初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される

日下奈緒

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第2章 初夜拒否

彼は、怒らなかった。

眉一つ動かさず、ただ静かに私を見つめている。

「……触れないで欲しいって……」

低く繰り返すその声にも、苛立ちはない。

ため息もつかない。

ただ、事実を受け止めるように、言葉を選んでいる。

やがて、ゆっくりと口を開いた。

「君は正式に、皇太子妃になったんだ」

その一言が、胸に重く落ちる。

逃れられない現実を、静かに突きつけられる。

それでも彼は、責めるような視線を向けてはこなかった。

ただ、まっすぐに見つめたまま――

「……理由を聞いてもいいか」

穏やかな問い。

けれど、逃げ場のない問いでもあった。

私は、息を整える。

揺れてはいけない。

ここで迷えば、すべて崩れてしまう。

まっすぐに彼を見据えた。

「……あなたは敵です」

はっきりと言い切る。

その言葉に、彼の表情は変わらない。

けれど、確かに空気が重くなる。

「私の国を滅ぼした人に――体を許すことはできません」

胸の奥が、わずかに痛む。

それでも、続ける。

「これは、ただの政略結婚です」

自分に言い聞かせるように。

「私は、皇太子妃という地位を得ただけ」

それ以上でも、それ以下でもない。

感情を込めてはいけない。

そう思いながら、言葉を紡ぐ。

「……あなたの妻になったつもりはありません」

沈黙が落ちる。

けれど私は、目を逸らさなかった。

――これが、私の答えだから。

彼は、しばらく沈黙したまま私を見つめていた。

やがて、ゆっくりと口を開く。

「……君を、慰み者にするつもりはない」

低く、静かな声。

その言葉に、思わず息が詰まる。

「そんな扱いをするなら、最初から連れて来ていない」

まっすぐな視線が、逸れない。

逃げ場を与えないのに、責めてもこない。

「君の国は滅んだ」

はっきりと告げられる現実。

胸が、鋭く痛む。

けれど彼は、そのまま続けた。

「だからこそ――これからは、俺が守りたかっただけだ」

その言葉は、あまりにも真っ直ぐで。

一瞬、何も言えなくなる。

そして彼は、そっと手を差し伸べた。

「……怖がらなくていい」

触れるかどうかも分からない距離で、ただ静かに待っている。

その優しさが、かえって心を揺らした。

差し出された手を、見つめる。

触れてしまえば、きっと何かが変わる。

分かっているからこそ、私はゆっくりと首を振った。

「……守りたいだなんて」

声が、わずかに震える。

それでも、止めない。

「そんな言葉、信じません」

彼の手に、触れないように。

一歩、距離を取る。

胸の奥が苦しい。

けれど――引いてはいけない。

「私は……屈しません」

はっきりと言い切る。

その瞬間、心が少しだけ軋んだ。

本当は、分かっている。

彼が嘘をついていないことくらい。

それでも、信じてしまえば終わりだ。

だから私は、視線を逸らさずに立ち続ける。

――これ以上、近づかせないために。

彼は、差し出した手を下ろさなかった。

代わりに、一歩だけ距離を詰めてくる。

逃げられない距離。

「……屈しろとは言っていない」

低く、静かな声。

その響きに、胸がわずかに揺れる。

「ただ――」

視線が、まっすぐに絡む。

「俺と共に、これからの人生を歩んでほしい」

あまりにも真っ直ぐな言葉。

思わず、言葉を失う。

そのまま見つめられていると、心の奥まで見透かされてしまいそうで。

私は、視線を逸らした。

「……皇太子妃の役目は果たします」

やっとの思いで言葉を紡ぐ。

「ですが」

喉が、少しだけ震える。

それでも、はっきりと。

「あなたを好きになることはありません」

言い切った瞬間、胸が締めつけられた。

本当は――違うかもしれないのに。

それでも私は、その言葉にしがみつくしかなかった。

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