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ラッキー女神
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最強とは、こういう存在のことを言うのだろう――
デミリアは、そんなことを思っていた。
鉱山の奥、開けた空間となっているその場所に、そいつは浮かんでいた
「あれ~? なんか、見たことある感じだよね?」
タナカを見て楽しそうに問いかける。
真っ白い羽根、真っ白い肌、ふわふわで子どものような金髪。
無邪気な笑顔をたたえて洞窟内に浮遊するその存在には、たぶんどんな攻撃も、どんな害意も意味をなさない。
腕力には自信のあるデミリアだったが、攻撃を行うより早く『絶対に効かない』という不思議な感覚が襲ってきて、ただ見上げていた。コータローにツッコミを入れるときに、全力でも怪我の心配を一切しないで殴る、あの幸運を信じる感覚に似ていた。それの、もっと遥かに強力なやつだ。
暗い目をしたタナカが言う。
「……幸運の女神、テュケ。コータロー殿はどうした?」
デミリアたちが洞窟の奥へと急ぐあいだ、外ではコータローが足止めしていたはずだった。
奥にはたどり着いたので、たしかに若干の時間稼ぎはできたようだが――
「えっ、コータロー? なんか飛んでっちゃった」
テュケは、あっけらかんと返す。
「わたしがミリアのことを話したら、急に慌てて洞窟に向かったんだよね。でも、入り口に入るまえに、ちょうど森水牛の群れが横切って、ぴゅーんって吹っ飛ばされてどっかに行っちゃったの」
「そんな……」
馬鹿なこと、と言いかけてエミリアはやめた。
あるのだろう、そんな馬鹿な偶然が。
この女神のまわりでは、日常のように。
幸運の女神は続ける。
「やっぱり洞窟に何かあるのかな~と思って奥にきたら、あなたたちがいるんだもん。やっぱりわたし、ほんとラッキーだよね。だってここ――」
「無神観測機がある!」
エミリアとデミリアは空間の中央に置かれている、大きな装置を見た。
テュケが無神観測機と呼んだそれは、低くうなりを上げて佇んでいる。
閉鎖された鉱山の奥に、こんなものが?
エミリアは思った。
何百人もの犠牲を出した落盤事故で閉鎖されたあとに、これが設置されたのだろうか。
いったい誰の手で?
と、いうか――
「何百人もの犠牲って……あの小さな村で?」
つぶやいたエミリアに、タナカが答える。
「あるわけない、と気づきましたか。さすがですね。そうです、落盤事故などありませんでした。神々が『そういう設定』を植えつけ、誰もここへは近づかないようしていただけのことです。まあ――」
「逆に不自然すぎるので、私はすぐに気づいてしまいましたが」
言いながらタナカは、徐々に人間としての形があやふやになっていく。
闇に溶けるように……
いや、闇そのもののように。
「タナさん!? どうしたんだ?」
デミリアが叫ぶ。
その様子を見ていたテュケは、
「タナさん? ああ、思い出した。あなた、見たことあると思ったらやっぱり神界で見たよね――」
「死神タナトスじゃん」
にっこり微笑む。
「もう長いあいだ見かけないと思ったら、こんな世界で何してんの?」
「タナさんが死神……」
「神界……?」
デミリアとエミリアが呆然とつぶやく。
広がった闇から声が聞こえる。
「あなたがた神々にとっては、ここはチャンネルのひとつでしょう。でも私は20年前に決めたのです。ここをチャンネルではなく、世界にしようと」
「? 同じでしょ?」
当然とばかりにそう返すテュケに、
「その疑問すら生じさせない認識の根深さには歯がゆさを覚えますね。だが、それだからこそ、私はこうして着々と準備を進めることができました。どうぞ、あとは黙って見ていてください」
闇が大きく広がり、テュケの周囲を黒く染めた。
「……これなに?」
テュケがきょろきょろしながら問う。
「……」
闇は答えない。
「ねえ、黙らないでよ。タナトス、このゆらゆらしたのって何のつもり?」
「……この空間に来てから、もう充分に吸ったはずです。なぜ意識があるのですか? 魔王すら一瞬で操られたというのに」
そんな、闇から聞こえる戸惑いの声に対し、
「あ、ごめ~ん。何か吸わせたかったのね? でもちょっと事情があって、わたしずっと息止めてるの。ほんのり苦しいけど神だからこんなことで死んだりはしないし」
「!? ここに入ってから、息を、ずっと止めている? なぜです!?」
焦る闇に、テュケはしかめっ面を作ると、
「え~? だって、コータローが言ってたよ?」
「ここ、くさいって」
鼻をつまみ、手でパタパタとあおいで見せた。
デミリアは、そんなことを思っていた。
鉱山の奥、開けた空間となっているその場所に、そいつは浮かんでいた
「あれ~? なんか、見たことある感じだよね?」
タナカを見て楽しそうに問いかける。
真っ白い羽根、真っ白い肌、ふわふわで子どものような金髪。
無邪気な笑顔をたたえて洞窟内に浮遊するその存在には、たぶんどんな攻撃も、どんな害意も意味をなさない。
腕力には自信のあるデミリアだったが、攻撃を行うより早く『絶対に効かない』という不思議な感覚が襲ってきて、ただ見上げていた。コータローにツッコミを入れるときに、全力でも怪我の心配を一切しないで殴る、あの幸運を信じる感覚に似ていた。それの、もっと遥かに強力なやつだ。
暗い目をしたタナカが言う。
「……幸運の女神、テュケ。コータロー殿はどうした?」
デミリアたちが洞窟の奥へと急ぐあいだ、外ではコータローが足止めしていたはずだった。
奥にはたどり着いたので、たしかに若干の時間稼ぎはできたようだが――
「えっ、コータロー? なんか飛んでっちゃった」
テュケは、あっけらかんと返す。
「わたしがミリアのことを話したら、急に慌てて洞窟に向かったんだよね。でも、入り口に入るまえに、ちょうど森水牛の群れが横切って、ぴゅーんって吹っ飛ばされてどっかに行っちゃったの」
「そんな……」
馬鹿なこと、と言いかけてエミリアはやめた。
あるのだろう、そんな馬鹿な偶然が。
この女神のまわりでは、日常のように。
幸運の女神は続ける。
「やっぱり洞窟に何かあるのかな~と思って奥にきたら、あなたたちがいるんだもん。やっぱりわたし、ほんとラッキーだよね。だってここ――」
「無神観測機がある!」
エミリアとデミリアは空間の中央に置かれている、大きな装置を見た。
テュケが無神観測機と呼んだそれは、低くうなりを上げて佇んでいる。
閉鎖された鉱山の奥に、こんなものが?
エミリアは思った。
何百人もの犠牲を出した落盤事故で閉鎖されたあとに、これが設置されたのだろうか。
いったい誰の手で?
と、いうか――
「何百人もの犠牲って……あの小さな村で?」
つぶやいたエミリアに、タナカが答える。
「あるわけない、と気づきましたか。さすがですね。そうです、落盤事故などありませんでした。神々が『そういう設定』を植えつけ、誰もここへは近づかないようしていただけのことです。まあ――」
「逆に不自然すぎるので、私はすぐに気づいてしまいましたが」
言いながらタナカは、徐々に人間としての形があやふやになっていく。
闇に溶けるように……
いや、闇そのもののように。
「タナさん!? どうしたんだ?」
デミリアが叫ぶ。
その様子を見ていたテュケは、
「タナさん? ああ、思い出した。あなた、見たことあると思ったらやっぱり神界で見たよね――」
「死神タナトスじゃん」
にっこり微笑む。
「もう長いあいだ見かけないと思ったら、こんな世界で何してんの?」
「タナさんが死神……」
「神界……?」
デミリアとエミリアが呆然とつぶやく。
広がった闇から声が聞こえる。
「あなたがた神々にとっては、ここはチャンネルのひとつでしょう。でも私は20年前に決めたのです。ここをチャンネルではなく、世界にしようと」
「? 同じでしょ?」
当然とばかりにそう返すテュケに、
「その疑問すら生じさせない認識の根深さには歯がゆさを覚えますね。だが、それだからこそ、私はこうして着々と準備を進めることができました。どうぞ、あとは黙って見ていてください」
闇が大きく広がり、テュケの周囲を黒く染めた。
「……これなに?」
テュケがきょろきょろしながら問う。
「……」
闇は答えない。
「ねえ、黙らないでよ。タナトス、このゆらゆらしたのって何のつもり?」
「……この空間に来てから、もう充分に吸ったはずです。なぜ意識があるのですか? 魔王すら一瞬で操られたというのに」
そんな、闇から聞こえる戸惑いの声に対し、
「あ、ごめ~ん。何か吸わせたかったのね? でもちょっと事情があって、わたしずっと息止めてるの。ほんのり苦しいけど神だからこんなことで死んだりはしないし」
「!? ここに入ってから、息を、ずっと止めている? なぜです!?」
焦る闇に、テュケはしかめっ面を作ると、
「え~? だって、コータローが言ってたよ?」
「ここ、くさいって」
鼻をつまみ、手でパタパタとあおいで見せた。
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