39 / 68
第3章 瘴気の森と聖女の初仕事
第3章7話 カースドホール
しおりを挟む
エリーゼ達が死闘を繰り広げている中、更に森の奥深く、乱れ生える枯れた樹木の隙間を流れるように縫いながら淡い光が空中を滑ってゆく。
幽かな光芒を残しながら最高速には程遠い遅速で突き進むラズは今………………猛烈に喉が乾いていた。
「『浄化、『浄化』、『浄化』、『浄化』、『浄化』、『浄化』、『浄化』、『浄化』……うう、舌が乾いてきちゃいました……」
延々と広大な森を十数メートルずつ浄化するきの遠くなる様な作業をかれこれ数時間は続けている。光魔法は詠唱が不要ではあるものの魔法名を口に出すのは必須である。だから発動の度に毎回、『浄化』と言い続けている。
ひっきり無しに声を出し続けるのはラズを持ってしてもかなりしんどい作業だ。
それでも未だただの一度も休憩は行っていない。
人助けとあっていつも以上に気合の入っているラズは根性で持ち堪えていた。魔力は使用量よりも回復量が上回っている為、容量に不安こそ無いが行使する度に精神的疲労は蓄積している。
にもかかわらず立ち止まろうとする素振りすらラズは見せない。一刻も早く解決して村の人々を家に返す為、汗を僅かに滲ませながらも森の奥へ奥へと飛び続けていた。
「それにしても、『浄化』出没する魔物の種類が『浄化』ぐちゃぐちゃですね。低位のものから『浄化』実家の裏山の入口くらいのレベル帯に匹敵するのまでいますね。ほいっと!」
タイラントウルフ三頭の群れを片手間で蹴り飛ばす。今回は異常値の筋力による加減なしの物理攻撃を解禁している為、これまで遭遇した魔物はすべて一撃で沈めてきた。もはや、暴力の領域である。
古来より聖女は魔物の天敵と言える存在であり、出会ってしまった魔物は己の不幸を呪うほか無い。光魔法は戦闘に不使用であるため、微妙に過程は違うが魔物にとって聖女が災いの元である事に変わりはない。
「ん~……もう森の裏側まで来てしまいましたが、何も見つかりませんねぇ。何となくこっちに来たほうがいい気がしていたのですがどうしましょうか?」
瘴気の浄化はもちろん討伐した魔物の数も既に三桁に達しているが、肝心要の『瘴気穴』が見当たらない。
エリーゼの言う上位の浄化魔法が自分に使えればと思わなくは無かったが、無い物ねだりをしても仕方が無いと頭を切り替えた。
光魔法は思い浮かべるだけで使用可能な魔法が何故か頭の中に浮かんで来るので、使えるかどうかはすぐわかる。
通常の属性魔法とは異なる点の一つである。
「む、あそこにいるのはトロールにキングオークですか。この辺りは特に強い魔物が多いですね。もしかしたら、目的の場所が近いのかもしれません」
浄化魔法を連打しながら瞬時にトロールに接近し、踵を落としを叩き込む。スカートがばさりと靡くがそれを気に留めるものはだれもいない。
ボールのようにトロールが地面を跳ねると成木をへし折りながら転がってゆく。
それを見たオークの大王は闖入者に恐怖を覚え、踵を返して逃走を図る。
あんな化物と戦ったら命が幾つあっても足りない、と必死の形相で逃亡を試みるが相手があまりにも悪かった。
もとより紅色の体表を更に燃えたぎる赤に染め、三メートル近い巨体を揺らして走るが、遥か後方に居たはずの桜色の悪夢は何故か正面から現れると、そこでオークキングの意識は途絶えた。
二体の魔物を速やかに討伐したラズは思わず苦笑いする。
「あはは……オークキングに戦う前から逃げられるのは、なんか傷つきますね…… おや、あれは何でしょうか?」
ラズの視線の先にあるのは真っ黒な円柱形の物体が地面から生えているような不思議な光景だった。
直径はおおよそ一メートル程度でちょうど胸の高さくらいが土から突き出しており、黒曜石のような色合いをしていた。
「わからないものは取り合えず試しに殴ってみましょう!」
物騒な思考に従い、足を肩幅ほどに広げて、腰を深く落とし、正拳突きを繰り出す。大河をも割り開く剛拳をまともに打ち込むもまるで砕ける様子がない。それどころ小突いた音すら聞こえない。
「何て言えばでしょうか。力が全て吸収されてしまっているような変な感触ですね……」
ぶつかった筈なのに衝撃はまるで無い。えも言えぬ感覚にラズは首をかしげた。
「魔法ならどうですかね~。『浄化』」
ラズの周囲が星空のように光輝くと、黒い塊がさらさらと砂のように崩れていき、完全に消滅する。
「お、魔法は効きましたね。光魔法で消えるということは悪いもので間違いありません! もしかして、他にもあるかもしれませんね」
何となく進展の気配が感じられ、希望を見出したラズは進路上の瘴気と魔物を消し去りながら、村の方角に向かって移動する。
充満する紫雲で視界は悪く、木に何度か激突しながら光の翼による飛行で探索を進めていく。そして数分ほど飛んだ頃、再び闇のような色合いをした謎の柱を探し当てた。
「むむ、ここには3つもありますね。それにしても、これは一体……? このような攻撃の痕跡は見た事がありません。何か珍しい魔物でも居るのでしょうか」
地面や木の一部が球状に抉り取られており、実戦経験豊富なラズですらこんな事象を起こす魔法や魔物に心当たりがなかった。
だが、今は先を急いでいるので、意識を謎の物体に戻す。
「何にせよ、まずはこの黒くて太いのを消し去りましょう。『浄化』。こっちも『浄化』。これで最後、『浄化』!」
三箇所に点在していた黒い円柱を順番に魔法で消し去っていくと、周囲に変化が訪れる。
「ふむ、流れ込んでくる瘴気が薄くなってきましたか。どうやらこの黒くて太いのが悪さをしているのは間違い無さそうですね」
ついさっきまでと比べると遠くの物が目視できるようなり、延々と流れ着いていた瘴気の量が減少し始めていた。
「これだけすぐに効果がわかるという事は『瘴気穴』が近いのかもしれません。ん~……いっそのこと一度上空から見てみますか」
瘴気の量が変化しているのであれば、未だに密度の高いままの場所を探せば問題の核心に至るかもしれない。そう推察したラズは大木よりも更に上へどんどん昇り、森全体が見渡せる高度で滞空する。
遥か遠くには村とキャンプが見え、かなり奥まで進んでいたことに気が付く。
「ん? 妙に瘴気が薄い箇所がありますね。って、まさか……」
瘴気が減る方法は魔物の生成と強化の他に魔法使いが吸収するという方法がある。瘴気は異常化した魔力であり、通常の魔力よりも取り込み易い性質を有する。そのため瘴気の中では魔力の回復が早まる現象が発生する。反対に魔力の非保有者
にとっては過剰摂取になり、猛毒となるのだが。
また、魔物は魔物の少ない場所で生み出される傾向がある。そのため、魔物を魔法で倒す事が浄化魔法を用い無い、瘴気災害対応のセオリーなのだ。つまり瘴気が薄いという事は消費に繋がる何かが発生している可能性が高い。
「あの辺りにエリさん達が居るとすれば、結構まずいですね。敵の強さを正確に把握しているエリさんが危険を省みずに進むとは思えませんが、皆さんが倒すには厳しい魔物が現れてもおかしくありません。よ~し! ぱぱっと片付けて、ささっと応援に参りましょう!」
ぐるりと見回したところで、足元に近い場所で瘴気が他所よりもはるかに濃い場所を発見する。その一箇所から周りへとゆっくりと赤紫の霧が拡散しているので間違い無い。
「ありました! とーつげきぃー!」
奇声をあげながら地上へ向けて急速降下を掛け、減速する事なく土煙を上げながら地面に着地する。そして、何事も無かったかのように空中へと戻る。
別に着地する必要は無いがその方がかっこいいとラズは思っているので、急速降下すると大抵の場合はとりあえず着地する。
再び枯れた森に戻ったラズは浄化魔法をひっきり無しに唱えながら、濃密な瘴気を無害化しつつ進む。立ちはだかるおびただしい魔物は地上にも関わらず、モンスターハウスを超越する数だ。
それらを全て鎧袖一触で跳ね飛ばす。時に拳で、時に蹴りで、時になんの変哲も無い体当たりでドロップアイテムに変えていく。この森にフルスロットルのラズを阻める者はいない。
そして、明確な外敵に抵抗するように暴れる死の霧を払いながら、遂に原因と呼べる存在を捕捉した。
「これが『瘴気穴』…… 昔の文献で想像はしていましたが、実物は中々に壮観です」
台風の目、もしくはブラックホールに近い様相だろうか。真ん中にはぽっかりとなにも無い空間がありその周りは渦巻く瘴気が囲っていた。
膨大な瘴気を生み出し続ける極めて危険な現象の核心を目の当たりにしてラズは息を呑んだ。
もし、彼女がいなければ『瘴気穴』だけは自然に消滅するのを待つしかなかった。たが、聖女が現れるまで今回のような災害は発生していない。そこに因果があるのか無いのか。残念ながらラズにはわからなかった。
「さて、早速塞いでしまいましょう。エリさんを早く温泉に帰さなくては――む、そこに居るのは誰ですか!」
視界の隅で僅かに映った怪しい影。
フード付きの真っ黒なコートを着た誰かがこちらの様子を伺っていたのをラズは見逃さなかった。しかし、直ぐに木の陰に隠れてしまう。
――こんな所にがいらっしゃる方が普通な筈がありませんよ。ここで捕らえれば、あの黒くて太い何かについて知っているかもしれませんし、逃してはなりません。
瞬間的に全速力へと至り、何者かが隠れた木の裏側に回り込んで光魔法を準備する。
「……いない!?」
が、既にそこはもぬけの殻状態。ただ葉のない裸の樹木がそこにあるだけだ。
「う~む……これは上手く出し抜かれたようですね。それにしても、突然気配が消えるなんて……」
一度察知した敵は地の果てまで追い掛ける猛追の鬼ラズマリア・オリハルクスをこうも簡単に巻くなど並大抵の事では無い。
僅かに靴で付けた足跡だけが見間違いではない証明である。
一瞬落胆したラズであったがすぐに首をぶんぶんと振って、気持ちを切り替える。
「あっ、そうでした。やる事がまだ残っているのに、ここで停滞している訳には参りません」
ラズは『瘴気穴』のすぐ近くの空中に移動して、本日何度目か分からない魔法を唱える。
「『浄化』! さあ、消えてくださいよ~」
聖なる浄化の光があたりに降り注ぎ、瘴気の源は跡形もなく消え失せていく。輝きが止むとあたりにはあたりには枯れた大地だけがそこに残る。いずれまた草木が戻ってくる事だろう。
神秘的な情景が広がるも見惚れている暇などなく、事態の終息を確認したラズは今一度に高度を上げて視界がかなりクリアになった森を抜け出す。
しかし、エリーゼ一行よりも先にある物がラズの目に飛び込んできた。
「エリさん達はどちらに……って、ええ~!? 今度は石の杭ですか。何でお空にあんな物が……あっ、とっても凄いスピードで地上に落ちていきました。……もしかして、今のはエリさんが?」
大質量の岩が着弾した地点の上をふよふよと移動して下を注視する。
落下の衝撃で舞い散った土埃が酷く、しばらく何も見え無かったが突風が吹いて一気に晴れると串刺しになったトロールをラズの双眸が捉えた。
「皆さんだけでトロールを倒したのですね…… 無謀……は言い過ぎですか。現に撃破してるわけですから無茶の方が正しいでしょうか。兎にも角にも誰も怪我をしていなければ良いのですが」
渋い顔を浮かべながら更に高度を下げて周囲を見渡すと、遂に朝別れた仲間達の姿を発見する。しかし、出発の時とは様子の違うパーティの状態にさすがのラズも動揺が走った。
「え、え、エリさんが倒れてます!? あ、ウォルター様とザック様もいません! ギル様、何があったんですか~!?」
空から急速接近して来たラズに驚いたギルバートだったが、膝から力が抜けたように地べたに座りこむ。
「安心しろ。エリーゼはただの魔力欠乏症だ。大魔法を使用した反動で伸びてるだけだから、じきに目覚める。ウォルター達はあそこにいるぞ」
「ふう、そうでしたか。って、ぎゃあー、血まみれじゃないですか、ウォルター様!?」
上半身が赤く血塗られており、一見すると重傷にしか見えない姿に思わずラズが悲鳴を上げる。
「エリーゼさんがくれたポーションで回復済みだから大丈夫だよ~」
「……お騒がせしてすみません」
自分の足で立てる状態まで回復したウォルターは深々と頭を下げると、大事には至らなかった事がわかったラズは胸を撫で下ろす。
本当は『方士』が最大出力だった事、ラズの補助魔法が掛かっていた事などいくつかの条件が重なってぎりぎり絶命を間逃れたが、それについては誰も触れない。
「ふぅ……本当にびっくりしました。ですが、みなさん無事で一安心しましたよ」
「ラズ様、こちらにいらっしゃったということは全て終わったのですか?」
8つの眼がラズへと向けられると、胸の前でダブルピースをして満面の笑みを浮かべた。
「『瘴気穴』は無事浄化しましたよ~」
「流石リアだ。国を代表して礼を言おう」
「これはわたくしの役目ですから、礼には及びませんよ~」
「いや、しかし……」
「そんな事より、早く帰ろう。僕はもう立っているのも限界だ」
ローブの下の膝がぷるぷると震え、杖でなんとか身体を支えている状態のルーカスが青い顔で提案すると全員が苦笑を浮かべて頷いた。
「じゃあ、エリさんはわたくしがおんぶしていきますね。よいしょっと」
背中にエリーゼを乗せて立ち上がり、地から足が数十センチほど離れる。一切の揺れが無い究極のおんぶにエリーゼの寝顔がよりリラックスしたものに変わる。
「……光の羽が突き刺さっているように見えるが大丈夫なのか?」
「あ、この翼は飾りですから、問題ないですよ」
まるでエリーゼの背中から『天啓』の光翼が生えているような見た目になるが、元々触れもしない謎の存在であり、特に影響は無い。
「さあ、エリさんを温泉に帰しにいきましょう!」
「そういえば、そんな事言ってたな…… 今は気持ちが分からなくもないけど」
各々笑い声を上げながら、激戦を生き残った勇士たちは帰路に着いたのであった。
幽かな光芒を残しながら最高速には程遠い遅速で突き進むラズは今………………猛烈に喉が乾いていた。
「『浄化、『浄化』、『浄化』、『浄化』、『浄化』、『浄化』、『浄化』、『浄化』……うう、舌が乾いてきちゃいました……」
延々と広大な森を十数メートルずつ浄化するきの遠くなる様な作業をかれこれ数時間は続けている。光魔法は詠唱が不要ではあるものの魔法名を口に出すのは必須である。だから発動の度に毎回、『浄化』と言い続けている。
ひっきり無しに声を出し続けるのはラズを持ってしてもかなりしんどい作業だ。
それでも未だただの一度も休憩は行っていない。
人助けとあっていつも以上に気合の入っているラズは根性で持ち堪えていた。魔力は使用量よりも回復量が上回っている為、容量に不安こそ無いが行使する度に精神的疲労は蓄積している。
にもかかわらず立ち止まろうとする素振りすらラズは見せない。一刻も早く解決して村の人々を家に返す為、汗を僅かに滲ませながらも森の奥へ奥へと飛び続けていた。
「それにしても、『浄化』出没する魔物の種類が『浄化』ぐちゃぐちゃですね。低位のものから『浄化』実家の裏山の入口くらいのレベル帯に匹敵するのまでいますね。ほいっと!」
タイラントウルフ三頭の群れを片手間で蹴り飛ばす。今回は異常値の筋力による加減なしの物理攻撃を解禁している為、これまで遭遇した魔物はすべて一撃で沈めてきた。もはや、暴力の領域である。
古来より聖女は魔物の天敵と言える存在であり、出会ってしまった魔物は己の不幸を呪うほか無い。光魔法は戦闘に不使用であるため、微妙に過程は違うが魔物にとって聖女が災いの元である事に変わりはない。
「ん~……もう森の裏側まで来てしまいましたが、何も見つかりませんねぇ。何となくこっちに来たほうがいい気がしていたのですがどうしましょうか?」
瘴気の浄化はもちろん討伐した魔物の数も既に三桁に達しているが、肝心要の『瘴気穴』が見当たらない。
エリーゼの言う上位の浄化魔法が自分に使えればと思わなくは無かったが、無い物ねだりをしても仕方が無いと頭を切り替えた。
光魔法は思い浮かべるだけで使用可能な魔法が何故か頭の中に浮かんで来るので、使えるかどうかはすぐわかる。
通常の属性魔法とは異なる点の一つである。
「む、あそこにいるのはトロールにキングオークですか。この辺りは特に強い魔物が多いですね。もしかしたら、目的の場所が近いのかもしれません」
浄化魔法を連打しながら瞬時にトロールに接近し、踵を落としを叩き込む。スカートがばさりと靡くがそれを気に留めるものはだれもいない。
ボールのようにトロールが地面を跳ねると成木をへし折りながら転がってゆく。
それを見たオークの大王は闖入者に恐怖を覚え、踵を返して逃走を図る。
あんな化物と戦ったら命が幾つあっても足りない、と必死の形相で逃亡を試みるが相手があまりにも悪かった。
もとより紅色の体表を更に燃えたぎる赤に染め、三メートル近い巨体を揺らして走るが、遥か後方に居たはずの桜色の悪夢は何故か正面から現れると、そこでオークキングの意識は途絶えた。
二体の魔物を速やかに討伐したラズは思わず苦笑いする。
「あはは……オークキングに戦う前から逃げられるのは、なんか傷つきますね…… おや、あれは何でしょうか?」
ラズの視線の先にあるのは真っ黒な円柱形の物体が地面から生えているような不思議な光景だった。
直径はおおよそ一メートル程度でちょうど胸の高さくらいが土から突き出しており、黒曜石のような色合いをしていた。
「わからないものは取り合えず試しに殴ってみましょう!」
物騒な思考に従い、足を肩幅ほどに広げて、腰を深く落とし、正拳突きを繰り出す。大河をも割り開く剛拳をまともに打ち込むもまるで砕ける様子がない。それどころ小突いた音すら聞こえない。
「何て言えばでしょうか。力が全て吸収されてしまっているような変な感触ですね……」
ぶつかった筈なのに衝撃はまるで無い。えも言えぬ感覚にラズは首をかしげた。
「魔法ならどうですかね~。『浄化』」
ラズの周囲が星空のように光輝くと、黒い塊がさらさらと砂のように崩れていき、完全に消滅する。
「お、魔法は効きましたね。光魔法で消えるということは悪いもので間違いありません! もしかして、他にもあるかもしれませんね」
何となく進展の気配が感じられ、希望を見出したラズは進路上の瘴気と魔物を消し去りながら、村の方角に向かって移動する。
充満する紫雲で視界は悪く、木に何度か激突しながら光の翼による飛行で探索を進めていく。そして数分ほど飛んだ頃、再び闇のような色合いをした謎の柱を探し当てた。
「むむ、ここには3つもありますね。それにしても、これは一体……? このような攻撃の痕跡は見た事がありません。何か珍しい魔物でも居るのでしょうか」
地面や木の一部が球状に抉り取られており、実戦経験豊富なラズですらこんな事象を起こす魔法や魔物に心当たりがなかった。
だが、今は先を急いでいるので、意識を謎の物体に戻す。
「何にせよ、まずはこの黒くて太いのを消し去りましょう。『浄化』。こっちも『浄化』。これで最後、『浄化』!」
三箇所に点在していた黒い円柱を順番に魔法で消し去っていくと、周囲に変化が訪れる。
「ふむ、流れ込んでくる瘴気が薄くなってきましたか。どうやらこの黒くて太いのが悪さをしているのは間違い無さそうですね」
ついさっきまでと比べると遠くの物が目視できるようなり、延々と流れ着いていた瘴気の量が減少し始めていた。
「これだけすぐに効果がわかるという事は『瘴気穴』が近いのかもしれません。ん~……いっそのこと一度上空から見てみますか」
瘴気の量が変化しているのであれば、未だに密度の高いままの場所を探せば問題の核心に至るかもしれない。そう推察したラズは大木よりも更に上へどんどん昇り、森全体が見渡せる高度で滞空する。
遥か遠くには村とキャンプが見え、かなり奥まで進んでいたことに気が付く。
「ん? 妙に瘴気が薄い箇所がありますね。って、まさか……」
瘴気が減る方法は魔物の生成と強化の他に魔法使いが吸収するという方法がある。瘴気は異常化した魔力であり、通常の魔力よりも取り込み易い性質を有する。そのため瘴気の中では魔力の回復が早まる現象が発生する。反対に魔力の非保有者
にとっては過剰摂取になり、猛毒となるのだが。
また、魔物は魔物の少ない場所で生み出される傾向がある。そのため、魔物を魔法で倒す事が浄化魔法を用い無い、瘴気災害対応のセオリーなのだ。つまり瘴気が薄いという事は消費に繋がる何かが発生している可能性が高い。
「あの辺りにエリさん達が居るとすれば、結構まずいですね。敵の強さを正確に把握しているエリさんが危険を省みずに進むとは思えませんが、皆さんが倒すには厳しい魔物が現れてもおかしくありません。よ~し! ぱぱっと片付けて、ささっと応援に参りましょう!」
ぐるりと見回したところで、足元に近い場所で瘴気が他所よりもはるかに濃い場所を発見する。その一箇所から周りへとゆっくりと赤紫の霧が拡散しているので間違い無い。
「ありました! とーつげきぃー!」
奇声をあげながら地上へ向けて急速降下を掛け、減速する事なく土煙を上げながら地面に着地する。そして、何事も無かったかのように空中へと戻る。
別に着地する必要は無いがその方がかっこいいとラズは思っているので、急速降下すると大抵の場合はとりあえず着地する。
再び枯れた森に戻ったラズは浄化魔法をひっきり無しに唱えながら、濃密な瘴気を無害化しつつ進む。立ちはだかるおびただしい魔物は地上にも関わらず、モンスターハウスを超越する数だ。
それらを全て鎧袖一触で跳ね飛ばす。時に拳で、時に蹴りで、時になんの変哲も無い体当たりでドロップアイテムに変えていく。この森にフルスロットルのラズを阻める者はいない。
そして、明確な外敵に抵抗するように暴れる死の霧を払いながら、遂に原因と呼べる存在を捕捉した。
「これが『瘴気穴』…… 昔の文献で想像はしていましたが、実物は中々に壮観です」
台風の目、もしくはブラックホールに近い様相だろうか。真ん中にはぽっかりとなにも無い空間がありその周りは渦巻く瘴気が囲っていた。
膨大な瘴気を生み出し続ける極めて危険な現象の核心を目の当たりにしてラズは息を呑んだ。
もし、彼女がいなければ『瘴気穴』だけは自然に消滅するのを待つしかなかった。たが、聖女が現れるまで今回のような災害は発生していない。そこに因果があるのか無いのか。残念ながらラズにはわからなかった。
「さて、早速塞いでしまいましょう。エリさんを早く温泉に帰さなくては――む、そこに居るのは誰ですか!」
視界の隅で僅かに映った怪しい影。
フード付きの真っ黒なコートを着た誰かがこちらの様子を伺っていたのをラズは見逃さなかった。しかし、直ぐに木の陰に隠れてしまう。
――こんな所にがいらっしゃる方が普通な筈がありませんよ。ここで捕らえれば、あの黒くて太い何かについて知っているかもしれませんし、逃してはなりません。
瞬間的に全速力へと至り、何者かが隠れた木の裏側に回り込んで光魔法を準備する。
「……いない!?」
が、既にそこはもぬけの殻状態。ただ葉のない裸の樹木がそこにあるだけだ。
「う~む……これは上手く出し抜かれたようですね。それにしても、突然気配が消えるなんて……」
一度察知した敵は地の果てまで追い掛ける猛追の鬼ラズマリア・オリハルクスをこうも簡単に巻くなど並大抵の事では無い。
僅かに靴で付けた足跡だけが見間違いではない証明である。
一瞬落胆したラズであったがすぐに首をぶんぶんと振って、気持ちを切り替える。
「あっ、そうでした。やる事がまだ残っているのに、ここで停滞している訳には参りません」
ラズは『瘴気穴』のすぐ近くの空中に移動して、本日何度目か分からない魔法を唱える。
「『浄化』! さあ、消えてくださいよ~」
聖なる浄化の光があたりに降り注ぎ、瘴気の源は跡形もなく消え失せていく。輝きが止むとあたりにはあたりには枯れた大地だけがそこに残る。いずれまた草木が戻ってくる事だろう。
神秘的な情景が広がるも見惚れている暇などなく、事態の終息を確認したラズは今一度に高度を上げて視界がかなりクリアになった森を抜け出す。
しかし、エリーゼ一行よりも先にある物がラズの目に飛び込んできた。
「エリさん達はどちらに……って、ええ~!? 今度は石の杭ですか。何でお空にあんな物が……あっ、とっても凄いスピードで地上に落ちていきました。……もしかして、今のはエリさんが?」
大質量の岩が着弾した地点の上をふよふよと移動して下を注視する。
落下の衝撃で舞い散った土埃が酷く、しばらく何も見え無かったが突風が吹いて一気に晴れると串刺しになったトロールをラズの双眸が捉えた。
「皆さんだけでトロールを倒したのですね…… 無謀……は言い過ぎですか。現に撃破してるわけですから無茶の方が正しいでしょうか。兎にも角にも誰も怪我をしていなければ良いのですが」
渋い顔を浮かべながら更に高度を下げて周囲を見渡すと、遂に朝別れた仲間達の姿を発見する。しかし、出発の時とは様子の違うパーティの状態にさすがのラズも動揺が走った。
「え、え、エリさんが倒れてます!? あ、ウォルター様とザック様もいません! ギル様、何があったんですか~!?」
空から急速接近して来たラズに驚いたギルバートだったが、膝から力が抜けたように地べたに座りこむ。
「安心しろ。エリーゼはただの魔力欠乏症だ。大魔法を使用した反動で伸びてるだけだから、じきに目覚める。ウォルター達はあそこにいるぞ」
「ふう、そうでしたか。って、ぎゃあー、血まみれじゃないですか、ウォルター様!?」
上半身が赤く血塗られており、一見すると重傷にしか見えない姿に思わずラズが悲鳴を上げる。
「エリーゼさんがくれたポーションで回復済みだから大丈夫だよ~」
「……お騒がせしてすみません」
自分の足で立てる状態まで回復したウォルターは深々と頭を下げると、大事には至らなかった事がわかったラズは胸を撫で下ろす。
本当は『方士』が最大出力だった事、ラズの補助魔法が掛かっていた事などいくつかの条件が重なってぎりぎり絶命を間逃れたが、それについては誰も触れない。
「ふぅ……本当にびっくりしました。ですが、みなさん無事で一安心しましたよ」
「ラズ様、こちらにいらっしゃったということは全て終わったのですか?」
8つの眼がラズへと向けられると、胸の前でダブルピースをして満面の笑みを浮かべた。
「『瘴気穴』は無事浄化しましたよ~」
「流石リアだ。国を代表して礼を言おう」
「これはわたくしの役目ですから、礼には及びませんよ~」
「いや、しかし……」
「そんな事より、早く帰ろう。僕はもう立っているのも限界だ」
ローブの下の膝がぷるぷると震え、杖でなんとか身体を支えている状態のルーカスが青い顔で提案すると全員が苦笑を浮かべて頷いた。
「じゃあ、エリさんはわたくしがおんぶしていきますね。よいしょっと」
背中にエリーゼを乗せて立ち上がり、地から足が数十センチほど離れる。一切の揺れが無い究極のおんぶにエリーゼの寝顔がよりリラックスしたものに変わる。
「……光の羽が突き刺さっているように見えるが大丈夫なのか?」
「あ、この翼は飾りですから、問題ないですよ」
まるでエリーゼの背中から『天啓』の光翼が生えているような見た目になるが、元々触れもしない謎の存在であり、特に影響は無い。
「さあ、エリさんを温泉に帰しにいきましょう!」
「そういえば、そんな事言ってたな…… 今は気持ちが分からなくもないけど」
各々笑い声を上げながら、激戦を生き残った勇士たちは帰路に着いたのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
57
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる