月のカタチ

arisa

文字の大きさ
1 / 1

月のカタチ

しおりを挟む






目の前にはうず高く原稿が
積まれている。
気分はツンドラ。 

砂漠地帯、北極南極、
シベリア半島。

コーヒーメーカーが
静かに香る。

わたしはぐいっと飲み干すと、
改めて机に座る。



わたしの名前は根室美也。
職業、自称小説家。
この仕事を始めて2年ほどに
なる。
さて、と。
どうしたもんかなぁ。
この真っ白な原稿。



わたしは軽くあくびをすると
コーヒーを飲み干し
椅子にまたがった。




(え?)





次の瞬間わたしは
びっくりして腰を抜かしてしまった。
目の前にあるのは
びっちりと書き込まれた完成原稿。




どういうこと?
わたしはこの作品に手を付けてないし
どうやって締め切りを延ばすか
そればかり考えてた。
それなのになぜ、完成原稿が?

あまりの出来事に
頭がクラクラして
目眩がする。




わたしは友人に相談することにした。






「それはぁ、幸せの妖精さんがぁ
やってくれたんですよぉ」


八代圭の甲高い声が、受話器から
聞こえた。
あー何たることだろう。
時刻はAM3時。

この時間に電話に出るのは
この子くらいなものだと 
分かりきっていたはずじゃないか。



はっきり言ってわたしは
この子をバカにしていた。

猫みたいな舌っ足らずな声で
男が好きそうなスケベそうな
ロリ顔。
勉強とかしたこと無いんだろうなぁ。
まぁ別にどうでもいいけど。




「あ、そ、そうなんだね、妖精さんかぁ
考えた事なかったぁ」




全く本当に
この突飛な思考回路に付いてけない。
誰か助けてくれ。



「だってそう考えた方が、楽しい
じゃないですかぁ」




「うん、まー確かに…
妖精さんが仕事をしたのかね」

「そうですよぉ、わたしそういう話
初めて聞いちゃいましたぁ」



きゃはっと、圭が笑った。
口の端が引きつる。
疲れてる、今日はもう寝よう。



明日はB社の原稿に取り組む
ことになっている。

このままでは不思議の国の住人
にされてしまう。
B社の原稿を入念にチェックする。
やばいやばい、どこまで書いたっけなぁ
わたし。
このままではゴーストライターが
いるとか妙な噂が立つに決まっている。




泣きそうになりながら、入念に
チェックする。
いつになったら寝れるんだろう。

マジで誰か書いてやがる。
妖精とかいてたまるかぁぁ!



わたしは時間も時間だし
仕方なく封をする。
出版業界の人、変に思わないかな。
泣きべそをかきながらわたしは寝た。



悪夢が続いた。




また完成原稿が現れたのだ。
確かにわたしの字。
わたしが考えた設定。
そうだ捨てることにしよう。
まだ時間もあるし。

わたしはバサッと原稿を
捨てた。




しがない物書き。
だけどわたしは誇りを持って
この仕事をやってきたんだ。



『それはぁ、幸せの妖精さんがぁ
やってくれたんですよぉ』




頭に断末魔が響き渡る。

絶対正体不明のゴーストライター
には負けん!



土曜日、わたしは眠い目を 
こすって友達に電話した。



「いっそ、乗っかっちゃえば?」



目が点になるとはこのことだ。
へ?
どういう事!?

「あんまり聞きたくないけど…
ゴーストライターの作品を自分の作品
として発表しろと?」

「だってさ、あんたいつもグチグチ言ってんじゃん。締め切りが迫っててヤバイとか遊びに行く暇ないとか。ラッキーじゃん」

「でもヤダ、わたしには物書きとしての
プライドがある!」

「プライドでご飯食べれたらいいけどね」

冷たく言うと優実は仕事があるからと言い残して電話を切った。




まぁ、こういう時のアメとムチの使い方がうまいやつだからなぁ。

わたしはゴミ箱から完成した
原稿を取り出した。




ちゃんとわたしの字でわたしが
考えそうな内容。わたしは
涙を拭った。
まぁどうせ、当たるわけないよ。



捨て鉢な気持ちでわたしは
その原稿をコンピュータに落とし
編集者に送信することにした。





カランカラン…
あちこちに置かれた植木鉢。 
わたしはこの空間が好きだ。

行きつけの喫茶店。
ホッと出来る一人きりの
環境。
なんと心地良いのだろう。

わたしはコーヒーを頼むと
スマホを触りだした。




「いらっしゃいませ~
あっ、こんにちはー」





いつもの店員さん。

ほのかにいいなって思っている。

「あの…『月のカタチ』読ませていただきました」

「えっ、あっありがとうございます」

自分の作品…
読んでくれたのか、嬉しいな。



「今、大変なことになってますよね!」

店員さんは顔を赤らめて言った。

「野々村賞授賞おめでとうございます!
握手してください!」

そして、わたしの手をぎゅっと握り締めた。

なんだろう。
なんだろう。

誰かと勘違いしたのかな。
でも、手ーさわれちゃった。
ラッキーかも。

わたしはその日、
原稿についやす時間を
持て余し、缶ビールを飲んでいた。
野々村賞授賞作家?わたしが?
うふふ、なんか、いーなそーゆーの。

なんの夢かな、エントリーしてたっけ?
全く噂って怖いなぁ。





何気にスマホを手に取る。




次の瞬間わたしは目を疑った。

出版業界からの仕事依頼の
メールがわんさか来ていたのだ。




えっ!!何コレ?怖いって。



思わずわたしはTVを付けた。

「今話題の一冊を紹介します!根室美也先生の最新作『月のカタチ』です!
あちこちに張り巡らされた伏線が
見る人を釘付けにしてしまうんですよねーわたし、3回は読ましたよー亅

「わたしも読みました!みんながこの噂で持ちきりですよね~亅

「何でも作品を見てコーフンした編集の方が慌てて送って本人には知らせないで
驚かせてやろうってことになってるらしいですよ!!




わたしは目が点状態だった。
何が起きてんの、一体。



心を落ち着かせるために机に座る。
引き出しを何の気無しに
開けた。




「ぎゃーーー!!」



そしたら『波の砂漠』という以前
未完成で見切りを付けていた作品が完成状態で出てきた。

TVの音など聞こえてこない。
電話が鳴る。


「『波の砂漠』だったよね、次作。 
3日で書けよ?出来るよな?」



書ける訳がない。
そうか、もうわたし開き直るしかないんだ。




『波の砂漠』は、若手作家の登竜門となっている英作賞を授賞した。

わたしは自分の手を何も汚すことなく
沢山の財産を手にした。

お金があったら何でも買える。
高級ペルシャ猫も、高いお酒も
ホストクラブだって行き放題だ。



「いいよーわたし、シャンパンタワー開ける~」

「いつもありがとうございます!」

送迎の車と沢山のポストマン。

わたしは贅沢な毎日を過ごした。

冷たい目線が電柱の壁から
見ていたのをわたしはチラッと
目の端で確認した。

でも、その時のわたしにはどうでもよかった。


完成原稿が引き出しに残っているのを
見るのはもはや楽しみだった。

どんどん完成度が高くなって行く
それをわたしはうっとりと眺めていた。




次の瞬間だ。




砂のようにざあっ…と
音を立てて
原稿が散って行ったのだ。

血の気が引き
冷や汗が出る。



えっ…
何…
どういうこと?



わたしは思わず目をごしごし擦った。

この時間に起きているのは八代圭くらい。
しかし、電話をしようとした
次の瞬間、暗闇が辺りを包みこんだ。




暗闇には
圭とわたし2人だけがいた。





『もしかして、この幸せがずっと続くとおもってたんですか?』

「え…あ…あ…」

『あの作品はわたしの作品なんですよ…
あなたはそれを自分の作品のように発表してたんですよ…』

「ごめん…心の底で馬鹿にしてたのは謝る。だから…今までと同じように…」




わたしはがくがくしながら
訴えた。
涙がとめどなく溢れる。
怖い、怖い。




『それで、わたしが許すとでも?
わたしは元々存在していないんですから、せいぜい人生をご堪能くださいね』


にやっと気味の悪い笑いを浮かべると
八代圭は消えた。

わたしはフラフラしながら
例の喫茶店に行った。


店員さん…あの人にだけでも
誤解解きたい…
わたし乗せられてただけだって。

だけど、わたしの期待はあっさりと
裏切られた。

「ホスト狂いだって、すっかり変わってしまったってみんなあなたのこと、噂してますよ。もうここには来ないでください。
しかも、ゴーストライターいたらしいじゃないですか。」

「違う!違うんです!わたしの話を…」

なすすべもなくぼんやりと部屋に戻る。
パソコンに文字が現れては消える。





『データがありません』


『データがありません』


『データがありません』




コンピュータは狂い、正常に
機能しない。



どうしよう、電話はひっきりなし
に鳴っている。


書くものを。
何か書くものを…。





しかしだ、あれほど溢れていた作品や
自分の本は忽然と消えている。

わたしは自分を断罪するニュースを
見ながらひたすら作品を書いた。




それすらも完成した途端、

『ざ…』

と、泡のように消えた。

呆然とわたしはそれを見ていた。




飼い始めた、ペルシャ猫のミーが
ニャーニャーと、何かを訴える
ように鳴き続けていた。






しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...