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ラッキー再会

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「なあ、おい。この方角……お前の村というのは本当にこっちで合っているのか?」

 魔王城を出発しておよそ半日。
 鬱蒼とした森の中を歩きながら、不安そうにきょろきょろ見回してデミリアが言った。

「大丈夫だってば。アタシの小さい頃はもっと安全だったから、ここらへんの森まで全部遊び場だったのよ。いくらアタシの運が悪くっても迷うわけない。あんたって、そんなに方向音痴なわけ?」

「う……まあ、それなりに迷うほうではあるが」
 魔運のデミリア将軍は、隣国を攻めるにも大回りに大回りを繰り返し、結果、ありえない方角から攻め込むという天然の策士だった。無論、率いている兵からは不平を言われ、他の将からは罵倒される。

「だが、わたしが言っているのはそういう漠然とした話ではない。エミリアには先日話したであろう? わたしの生い立ちのことだ」

 先日とは、エミリアが生贄とされた日のことである。
 ただ気絶させて運ぶだけの役割だったはずのデミリアだが、つい話し込んで――というか一方的に自分の不運話を話し続けてしまった。
 エミリアはエミリアで自分を不運だと主張して譲らないため、どちらのほうがより不運レベルが上なのか競うような言い合いとなったものだ。

 その不毛な会話を思い出したのか、エミリアはすこし呆れた感じで、
「ああ、あんたが育ったっていう悪魔の森だっけ。エルフの里を追い出されたあんたが悪魔のような真っ黒い剣士に拾われたのよね? あれもこっちのほうだった?」

「こっちのほうというか……ここなんだ」
 デミリアが立ち止まる。

 大きな樹木と、きれいな水の張った湖。
 そこは自然に満ちた暮らしやすそうな土地だった。

「え、嘘。ここ?」
 先を急ぎたい気持ちを抑え、エミリアもすぐに立ち止まった。

 忘れていたがコータローはすでにぼろぼろである。
 美女ふたりとの旅に浮かれまくり、胸と尻の話を延々し続けた結果だ。
 いわく、デミリアの巨乳は神の造形物だが尻は筋肉がつきすぎているだの、エミリアの魅力はパンツの可愛らしさではなくその奥の尻にあるだの、そんなことを殴られながら本当に幸せそうに語るのだった。

「胸のデミリアと尻のエミリア。オレのパーティが完成されすぎてて怖い。――あ、これラノベのタイトルいけんじゃね?」
 そう言ったところでデミリア&エミリアの二点同時荷重ツープラトン攻撃が見事に決まり、「ぐえあ」的な謎の音声を発したきり、ちょっとだけ静かになっていた。

 そんなコータローを汚いものを見る目で見ながら、エミリアは、
「ここなわけないわよ。だってここって、もうアタシの村のすぐ近くだもの。悪魔の森だなんてとんでもないわ。あのきれいな湖には神聖な力があって魔物も近寄れないから、木の実や魚を獲るために村の人たちがしょっちゅう立ち寄っているのよ?」

「でも……間違いないと思う」
 そう言って、デミリアが付近の岩肌を叩くと、苔のついた土がぼろりと崩れて洞穴が出てきた。
 中を覗くとすでに苔で覆われていたものの、鍋や皿などの食器類、最低限の寝具など、人がかつて生活していた雰囲気があった。
「ほら、この穴だ。ここでわたしとあの剣士――タナさんは暮らしていたんだ」

「暗黒剣士タナさん。本名はタナカさんと見た」
「うるさい!」
 何を言っても殴られる勇者。まあ自業自得。

「タナさんはタナさん、それ以上でもそれ以下でもない。突然変異のダークエルフだからという理由で村を追い出されたわたしの、命の恩人なんだぞ。むちゃくちゃ厳しい修行の日々だったが、それだってずっと『お前は将軍になるから』って、そう……信じてくれて……」

 言いながら、デミリアの目から大粒の涙がこぼれてきた。
 上を向いてこらえようとするが、次から次へと溢れ出て、止まらない。
 思い出の地でいろいろと思い出すことがあるのだろう、デミリアは結局、空に向かってわんわん泣きながら移動を再開することになった。

 コータローもエミリアも、黙って歩いていた。
 ふたりそれぞれに、頭をフル回転させて。

 コータローは思う。
「タナさん。棚……? いや、やはりここはタナカさんで間違いない。日本人! そうなるとオレと同じ転生者なのではなかろうか。そしてデミリアのあの感じ、もしかして元カレ!? 未練あるっぽい? うわ~なんか複雑な気持ち~。タ・ナ・カの野郎~!」

 エミリアは思う。
「デミリアもアタシもどっちも勘違いしていないと仮定すると、。これしかないわ。つまり結界魔法か認識阻害魔法。タナっていう剣士と一緒にいたとデミリアは言うけど、そいつ、本当に剣士だったのかしら。怪しいわね。それに――」

「もしここが悪魔の森だとしたら、デミリアが追い出されたエルフの村なんて、どこにもない。この森にあるのはアタシが暮らしていた人間族の村だけ。存在しないエルフの村を追い出され、誰からも見えない結界の中で修行を強いられていたのだとすれば。デミリア、あんたはいったい……?」

 エミリアが横を見ると、まじめな表情のコータローと目が合う。
 タナのことをもっと訊くしかない。
 ふたりとも同じ思いで、うなずき合った。

 コータローがジェスチャーで、オレが訊く、と示す。

「なあデミリア、ひとつだけ教えてほしいんだけど……。その、タナってやつはデミリアにとって父親ポジション? それともやっぱり元カ――」
 エミリアの蹴りで吹っ飛んでいった。

「デミリアごめんなさい、大事なことだからひとつだけ訊かせて。タナさんは生きているの?」

 問われたデミリアは立ち止まり、下を向いて首を振った。
 涙が落ちる。

「タナさんは、魔獣の群れからわたしを守って……。タナさんが息を引き取ったあとの記憶はわたしにはないのだが、気づいたらわたしは魔王軍にスカウトされていた。どうやらわたしは逆上し、怒りに任せて魔獣たちを殺し尽くしていたようだ。その姿が、魔王様たちに評価されて今のわたしがあるのなら、それはとても皮肉なことだ」

「そう……ありがとう。もうすぐ村に到着するから、今日はもう無理せず、ゆっくり休みなさいね」

 泣かれると調子が狂う。
 生贄としての自分を儀式の間に運んだ敵――という認識は元からそんなになかったが、すくなくとも慰めあうような仲ではなかったはずなのに、とエミリアは思った。

 そして、エミリアの言葉どおり、

 ほんの数分歩いたところで村の入り口が見えてきた。

「あら? 門のところに知らない人がいるわ。旅人かしら」

 集落を囲う柵の途切れたところが門のようになっており、そこで、不吉な感じの黒っぽい鎧を着た二十歳そこそこの男が、村人らしき中年男性と会話している。

「えっ? タナさん!?」

 黒い男を見たデミリアは叫び、弾かれたように全力で駆け出していた。
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