その廊下の角を曲がったら

日下奈緒

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雨の中②

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美奈子は、昇降口で靴を履き替えると、雨が降る外を眺めた。

「傘、持ってくればよかったなあ。」

傘立てを見ると、今日は雨だったからか、まともな傘は残っていなかった。


骨が曲がってしまったもの。

穴が開いてしまったもの。

どれも使い物にならなかった。

美奈子は意を決して外に出た。


なんてことない。

家まで走れば……

「家?」

美奈子は立ち止まった。

「家になんて……帰れない……」

美奈子は、ゆっくり身体を校舎に向けると、中庭の方へ向かって歩き出した。


一方、勝村は一瞬だけ見えた美奈子の姿を探しに、廊下を走っていた。

「高月!」

昇降口へと着いた勝村は、息を切らしながら美奈子を探した。

「高月、どこだ!」

いくつもある下駄箱の間を、一つ一つ見て行った。

「返事してくれ!高月!」

しかし、美奈子の姿はもう、そこにはなかった。


「外に出たのか?」

勝村は、職員用の玄関から傘を差し、外に出た。

まだ遠くまで行ってないはずだ。

勝村は校門に小走りで向かった。

「哲也!」

後ろから、香織の声がした。

「香織。」

「どうしたの?知ってる子?」

「ああ。俺が担任している、クラスの子なんだ。」

勝村は香織と話している時でさえ、美奈子の姿を探した。

尋常ではない状況に、香織はある提案を思い付いた。

「誰?」

「え?」

「あなたのクラスの子なら、私も音楽を教えているから分かると思うわ。誰?」

「高月……高月美奈子。」

「高月さん?」

勝村は頷いた。

「分かったわ。私はこっちを探すから。」

「ありがとう…香織。」

勝村と香織は、手分けして美奈子を探した


美奈子は、びしょ濡れになりながら、中庭にあるベンチに座った。

降り続く雨は、容赦なく美奈子の上に落ち、顔の脇を滴が走った。

「寒い。」

美奈子は足を持ち上げ、両腕で足を抱えた。

身体も寒さで震えてきた。

腕には鳥肌が立っていた。


「げほっ…げほっ…」

咳も出はじめた。

身体が熱を、持っているのが分かった。

寒さで、歯がカタカタ言っている。

それでも尚、美奈子はその場から、動こうと思わなかった。


「げほっ…」

美奈子は大きく咳をした。

それがきっかけになり、咳は止まらない。

苦しくなって胸を押さえても、咳は止まらなかった。

喉も痛い。

一体、いつまでこの咳は続くんだろう。

そう思った矢先、大きな咳をして、それは止まった。

ようやく止まった。

美奈子はゆっくりと、口を押さえた手のひらを見た。

そこには、血がついている。

手の甲で口元を拭くと、確かに血だ。

美奈子は辺りを見回した。


「誰か……」

そう言って立ち上がった瞬間、美奈子はハッとした。

「誰も……助けになんか、来てくれない……」

そうだ。 

美奈子には、助けを呼べる人がいなかった。

「誰も、私を助けに来てくれる人なんて……いない……」


美奈子はそのままベンチに、崩れるように倒れた。

雨の滴は美奈子の身体を、

腕を、

足を、

顔を、

これでもかというくらいに、打ち続けた。


「もう……いい……」

苦しさや寒さや、寂しさや死ぬのではないかと言う不安。

それが代わる代わる、美奈子の脳裏に来るが、それを一つ一つ消していった。

だがそこには、希望は生まれなかった。

美奈子にはもう、”生きよう”という気持ちがなかった。

「このまま死んでもいいかな……だって私が死んでも、誰も悲しまない……」

その言葉を残して、美奈子はゆっくりと、瞳を閉じた。


「今日は最後まで、雨だったな。」

亮は数人の仲間と一緒に、素振りをしていた。

野球のユニフォームを着て、ひたすらバッドを振り続けた。

「そろそろ、やめにするか。」

仲間のその一言に、亮も素振りをやめた。


校舎の一階にある渡り廊下。

そこが雨が振った時、筋トレが終わった後、亮たちが素振りの場所に使っていた場所だった。

「亮。今日はいつものところに、行かないのか?」

仲間の一人が言った。

「いつものところって?」

「知らないのかよ。こいつ、調理部の女の子のところに、通ってるんだぜ。」

「ええ~マジかよ。」

亮は調理室の窓を見た。

「行かない。今日は、調理部休みみたいだからな。」

「そうか……」

仲間の残念そうな顔を見て、亮はニコッと笑って見せた。

そして、持っていたバッドを、置いた時だった。

渡り廊下から見える、中庭のベンチの側に、亮は見覚えのある女の子を見つけた。

「高月?」

亮は走って近づいた。

そこには青白い顔をした、美奈子が倒れていた。

「高月!」

慌てて亮は、美奈子を抱きかかえた。

既に美奈子の身体は、冷たかった。

「高月、高月!」

亮は美奈子の頬を、何度も叩いた。

耳を口元へ持って行っても、呼吸の音が聞こえない。

胸に耳を当てても、心臓の鼓動は、感じられなかった。

亮は美奈子を、雨の当たらない場所に連れて行き、横に寝かせた。


「どうした?亮。」

野球部の仲間数人が、亮の元へ駆けつけた。

「誰か先生を、呼んできてくれ!」

「先生?」

「早く!一刻を争うんだ!」」

「分かった。」

仲間が、先生を呼びに行ったのを見届けると、亮は美奈子の口元から息を吹き込んだ。

そして手を胸に乗せると、心臓マッサージを始めた。

「高月、しっかりしろ!」

何度も何度も、息を吹き込んでは、マッサージを繰り返した。

何十回と繰り返した後、亮はもう一度、胸に耳を当ててみた。
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