着いてるしな」
その横で、レイスがフォークで“影煮込み”を突いていた。
「……なあ、これ本当に食い物か?」
黒光りする謎の煮込みに、さすがの悪魔ハンターも若干引いている。
しかし─ひとくち、口に入れたレイスの動きが止まった。
「……うまい」
短い一言。けれどそこには、虚無からの帰還のような深みがあった。
「マジかよ」
「うっわwwチョコミント帝国、ガチで胃袋まで支配しに来てんじゃん!!」
ウラヌスとサタヌスが次々に席へ着き、メニューを覗き込む。
「じゃあ私は“嫉妬のキッシュ”いくわ!なんか映えそうな名前だし!」
「オレ“神竜風グラタン -アルヴ式-”で。なんか筋トレに良さそう」
「おれは……“ロトの涙”ゼリーで」
ユピテルのチョイスに、思わず三人が止まった。
「え、メシそれだけ?」
「……いや、デザートだけってどうなん?」
「……“涙”ってとこに惹かれただけだ。文句あるか」
「か~~!やっぱ変態だったわコイツ!!」
笑い声がカフェに響く。
影煮込みの向こうにあったのは、久しぶりに感じる“日常”だった。
昼食を終えたクロノチームは、ようやくひと息ついた様子でメニューの“甘味”欄に目を通し始めていた。
レイスがぽつりとつぶやく。
「……やっぱスイーツも緑なのかなぁ。メロンゼリーとか」
「いや、ここはチョコミントだろ」
サタヌスが頬を拭いながら答える。
「それにあのジェノベーゼ、マジでうまかった。
バジルの香りが立ってて、ちょっと泣きそうになった。おすすめ」
「……まじか」
レイスは少し目を細めて、今さらながら自分の“影煮込み”の器を見つめなおした。
真っ黒だが、うまかった。けど、普通の色の飯も悪くないかもしれない――と。
その時だった。
「ちょっとちょっとちょっとォ!!!」
ウラヌスが叫んだ。メニュー表を両手で広げ、キラッキラの目をしている。
「なに、“パフェ・オブ・エンディング”って!?!?!?」
全員の視線が一斉に集まった。
ユピテルが眉をひそめて覗き込む。
「……名前の癖がすごいな。どんな最終回だよ」
「なにそれ名前ヤバ!!パフェでエンディングって、人生終わるの!?!?甘味でトドメ刺されるの!?!?」
サタヌスとレイスが同時に顔を上げた。
「……どんな死因だよ」
「甘味過剰摂取によるエンドロールってこと?」
マスターは落ち着いた所作のまま、棚にコーヒー豆を戻しながら振り返る。
「残念ながら」
その口調は本当に残念そうではなく、どこか試すような響き。
「“パフェ・オブ・エンディング”は1日3つ限定の品。……本日は、売り切れです」
ウラヌスの笑顔が静止し、すぐに次の台詞へスライドした。
「じゃあ、明日来よう!明日!ユッピー、明日予約ね!」
満面の笑顔で、人差し指をビシィと向ける。
その隣でコーヒーを飲んでいたユピテルは、カップを置いて顔を伏せた。
「……俺ら、パフェ食うために古代帝国来たわけじゃねぇンだけど……」
その声には諦念と、微かな笑いが混ざっていた。
マスターはふっと目を細める。
「良いではありませんか、戦士の休息に甘味はつきものです」
「……アルヴ=シェリウス様も、台本が仕上がるたびに砂糖を欲しがったものです。……死にそうなほどにね」
クロノチーム、絶句。
ウラヌスが思わず呟く。
「それが“エンディング”の由来じゃないよね!?」
答えは、マスターのほほ笑みの奥に消えていった。
─明日また来る理由が、ひとつ増えた。
「アルヴ座が閉鎖され、旧貴族街が封鎖されてからというもの……」
静かに、マスターは言葉を落とした。
「エンヴィニアは、まるで灯が消えてしまったかのようです」
カップを拭く手も、ふと止まる。
棚の隅に置かれた“座”の名残のような古びた台本が、ぽつりと沈黙していた。
レイスはコーヒーの残りを見つめながら、低く呟く。
「王族は……アルヴって灯を、自分たちの手で消しちまったんだな」
「……あの舞台があった頃のエンヴィニアは、確かに“生きていた”」
マスターはゆっくりと頷いた。
「しかし、今は……生きているのか、死んでいるのかすら……」
─その空気を、あまりにも唐突に破壊したのは、やはりこの人物だった。
「ねええええええ!!!???」
ウラヌスが跳ねるように立ち上がり、手元の皿を指差した。
「チョコミントなんだけどぉおおおおおおお!!!!」
青緑色のクリーム、黒く粒立つチョコ、そして凍ったミント葉が踊るスプーンの上。
見た目も味も期待通りのチョコミントである。
「期待裏切らな過ぎじゃん!?!?」
「チョコミント帝国でチョコミント食うなって方がムリだからね!?!?」
サタヌスはすでに三口目に突入していた。
「うっめぇ……やっぱミントは神……」
「都市レベルでテーマ食材あって、そこに全力で乗っかるこの店、俺好き……」
マスターはどこか誇らしげに微笑む。
「これは“影の葉”を使ったミントです。アルヴ座の楽屋でもよく振る舞われていました。
……舞台前の冷静さと集中力を引き出す、魔術的調整を施してあります」
「効能付きチョコミント!?」とウラヌスが叫び。
「帝国チョコミント宗教説……」とレイスが遠い目をする。
─しんみりと、文化の滅びを語ったわずか数分後。
気づけばチーム全員が、真剣にチョコミントを掘り進めていた。
それが、滅びを忘れる魔力か、ただのミントの中毒性か。
答えは……この都市の空にしか、わからない。
「明日の夕刻にお待ちしております」
マスターは、変わらぬ糸目と微笑で告げた。
「“最後のパフェ”は、明日にならねば完成しませんので」
「いや名前ェ……」
レイスがボソッとツッコみながらも、そのまま皆で腰を上げた。
ティニの扉をくぐると、街の空気はどこか穏やかになっていた。
嵐の爪痕はまだ色濃く残るが、陽射しが差し込み、瓦礫の隙間から風が通り抜けていく。
通りの向こうでは、何人かの兵士たちがせっせと動いていた。
崩れかけた街灯の根元を直し、葉っぱまみれの路地を掃き清め。
割れた窓の前に板を打ちつける者たち。
ユピテルが目を細めて呟く。
「……あいつら。エスクワイアだな」
「多分、向こうのが“騎士”だ」
サタヌスは鼻を鳴らし、手をポケットに突っ込んだまま歩を進める。
遠くで、金属音が響いた。
一人の青年が、騎士の鎧を拭き上げている。
隣には槍を研ぐ姿、さらにその後ろでは瓦礫を黙々と運ぶ者たちの姿も見える。
ユピテルがちらりと目線だけ動かし、ぽつりと口を開く。
「……簡単に言えば、騎士の卵だな」
「騎士の世話をしたり、武器を修理したり、鎧を着せたり。それがエスクワイアの仕事」
ウラヌスが首をかしげながら手を振る。
「え、番組のADみたいなもん?」
「……近いな」
サタヌスが鼻で笑って答える。
「前線に出ることはねぇけど、雑に扱うと後が怖い。どっかで化けて出てくるからな、そういうやつが」
レイスがちらっと横目をくれる。
「騎士なんかより、よっぽど人間くさいな。地に足つけてる分、信用できる」
ユピテルはフッと笑った。
「……ま、俺の鎧着せたら感電するけどな」
「誰得情報だよそれ」
「ああいう仕事は下っ端の仕事と決まってんのさ。
けど、それを黙ってやる奴が一番強ぇのは、ガチだと思う」
「……さ、行くぜ」
レイスが肩を回しながら言った。
「王族共に喧嘩売るのは、まだあとだ」
陽光が騎士たちの額に差し、静かな光を描いていた。
クロノチームはその横を無言で通り過ぎ、大聖堂への道へ戻っていった。
誰の目にも留まらず。
けれど誰よりも、物語の中心へと近づきながら。
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