家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒

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第8部 真実の夫婦と、夜の甘い契り

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「素敵なお店ね。」私はそう言った。

「ありがとうございます。静かに過ごせる場所が欲しかったんです。」

彼女はテーブル越しに私を見つめた。

「それで……今日は、どうされたのですか?」

私は胸の奥で、迷いながらも覚悟を決めた。

「あなたに、お願いがあるの。」

キャリーは手元の花束を整えながら、私を見つめた。

まっすぐな瞳だ。

私は一瞬、言葉に詰まりかけた。

でも、逃げることはできない。

「セドリックのことよ。」

すると、キャリーの手がぴたりと止まった。

それでも彼女は、言葉を挟まず、黙って私の続きを待っている。

まるで、すでに何かを察しているかのように。

「私は子供を授かって、夜の生活が……少し遠ざかっているわ。でも、彼には……その、必要なことだから……」

キャリーの瞳がわずかに揺れた。

「あなたに、彼の相手をお願いできないかと思って。」

店内の花の香りが、急に遠のいていくような気がした。

キャリーは何も言わず、ただ黙って私を見つめていた――その沈黙が、私の胸を締めつけた。

「愛人になれということですか。」

キャリーの言葉は静かだったが、その瞳には揺るぎない拒絶の色が浮かんでいた。

「……そうね。」

私は目を逸らさずに答えた。

覚悟を持って来たつもりだった。

でも、どこかで彼女の答えを恐れていた。

しかしキャリーは小さく息を吐き、あきれたように微笑んだ。

「セドリックのあなたへの愛情は、巷でも有名なほどです。私の出る幕ではありません。」

私は思わず、キャリーの腕を掴んでいた。

「……修道女になりたいんですって?」

彼女は一瞬だけ驚いたようにまばたきをしてから、目を伏せた。

「ええ。神の元で静かに生きるのが、いちばんいいと思ったから。」

「それは、セドリックへの気持ちを捨てるため?」

その問いに、キャリーはわずかに肩を震わせた。

「忘れられない人がいるのは、苦しいんです。だから、神様に全て預けるしかない。」

「だったら、その想いをセドリックに預けて。」

私の言葉に、キャリーは一瞬まばたきもしなかった。

ただじっと私を見つめるだけで、何も言わない。

「あなたの気持ちを、私も知ってるわ。けれど、彼は私の夫になった。だからこそ、私の知る範囲で、彼を支えてほしいの。」

キャリーの瞳が揺れた。私は彼女の腕にそっと触れた。

「いつでもいいわ。心の準備ができたら、屋敷に来てちょうだい。」

キャリーは何も答えず、ただ静かに頷いた。

その表情は、悲しみと決意が入り混じっていた。

私たちはそれきり、言葉を交わすことなく別れた。

けれど、私は確信していた。彼女は来る、と。

そして——

キャリーがグレイバーン伯爵家を訪れたのは、それから一週間後のことだった。
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