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サンド=ラシール

放課後の兄妹

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 宇宙樹歴3500年
 2等惑星アール
 大都市「カムエール」工業地帯

ーーーーーーーーーサンド=ラシール

「ええぇッ!今から学校戻るんですか!?」
「お前は学生なんだから当たり前だろ」

 俺はサンド=ラシール。この大都市カムエールで普通の…いや、ほんの少し普通の高校生をしている。

 とある用事で今は学校では無く工業地帯に居るわけだが、俺の想像ではこの後は自宅に直帰するつもりでいた。無論直帰する訳は無く遊び呆ける予定だったんだが…

 用事を済ませた俺は今、終わった旨を電話で学校へ連絡したのだが、担任の「ゴーリキ先生」からまさかの学校帰還命令を告げられ、今年最大の面倒くささに襲われている。

「いや、先生!さっきも言いましたけど、俺、『優勝』したんですよ!少しはですね……」
「おう、さっきも言ったけど『おめでとう』サンド!そんでさっきも言ったけど、学校に戻ってこい」

「無慈悲!」

 そう、俺は優勝したのだ。
 先程からの用事とはこれのことで、俺が参加したのは、毎年カムエールでおこなわれている軍事大会『クライドンマスター』なる催しである。

 クライドンとは宇宙共通用語で、簡単に言えば世界樹ユグドラシルを使用した人型のロボットのことだ。
 この星、惑星「アール」の軍事関係者は大層この大会に力を入れており、結果を出せば貴重人材として重宝される。

 そして、俺はこの大会で3年連続優勝。
 晴れて、特待生として春からアール軍学校へ入学出来る運びが確定したのだ。
 そんな特待生の俺にこの仕打ちである。世知辛過ぎて泣きそうだ。でも俺は諦めないッ!

 そうだ! 距離を理由にしよう!

 この大都市カムエールは「惑星樹」の南側にある都市である。大きさは約30平方キロメートルで人口は約20万人いる。

 ざっくり言うと円形に発展しており、大きく東側が工業地帯、中央が商業地帯、西側が住宅地帯となっている。

 俺が今電話しているのは根本にやや近い東側で、学校は西側の外れのほうだ。当然歩けば結構な距離である。

 相手は体育教師……いけるか!?

「いや、先生、戻りたいのは山々なんですけど、ここからだと学校まで歩いて2時間以上はかかりますよ?」
「誰が歩いて来いと言った馬鹿者。バスでもなんでもあるだろ」

 ですよねー。
 クソ! 体育教師だから騙せると思ってたけど、意外に頭回りやがるな! やってくれるじゃないの! 脳みそ筋肉を期待してたのに!
 でも俺は諦めないッ! 最後の悪あがきをすることにした。

「なんかですね、交通機関が全部マナ不足で動かないらしいんですよ……いやぁ俺も戻りたいのんですけどねー」
「それならお前は補習、今なら校庭100周」

「あ、ちょうど今、治ったみたいなんで学校戻りまーす」
「早く来い」

ーーピッ プーッ プーッ

…………

………

……

 くっそぉおお! あの馬鹿教師めぇ! 
 これがチャンピオンにすることかよ!
 しかも何か韻を踏んでたし! 上手いこと言いやがって!

「ハァ……」

 戻るか……
 『筋肉のマッスル』の異名を持つゴーリキには逆らえず、俺は優雅な午後の一時を満喫することをしないまま学校へ戻った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 とぼとぼと学校へ戻った俺は、自分へのご褒美とフルーツパーラー「ヒガシカタ」で買ったりんごジュースを飲みながら教室のドアを開ける。すると、思わぬ歓迎が俺を出迎えた。

ーーパーン パーン パーン

「「「サンドッ! 優勝おめでとうー!」」」

 クラッカーが鳴り響き、クラスの皆が俺の優勝を讃えてくれた。ゴーリキは一際大きなクラッカーを鳴らし、笑顔でおめでとうと声をかけてくれた。

 ヤバ……少し泣きそうだ……
 というかゴーリキ先生も言ってよ! 
 祝ってくれるんなら、ちゃんとテンション作って戻ってきたよ!

「あー、その……ありがとう!」

 ちょっとはにかみながらも、皆にお礼を言う。うん、この流れはきっとこの後はパーティかな?

「はい、解散!」
「「はーい」」

 ゴーリキの掛け声で、一斉にクラスメートが自席へ戻る。え? 終わり!?

 あれ? ケーキは? 顔を埋めるケーキは?

 うん、知ってたよ……こんなもんだよね。
 俺も自席へ着席し、今までと変わらぬ日常が始まるのを黙って受け入れるしかなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ーーであるからして、ユグドの世界樹から種苗を与えられた惑星が、この宇宙『13』あるわけだ
 それが成長し惑星樹とると、宇宙にあるユグドラシルの根が太陽の役割を果たす。まぁ人が住める環境になる訳だ!はいここテストに出るぞ~」

「で、さっき13の惑星と言ったが、人口増加などの理由により、惑星樹の種苗を他の惑星へ植え付けることもある。これを『属星』と言ってーー」

 なんて退屈な授業なんだ……
 こんな事18歳まで生きてたら誰でも知ってるような事をわざわざ説明するなんて、教師って言うのも大変だなぁ。

「ファ、アア……」

 一昨日から繰り広げられた大会の疲れがドッと押し寄せ、大きなあくびが出てきた
 やばい、寝てしまうかもしれない。
 すると、俺の眠気を察知した先生に指名された。

「サンド=ラシール!」
「はい」

「では上位等星とはユグドから何番目までの惑星を指すか?」
「1等星から4等星です」

「チッ」

 舌打ちされた!?
 いやいや、先生。俺は仮にも軍人になる男ですよ?
 そのぐらい知らなかったら不味いでしょうが。

 ちょっと仕返しをしてやろうか……
 俺は、先生が黒板に書いているチョークをジッと見つめる。
 そして先生にバレないように、小声でそのチョークに命令を下す。

「飛べ」
「うわぁッ!」

 先生の書いてるチョークが手元を離れ飛んでいった。
 突然の出来事に首を捻った先生は、別のチョークを手に取り、黒板へと記入を続ける。

「飛べ」
「うわぁッ! なんだこれ!」

 またしても『ぴょーん』と飛んでるチョークを目の当たりにした先生は、怪奇現象かと思ったのか少し青ざめた。
 ふふっいい気味だ。ただクラスメートも少し引いてるのでこの辺りでやめておこう。

 これが、この能力? が俺が普通とは少し違う高校生たる所以である。
 物心ついた時から出来たのだが、これを幼い頃両親に話したらドン引きされた為、自分の秘密として封印している。

 これがクライドンでの対戦ではチートレベルに便利なのだ。俺が3年連続優勝した要因でもある。
 その時、先生が馬鹿な事を言い出した。

「解放軍の仕業か?」

 そんなわけないだろ!
 先生がチョーク飛んでる事件を解放軍のせいにしていた。うん、この人は馬鹿だ。
 オカルトにするにももっと納得出来る事を言ってほしいものだ。

 解放軍とは、6等星以下の軍隊の総称である、いつの頃からか「解放軍」と名乗っていて、俺が住む上位等星と200年も戦争をしている。

 きっかけはどうだったかな…ちょっと覚えてないが、今でも小競り合いみたいなのは続いている。
 正直、今は誰も戦う理由なんて分からないとは思う。

 あぁ、それにしても眠い……
 駄目だ。体がポカポカしてきた。
 これは、寝るな、いや……寝るね!
 俺は、気付いたら机に突っ伏していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 俺は、何かに乗っているのだろうか?
 眼前にあるモニターには、上空へ向け何かが飛翔している。

『お前が! お前がぁあ!』
 俺は、必死にその『何か』を追いかける。
 悲壮感、焦燥感が俺の中を支配していくのが分かる。 

 だめだ、距離が縮まらない……

「止まれぇええええええッッ!」

 只ひたすらに目の前にいる何かを追いかける……
 一向に捕まえられる気配がしない……

 差し出す手を嘲笑うかのように、その『何か』は遥か上空へ向かって行く

「クソがぁあ! 返せぇええ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 キーンコーン カーンコーン

 チャイムが鳴り、1日の終わりを告げる
 机にキスして暇を潰していた俺は突然衝撃に叩き起こされた

ーードンッ
ーーびくぅッ!

「おう、王者サンド!またな!」
「ひぇ!? お、おう、またな」

 変な声がちょっと出た。
 夢か……

 俺は酷い寝汗を手で拭い、心を落ち着かせてほんの一瞬、深呼吸をした。
 うん、どうやら放課後まで寝てたらしいな。今まで起こされなかったのは、多分気を遣ってくれたんだろう。

『それにしても、王者ってなんだよ』

 あと数カ月で軍学校へ入学するまではこの呼び名は付き纏うだろうなと辟易していた。
 それにしても、変な夢だったなぁ

 既に周りのみんなは帰り支度を済ましている。俺もそれに習い荷物をまとめ教室を出ようとしたとき、天使に呼び止められた。

「お兄ちゃん、一緒にかえろ」
「おうよ」

 この天使の名前は『リュカ=ラシール』
 俺の妹でありまたの名を天使。異論は認めない。

 ほぼ一本道の長い欅通りの通学路をリュカのペースに合わせ歩いていく。
 ちょっと曇ってはいるが、程々に涼しくいい天気と言えるかな。

 去年、両親を亡くした時から時間がある時には一緒に帰っている。いい合わせた訳ではないが、お互いに「これでいいのだ」と思っている。
 と言うのも、先の軍学校に入学すると当分会えなくなることを知っているので、妹なりに気を使ってくれているのだろう。

 いや、妹じゃないな、天使だった。

 そんな巫山戯たこと思っていたら、結構な沈黙の間があいたようで、リュカが耐えきれず話題を振った。

「お兄ちゃん、そういえばさ……優勝したってことは、明日の新クライドンお披露目会行くの?」
「そりゃあ、将来俺が乗るかもしれないからな!」

 そう、クライドンマスターを優勝した俺にはある特典がついてきたのである。
 それとは、明日執り行われる、惑星アールの新型クライドンの発表式典に招待されたのだ。

 普通はこういった式典に参加出来るのは軍とマスコミ関係者だけであり、まだ一般人の俺には縁が無いと思っていたが、昨日の準決勝を終えた日に、もし優勝したら招待すると言われていた。

「でも、解放軍の偉い人も来ているのに怖くないの?」
「逆に安全さ。偉い人がいるなら解放軍も手を出して来ないだろ?」

 そう……とリュカは首を下げた。
 敵軍の関係者を呼ぶ政治に関してはリュカも俺もそれ以上考える必要はなかった。

「あ、お兄ちゃん知ってた? ウチの学校にもう一人発表会に招待された人がいたんだって!」
「『だって?』ってどういうこと?」

「あーっと、もうその人学校辞めちゃったんだって。だから『だって』」
「へぇ、そいつは初めて知ったなぁ」

 俺は素直に驚いていた。
 カムエールと言えば、惑星アール1番の都市だ。
 学校なんて自分が通っている区画以外にもあるのにその中から二人も軍関係のそれもトップシークレットなイベントに招待されるなんて普通ではない。
 どんな人なんだろうかと問いかけたい気持ちで逡巡しているとリュカがそれに答えた。

「かっこいい美人らしいよ! 私は見たこと無いけどね」
「へぇーそれは見てみたいな」

 と、同時に俺はクライドンマスター出場者では無いなとの確信も得ていた。
 すなわちそんな美人は居なかったのだ。

「お兄ちゃんすけべ」
「すけべではない、本能だ」

 その時、自分達のいる住宅街上空より、小型船と数機のクライドンがアールへ向け降下しているのを見つけた。
 平和なこの街にあり得ない光景を目の当たりにした俺とリュカは、しばし魅入ってしまっていた。

「うわぁー、すごいねお兄ちゃん」
「ああ、特にあの黒いのは……クライドンなのかな?
 カタログでも見たことないけど新型かなぁ?」

 そう感じていると、例の黒いクライドンがこちらに顔を向けているように見えた。
 どっかで見たような? まぁいいか。

「お兄ちゃん私怖い……」
「大丈夫だよリュカ。 でっかいコオロギだと思えば怖くないだろ?」

「いや、十分怖いけど」

 くだらない会話をしているとパラパラと小雨が降ってきた。

「リュカ、風邪を引いたらお兄ちゃん心配で明日に備えれない!  走って帰るぞ!」

 一目散に、それでいてリュカに気を遣いサンドは家路へ走った。

「待ってよお兄ちゃーん」

 こういうところが可愛いんだ。
 と、俺は追ってきたリュカに手を伸ばして答えた。
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