禁じられた湖のほとりで

新井 岳

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第二章

破滅

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夏目透と佐伯香織の関係は、静かに、しかし確実に崩壊へと向かっていた。それは、まるで湖面に投げ込まれた小石が、やがて大波となってすべてを飲み込むように、ゆっくりと、しかし確実に進行する破滅だった。
 香織の夫、佐伯健一は、妻の異変に気づいていた。週末の不自然な外出、スマホを肌身離さず持ち歩くようになったこと、そして、何よりも、家庭での彼女の心ここにあらずといった様子。健一は、香織が自分に隠し事をしていることを確信し、探偵を雇った。
 一方、透の妻、夏目由美もまた、夫の些細な変化に違和感を覚えていた。残業が増えたというのに、どこか楽しそうな透の顔。休日の出勤が増えたと嘘をついて、透がどこかへ出かけていることを知った由美は、透のスマホをこっそり覗き見た。そこで彼女が見たのは、香織との親密なメッセージのやりとりだった。
 由美は震える手で、そのメッセージをすべて自分のスマホに転送した。彼女の心は、怒りや悲しみ、そして裏切られた絶望でぐちゃぐちゃだった。そして、彼女は決意する。この秘密を、もうこれ以上、透と香織に好き勝手にはさせない。
 由美は、探偵の報告書を手にした健一に連絡を取った。二人は、それぞれの配偶者が浮気をしていること、そしてその相手が互いの伴侶であることを知った。二人は、静かに、しかし確実に、透と香織を追い詰める準備を進めていった。
 その日、透は香織といつものカフェで会っていた。二人は、来週はどこへ行こうか、子供の話をしよう、と未来を語り合っていた。しかし、その瞬間、二人の目の前に現れたのは、鬼のような形相をした由美と、氷のように冷たい眼差しを向ける健一だった。
 「透、この人、誰?」
 由美の震える声が、静かなカフェに響き渡る。透は何も言葉を発することができなかった。香織もまた、目の前の光景に言葉を失った。
 それからの日々は、地獄だった。
 由美は、透に離婚を突きつけた。慰謝料は請求しない。その代わりに、透から娘の親権を奪う、と。透は由美に謝罪し、必死に許しを請うたが、由美の心は冷え切っていた。
 「娘は、お父さんが他の人と会っている間、ずっと寂しかったんだよ。そんなお父さん、もういらない」
 由美のその言葉は、透の胸にナイフのように突き刺さった。
 一方、香織もまた、健一から離婚を切り出された。健一は、香織との関係を修復するつもりはないと告げた。息子もまた、母親の行動を許すことはできなかった。香織は、一人、家を出ることになった。
 透と香織は、お互いに連絡を取ることもできなくなった。二人の携帯電話は、それぞれの配偶者によって監視され、連絡を取ろうとすれば、すぐにバレる状態だった。二人は、完全に孤立した。
 透は、一人暮らしを始めた。仕事でもミスを連発し、同僚からも白い目で見られるようになった。週末、娘に会えるのは、月に一度だけ。しかし、娘は透と目を合わせようともしなかった。透は、ただただ、後悔の念に苛まれる日々を送った。
 香織もまた、実家に戻ることになった。母親からは、自業自得だと言われ、近所からの好奇の目に晒される日々を送った。彼女の心には、もう透と会うことへの願望はなかった。ただ、自分を責め続けるばかりだった。
 二人がかつて会っていた湖のほとりには、もう誰もいなかった。静かで美しい湖は、二人の心を映し出す鏡のようだった。しかし、その鏡はもう、透と香織の顔を映し出すことはなかった。二人の関係は、湖に広がる波紋のように、静かに、しかし確実に、すべてを壊して終わったのだった。
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