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3章 虚構の偶像

閑話 サンタクロースにサンド苦労す

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────サンド=ラシール

 これは俺とユリウスとミーカが第5等星『ファイゴ』へ向かう2日前の話。

 俺はユリウスの目の包帯の交換をすべく、備蓄倉庫の医務室にいた。
 そこには「私が看病するです!」と俄然とやる気を出すフェルミナも居て、とっとと包帯を交換すると、他愛のない会話をしながら3人で過ごしていた。
 と、途端に神妙な顔つきになったフェルミナが俺たちに向き合った。

「あの、2人に質問がある。です」
「ん? どうした急に改まって」

「あの、サンタクロースさんってどこに居るのか知ってますか? です」

「サンタかぁ……」
「サンタクロース……うーん」

 俺とユリウスは瞬時に顔を合わせる。
 うん、とお互いに頷き、フェルミナの夢を壊してはいけない作戦を取ることとにした。

 少し困ったのは「サンタは居るか?」ではなく「何処に居るか?」と聞かれた点だ。
 俺は自然にその事についてフェルミナに聞いて見ることにした。

「どこにいるか? って何か知りたい理由とかあるの?」
「はいです。私、サンタさんに謝らなくちゃいけない。です」

「……どうしてかな?」
「去年、良い子にしてなかったから来なかったです……プレゼントはいらないので謝りたいです」

 泣きそうな顔でフェルミナはサンタさんに対する想いを告げた。
 フェルミナは長年、この倉庫で過ごしていた。
 段々と気づき始める年齢に差し掛かってもおかしくはないが、生活環境が特殊なだけに俺とユリウスは黙り込んでしまった。
 
 再度、俺とユリウスは顔を合わせる。そして頷く。
 うん、本当の事なんて言えないよねー。

「あー、そういう事か。だったらあれだ、多分サンタさんプレゼント渡すの忘れてただけだと思うぜ。なぁ? ユリウス」
「……うん、僕とサンドで問い合わせて見るよ。フェルミナは良い子だから大丈夫さ」

「本当です!? サンタさん来るのです?」

「ああ、任せろ。ただ、会うのは出来ないんだ。サンタさんは見られると死んじまうからな」
「死ぬのは嫌です!」

 あ、ヤバい。余計な事言った……
 ちょっとユリウス! そんな目で俺を見るな!
 包帯でぐるぐる巻にされてても睨まれるのスゲー怖いんだって。

「……死ぬのはサンタとしての能力だよ。だからフェルミナ。大丈夫だ」
「ぐす……なら良かった。です」

 ナイスフォローユリウス! 流石歴戦の剣士だね。

「じゃあ、僕はフェルミナを見てるから、サンドはちょっとサンタに連絡をとってくれるかな?」
「フェルミナ、ユリウスさんを看病して待ってる! です」

 そう言って、フェルミナはユリウスのベッドに座った。
 ん? 俺だけ? とチラッっとユリウスを見たら、思いっきり顔を逸らされた。
 ほーん、なるほどね。俺一人でやってこいと。

 きったねーユリウス! 何が歴戦の剣士だよ。

 ただまぁ、ユリウスが歩き回ったらクリスが滅茶苦茶キレるだろうし、しょうがないか。

「サンドさん。お願いします! です」
「おう、任せとけ」

 俺はとても良い笑顔でフェルミナに返事をした。
 と言っても、どうすれば……うーん……

 リュカ──俺の妹は基本食い物でどうにかなってたけど、きっとラシール家だけの慣わしだもんな。

 とりあえず、この年代の女の子が喜びそうなプレゼントとやらが分からなかったので、女性陣に聞いて見ることにした。
 
 ジャルールをすっ飛ばし、俺は砂漠へと向かった。
 そこでは100人近い奴隷(だった)もの達が交代で宇宙船の造船で働いていた。

 俺は、そこで現場指揮をとっていたウノに話しかけた。
 ウノは最後までフェルミナと一緒に暮らしていた奴隷であり、ある意味1番良くフェルミナの好みを知っているはずだ。

「ウノさん、実は──」
「ごめんなさい。私がプレゼントを渡していれば……ぐす……」

 しまった、泣かせてしまった!
 きっと晩年はプレゼントをどうこうする状況じゃなかったのは俺だって想像がつく。

 責めている訳では無いという弁解にそこそこ時間を要してしまった。
 俺はただ、プレゼント何がいいか聞きたかっただけなんですよ!

「そうですね、良くおままごとで遊んでいたので人形とかはどうでしょうか?」
「なるほど、人形かぁ」

「ただ、毎年プレゼントする人形はストックが無くなってしまって……」
「ああ、そういう事ですか」

 そりゃ、最後の年は渡せないよね。

「ちなみにですけど、いい感じの人形って何処かにあったりします?」
「すみません、わかりかねます」

 ですよねー。
 ウムム、しかし人形かぁ。俺には作れないなぁ。

 俺が悩んでいると、この話の一部始終を聞いていたブローノが話しかけてきた。
 ブローノもフェルミナと共に倉庫で暮らしていたメンバーだ。
 ウノより前に砂漠へ出払ってしまったブローノは、きっとこの話に思うところがあったのだろう。

「聞いていたよ。実は『人形』は私が毎年作っていてね。綿がもう無くなってしまって作れなかったんだ」
「なるほど」

 この何も産業がない腐星では『綿』でさえ貴重な物資だったのだろうと想像がつく。
 問題は、今も綿が無いと言うことだ。

 プレゼントは毎年恒例だった人形にしたい。ただ素材が無いと。
 綿が無い……綿じゃないもの……

「ユグドラシルで作ったら……」

 ポロリと言った俺の発言に、ブローノとウノが食いついた。

「良いんじゃあないか。木彫りの人形も中々乙だ。木片は作業で余るし、私が作ろう」
「裁縫なら私でも出来ます。お洋服は任せて下さい」

 フェルミナのプレゼント計画がどんどん進んでいく。
 いやぁ、言ってみるものだね。

 俺たちが盛り上がっていると、教会から息を切らして走ってくる女性が見えた。
 そう、あれはハーレーだ。

 ハーレーはフェルミナの実の母親であるが、色々事情があってブローノ達にフェルミナを預けていた。

 昨日、ようやく母娘の再開を果たしたばかりであるため、俺は気を悪くさせないようにハーレーには話をしないつもりであったが、様子から察するに俺たちの話を聞いていたらしい。

「あの、娘のプレゼントと言う事ですが……詳しく聞かせて貰えませんか?」
「ハーレーさん。分かりました。実は──」
 
 俺はハーレーにも事情を話す。
 ハーレーは涙ぐみながら話を聞き終えると、ポケットから沢山の装飾品を取り出した。

「巫女服についていたものですが、これも使えませんか?」

 それは、何処かで安い演劇をする時に使うような、安めのアクリルを使用した代物だったが、ブローノなどは「扱いやすくて良い」と言っていた。

「ありがとうございます。私は手先が器用ではないので……ブローノさんウノさん、そしてサンドさん。お願い致します」
「はい、ハーレーさん。任せて下さい」

 そうしてブローノ達は人形作りに取り掛かった──

───────────

 数時間後──

「サンド。出来たぞ」
「急ごしらえにしてはかわいいですね」

「おお、ありがとうございます!」

 俺は少し感動した。
 ブローノとウノが持ってきたそれはとても可愛らしいタキシードを着た『ウサギの人形』だった。

 木彫りなので手足は細いが、それが逆にいい味を出している。
 目の部分にはアクリルの赤い石をつけて、ひと目見ただけでもウサギと分かるようになっていた。

「タキシードてのが良いですね」
「今まで女の子の人形しか無かったから、挑戦してみたんです」

 誇らしげにウノは自慢のタキシードについて語った。
 俺もブローノも、彼女の贖罪に協力出来て良かったと心から思った。

 そこにやってきたハーレーも、その可愛らしいウサギの人形に目を輝かせ、ブローノとウノにお礼を述べていた。

「じゃあ、これフェルミナに渡してきますね」
「ああ、本当なら私たちがやるべきなんだろうが、すまないね」

「サンドさん、よろしくお願いします」

 挨拶もそこそこに、俺はフェルミナにプレゼントを渡すべく、倉庫へと戻った。

──────────

「ん? サンドかい? おかえり、どうだった?」
「おう、バッチリだ。で、フェルミナは?」

「晩ごはんを作ってるよ」
「そっか。ならサンタらしく寝てから置いとくか」

「……それが良いね」

 そうして、ユリウスにフェルミナがご飯を食べさせている間に、俺はクリスの部屋に行った。
 クリスの部屋というよりは、図面やら、ユリウスの仮面やらを造るただの作業室なのだが、形式的にそう呼んでいる。

「クリス、起きてるか?」
「寝れる訳ないでしょ! やる事多すぎるのよ!」
「クリス、怒ルト老ケマスヨ」

 何故か怒られた……

 まぁ、一ヶ月で宇宙船を作ろうとしているのだから、大変なんのは重々承知なので、簡単にフェルミナのサンタの件について話す事にした。

 言わなくてもいいけど、なんか、仲間はずれにするみたいで嫌だったからさ。

 ちなみにクリスの横にいるのは『チャム』というクリスが作ったロボットだ。
 なんとこのロボット、自我を持って喋るのだ。
 それでも怖いが、何より怖いのがこのチャムはクリスが一人で作ったという点だ。
 天才……恐るべし

「クリス、チャム、実はな──」


「ソレハ、トテモ良イ行イデスネ」
「へぇ、ちょっとその人形見せて。ああ、ユグドラシルなんだ」

 俺がウサギの人形をクリスに渡すと、クリスは「結構かわいいじゃない」と簡単に感想を言いながら、その人形をギュッと抱き締めた。

 妙に神々しいその光景を俺とチャムはじっと見ていた。
 しばらくすると──

「……オハ……ヨ。オハヨ……」

「喋った!!」

 なんとウサギの人形が喋りだしたのだ!
 恐怖と驚愕が纏まった感情が俺に襲いかかる。

「どどどど、どういう事!?」
「どういうって、ただ喋っただけじゃない? チャムはもっと喋れるわよ?」

「そういう事じゃねーよ!」

 いや、もう訳が分からん。
 チャムの方を向くと「強クナリマシタネ」と師匠みたいな事を言っていた。
 
 俺が落ち着いた頃に詳しく聞くと、クリスにはそういった才能があるらしい。
 そして、その力はこの砂漠に来て強くなってるという事だった。

 まぁ、ならそれでいいです……

 その後、チャムがその人形に抱きつくと、「コレ、モウ少シ増ヤシテ、ネットワークヲ……」と理解しかねる話をクリスとしていた。
 話についていけなくなった俺は、人形を持って部屋を出た。

 
 子供のプレゼントとしては、少し飛びっきりな物へと変貌したが、まぁいいだろう。

 ユリウスの様子を見に行くと、既にフェルミナは看病疲れでユリウスのベッドの上で寝ていた。

「フェルミナは、もう寝ているか」
「……サンド、何かあったのか? 声に覇気が無いが」

「いや、んんっと。後で話すよ」

 俺はフェルミナを起こさないように、慎重に寝室まで運んだ後、そっと喋るウサギ人形を枕元に置いた。

「南無三」

 果たしてフェルミナは喜んでくれるだろうか?
 後は野となれマウンテンとなれである。

──翌日

「ふぉおおおおおお! サンタさん来たです! ウサちゃん喋るのです!」
「フェルミナ……カワイイ」

 フェルミナは目を輝かせ、頬を赤くし、倉庫内を走り回って感動を伝えている。

「サンドさん! 見て欲しいです!」
「へぇ、かわいいね。フェルミナが良い子にしてたからだね」

「嬉しいです。この子は『なむさん』って言うみたい。です」
「ん? なむさん……?」

 そこで俺はハッとする。

 そう、俺は知っている……
 このまだ情報量が無い人形に『ナムサン』と唱えた人間の正体を、俺だけが知っているッ!

 これは、そっとしておこう……

 俺は悪くない。全て、あれだ。クリスが悪い。

 それにしても、来年のサンタは大変だろうな
 俺は、ハードルの上がったサンタ事情に心の中で合掌した。
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