月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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元の世界へ

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「まあまあ?イケメンの王子様と一緒で?」

「はははっ!そっちはそっちで楽しかったけれど、他にも大変な事がいっぱいあってさ。」

「へえ~どんな事?」

「うんとね……」

窓の向こうに、ジャラールさん達との思い出が写る。

「ごめん、光清。また、今度でもいい?」

「紅葉……?」

「今話したら、たぶん修学旅行どころじゃなくなるかも。」

窓が曇って見える。

頬を伝う涙で、ああ、私が泣いているからだと分かった。

「うん、いいよ。紅葉が話したい時に話して。俺、逃げないし。」

「うん、有り難う。」

「その代わり、今だけは砂漠の旅を忘れて、現実の旅に没頭しない?」

「ぷっ!」

その言い方が、安いナンパみたいに聞こえて、なんだか笑ってしまった。

「真面目に言ったのに、笑ってるし。」

「ごめんごめん。だって、ナンパみたいに聞こえたんだもん。」

「失礼だな。」

そうして私達一行は、東寺へと進んで行った。

東寺は京都駅に、近い場所にある。

新幹線で来たから、お土産を買っても間に合うように、設定されたんだろう。

「東寺、思ったよりも広いなあ。」

「そうだね。」

自然に光清と歩く東寺は、ここが日本だという事を、私に教えてくれた。

「紅葉。たぶん俺、帰りの新幹線で寝てしまうと思うから、今言っておくけど、」

「なあに?」

「紅葉だからこそ、砂漠の国に呼ばれたんだと思う。」

光清がその言葉を口にした時、どこからか心地よい風が、サーっと横切った。

「私、だから?」

「うん。」

笑うでもなく、はにかむでもなく、真っ直ぐに私を見つめる光清が、そこにいた。

「どうして?」

「こんな事言うのもなんだと思うけど、俺、紅葉が寝ている時に、持っていた緑のペンダント、持って寝てみたんだ。」

「えっ?」

急に胸騒ぎに襲われる。

そう言えば今、緑のペンダントって……


私は光清に悟られないように、ポケットに手を入れた。

あのペンダントがない。

「やっぱり、ダメだった。紅葉が言う砂漠の国なんて、夢すら見れなかった。」

「そう……」

図書室で緑のペンダントを見つけて以来、砂漠の国へ行けるのは、それのお陰だと思ってた。

でも違う。

緑のペンダントを持っていたからと言って、誰でもあの国へ行けるわけではない。

「だから、紅葉がその砂漠の王子様に出会ったのは、運命みたいなもので……」

「運命?」

私の体の中で、トクンと、何かが波打った。

「だから、その王子様とどんな運命になろうと、その……」

必死に何かを伝えようとしている光清。

私は持っていたパンフレットを、光清に投げつけた。

「うわっ!」

「ばーか!その王子様には、婚約者がいたのよ。私は振られたの!」

「うそ!」

「ホント!」

東寺の広い境内で、私と光清は、訳もなく走り回った。


その後、新幹線に乗って、数時間。

ぼーっと外だけ見ていたから、何をしていたか分からない。

ちなみに光清は、昨日の徹夜が祟って、新幹線の中では超爆睡。

私の相手なんて、一度もしてくれなかった。


「はい、じゃあ解散!明日はゆっくり休んでね。」

お気軽な神崎先生の号令の元、私達の修学旅行は終わりを告げた。

「ごめん、紅葉。帰り、俺寝てばっかで。」

しょぼんとする光清に、可愛ささえ覚える高校生。

「いいよ。昨日、一睡もしてなかったんだし。」

それしか言えない光清と、また明日と気軽に手を振ったときわと別れ、一人家路についた。


ふと空を見上げると、大きな月が見えた。

「綺麗……」

始めて砂漠で野宿をした時、あまりにも綺麗な月と星空に、しばらく声が出せなかった。

でも、日本の空は星の数が少なすぎる。

ああ、また砂漠の行きたい。

ふと、そんな事を思いながら、家までの道を急いだ。


家に辿り着いたのは、日もとっくに暮れた後だった。

「ただいま。」

キッチンから、お玉を持ったまま、母親が出てきた。

「お帰りなさい。」

何かを期待してるような顔。

私はまだ、それが何に対しての期待なのか、分からないでいた。

その意味が分かったのは、走ってきた弟の一言を聞いてからだった。

「姉ちゃん、お帰り。お土産は?」

「あっ。」

私の“あっ”に、二人供、顔をしかめた。

「もしかして姉ちゃん……」

「お土産買って来なかったの?」

「ごめん。それどころじゃなかった。」

とりあえずそう答えて、荷物を片手に、自分の部屋への階段を昇る。


「それどころじゃなかったって、何かあったの?」

母親は、心配そうに聞いてきた。

階段の途中で、足を止める。

たぶん、砂漠の国へ行った話など、母親に言ったって、信じてくれないだろう。

「うん。まあ……いろいろあってさ。」

「そう。でも、無事に帰って来てよかった。」

「あ、うん、」

母親は、子供の事って、どこまで知ってるんだろう。

あんなに楽しみにしていたお土産を貰い損ねたと言うのに、そんなのお構い無しみたいに、足取り軽くキッチンへ戻って行く。

そして弟だけが、肩をがっくり落とし、まだ玄関に立ち尽くしていた。


すまん、弟よ。

姉ちゃん、君のお土産を買う以上に、大事な役目を果たしてきたのさ。


決して解ってもらえないだろう言い訳を、心の中で唱え、一応弟の背中に、頭を下げる。


その後、そっと階段を昇り始めた。

そう言えば、宮殿の壁にあった地下牢への近道。

長い階段を昇る事が、本当に辛かったっけ。

思い出しながら、そんな事もあったなぁって、今は笑える。


あっという間に昇り終わった階段を左に曲がって、すぐの扉が、私の部屋。

あ~あ。

この扉を開けたら、とてつもなく大きな廊下が……

と、まではいかなくても、せめて中央に大きなソファがあってほしい。

扉の取手に右手を掛け、そっと開けてみた。

暗い部屋の中には、当たり前だけど、修学旅行に行く前と同じ風景。

そりゃそうだよね。

電気をつけて荷物を床にドサッと置くと、制服のまま横になった。


ジャラールさんのベッドの、ふかふか感には負けるけれど、疲れた体を支えてくれるだけマシ。

ジャラールさんか……

『ずっと待っているから。』

そう言ってくれたジャラールさんの顔が、目に浮かぶ。


家に帰る間際、光清が私に言ってくれた。

「図書室に返す前に、知り合いに頼んで、最後の部分訳して貰おうと思うんだ。」

「最後の部分。」

「うん。紅葉が関わった事で、物語の最終がどんな風に変わったか、知りたいんだ。」

「そっか……」

私が関わった事でねぇ。

光清が持っているその本を、改めて見た。

「訳してもらった後、紅葉にも教える?」

「ううん。いい。」

光清の提案を、笑顔で断った。

「いいの?王子様がどうなったのか、知りたくない?」

私は首を横に振る。

「私、ハッピーエンドをこの目で見て来たから。」

「えっ?」

「たぶん王子様は、本当のお父さんがいる隣の国へ。その後、王女様と結婚して、二人は幸せに暮らしましたとさ。」

それを聞いた光清は、目を点にしている。

「だからいいの。気を使わせて、ごめんね。」

「あっ、いや……それならいいんだ。俺の方こそ、余計な事言ってごめん。」

「ううん。じゃあ、気をつけて帰って。」

「紅葉も。」


そう言って、光清と別れた。


遠い遠い砂漠でのお話。

病気になったお姫様を救いに、一人の王子様とその侍従が砂漠の中を、旅していました。

そこにいるはずのない、日本からの女子高生が一人。

強い日差しの中、倒れていた女子高生を、王子様は水を差し出し、助けました。

かくして二人の旅に、女子高生一人が加わり、旅は再開されました。


「ふふふっ……」

そこまでだったら、王子様と結ばれる運命にあるのは、その女子高生のはずなんだけどな。

結局、そのお姫様には勝てませんでしたっと。


ふと私は、ポケットの中に手を入れた。

「あれ?」

ない。

しつこいくらいに私にくっついてきた、あの緑色のペンダントがない。

光清が試しに緑のペンダントを持ってみたって言った時、確か返したって言ってた。

私は起き上がって、もう一度ポケットの中を探してみた。

やっぱりない。

「物語が終わったから?」

私は、両足を抱えた。

「だから、あの砂漠の国へ行く鍵は、もう必要ないんだね。」

砂漠の中のオアシスで、唯一絶える事がないって言っていた碧のオアシス。

その精霊が、私に与えてくれたあのペンダント。


「そっか……もう、ジャラールさんには、会えないんだね。」

勝手に涙が出てきた。

二度と会えないと知って、こんなにも涙が出てくるなんて。


私、本当にジャラールさんに、恋してたのかな。


そんな事を思いながら、私は涙を拭いて、もう一度ベッドに横になった。



オアシスの精霊さん。

砂漠の国へまた連れて行って下さいなんて、贅沢は言いません。

だけどせめて、夢の中であの王子様に、会わせて貰えませんか?


優しくて、

強くて、

愛している人に一途で、

どこか寂しげで、

深く吸い込まれそうな瞳を持った王子様に。


私は、そっと目を閉じた。

もし、夢の中で出会えたとしても、それは私の思い出の中のジャラールさん。

けれど、それでいい。

心から好きになった人には、本当に幸せになってほしいから。


そう自分に言い聞かせたら、胸の痛みも少しだけ、柔らかくなった。


そうだ。

このまま、眠りにつこう。

あの砂漠の王子様に、夢の中で会える事を願って。



私は、スーっと眠りに入った。












その後 


私が砂漠の夢を見る事は


残念なくらいになかった



ー End -

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