10 / 59
バルバドスの使者・前 アレックス
しおりを挟む未だ雪の積もる庭園の植栽から、ドサリと音をたてて雪が落ちた。外は寒さ厳しいが、確かに日差しは春を感じさせる。厳しい冬の時期が終わったのだ。
鍛錬でまだ汗ばむ身体をタオルで拭い、着替えを手に窓へ近寄って外を眺めた。
今年も何とか冬を越えた。越す事が出来て安堵する気持ちと、越す事が出来なかったであろう民達の事を考えると辛い気持ちがごちゃ混ぜになる。
これから、各地域から死者数やその他の被害状況の報告があがってくるだろう。
春の訪れが嬉しいのと同時に苦しくもあった。実際に国王である父はいつでも苦しそうだ。
国全体の事は父に任せて、自分の仕事をしなくては。これ以上、国を疲弊させる訳にはいかない。春は魔獣の動きも活発になってくる。
軍を編成し、今後の魔獣の動きをみて討伐隊を組んでいかねばならないだろう。姉を含む兄弟達全てが各々軍を編成し国の為に戦っているのだから。
朝の鍛錬が終わり、今から今年度の国営会議が入っているので気が重い。といっても、今日の会議は地方領主などはおらず、王を始めとする家族が中心で伯父である宰相や軍関係者という、いわば身内同然の者達で、ある程度今年の方針を決めていくというものだ。
毎年憂鬱だ。ここで兄弟の割振りが決まるのだから……
帝国軍との共同討伐は気を使うのでなるべく避けたい。まぁ、俺には不向きだから回ってこないとは思うが……。
後は国外魔獣討担当と国内魔獣討伐担当、そして一番避けたい各国への食料支援対策担当だ。
ここ数年は姉が引き受けてくれていたが、そろそろ姉の我慢も限界だろう。交渉帰りの姉が「あ”ー暴れたい!」と笑顔で鍛錬場に現れる時は、死を覚悟した時と似たような恐怖を毎回味わう。
実際に鍛錬に付き合わされ、ひどい目にあった。姉はキングデビルか何かの生まれ変わりだろう。
ちなみに昨年は、姉が食料支援対策担当で、兄が国外魔獣討伐担当。俺が国内魔獣討伐担当で弟が帝国軍共同討伐担当だった。
憂鬱だとばかり言ってはいられないので、気合いを入れて軍服に着替え会議室に急いだ。
会議室には既に、ほとんどの出席者が揃っていた。
身内ばかりなので、変に気を使わなくていいのが助かる。自分の席に座ると横の兄さんがクシャリと笑う。
「なんだアレックス、ギリギリまで鍛錬か。今日は俺達だけだから気負うな」
「……いや、そんなんじゃない」
確かに他の領主達が来ていると、気を使うが流石に今日は大丈夫だろ。ただ担当決めが嫌なだけだ。向かいの席から姉さんが机に肘をついたまま、ニヤニヤしている。
「そうよ~疲れてたら私の相手が居なくなるじゃない。あんた、後でまた鍛錬に付き合いなさいよ~あ、兄さんでもいいよ?」
「はは、今日の担当決め次第だな」
「あー私はもう、支援担当は無理! また担当なら兄さん変わってよ」
「いや、こればっかりは王の判断だからな……流石に今年は俺かバスティンになるだろう」
「ええー僕ですか? 去年の帝国相手も嫌だったけど、支援担当が一番いやだ。あー今年は僕なのかな~」
「俺が担当する訳にいかないからな。すまん」
「まぁ小兄が悪い訳じゃないけどさーただ嫌なだけー」
両腕を後ろに組んで、チェッとふて腐れたポーズだけをとる弟は、横に座る姉に揶揄われている。
奥の扉から宰相を伴った王が入室すると、例え家族ばかりとはいえピリッとした空気が流れる。
全員がサッと立ち上がり最敬礼で王を迎える。
「皆、楽にせい。厳しい冬を乗り越え、春を祝おう」
我国で一般的な新年の挨拶を終えた後は、皆一気にくつろいで話し始める。力を合わせないと生きていけない環境にあるせいか、わが王族はみな仲が良い。
父王と伯父である宰相が二言三言話した後、俺に向かって話しかけた。
「夏にあった、東の領土にある穀物地帯の魔獣被害があったのを覚えているか」
「はい、私が討伐に向かったのでよく覚えています。例年にない程のヘルハウンドの群れが大量発生した案件ですよね?」
あのままいけば、ケルベロスまで出現していたかもしれないと思うと、本当に肝を冷やした案件なので、よく覚えていた。
スタンピードとかでは無くて本当に良かった。
「ああ、アレクサンダーがかなり力を入れて討伐をしてくれていたから、領民に大きな被害もなく収束したな。だが、時期が悪かった。
東のあの一帯は我国でも数少ない農作物の作れる地域であろう。それが収穫期前に……よりにもよって炎を操るヘルハウンドだ」
姉が大きく息をのむ音が聞こえる。確かに人的被害は少なかったものの、その後の田畑や建物への影響は炎で燃やされているとなると厳しいものがある。
「今年は例年よりも食料支援が必要となるだろう」
もう、会議室は水を打ったように静かだ。
そんな沈黙を破ったのは王だった。
「宰相の言う通り、今年は例年以上に厳しい事となるであろう。アレクサンダーのおかげで、被害は最小限ではあったが、食料はどうしようもない。なので、今年は例年と違い宰相も一緒に食料支援対策担当に当たって貰う。そのため、アレクサンダーと宰相は二人がかりで対応するように」
よいか、と念押しされたが拝命以外の選択肢はない。
そこからの会議の内容は、正直あまり記憶にない。
会議終了後、宰相室に伯父と並んで歩いていく。
「まあ、おもてだっての交渉は私に任せなさい」
「伯父上、しかし……」
「いい機会じゃないか。いざという時に、お前のそれは武器にもなるし、こういった経験がいつ必要になるか分からんからな」
ニヤリと悪人面で笑う伯父は、なんだか楽しそうだった。
「私はお前にも世界をみて欲しいんだよ。お前の容姿に囚われない人もきっといる」
「そう……でしょうか……」
俺の容姿は先代の王である祖父に瓜二つだ。これは、バルバドス王家になぜか定期的に現れる特徴で親にその要素が無くても、黒髪に紅い眼で生まれてくる。一種の呪ではないかと思う。
その代わり、魔力も身体能力もずば抜けて高いのが特徴だ。
でも、誰がこの魔獣の様な容姿を見て好意を持ってくれると言うのだ。祖父だって、一生一人で生きていた。
私もきっとそうなるだろう。
現王である父は、祖父の妹の子供だ。正確には俺にとって、祖父は大叔父なのだが……子供も家族も持てず、ただひたすら国の為に戦った、この国の英雄。いや、俺に言わせれば犠牲者、それが祖父だ。
祖父は父王にとっても父であり、俺にとっても祖父であり家族なのだと、あえて祖父と呼んでいた。
まあ、同じ容姿を受け継いだ俺に対する愛情と同情は人一倍だったとも思う。
兄弟達や親戚は普通に接してくれるし、俺は恵まれている。
だが、一歩外に出ると駄目だ。
俺の容姿について知っているはずの国民ですら、恐怖で固まり、泣き叫んで逃げだす者もいる。
愛情どころか友情すら厳しい。
同じ部隊で戦う仲間はかなり慣れているので、信頼もしているし比較的平気そうに見えるが……隠していても、瞳の奥に見える恐怖は隠しきれていない。
だから大丈夫だと、俺も兄弟の家族を家族として大切にしていこうと決めている。
「伯父さん大丈夫。……今回は勉強させて貰います」
まだ何か言いたそうな伯父を部屋に残して、また鍛錬場に向かった。
身体を動かしたくてしょうがない。
きっと、姉が相手してくれるだろう。
鍛錬の後は、何も考えずにただ眠りたかった。
こうして本格的な春が始まると、積極的に交渉に乗りした。
基本的には宰相と王子として、行動するが俺の容姿は説明の手紙を先に送付してあるため、大きな問題は……そんなに起こってない……よな?
まあ「マントをして他国の王族の前に出るとは何事だ」と怒鳴った王子の前でマントを脱いだら、恐怖で失禁したのは……いいよな?
これくらいなら。これはあいつが悪い。
でも、そのおかげで相手国がビビリまくった。
その国の魔獣をほんの少し討伐しただけで、かなりの食料支援が得られたので…………結果、良しとしよう。
俺への恐怖もあっただろうけど、悪い顔した伯父が宰相としてキッチリと交渉していた。
まあ、国際問題だからしょうがない。
いい仕事出来て良かった。
11
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
惚れた男は根暗で陰気な同僚でした【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
イベント企画会社に勤める水木 茉穂は今日も彼氏欲しさに合コンに勤しむ、結婚願望が強い女だった。
ある日の週末、合コンのメンツが茉穂に合わず、抜け出そうと考えていたのを、茉穂狙いの男から言い寄られ、困っていた所に助けに入ったのは、まさかの男。
同僚で根暗の印象の男、【暗雨】こと村雨 彬良。その彬良が会社での印象とは全く真逆の風貌で茉穂の前に現れ、茉穂を助けたのである………。
※♡話はHシーンです
※【Mにされた女はドS上司に翻弄される】のキャラを出してます。
※ これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。
※終了したら【プラトニックの恋が突然実ったら】を公開します。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる