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第十二章 天恵

免罪符

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「ルーク殿下はどうされるのです? ひょっとしてアナスタシア様を側室に?」

 ここでレグス団長が妙な話を始めてしまう。

 私とルークの歪な関係。再び親しい間柄になった私たちの未来を予測するような話を。

「いやお前、アナを側室になんかできるか! 火竜の聖女なんだぞ!? 王国民が支持するはずもねぇよ!」

 顔を真っ赤にしながら、ルークが返答する。

 私としては妾でも構わないのだけど、世間の評判がそれを良しとしないのかもしれません。

「けれど、アナスタシア様は子爵でしかありませんが?」

 えっと、私の目の前でする話かな?

 戸惑うことはないけれど、居心地が悪いのは事実だわ。

「俺はアナを……」

 言ってルークは口籠もる。

 当たり前のこと。公爵令嬢という立派な婚約者がいるんだもの。その先を口にできるはずもありません。

「アナスタシア様はどう思われます?」

 どうして私に振るかな?

 もう既にレグス団長が面白がっているとしか思えないね。この世界線は貴方のルートから始まっているというのに。

「私? まあ、そろそろ婚約者くらいいても良いかなとは思います」

 これくらいしか答えようがないわ。

 イセリナは親友だし、彼女は公になっている婚約者なのですから。

「こここ、婚約するのか!?」

「落ち着いて。もう十七歳なのよ? そういう話があってもおかしくないって話。髭は相応しい相手を見つけようとしてるし……」

 選ぶ権利があるのなら、一人しかいない。それは以前に語ったままよ。

 でもね、恐らくこれからも私は悪事を重ねていくでしょう。

 世界の時間を再び動かすため。貴方や友人たちが幸せになれるようにと。

「アナ、俺は出会ってから今まで……」

 再び言い淀むルーク。今はまだ言っては駄目よ。その感情は呑み込んで欲しい。

 私だって無理をしているんだもの。

 貴方の選択肢に私が並ぶそのときまで、決して立ち止まらないと決めたのよ。

「ルーク殿下、私には望む未来がございます。しかし、それは同時に成し得ない矛盾を帯びている。結果として誰かが涙するしかない未来です」

 前世においての勝者はイセリナとエリカです。

 そこにアナスタシアが割り込もうとするのだから、誰かが傷つくことになる。

「もしも、この先に私が傷つき涙していても、気にしないでください。その涙は私がこの人生を精一杯に頑張った証しだから。その世界線の私は自分を誇れるでしょう。何事もなく世界が続くのであれば、私はやり遂げたと言えるのだから……」

 もし仮に、私が絶望の淵にいたとして、それは私の努力を肯定する。

 友人のために行ったことが、実った瞬間に他ならないから。

 エリカが見初められた世界線が続いていくのなら、魔王因子に関する問題を私はクリアしたことになる。

「どうか王国のために最後の選択をしてください」

 これでいいのよ。

 アナスタシア・スカーレットの使命はプロメティア世界を停滞から救い出すこと。

 その上で友人が幸せを手にしたのなら、私は祝福できると思う。少しばかり嫉妬したとしても、北の大地には王子殿下などいない。

 心中を惑わされることなく、私は人生を終えられるはず。

「アナスタシア様……」

「レグス様もあまり焚き付けないでくださいまし。私は年齢よりも達観しております。恋に破れたとして、塞ぎ込むことなどありませんわ」

 もしも、王太子妃に立候補するのであったとしても、それは全ての問題を解決してからです。

 愛する人が治めるだろう王国から、障害となるものを全部取り除く。それが私の役目なんだわ。

「まだやることがあります。北の翁が世を乱すのなら、私は彼を排除しなければなりません……」

 悪役令嬢は前を向く。その役目に相応しい悪事にて、巨悪を倒すだけ。

 謀略の限りを尽くして、悪を成敗するのよ。

「アナ……」

 心配そうなルークに、私は笑みを返します。

 悪で染まった私の心はきっと穢れていることでしょう。

 だけど、全ては貴方のため。私が戦えるのは貴方のおかげよ。


 愛してる――私の罪に対する免罪符はそれだけでした。
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