宮花物語

日下奈緒

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第10話 思わぬ客人

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早速翌日。

笠を被った黄杏と女人は、屋敷を飛び出し宮中の敷地内にある、出店へと出かけた。

ここは宮中で働いている者達が、日用品や洋服・装飾品を買う為に、商人達が開いている店だった。

使用人達であっても、宮中で働いているのだから、給金もよく目も肥えている。

出店を開ける商人は、良い品物を出せる、限られた者にだけ与えられた特権だった。


出店に来ている使用人達に、顔を見られないように注意しながら、黄杏は、兄の姿を探した。

出店の列の半ば頃まで来ただろうか。

女人がそっと、黄杏の袖を掴んだ。

「お妃様、あの者です。」

黄杏は、女人が指さした男に、ハッとした。


顔は浅黒く、上半身もたくましくなったが、その面影は間違いなく、兄・将拓だった。

「もう少し、近づこう。」

「はい。」

女人も商人に近づけるのを、楽しみにしているように、黄杏の前を歩く。

店の前に行くと、将拓は他の客人をもてなしていた。

黄杏は側にあった櫛を手に取ると、客が帰る時を待って、将拓に声をかけた。

「もし。この櫛を頂きたい。」

「は……」

黄杏の姿を見て、将拓は固まった。

「もしや……」

「お懐かしい。」

黄杏は笠から、少しだけ顔を見せた。


将拓は妹の名を呼ぶのを抑えて、黄杏が持っていた櫛を、手に取った。

「櫛でございましたら、この奥にもっと良い物がございます。ご覧になりますか?」

「ええ、ぜひ。」

黄杏と将拓は、出店の奥へと消えて行った。


そして共に付いてきた女人は、豪華な飾りの付いた手鏡に夢中になっていた。

「お妃様、これをご覧あそばせ。」

ふと顔を上げると、黄杏の姿がない。

「どうしましょう。」

オロオロと辺りを見回すと、黄杏と商人の男が、店の奥へと二人きりになっている。


「なんてこと!」

女人は、周りに気づかれないように、店の奥へと足を進めた。

店の奥は、周囲を布で覆われ、多くの商品の在庫が置かれているようだ。

このような場所で、王の妃と一介の商人が、逢引き?

女人は、耳を澄ませた。


一方、そんな事を知らない黄杏と将拓は、久々の再会を喜んでいた。

「ああ、もっとお顔をよく見せてください。本当に兄上なのですね。」

黄京はたまらず、将拓にしがみついた。

「シッ!誰か聞いているか分からぬ。兄上ではなく、名前で呼んでください、お妃様。」

「では将拓殿。私の事も名前で呼んでおくれ。」

「はい、黄杏様。」

二人で慣れない呼び名に、クスクス笑いが止まらなかった。


「本当にお元気そう。将拓殿は商いをされているのですね。」

「ああ。親切にしてくれた人がいてね。そこで、美麗と共に世話になっているんだ。」

「美麗と!?」

これもまた懐かしい名前に、黄杏は心が弾んだ。

「村を出る時に、一緒に来てくれてね。そのまま結婚したんだ。今は子供も二人いる。」

「まあ!お子が!?」

兄の子なら、自分の甥か姪だ。

「おいくつになるのですか?男?女?」

「上が1歳の男の子で、下が生まれたばかりの女の子だ。」

「ああ……将拓殿と美麗のお子なら、さぞかし綺麗なのでしょうね。」

黄杏はふと、途中で流れてしまった自分の子を、思い出した。


「……すまない。余計な事を思い出させてしまったようだ。」

「いいえ、運だったのです。仕方ありません。」

将拓は、黄杏が流産した時、何者かが毒を盛ったと言う噂を聞いていた。

それを黙って受け入れようとしている妹。

例え好いた男の元へ嫁いだと言っても、田舎からこの都の宮中に入る気苦労は、想像を絶するだろうに。

その事もあって、将拓はどうしても、黄杏に会いたかったのだ。


「黄杏様、これを。」

将拓は懐から、箱を取り出した。

蓋を開けるとそこには、贅沢な金の飾りがついた櫛があった。

「これは?」

「そなたなら、必ず櫛を欲しがるだろうと思って、店の一番高価な物をとっておいたのだ。これをいつも、傍らに置いてくれ。そうすればこれを見る度に、私を思い出すだろう?」

「将拓殿……」

「誰が何と言っても、この私は黄杏様の味方。一人ではありません。」

黄京と将拓は、互いの逆境を思いながら、抱き寄せ合った。


「将拓殿。ここには、いつまで?」

「明後日まででございます。」

「今度はいつ、宮中に来れるのですか?」

「さあ……何しろ、宮中に出入りできる商人は、選ばれた者のみ。こればかりは、分かりません。」

黄京と将拓は、互いに見つめ合った。

「……今生の別れになるのは、嫌です。もう一度だけ、会う事はできませんか?」

将拓は、黄杏の涙を自分の袖で拭いた。

「……また昼間に会えば、疑う者もいるでしょう。日暮れに、屋敷へ入れて頂けませんか?」

「屋敷の中に……」

黄杏は下を向いて、考えた。

「黄杏様?」

「……実は最近、他の妃の屋敷に盗賊が入って、夜の宮中は、護衛の数が多くなっています。その中で屋敷内で会うのは、とても難しいように思えます。」

「そうですか。」

将拓は、唇を噛んだ。


血を分けた妹が、もう一度会いたいと言うのだ。

兄として、どうしてもその思いを叶えたい。


「護衛が手薄になる時は、ないのでしょうか。」

将拓の言葉に、黄杏は何かを思い出した。

「丁度……明後日の夜。王が国務で宮殿に戻らぬ日があるのです。その時であれば、王も屋敷内にいない為、護衛の数も少なくなるはず。」

「それだ!」

将拓は小声で叫んで、黄杏の耳元に近づいた。


「明後日の夜は出店を片付ける為、作業に時間がかかります。私が夜まで宮中にいても、誰も疑う者はいないでしょう。とは言っても、やはり屋敷の中は危険です。屋敷の外にある門で落ち合うのは、如何でしょうか。」

「ええ、分かりました。」

黄京と将拓は頷き合い、店の奥から出てきた。

一部始終を聞いていた女人は、急いで店の表に出てきた。


「黄杏様、お気をつけて。」

「ええ、将拓殿。」

商人と別れた黄杏に、女人は近づいた。

「……どこへ行っておられたのですか?」

「ああ、すまなかった。あの商人からの、櫛を買っておった。」

黄杏は、兄から貰った櫛を、女人に見せた。

「まあ。なんと綺麗なお櫛ですこと。」

その櫛は、女人の想像以上に、豪華な作りだった。


「そなたは、何か買わぬのか?」

黄杏は女人に尋ねた。

「え、ええ。どれも素敵で、何を買ったら良いのか、分からなくなりました故……」

女人は、笑ってごまかした。

「では、屋敷へ帰ろうか。」

「はい、お妃様。」

そして黄杏と女人は、その商人の店を後にした。

しばらくして女人が、少しだけ振り返ると、あの商人が黄杏を見送っている。

女人は、ゴクンと息を飲んだ。

約束の日。

王である信志は、国務で屋敷を開ける為、妃達の屋敷をまわっていた。

当然、黄杏の屋敷へも足を運ぶ。


「黄杏。一晩だが留守にする。他の妃達と一緒に、宮中を頼むぞ。」

「はい。」

黄杏は引き出しの中から、小さな袋を取り出した。

「信寧王様、どうかこれをお持ちください。」

「ん?これは何か?」

信志は、その小さな袋を受け取った。

「お守りでございます。」

「お守り?」

信志は微笑むと、黄杏の側に近寄った。

「黄杏は一晩でも、我が身が心配と見える。」

「はい。王の身に何かありましたら、私は生きていけません。」

「はははっ!」

高らかに信志が笑った時だ。


黄京は信志の耳元で、囁いた。

「今夜、兄の将拓が会いに来ます。」

信志はチラッと黄杏の方を向いた。

「……上手く、難を逃れたか。」

「はい。今は、商人をしております。」

「そうか。よかった。」

黄杏を妃にする時、”兄のいる娘を妃にはできない”という掟に悩んでいた自分に、命を捧げると言ってくれた将拓。

その忠誠心を、信志は忘れてはいなかった。

「で?どこで会う?」

「屋敷の外の門でございます。」

「分かった。今夜の護衛は、屋敷の中に偏らせよう。」

「有難うございます。」


兄妹の二人が、今度いつ会えるか分からない。

それは、信志もよく理解していた。

ほんの一時だけでも、会わせてやりたい。

心から、そう思った。


そして信志が宮中を発ち、夜を迎えた。

護衛は王の命令通り、屋敷の中に集中している。

衣類で姿を隠した黄杏は、同じように姿を隠した女人と共に、屋敷を出た。

屋敷の側には、何かあった時の為に、隠し道があった。

そこを通って、門の外に出た黄杏と女人。

護衛の姿は無く、代わりに将拓が待っていた。


「将拓殿!」

「黄杏様!」

二人は、最後の顔見せになるだろうこの時を、噛みしめるようにしがみついた。

その時だ。

「お二人とも!そこまでです!」

突然、松明の灯りが二人を照らした。

目を凝らして灯りの向こうを見ると、そこには護衛長の勇俊と数人の護衛がいた。


「なぜ……護衛長が……」

黄杏の額に、汗が滲む。

「……我々の他に、知っている者がいたのか?」

「我々の他は……」

将拓の言葉に、黄杏は後ろを振り返る。


そう。

黄杏と将拓以外に、会う事を知っているのは、信志ともう一人……

出店に付き添った女人だ。


「お、お許し下さい!!」

だがその女人が、震えながら膝をつく。

「そなた!」

「恐ろしかったのです!あまりにもお美しい二人が、夜に落ち合うなど、何かあるのではないかと!」

黄杏と将拓は、息が止まった。

何も知らない女人から見れば、自分たちは恋人たちに見えたのだ。


「ああ……」

「黄杏様。」

その場に崩れた黄杏を、将拓が支える。

二人とも、同じ事を思った。

私達は、ただの兄妹だと言えたなら。
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