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第七章 光が射す方角
愛すること
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歓談で盛り上がる茶会の一角で、私とセシルは不穏な話を続けています。
いつぞやのセシルが戻ってきたかのよう。妙に積極的であり、強気でもあるなんて。
「僕はそれでも貴方を選びたい。王族というのは本当に面倒なのですよ。好きな人ができても自由に選べない。気になる人がいても身分やらを気にしてしまう」
誰の話なのでしょうか。
イセリナならば身分は気にならないはず。彼女よりも高貴な女性はシャルロット殿下しかいないのですから。
「ルイ様なら堂々と紹介できる。それどころか自慢できますから。僕の妻は世界で誰よりも美しいと……」
嬉しくも感じますけれど、私は勘付いていました。
私は都合の良い代品なのだと。枢機卿という地位を得たお人形だろうと。
「エリカは悲しむかもしれませんね……」
恐らく図星を指しているはず。彼の近くで身分が問題となる女性はエリカしかいないのですから。
「どうしてエリカだと?」
「分かりますよ。予知だと言った方がいいですか? それとも女の勘だとか?」
セシルは笑っています。
ちょっとした冗談でしたけれど、雰囲気は少しばかり好転したのではないでしょうか。
「確かにルーク兄様がイセリナ様を選ばれたあと、僕はエリカにしようかとも考えていました。まあでも、やはり身分を考えると彼女にとって最善かどうか分かりません。悩んでいたところ、僕の前に現れたのがルイ様です」
「高貴な女性なら、エレオノーラ様もお相手がいらっしゃらないかと存じますけれど」
「いや、それこそ好きかどうかという気持ちです。どうせなら愛を育みたい。僕は愛したいのです。決して消去法的にお声かけしたわけではありません。僕が愛したい女性。ルイ様であれば周囲を黙らせることができるだけでなく、生涯に亘って愛を誓えると確信したからです」
何とまあセシルも大人になったものです。まさか彼が愛を語らうとか。
前世の名残があるのなら、彼はエリカを選ぶはず。ルークがイセリナを選んだように。
「私の予知によると、エリカを選んだとしても波風は起きません。セントローゼス王家は貴方様がご婚約される頃には安泰だからですわ」
私は知っている。私自身が経験したことだから。
私とルークは婚約して直ぐに子を儲けています。第一子が男の子であったことも、セシルへの圧力がなくなった理由でした。
「よくよくお考えくださいまし。セシル殿下が誰を選ぶべきなのか……」
きっと私はまた傍観者に戻れるはず。心を惑わされることなく、この生を終えられると思います。
ところが、セシルは顔を振っている。どこまでも私を追い求めるかのような台詞を口にするのでした。
「僕はルイ様を愛したい」
どうしてそうなるの?
貴方はエリカの手を取るべきだというのに、なぜ私にこだわろうとするの?
今度は私が頭を振るしかない。ルークが誰かと結ばれる近くに私は存在したくないの。
「私は嫌です……」
不敬とは分かっていても、私には断る以外の選択ができない。
百歩譲ってセシルと婚約するにしても、セントローゼス王国には留まりたくありません。
「近すぎますよ……」
不意にそんな言葉が口を衝く。
意図した台詞ではないのですが、それは紛れもない本心でした。
「近すぎる? どういう意味でしょう?」
できれば問いを返して欲しくなかった。
私は心穏やかに生きたいだけなのですから。
「セシル殿下との結婚は近すぎるのですよ。きっと私は耐えられそうにない。なぜなら、私は……」
私は本心を告げています。セシルと結ばれるべきではない理由を。
「ルーク殿下を愛しているから――」
遂に口にしてしまった。この世界線ではカルロしか知らない私の闇。
知られてしまった。好きな人との決別を自ら選んだ女であることを。
「ルーク兄様を……?」
確認には頷きを返す。もう言葉にはできそうにもありません。
涙がそこまで溢れていたのですから。
「いや、貴方様はルーク兄様が無理矢理に口づけされたことに対して激怒されたと聞いています。矛盾しておりませんか?」
もっともな話でしょう。
馬鹿げた愛の形など常人に分かるはずもありません。
私は何とか言葉を絞り出す。
セシルに納得してもらおうと。
「仕方がないことですわ。私とルーク殿下が結ばれてはならない。だからこそ、キスを言い訳にして縁を切ったのです」
「身分的な話でしょうか?」
私は返事をしない。
女神から受けた使命だなんて口にできませんでした。
「まるで意味が分かりません。ルーク兄様が好きなのでしたら妾でも良かったのでは? 失礼ながら元は子爵家です。充分な厚遇かと存じますけれど?」
セシルは何も分かっていないわ。でも、これ以上は本心を伝えられない。
だからこそ、彼が理解できるように答えるだけ。
「ならばセシル殿下は幸せでしたでしょうか?」
間違いなくこの話は不敬罪だ。彼がずっと自分を卑下し続けた原因なのだから。
セシルは視線を逸らしています。けれど、直ぐに向き直って、
「僕は不幸でしたが、貴方を手に入れられるのであれば幸せになれます」
その言葉は私の鬱屈とした気持ちに突き刺さる棘のよう。傷ついた心を更に痛めつける杭にも似た台詞でした。
私の頬を涙が伝う。もう私は感情を抑えきれない。
「殿下に何が分かるというのです! 私の気持ちが分かるはずもない! イセリナが急に婚約するなんて思いもしませんでしたわ! だからこそ、私はいち早く王国をあとにしたいのです!」
思わず声を荒らげてしまった。
茶会に参加した全員に聞かれたことでしょう。
意味合いは分からなくとも、セシルと喧嘩する私を見ていたはず。
「もう帰ります!!」
涙を拭って私は走り去る。待たせていた馬車へと飛び乗っています。
このままサルバディール皇国まで連れて行って欲しい。
私は咽び泣きながら、そんなことを考えていました。
いつぞやのセシルが戻ってきたかのよう。妙に積極的であり、強気でもあるなんて。
「僕はそれでも貴方を選びたい。王族というのは本当に面倒なのですよ。好きな人ができても自由に選べない。気になる人がいても身分やらを気にしてしまう」
誰の話なのでしょうか。
イセリナならば身分は気にならないはず。彼女よりも高貴な女性はシャルロット殿下しかいないのですから。
「ルイ様なら堂々と紹介できる。それどころか自慢できますから。僕の妻は世界で誰よりも美しいと……」
嬉しくも感じますけれど、私は勘付いていました。
私は都合の良い代品なのだと。枢機卿という地位を得たお人形だろうと。
「エリカは悲しむかもしれませんね……」
恐らく図星を指しているはず。彼の近くで身分が問題となる女性はエリカしかいないのですから。
「どうしてエリカだと?」
「分かりますよ。予知だと言った方がいいですか? それとも女の勘だとか?」
セシルは笑っています。
ちょっとした冗談でしたけれど、雰囲気は少しばかり好転したのではないでしょうか。
「確かにルーク兄様がイセリナ様を選ばれたあと、僕はエリカにしようかとも考えていました。まあでも、やはり身分を考えると彼女にとって最善かどうか分かりません。悩んでいたところ、僕の前に現れたのがルイ様です」
「高貴な女性なら、エレオノーラ様もお相手がいらっしゃらないかと存じますけれど」
「いや、それこそ好きかどうかという気持ちです。どうせなら愛を育みたい。僕は愛したいのです。決して消去法的にお声かけしたわけではありません。僕が愛したい女性。ルイ様であれば周囲を黙らせることができるだけでなく、生涯に亘って愛を誓えると確信したからです」
何とまあセシルも大人になったものです。まさか彼が愛を語らうとか。
前世の名残があるのなら、彼はエリカを選ぶはず。ルークがイセリナを選んだように。
「私の予知によると、エリカを選んだとしても波風は起きません。セントローゼス王家は貴方様がご婚約される頃には安泰だからですわ」
私は知っている。私自身が経験したことだから。
私とルークは婚約して直ぐに子を儲けています。第一子が男の子であったことも、セシルへの圧力がなくなった理由でした。
「よくよくお考えくださいまし。セシル殿下が誰を選ぶべきなのか……」
きっと私はまた傍観者に戻れるはず。心を惑わされることなく、この生を終えられると思います。
ところが、セシルは顔を振っている。どこまでも私を追い求めるかのような台詞を口にするのでした。
「僕はルイ様を愛したい」
どうしてそうなるの?
貴方はエリカの手を取るべきだというのに、なぜ私にこだわろうとするの?
今度は私が頭を振るしかない。ルークが誰かと結ばれる近くに私は存在したくないの。
「私は嫌です……」
不敬とは分かっていても、私には断る以外の選択ができない。
百歩譲ってセシルと婚約するにしても、セントローゼス王国には留まりたくありません。
「近すぎますよ……」
不意にそんな言葉が口を衝く。
意図した台詞ではないのですが、それは紛れもない本心でした。
「近すぎる? どういう意味でしょう?」
できれば問いを返して欲しくなかった。
私は心穏やかに生きたいだけなのですから。
「セシル殿下との結婚は近すぎるのですよ。きっと私は耐えられそうにない。なぜなら、私は……」
私は本心を告げています。セシルと結ばれるべきではない理由を。
「ルーク殿下を愛しているから――」
遂に口にしてしまった。この世界線ではカルロしか知らない私の闇。
知られてしまった。好きな人との決別を自ら選んだ女であることを。
「ルーク兄様を……?」
確認には頷きを返す。もう言葉にはできそうにもありません。
涙がそこまで溢れていたのですから。
「いや、貴方様はルーク兄様が無理矢理に口づけされたことに対して激怒されたと聞いています。矛盾しておりませんか?」
もっともな話でしょう。
馬鹿げた愛の形など常人に分かるはずもありません。
私は何とか言葉を絞り出す。
セシルに納得してもらおうと。
「仕方がないことですわ。私とルーク殿下が結ばれてはならない。だからこそ、キスを言い訳にして縁を切ったのです」
「身分的な話でしょうか?」
私は返事をしない。
女神から受けた使命だなんて口にできませんでした。
「まるで意味が分かりません。ルーク兄様が好きなのでしたら妾でも良かったのでは? 失礼ながら元は子爵家です。充分な厚遇かと存じますけれど?」
セシルは何も分かっていないわ。でも、これ以上は本心を伝えられない。
だからこそ、彼が理解できるように答えるだけ。
「ならばセシル殿下は幸せでしたでしょうか?」
間違いなくこの話は不敬罪だ。彼がずっと自分を卑下し続けた原因なのだから。
セシルは視線を逸らしています。けれど、直ぐに向き直って、
「僕は不幸でしたが、貴方を手に入れられるのであれば幸せになれます」
その言葉は私の鬱屈とした気持ちに突き刺さる棘のよう。傷ついた心を更に痛めつける杭にも似た台詞でした。
私の頬を涙が伝う。もう私は感情を抑えきれない。
「殿下に何が分かるというのです! 私の気持ちが分かるはずもない! イセリナが急に婚約するなんて思いもしませんでしたわ! だからこそ、私はいち早く王国をあとにしたいのです!」
思わず声を荒らげてしまった。
茶会に参加した全員に聞かれたことでしょう。
意味合いは分からなくとも、セシルと喧嘩する私を見ていたはず。
「もう帰ります!!」
涙を拭って私は走り去る。待たせていた馬車へと飛び乗っています。
このままサルバディール皇国まで連れて行って欲しい。
私は咽び泣きながら、そんなことを考えていました。
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