その廊下の角を曲がったら

日下奈緒

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疑問②

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美奈子から話しかけてくる程、仲がいいというわけではなかった。

けどなぜか、ふとした瞬間に、何してんのかな。

そう思わずにはいられなかった。


「ま、気にかけてたのは、事実だけどな。」

「気になる?」

「高月の母親、あいつが中学生の時に、今の旦那さんと再婚したんだよ。そのことで、あいつも随分、悩んでたみたいだから。」

「そう……」

「家庭の事情ってヤツだね。他の生徒も、大なり小なり、そういうの抱えてるけど、高月は内に貯めるタイプだから、時々話聞いてやんないと……」

香織はふっと笑った。

「なんだか哲也。まだ高月さんが生きてるように、彼女のことを話すのね。」

「そうか?」

「不思議ね。二ヶ月も経つのに……」

「うん。」

「気になる子かあ……そういえば、なんかほっとけない子っているわよねえ。」

「香織にも?」

「うん。何なのかしらね、あの感情って。」

香織は、寂しそうに笑った。


勝村は美奈子の100ヵ日。

お葬式が行われた寺に行ってみた。

行けば分かるだろう。

そんな安易な考えで行ったのが、間違いだった。

「やばい。もう終わってしまったのか?」

午前中に着いたはずだが、寺はシーンと静まりかえっていた。

「仕方ない。花を買って、墓参りにするか。」

車に乗り、近くの花屋に来た。

「すみません。これください。」

勝村は、墓前用の花束を指差した。

「はい。今、お包みします。」

勝村は待っている間、他の花を見てまわった。


すると店の隅に、小さな白い花を見つけた。

「店員さん、この花は?」

「ああ……かすみ草ですか?季節外れなんですがね。余ってしまって。」

かすみ草は、美奈子が好きな花だった。

目立たないけれど、一生懸命咲いているのが好きだと。

そういえばこの花は、美奈子に似ていた。

「これもくれますか?」

「ああ、いいですよ。」

勝村は墓前用の花と、かすみ草を手に、再び寺へ向かった。


美奈子のお墓は、寺の奥にあった。

桶に水を汲み、お墓の前に置いた。

花を添えようとすると、勝村は奇妙な事に気がついた。

今日は100ヵ日の法要があったはずなのに、新しい花が飾られていない。

線香もあげた形跡がない

「日にちを間違えたのかな。」

確かに日にちを数えてから来たのに。


おかしいな。

そう思いながら、買ってきた花を添えた。

線香に火を灯し、墓の前に置いた。

「あとこれは、俺からのプレゼント。」

そう言って勝村は、かすみ草をお墓に飾った。

「高月はこの花、好きだったよな。」

その時、心地いい風がサアーっと、吹き抜けた気がした。


勝村が桶を持ち、帰ろうとすると、向こうから和尚さんが歩いてきた。

一礼すると和尚は、勝村に話しかけてきた。

「こちらの親族の方ですか?」

和尚さんは美奈子の墓を見た。

「いいえ。亡くなった美奈子さんの、担任だったものです。」

「そうですか。」

和尚さんはそう言うと、お墓に向かって手を合わせた。

「実は今日、100ヵ日の法要が入っていたはずなんですが、どなたもおみえにならなくて……」

「法要を……しなかったんですか?」

「ええ。」

勝村は、息が止まった感じがした。

「ご両親は?」

「え?」

「美奈子さんのご両親は、いらっしゃったんですよね。」

しかし、和尚は困った顔で答えた。

「いえ。ご両親とは、連絡がつきませんでした。」

「連絡が……つかなかった?…」

勝村は、奇妙な感覚に襲われた。


自分の娘の100ヵ日の法要をしない両親なんて、いるんだろうか。

その上、お寺から連絡もつかないなんて。

わざと無視しているようには、思えない。

何かあったのではないか。

勝村は車に着くと、携帯を取りだし、香織に電話を架けた。

「高月さんの、自宅の番号?」

「ああ、今すぐ知りたいんだ。俺の机にあるから、見てくれないか?」

香織は勝村の机に行くと、名簿を開いて、美奈子の家の電話番号を教えた。

「ありがとう。」

「ねえ、哲也。今どこに……」

そこで電話は、ブツッと切れた。

「もう!」

香織は投げるように、受話器を置いた。


一方の勝村は、美奈子の家の前に来ていた。

さっき香織に教えてもらった番号に、携帯から電話をした。

呼び出すが出る様子はない。

2、3回かけたが、結果は一緒だ。

勝村は携帯をしまい、美奈子の家の呼び鈴を鳴らした。


返事はない。

今度はドアを叩いた。

「高月さん、高月さん。」

中からの音は、一切聞こえなかった。

勝村は庭へまわり、茶の間にある大きな窓から、家の中をのぞいた。


人はいない。

荒らされた形跡もない。

勝村は一旦、門の外へ出た。

「あなた、どちら様?」

振り返ると、近所の人怪しげな視線で、自分を見ていた。

「すみません。私は、高月さんのお宅の、お嬢さんの担任で……」
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