その廊下の角を曲がったら

日下奈緒

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放課後

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「美奈子、ちょっといい?」

教室へ戻ってきた美奈子は、絵美と恵に呼び出された。

よく見ると、恵は悲しそうな、複雑な顔をしている。

「恵、どうしたの?」

美奈子が恵に聞くと、代わりに絵美が答えた。

「今日の朝、昇降口から教室まで、今林君と二人、並んで来たんだって?」

「あ…うん。」

「クラスの子が言ってたけど、彼氏と彼女みたいだったって。」

「え!!」

ただ恵の事を、必死に亮に伝えていただけなのに、他の人の目には、そういうふうに映っていたんだ。

美奈子は改めて思った。

人の目って怖い。


「美奈子は今林君のこと、どう思っているの?」

絵美は美奈子に詰め寄った。

「た、ただの友達だよ。」

美奈子はなんとか、二人の誤解を解こうとした。

「だったら、余計始末悪いじゃん。」

「絵美…」

「今林君のこと、友達だとしか思っていない美奈子が、恵が彼のこと好きだって知ってて、二人きりになるなんて……ひどいよ!!」

「そんな!!」

「美奈子がそんな人だと、思わなかった。もう友達でも、なんでもないよ!」

美奈子は絵美の言葉に、ショックを受けた。

「恵…誤解だよ…」

美奈子は恵の顔を見た。

「ごめん……私、美奈子のこと信じられない……」

恵は涙を流しながら答えた。


そんな……

恵を思ってやったことが、結局、恵を傷つけるだけの結果にしかならなかった。

「じゃあね、美奈子。」

絵美と恵は、美奈子を置いて行ってしまった。

美奈子は、その場で立ち尽くすしかなかった。


それから放課後までの時間、美奈子は授業に身が入らなかった。

一体どうすればよかったんだろう。

ただそれだけを考えていた。


ふいに外を見ると、雨が降ってきた。

亮が言っていた事は、本当だった。


『傘持ってきたか?』


そんな話を亮とした時は、こんな事になろうとは、思いもよらなかった。

放課後になり、掃除当番を終え、美奈子は家に帰ろうとした。

「高月。」

振り返るとそこには、担任の勝村がいた。

「今日は部活、休みか?」

「はい。」

「残念。また高月の手作りお菓子、食べれると思ったのにな。」

美奈子は可笑しくなって笑った。

「先生の為なら、いつでも作ってきます。」

「そうか?」

勝村は帰りのホームルームで、元気のない美奈子を気にしていた。

だがこうやって笑顔の美奈子を見ると、自分の思い過ごしだったのかもしれない。


「じゃあ先生、さようなら。」

「あ、ああ。また明日な。」

美奈子は笑顔で、勝村の元から離れて行った。


昇降口につき、美奈子は外を見た。

雨はまだ、激しく降っている。

美奈子は靴を履き替え、傘立ての前に行き、自分の傘を探した。

だがない。

朝、持ってきたはずの傘がない。


その時後ろから、笑い声が聞こえてきた。

美奈子が後ろを振り返ると、影に隠れて通り過ぎて行った者がいた。

美奈子には見覚えがあった。

あれは絵美と恵だ。

ふと昇降口の隅に、壊れた傘を見つけた。

「私の傘だ。」

美奈子は近づいて、傘を拾いあげた。

だが傘は骨が折れていて、使い物にならない。


きっと、あの二人がやったんだ。


胸に何かが刺さった気がした。

痛い。

だが美奈子は、すぐに何も感じないように、何も考えないようにした。

そして美奈子は、持っていた傘を昇降口の隅へ投げ捨てた。

後は家に帰るだけだもん。

濡れたって、家に帰って着替えればいい。

美奈子は雨が降る中を、傘もささずに歩いて家へ帰った。


「ただいま…」

美奈子は玄関を開けると、びっしょりと濡れたセーラー服のままで、真っ直ぐ茶の間へと向かった。

茶の間につくと、美奈子はカバンを、テーブルの上に置いた。

「はあ……」

ため息をついた。

友達に裏切られたという思いがそうさせた。


その時だった。

「美奈子か?」

突然後ろから、あの男の声がした。

「帰ってたなら、そう言え。」

あの男はそう言うと、美奈子が雨に濡れて帰って来た事に気がついた。

「お母さんは?」

美奈子が振り返った時だった。

あの男は、今まで見た事のないような目で、近づいて来た。

「買い物に行った。しばらく帰って来ないな……」

少しずつ後退りをする美奈子と、同じ歩幅であの男は近づいてくる。

「雨に濡れて、下着が透けて見えるのも、なかなかいいなあ……」

美奈子の頭の中に、恐怖が過った。

「あっ…」

美奈子の背中が、後ろの壁についた。

その瞬間、あの男は美奈子の右腕をつかんだ。

「いやっ‼」

美奈子は、あの男を突き飛ばした。


その隙に逃げようとしたが、あの男に髪をつかまれ、美奈子は床に叩きつけられた。

「こいつ~」

あの男は、美奈子の上に馬乗りになると、セーラー服のファスナーを、勢いよく外した。

「いやああ!!たすけ…助けて!!」

そう叫んだつもりだった。

だが、恐ろしさのあまり声はかすれ、誰にもその声は届かなかった。


「大人しくしてれば、すぐ終わるからな。」

あの男の低い声が、耳元で聞こえる。

美奈子は、気が狂いそうだった。

カタッ。

突然後ろで響いたその音に、美奈子とあの男が振り返ると、そこには、買い物から帰ってきた母親が立っていた。

血の気が引いた顔で、あの男は慌てて、美奈子から離れた。


助かった……

美奈子は体を震わせながら、ゆっくりと起き上がる。


「は、早かったな。」

あの男は、母親の機嫌を取るように、荷物を持った。

「ええ……」

母親は今見た光景が、信じられないという表情だ。

「あなた……今……」

母親の声も震えていた。

「いや、俺は誘われたんだよ。」

美奈子は驚きのあまり、声も出なかった。

「雨に塗れて下着が透けている服でさ、目の前にこられて……急に抱きつかれてさ……」

うそ!!

美奈子は心の中で叫んだ。

「参ったよ。高校生ってのは、中身は子供のクセに、身体はもう大人なんだな。」

困った顔してあの男は、平気でウソをついた。

美奈子はあの男を睨みながら、壁につかまりやっとの思いで立ち上がった。

その瞬間だった。

自分の頬に、痛みが走った。

母親が、自分の頬を打ったのだ。

「お、母……さん……?」

美奈子は、母親の顔を見た。

「子供のクセに……母親の旦那に、手を出そうとするなんて!私は、そんな子に育てたつもりはないよ!」

母親の顔は、正に女の顔だった。

自分の夫を、若い女に取られた、妻の顔だった。


「おまえみたいな子は、反省するまで、この家に戻ってくるんじゃないよ!」

母親は美奈子の腕を掴むと、廊下へ突き飛ばした。

「おい、落ち着けよ。いくら何だって、外は雨なんだぜ。」

あの男は、美奈子を哀れむかのように、母親に言った。

「い、いいんだよ!」

その言葉に美奈子は、母親を睨んだ。

母親なのに。

子供よりも再婚相手を信じるなんて!


「美奈子……」

母親が手を伸ばした瞬間、美奈子はその手をするりと抜けて、玄関の方へ歩いて行った。

「待ちなさい、美奈……」

だが美奈子は、そのまま玄関のドアを開け、どしゃぶりの雨の中へ消えてしまった。
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