一から十までの距離:雨に濡れた夜~僕が未来を見つけるまで~

森崎こはん

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本編・中盤

中盤5(玖音視点)

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 「さて……どこから片付けようか……」
数間組本部の会議室と呼ばれている部屋で玖音は呟く。今まさに状況報告が終わったようで、穣岳会以外の数間組と傘下の幹部クラスが緊張した面持ちで座っていた。三国のいう『神事部』の部長はやはり穣岳会の関係者であったし、外国人というのも穣岳会に間借りしている『外来マフィア』であることが、部下の調べで判明した。

「本部に乗り込んでもいいけど、外来種もまとめて始末したいんだよね……」
椅子に座りながら、長机に脚を組んで乗せる。玖音は天井を見ながら、煙を燻らせていた。

「若。お行儀が悪いです。」
いつも高級車に玖音を乗せて運転している護衛が、玖音を注意する。

「そうだねぇ。早く結論を出さないとねぇ。」
明後日の方向の返事をする。「ふぅ」という溜め息と共にタバコを灰皿に押し付け、玖音は立ち上がる。

「穣岳を潰して、逃げ道を無くしてから、外来種潰そうかな?穣岳会の方は秘密裏に進めようか、一応は傘下だし。あそこだけ、直系じゃないけど。」
「いいね?」という玖音の掛け声と共に、会議の人々は威勢のいい返事をした。

「決行は二日後の夕方。それまでに準備しておくように。裏切り者には裁きを。調和を乱すものには鉄槌を。」
会議室から護衛と共に玖音が出ていく。

「しかし、『神事部』ってのも怪しいんだよね。やることは高校生らしいけど、裏に誰かいそうだよね。聞いてみようかな、穣岳会の誰かに。」
本部の正面玄関を抜けると玖音は軽く体を伸ばし、護衛に車を出させた。


 三国の高校の校門付近に車を停める。玖音は車から出て、校舎を眺める。

「『神事部』の部長ってふざけた奴が、ここにいるのか。後ろ楯を崩してから、折檻でもしようかな。」
頭の中でこの後の段取りを組む。穣岳会を潰してしまえば三国に用事は無くなるし、三国の地獄を構成するものが無くなる。そうすれば、最初に拾ってきた時の契約を履行したことになる。

「まあ、半分以上は運だったけど。全部くっついてたから楽だったかな。この事件を解決すれば、親父の出した条件の二つはクリアできてるでしょうよ。あとはマスターか。」
そうこう考えていると、三国が車の近くまでやって来た。当然のように拾尾が三国の後ろにいた。

「やあ、三国君と拾尾君。一緒に来たんだね。」
「コイツは目を離すと危ないですから。」
昨日まで敵対心剥き出しだった拾尾が返事をしたことに驚く。玖音の予想では三国が返事をするはずだった。

「ははっ、そうかもね。それで拾尾君がここまで付いてきてるってわけね。」
「まあ、そういうことです。」
「それはどうも。ご苦労様。」
玖音が車のドアを開けて、三国を乗せて、玖音自身も乗ろうと足を掛けると、拾尾の声がした。

「三国をよろしくお願いします。」
振り向けば、拾尾が頭を下げていた。拾尾自身の力では三国をどうすることも出来ないと悟ったのだろうか。覚悟を決めたような様子が伝わる。

「ああ、うん、了解。」
三国の地獄を無くしたら三国を日常に返すつもりだったのに、別の責任を押し付けられた気がした。


 車に乗り、運転手に自宅に向かうように告げる。三国の儚げな横顔もそろそろ見納めだと思うと、少し惜しい気もする。

「最初に会ったときよりかは元気そうで良かったよ。」
「玖音さんのお陰ですよ。僕を『神事部』から逃がしてくれたり、玖音さんのお父さんに僕の母を介護していただいたり……」
「まあ、最初に約束したからね。筋は通すよ。」
「ホントにありがとうございます。」
透き通るくらいの三国の頬を悪戯に撫でてみる。驚いた顔をしてから、真っ赤になるのが高校生らしくて愛らしい。

「たった三日間だったけど、とりあえず全部なんとかなりそうだよ。三国君のお陰だね。」
「え、それは、どうも……どういたしまして……」
三国は意外だと言いたげな顔をしていた。

「もっと時間掛かると思ってた?」
「まあ、はい……」
何か言いたげな三国をはぐらかすために、窓を見ると、予定とは違う光景だった。

「ねぇ、僕の家へ向かえって言ったよね?」
玖音は運転席に乗り出す。下手にハンドルを奪えば、車内の全員が危険に晒される。

「若。これは親父からの命令です。」
「そう?親父から僕の指示を聞くように言われてない?」
オロオロする三国をよそに、玖音は後部座席に座り直し、運転席を睨んだ。親父の意図は何だろうか。有り得そうな事態を考える。


 三国の実家に着く。わざわざここに越させようとする意図。何かを伝えたかったか、何かを仕掛けたか。

「お前が先に降りろ。」
危険を確かめるべく、護衛を先に降車させる。護衛は「承知しました」と淡々と返事をして、降車した。それを確認すると、玖音も車のドアを開ける。

「あっはは、そういう事ね……」
ドアを開けた瞬間、独特の匂いが鼻を突く。

「え、これ……灯油の匂い?」
玖音の傍にひょこっと現れた三国が呑気な事を言う。

「いや、ガソリンね。予定が狂うじゃんか。困ったなぁ……」
玖音は三国の家をじっと見る。こんな晴れた10月の中旬にガソリンが家に撒かれたら、どうなるかくらい想像できる。山火事では済まされない。火が付けば、警察が動き、二日後に穣岳会を襲撃する事ができなくなる。

「で、親父からなんか聞いてる?」
玖音が運転手に問い掛けるが、運転手は黙ったままだった。

「さて、三国君の家が無くなりそうだね。とりあえず、中見てくるよ。」
玖音が三国の家に入ろうとすると、三国が急に玖音の腕を掴む。

「どうしたの?」
「そんな危ない所に入ったらダメです!」
これまで見たことの無いような真剣な顔で、引き留められる。

「君の家じゃん。」
玖音は不思議そうな顔をして、腕を見つめる。それでも三国は手を離さなかった。

「勘が良いんですね。」
家の中から、穣岳会の幹部の一人が出てくる。玖音の腕から三国の手がそっと離れる。玖音はその男を睨んだまま三国の前に手をかざし、制止する。

「……どちら様ですかねぇ?」
玖音が低いトーンで尋ねる。

「弟が三ノ宮 三国君にお世話になってるらしくて。ご挨拶に伺った次第ですよ。」
昨日会った『神事部』の部長の後ろ楯というやつだろうか。すぐに行動に移すあたり、相当この事件の近くまで来ている。

「そうですか、家主様には挨拶はされたのですか?」
「いいえ、ご不在だったので、家の中で待っていようと。」
こんな部落では当たり前に他人が家に入ってくるが、そういう意味ではなさそうだ。待ち伏せしていたという事だろう。

「三国君本人はここにいるので、挨拶されてはいかがでしょうか?」
言ってる言葉は丁寧だが、いかにも一触即発といった様子である。ここで一瞬でも隙を見せれば、火を付ける可能性が高い。

「でも、今、三国さんを連れているのは、数間さんですよね。少し、お話しませんか?」
「ゆっくりお話したいところですが、来客があるようで……」
足音などでとっくに気付いていたが、周りを穣岳会の構成員に囲まれている。

「お気付きでしたか、流石です。うちの親父がキャンプファイヤーをしたいと、申しておりまして。折角なので、人を集めてみました。」
玖音が舌打ちをする。こんな面倒で回りくどいやり方で、今後の予定を変えられる事が腹立たしい。折角、三国という堅気の前で怖がらせないよう、品行方正に振る舞っていたのに。

「多勢に無勢だね、こりゃ。」
埒が明かないので、こちらからタイミングを用意する。玖音が目を瞑って、盛大に溜め息を吐く。それを皮切りに周囲からゴツい男達が襲いかかってきた。

「三国はここで伏せてて。」
顔を前に向けたまま、玖音は三国を車の側に軽く突き飛ばす。三国は目を固く瞑って伏せていた。
玖音の間合いに入った者から、順番に地面に叩き付ける。起き上がってきたならば、鳩尾を蹴り飛ばす。彼らが力任せに殴ろうとするから、玖音は彼らの肘を反対方向へ折る。
何も考え無しに突撃させるから、部下が痛め付けられる。采配を取っている者の無能さを哀れに思う。

「そっちはダメだよ。」
三国を人質に取ろうとしたのか、三国の方に向かった男の頭を乗ってきた車のルーフへ全力で打ち付ける。そうすると、その男は三国の横に泡を吹いて倒れる。

「ひえっ!」
三国が悲鳴をあげる。

「あーあ、怖がらせちゃって。」
その間に間合いを詰めてきた、幹部の顔に肘を打ち付ける。脚を折るくらいなら許してもらえるだろうと、勢いに乗って太ももに回し蹴りを食らわせる。力の入らなくなった脚では立っていることができない。その男は重力に負けて地面に倒れ込む。

「なかなか、やるんやなぁ。」
何か喋りだしたので、玖音はその幹部の胸ぐらを掴み、自身の顔に近づける。

「烏合の衆ってやつかな?で、ホントに何しに来たの?」
なんの情報も持っていないとは思うが、親父が向かわせた先に居た意図を探ってみる。

「親父がこの家燃やせと。それだけしか知らん。」
「それはさっき聞いた。なんで今日なの?」
「オレは知らん。親父が今朝、急に……」
「今朝……か。はいはいどうも。」
玖音がパッと手を離すとその男は地面に落ちた。穣岳会の組長が今朝、三国の家を燃やすように指示した。つまり、先ほどの会議の内容とは関係なく、昨日の出来事が関係しているということになる。三国に肩入れしていることが伝わってしまったか、三国の家で親父の痕跡を見つけたのが不味かったか。

「三国君、大丈夫だった?ごめんね、なんか……大人のいざこざに巻き込んじゃって。」
これを「大人のいざこざ」でまとめる方のは無理があるが、いちいち説明する手間と時間が無い。

「いえ、玖音さんのお陰で無事です。玖音さんこそ、大丈夫ですか?」
堅気の高校生が経験するはずの無い喧嘩の後でも、他人の状態を心配していることに少し胸が痛くなる。

「ん、ああ、僕?スーツが汚れて悲しいかな。」
三国が安心するような返答を選ぶ。

「ああ、そうだ。くるま君。」
玖音は思い出したかのように、ずっと車の前に立っていた運転手に詰め寄る。無傷で立っていることがおかしい。

「君の所属は?」
運転手の背後から、玖音は脅すような声色で尋ねる。

「数間組。」
「で、親父は何て命令してたの?」
「若をこの家へ連れていけ、手は出すなと。」
護衛は親父の命令を第一に優先する事くらいは分かっているが、親父の意図が全くわからない。部落の火事を止めたかったのか、自分たちを巻き込みたかったのか。なぜ穣岳会の構成員はこの護衛を狙わなかったのか。

「ああ、そう。」
「では、ご自宅へ送りましょう。」
運転手が運転席へ乗り込もうとすると、玖音はその肩を掴んだ。

「予定を変更。このまま穣岳会へ乗り込む。連絡は僕がする。」
もし、『神事部』の輩がこの薬物事件の中心と繋がっていたとしたら、もう既に穣岳会は『外来マフィア』と共に戦争を仕掛けるか隠蔽するかの準備を整えているだろう。どちらだとしてもの準備が整う前にこちらから乗り込む必要がある。

「こちらの方は?」
護衛が三国をチラリと見る。

「僕の近くの方が安全だと思うよ。」
一歩間違えれば無抵抗のまま殺されていたかもしれない場所に送り込んだ人間を信用出来る訳が無い。護衛もどこまで信用出来るかはわからないが、「堅気の高校生」がいれば下手なことはできないはずだ。
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