月夜の砂漠に一つ星煌めく

日下奈緒

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その時だ。

「ねえねえ、次の王位継承は、ネシャート王女だって、本当の事なの?」

「そういう専らの噂よ。」

「どうしてなのかしらねぇ。ジャラール王子様という兄上がおいでだし、王女なのにね。」

我々がここにいる事に、気づいていない女中達が、根も葉もない噂話をしていた。

「お気になさいますな。」

ネシャートは、いつも俺を励ましてくれていた。

「気にしてはおらぬ。」


何かあっても、何事もなかったように、お振る舞い下さい。

ハーキムの教えが、いつしか悲しい程に、身に付いてしまっていた。

「私の前で、嘘はお止め下さい。」

そんな俺の気持ちを、ネシャートは分かっていた。

「お兄様が、いつも強気に振る舞うのは、王子としてのお立場があっての事でしょう?私の前では、そんな事お忘れになって下さい。」

ネシャートは、私の腕に寄りかかった。

「私はたった一人の、血を分けた兄妹ではありませんか。」

俺は何も言わずに、ネシャートの肩に、腕を回した。

言葉は無くても、彼女と繋がっている気がしたんだ。


「ジャラール様!」

突然、ハーキムの呼ぶ声がして、ネシャートは離れてしまった。

「今、行く!」

返事をして、立ち上がった。

するとネシャートは、俺の腕を掴み、こう言ったんだ。

「お兄様。もっと、お兄様にお会いしたいです。」

悲しそうな顔をする、ネシャートの頭を優しく撫でた。

「大丈夫。いつでも会える。」


それは9歳の時、二人が大人の手によって、引き離された際と、同じ言葉。

あれから、俺の気持ちは、何一つ変わっていない。

「はい。」

ネシャートも、そうだったんだ。


ハーキムが、俺を探していた理由は、父上が俺を呼んでいたからだった。

一体何事かと思いながら、俺は父上の前に、姿を現した。


「父上、参りました。」

「ああ、ジャラール。勉強は、進んでいるか?」

「はい。順調でございます。」

そんなありきたりの、親子の会話を交わし、父上は俺にもっと近くに寄るように、言ってきた。

「ジャラール。最近女中達が、影で噂をしていると言うのだが、聞いておるか?」

「はい。次期国王は、ネシャート王女だと言う噂を、耳にしております。」

「そうか……」

父上は、少し疲れた顔をしていた。

「ジャラール。ここではっきりさせておきたい。次期国王の事だ。」

「はい。」

俺はてっきりこの時、そんな噂など嘘だ、気にするな、跡継ぎはおまえだと、父上が言ってくれるのだと、思っていた。


「私の跡継ぎは、ネシャートだ。」

「ネシャートが……国王に……なるのですか?」

「ああ、そうだ。そなたは、ネシャートの側で、あの子を支えるのだ。」

一瞬父上が、何を言っているのか、理解ができなかった。


「ネシャートが産まれた時、そう決めたはずだったのだが、いつしかジャラールが上に立つと、皆が思い込んでいるようなのだ。」
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