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3章 虚構の偶像

愛のために、巫女のために引受けましょう

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ーーーーサンド=ラシール

「サンドさん悪い人。です」
「え? 急になんで?」

「警備ロボをボコボコにした。です」
「あ、それでで引いてたの?」

 だってあれ虫じゃん! 変わった子だなぁ。
 そんなこんなで俺達はログハウスに辿り着いた。

「サンド、お帰りなさい。薬あった? てその子誰よ!?」
「は、初めまして。です。フェルミナ。です」

「詳しい話は後だ。今はユリウスにこの薬を」

 俺もまだフェルミナがどういう境遇なのか知らないしな。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「一発だったな」
「一発だったわね」
「一発デスネ」
「一撃必殺。です」

 フェルミナよ。殺しちゃだめだね。
 薬を飲んだユリウスは一発で大分容態が良くなっていった。
 フェルミナを見たときは流石にびっくりしてたけど、良くなったら話すから今は寝てなさいと言ったら

「うん……そうさせてもらうよ」

 と言って寝た。チャムの診断ではもう寝てれば大丈夫だろうとの事だったので、ひとまず安心だろう。

 俺達はユリウスに気を遣い離れた場所で適当に自己紹介を済ませ、フェルミナの話を聞くことにした。

「フェルミナ。薬ありがとうな。で、俺達に何をして欲しいのか教えてくれ」
「何でも言って頂戴。人殺し以外なんでもやるわよ!」

「聞いてほしい。です」

 その後フェルミナはチャムを抱き締めながら、自身の過去を含め、喋り始めた。

ーーーーーーーー

「ウ……、ヒグ。ふぇるみなぢゃん! がわいぞう!」
「これは、結構来るな」

 予想の3倍程重い話だった。クリスなんか泣きすぎて呂律が回ってない。
 ただ、少し気になる点があるな。

「そのレジャーってピエロ? の目的が分かんないよな」
「そんなのどうでも良いことよ! サンド、助けに行くわよ!」

 いや、クリス落ち着きなさいよ。
 まぁでも考えてもしゃあないかもなー。そのレジャーってのに直接聞いたほうが早そうだ。

「フェルミナ。俺達はその怪しい砂漠の方に言ってみるよ。悪いけどユリウスを診ていてくれないかな?」
「フェルミナちゃんも付いていきたいのは分かるわ。けど、私達に任せてくれないかしら」

「……分かった。です」

 少し不満そうだが、フェルミナは自分が居ない方が良い事に気付いたようだ。ちょっと心が痛むけどジャルールに3人は多すぎるしな。
 いや違う、フェルミナはもう充分頑張ったよ。あとは俺達に任せとけ!

「じゃあ早速行くわよ!」
「時ハ来タ! ソレダケダ!」

 ぷっ! チャム何言ってんだコイツ。意味分かんねーな。
 外に出るともう日が暮れて来た。
 クリスとチャムをジャルールに乗せ、俺達は一路砂漠へ向け出発した。

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「見えてきたわね!」

 辺りはすっかり夜だ。砂漠の夜は経験した事がないほど真っ暗闇で普通であれば何もかも見えない。
 ただ、そこは天才クリスが作ったジャルールである。暗視モニターに色彩補正をかけることで、ジャルールからは昼間のような光景で映し出されている。

 更に、音で警戒されないように砂漠に入ってからは、マナ珠を空中に拡げ、その上に寝そべりマナ珠を移動させる方法で進んでいる。

 正直しんどい

 クリスが言うように、モニターには大きな教会の裏側が見えてきた。

 チャムの検索によると、この教会とピラミッドは約1キロ程離れていて、入り口が向かい合うように建設されている。

 その間はほぼ一本道の街となっており、街と言ってもわざわざ其処で暮らす人は居ないため、10件程のお土産屋や、もの好きの宿泊施設しかないらしい。

「だいぶ近付いてきたな」
「そうね。まずは教会を調べましょう」

 すると、教会の近くに人の姿らしきものが見えた。なんか奴隷服みたいなのを着ているようにも見える。

「サンド、あの人拡大して見せて」
「了解」

 その人物を拡大表示する。するとクリスは苦い顔をした。その後チャムとコソコソ話している。

「なんかあったのか?」
「なんでもないわ」

 絶対に何でもあるだろ…
 その反応から察するに今は聞くなという事なんだろうが、気になるなぁ。

 俺は教会裏側にジャルールを止める。まだ誰にも気付かれていないな。

「サンド、生活ボタンの9番を押しといて」
「生活ボタン? ってこれか」

 ボタンを押して俺とクリスはジャルールを降りる。振り向くと驚いた事にジャルールの姿がない。

「マナを保護色にしてるのか?」
「あ、意外に賢いのね」

「おお、お前等新入りか! よく来たな!」

 突然声を掛けられ、俺とクリスは警戒する。さっきの男のようだ。クソ! ジャルールを見られたか?

「ところでお前等、どうやってここまで来たんだ? レジャー様に連れて来て貰ったのか?」
「ええ、そうよ。で、私達はどこで働くのかしら?」

「あーそこからか、まぁしょうがないな。あそこに見えるピラミッドだよ」
「今から行くのか?」

「馬鹿言うなよ。夜は休むもんだぜ! レジャー様も夜になるとピラミッドを閉めちまうからな。仕事は明日の朝からだ!」
「明日……てことは今日は何処かに泊まった方が良いんだな」

「いや、お前等新入りだろ? そうしたら最初はここの教会で洗礼を受けるんだ。レジャー様に聞いてないのか?」
「いえ、その後の話よ」

 ふぅー、危ない危ない。なんとか俺とクリスは奴隷服の男を誤魔化せる事が出来た。
 ジャルールも見られて無かったのようだし、この男を利用するか。

「私はクリス。こっちはサンドよ。よろしく」
「おう、俺はレオーネだ。来なよ! 教会に案内するぜ!」

 レオーネに連れられ、俺達は教会の入り口まで歩きながら情報を入手していく。

「ところで仕事ってどんな事するんだ?」
「その辺は明日からだな。今はとにかく人手が欲しいから助かるぜ」

「人手って今はどのくらい居るのかしら?」
「まぁ100人程かなぁ。数えたことはねえが」

「その仕事って…こぼしたりしたら怒られる?」
「そりゃー鞭5回は覚悟の懲罰だな。考えただけでも恐ろしいぜ」

 クリスは何か知ってるのだろうか?俺以上に深いところを探っている印象を受ける。
 あれ? そう言えばチャムは何処行った?

「とにかく、サンドって言ったな。1言言っておくぜ、巫女様に惚れて良いのは俺だけだ。そこだけは忘れるなよ!」
「は? あ、おう、分かったよ」

 急に何言ってるのこのオッサン?
 と言うより教会で『巫女』ってどういう事なんだろうか。

 教会内に入ると、レオーネと同じ服装の人達がズラっと数十人という単位で1列に並んでいた。

 それにしても大きい教会だ。数十人並んでいるというのに、入り口から結構歩いた。
 左右にはユグドラシルで出来た長机と長椅子が幾重にもあり、右側奥には100人は余裕で寝れる仮眠室などもある。

 クリスを前にして列に並ぶ。チラッと最前列を見ると、神父の横にいる巫女服の女性が1人1人声をかけ、奴隷服の人達を慰めているように見えた。

「まじで巫女だ。修道服じゃないんだ」
「あ、そう言えばそうね」

 クリスは違和感無く受け入れているようだ。俺がおかしいのかな?

 それよりも目に付くのは、その巫女さんに声をかけられた人達はとても幸せそうな顔をして教会を去っていく姿だ。

 ちょっと異常な感じが拭いきれないが、ここまで来て逃げれないしな。

 あと10人程といった所で、俺は巫女さんの語りかけている台詞に違和感を覚えた

「今日も頑張りましたね。あなたはまるで……ええっと、砂浜の上の葡萄のよう」
「ありがとうございます! 巫女様!」

 言われた女性は感動で泣き腫らしながら列を抜けていく。
 砂浜の上の葡萄? どういうこと?腐るよ?

「1日お疲れ様でした。あなたはまるで……夢に出てくる芋のよう」
「感激です! ありがとうございます!」

 いやいやいやいや感激しねえだろ! 夢に出てくる芋って何だよ!? 少なくても褒めてねえよ!
 クルっとクリスが振り返る

「ねえ、サンド、あの巫女さん何言ってるの?」
「いや、俺も分からん」

 例えにしてはあまりに雑すぎる。というか意味が分からない。
 辺りを見渡すと、教会内にある沢山の壁画や絵画が目についた。
 『砂浜のヴィーナス』『食卓に並ぶフルーツ』『収穫祭』などのタイトルがついた絵が目についた。

 え? まさか。いや、まさかそんなことは……

「あなたの頑張りで皆が救われています。あなたはまるで……」

 あ、キョロキョロしてる! これはもしや!

「収穫されたヴィーナスのよう」
「巫女様! ありがとう!」

 決定的だった。この巫女さん、いや、巫女って時点で疑うべきだった。設定も例えも適当すぎる!

 クリスに真実を伝えるか迷っている内に、クリスの番になってしまった。
 頼む神様! クリスが大人しくしていますように!

 クリスは巫女と神父のいる壇上にあがると、ズバっと言い切った

「アンタさぁ、さっきから何言ってるの? 意味わかんないんだけど」

 言っちゃったぁー! クリスさん言っちゃたー!
 と、とりあえず止めないと!

「ちょっとクリス、やめとけよ」

 振り返るクリス。俺はその時、流石に言い過ぎたとクリスは巫女さん達に謝罪するのかと思っていた。
 そう思っていた時期が、俺にもありました。

「え? なんで?」
「なんで!?」

 『なんで』と申されたかクリス殿!
 なんて奴だ! 手に負えない!

「フフフ、大丈夫ですよ。見たところ新しく来た方のようですね」
「すみません、うちのクリスが」

「良いのですよ。ヒース神父!」
「はい、巫女様。こちらに」

 そう言うと、神父さんが2枚のパン生地のような食べ物を巫女様に渡した。

「こちらは洗礼のパンです。儀式的なものですがどうぞお食べ下さい」

 巫女様はそのパンを1つ手に取り、クリスの口へ持っていく。

「なるほどね」

 小声でそう呟いたクリスはそのパンを食べた。続いて巫女様は俺の口にもパンを持ってくる。

「さ、あなたもどうぞ」

 そのパンを食べると、とても体がポカポカしてきた。
 ああ、心地よくなってきた。頭がボーっとするなぁ。何も考えられない…

「あなた達はレジャーの元で働いて貰います。逆らってはいけません。良いですね?」
「「はい」」

 俺とクリスは揃って答える。と言うかクリスいつまでパン食ってるんだ。あとそんなガリガリ咀嚼音鳴るか? 普通?

「疲れたら私の言葉を聞けばとてもスッキリします。良いですね?」
「「はい」」

 あー、言われてみると巫女様の言葉がとても愛おしい思える。
 なんて綺麗な人なんだろう。美しい! 美しすぎる!

 明日から真面目に働かなきゃ……

 レジャー様と巫女様のために…働かなきゃな
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