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3章 虚構の偶像

紫色のスープ

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ーーーーピラミッド

「聞いてよサンド、ブローノったら酷いのよ! 急に私を縛り付けて監禁したの! おかげで巫女様のお声が聞けなかったわ!」
「あー、お前もかクリス。俺もなんか目が覚めたらもう朝になっててさぁ……なんか寂れたサラリーマンの気持ちって言うのが分かったぜ」

「まったく、早く巫女様の声が聞きたいわ」
「そうだな。今日一日がんばろうな」

「新入り! 私語は慎むのよ! それじゃ、朝の体操始めるのよ~!」

 全員揃った事を確認したレジャーは恒例の体操号令をかける。少しブローノが緊張しているように見えたが、気にする程では無かった。

『わーくせーいーのーあーさが来たー♪ おー月様ーはバーイバイ♪』

 朝の準備体操を終え、レジャーの朝礼の後、サンド達はそれぞれの持ち場へと移動していく。

『この体操ジャンプが多すぎるわ』

 手に隠し持ったユグドラシルを落とさないように、なお且つ誰にも悟られないように人一倍気を張っていたブローノは、第一の難関である体操を乗り越え1人安堵していた。

ーーーー昼前

「クリスさん凄いペースですね。こういった加工技術は何処かでやってたんですか?」
「まぁね! アールが産んだ天才とは私のことよ!」

 とても素人とは思えないその手さばきに、ウノは驚嘆する。
 通常、仕事に慣れるまでは1週間ほどの教育期間をレジャーの指示で設けているが、クリスは昨日少しやった程度でここの工場のシステムを完璧に理解しているように見えた。

 決してサンドが劣っている訳ではなく、クリスが異常なのである。
 クリスに負けじとサンドは自分の力以上の仕事量をしようとするが、現在は彼等が暴走しないよう止めるのがウノの役目となっていた。

「サンド君も物覚えが良くて凄く助かりますよ」
「そうですか? でもクリスのほうが」

「私に適うなんて100年早いのよ。あ、サンドは寝てて良いわよ。私1人で全部やったげるわ」
「そこまで言うか!? 見てろよ~俺だって!」

「まぁまぁ、二人共落ち着きましょう? ね?」

 やっている事は良くないが、よくある風景が工場内に広がっている。
 しかし、次のサンドの1言で事態は大きく動き出す。

「フェルミナって今何してるんだろうな?」
「あー、ユリウスも心配ね」

「今、なんておっしゃいましたか!?」

 戸惑い、驚愕、歓喜などが混ぜ合わさった表情をするウノが二人の会話を遮る。
 その威圧感に二人はありのままをウノへ告げる。

「いや、フェルミナとユリウスが今一緒にいるからどうしてるかなって……」

「フェルミ?私は……レジャー様に……仕事……うぅ」

 頭を抱えその場に倒れ込むウノ。その光景にサンドとクリスは堪らず介抱する。

「おい、ウノさん! 大丈夫か!? おい!」
「大変、レジャー様! ウノさんが……ウノさんが大変なの! 早く来て頂戴!」

「うぅゥ……フェル、ああ、頭が、痛い! アアアアアァァァァアアアア!!!」
「ちょっとッ! 何事なのよ!」

ウノに駆け寄ったレジャーは、その条件を見て血相を変えた。
 サンド達を押しのけ、首元と目を確認しする。

『まさか! 発作が出たっていうのよ!?』

 レジャーはサンド達の発言には耳を貸さず、ウノを抱きかかえた。

「いい事! お前達は、仕事に戻るのよ! 今まで通り、普通に仕事をするのよ!」

「「はい、レジャー様」」

 レジャーの指示にサンドとクリス、それを見ていた奴隷達は逆らえず、虚ろな目で了承する。
 そして、まるで何も無かったかのように自分たちの仕事へと戻っていった。

「昼の号令は、、そうね…ブローノ!お前に任せるのよ! 私はちょっと出掛けるのよ!」

 突然の指示に驚いたブローノはレジャーの方向へ振り返るが、返事をする前にレジャーは出ていってしまった。

 人生で1番の集中力で仕事をしていたブローノは、一体何が起きたのか分からず、そこには居ないレジャーへとりあえず返事をしていた。

ーーーー教会

「巫女! 開けるのよ! レジャーなのよッ!」
「どうかしたのですか? レジャーその子は!」

「発作なのよ!」
「とりあえずこちらに!」

 祭壇近くへとウノを運び、その手を巫女は優しく握る。

「落ち着いて。大丈夫よ。大丈夫だから」
「アアァァア!頭がぁあ、み、巫女さ……い」

 巫女の声を聞いてほんの少しであるがウノの症状は和らいだように見えた。

 ただ、今までの経験からこれが杞憂であることを知っている巫女は、知っていても尚、治ると信じて声をかけ続けた。

「わ私はだレ! 巫女さダ……ガァアア! フェル……ぎゃあああああッ!!!」

 体を海老反りにし、激しく痙攣を起こすウノ。巫女はそれを見て、より一層声をかけ続けていく。

 しばらくするとヒース神父が巫女とウノの元へ駆け寄ってきた。

「ああ、何という。また1人此処を去って逝くのか!?」
「神父。私はもうこんな事には」

「それは、なりません巫女様。この者はせめて、苦しまぬよう」
「私は、最後まで諦めたくありません!」

「ガアアアアアア!! 痛い痛いぃい! 殺して!? だれかああ!」

ーーーードーーン! ドーーン!

「開けろぉおおお!!!」
「そこに居るのは分かってんだぞ! 開けろ!」

 その時、教会の扉が何者かによって叩きつけられるような轟音と怒号が響き渡る。
 その音に最初に反応したのは神父であった。

「こ、こんな時に賊か? えええいレジャー何をしている! 制圧せんか!」

 そう言い残し、神父はレジャーどこぞに消えたレジャーを探しに教会奥まで走っていってしまった。

「いぎゃあああ! ワタ……コロし? イタいたすけ!」
「大丈夫! 私がついてるから大丈夫!」

 ウノを強く抱き締め、巫女は只ひたすら、幾度となく繰り返していく。

ーーーーほんの少し前 ピラミッド

「今日の昼食担当はクリスとサンドか」

「ああ、クリスがわけ分かんない物ぶち込むから苦労したぜ!」
「何よそれッ! 隠し味は料理の醍醐味でしょう!」

「じゃあ隠せよ! スープにブルーベリージャムは隠してねえんだよ!」

「まぁまぁ二人共、ああそれと、クリス、昨日は済まなかったね。代わりに配膳は私が受け持つわ」

 たまたま出た『隠し』と言うワードにブローノは内心ヒヤヒヤしていた。
 クリスは自分を見るなり敵意を向けて来たが、謝ったら許してくれたようだ。

 惑星体操をする広場には、昼食のため大机と椅子が並べられている。
 クリスへの贖罪に配膳を担当する事となったブローノは、なるべく自然な形で大鍋の入ったスープの前に立つ。

『さぁ、フィナーレだな』

 サラサラと解毒剤をスープに入れてかき混ぜる。
 きっちりと人数分スープをよそい、後は号令を待つだけとなった。これで、準備は整った。

「さぁ、今日は新人がとっておきのスープを作ってくれた! 先ずはこの美味しそうなスープから飲んでくれッ! それじゃ!」

「「いただきます!」」

「「!!!!!!」」

『『不味い!!』』

ーーーーカラン カラン  カラン カランカラン  カラン

 あまりのスープの不味さのせいでもあるが、号令と共に食べた皆一斉にスプーンを落とす。

…………

 しばしの沈黙の後、ガタッ!と椅子から立ち上がったのはクリスであった。

「ブローノ感謝するわ!」
「こちらこそさクリス。貴方のおかげよ」

「俺は一体ーー」
「記憶が…そうだ私はーー」
「あんな例えが下手な巫女に心酔していたなんて! 恥ずかしいわ!」

 それぞれ、自分の状況を確認する作業に手を焼いている。その中には当然サンドもいる。

「クリス、お前が助けてくれたんだな?」
「ええ、私とブローノのおかげよ」

「みんな、戸惑いはあるだろうが聞いてくれ! 
 私達はそこに居るクリスが作ってくれた解毒剤のおかげで正気に戻る事が出来た! 私達のいる場所はここではない! 敵は、教会にある。行こう皆、この悲劇を終わらすんだッ!」

「「うぉおおおおおおおおおお!!!」」

 ブローノの号令により、奴隷達はこぞって教会へと向かう。

「サンド、貴方はジャルールに乗って!」
「分かった。クリスはどうする?」

「私はあの教会を調べるわ。凄く嫌な予感もするし、何よりウノがここに居ないのが気持ち悪いのよ」

 そう言い、お互いに別行動をしようと決断した時、サンドはレオーネとブローノに声をかけられた。

「サンド、申し訳無いが、出来ればレジャーは殺さないでくれないか?」
「ああ、俺からも頼むぜ。なんか俺達、あいつには恨みはあるが憎めねえんだよ」

「確かに、まるで俺達を気遣う素振りもあったしな。出来るだけやってみるよ」
「「頼む」」

 方やクリスは、心配をかけた親友と再開していた。

「チャムごめんなさい! 寂しかったわよね」
「マッタクデス。モウコンナ危険ハダメデスヨ」

 お互いに無事を確認しあい、安堵する。
 クリスは一緒に教会に行くかと問いかけるが、チャムは何故かそれを拒否した。

「マダ、少シ仕事ガ残ッテオリマス」
「分かったわ。無茶はしないでね」

 そう言い残し、クリスは教会へと向かった。

 サンドはレジャーに、クリスは巫女と神父に。
 戦いが今、始まるーーーー
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