Solomon's Gate

坂森大我

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第三章 死力を尽くして

奮闘するジュリア

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 司令室は騒然としていた。第二陣と思われる艦隊がゲートを通過してきたのだ。大艦隊に加え飛来する航宙機は有人機の比率が高い。α線上は再び敵軍に埋め尽くされていた。

「これでは補給もままならないですね……」
「中央ブロックの部隊には今しばらく我慢してもらうしかないな……。代替部隊には配置先の変更を通達しろ。E1EブロックとW1Eブロックを重点的に補充だ」

 クェンティンは悩んでいた。戦闘開始から三時間が過ぎて、推進剤の補給やエネルギーチャージ。更にはパイロットの休憩が必要な時間となっていたからだ。この時間になって大量の新手が侵攻してきたとあっては作戦の練り直しを迫られてしまう。

「中央ブロック各隊の補給状況はどうなっている? どれくらい持ちそうだ?」
「持って一時間でしょうね。疲労に加え、エリアが拡大しています。欠損機は随時補充していますが、最初から戦い続けているパイロットの疲労は蓄積しています……」

 アーチボルトの返答は色よいものではなかった。しかし、有人機を加えた大軍の相手が代替部隊に務まるはずもない。

「果たして一時間でどれほど削ってもらえるだろうか……」

 侵攻してくる艦隊への対応は順調である。問題は航宙機だ。浮遊トーチカによる砲撃や重イオン砲などではとても狙えなかった。

「司令、一時間後に戦線を下げてみては如何でしょう?」

 唐突にアーチボルトが進言する。それは意外な提案であった。だが、顔をしかめたクェンティンを見る限り、了承などされないだろう。

「貴様、本気か? とち狂ったんではないだろうな?」

「割と本気です。一時間後にトップパイロットたちが戦線を離脱しますと、必ずやカザインは戦線を押し上げるでしょう。どうせならば離脱と同時に戦線を下げ、僚機の密度を高めるのです。それは同時にα線上に圧縮されていたカザイン機の分散にも繋がります。危うい作戦ではありますが、私が考える最善の策でもあります……」

 一時的な後退は攻めの姿勢であるという。確かに結果が同じであれば試す価値はあるのかもしれない。

「分かった。ただし補給並びに休憩は三十分とする。デルタ線にまで攻め入られては押し返すのが困難だ。その内容で通達しておけ」

「致し方ありませんね。以降は敵軍の様子を見て休憩してもらうことにしましょう。一時間後の交代準備を手配して参ります」

 交代時間の変更に続き、通常一時間与えられる補給休憩が短縮されることで決定した。前回ならばとうに終結宣言が出されるような撃墜数となっていたけれど、まだ戦況は終わりが見えない。際限なく続きそうな予感さえクェンティンは覚えていた。




 担当エリアが拡大したミハルとジュリア。息つく暇もなく二人は飛び回っていたけれど、徐々に戦線を押し込まれ始めていた。

「広すぎる……」

 やはり問題となるのは任されたエリアの広さ。敵機の密度が異様に高まったせいもあり、戦線を下げざるを得ない。

「ジュリア! 狙いを付けて欲しい!」
 突然、ミハルがそんな指示をする。ジュリアの役目はミハルの照射ラグを補うこと。よってそれは優先されるべきことではなかった。

「俺が!? 本気で言ってるのか!?」
「できるの!? できないの!? どっちよっ!?」

 急かすミハル。こんな今も全開機動を続けている。最初に語った通り、彼女は一機たりとも抜かれたくないようだ。

「できないって……言えないんだろ……?」
「分かってんじゃん。よろしくね……。せめて三回に一回は撃墜して欲しい」

 撃墜率三割は非常に高いハードルだった。後衛機は進入ラインを決められないし、前衛機のトレースも続けなければならない。制約が多い中で適切な一撃を放つのは生半可な技術ではなかった。

「いくよっ!!」
 仕切り直しとばかりにミハルが大声を張る。後方に逃した敵機を撃墜し、直ぐさま反転。次なる標的にミハルは照準を合わせていた。

「CSC870シュート! ジュリアはW方向に!」
「DAK328……」

 指示通りの機体を狙うもジュリアの一撃は敢えなく外れてしまう。ちゃんと狙ったつもりだが、角度のない攻撃は虚しく空を割いた。

「気にしない! DAK328シュート!」
 ミハルのフォローがあって事なきを得る。支援機はジュリアであるはずなのに、立場が逆転してしまったかのようだ。

「すまん……」
「ジュリア、カザインに負けちゃ駄目よ! この宙域は絶対に渡せないの!」

 鼓舞するようなミハルの声。年下の新人パイロットに気を遣わせるだなんて情けないことこの上ない。ジュリアは唇を噛んでいた。

「この宙域の支配者が誰かを分からせてやるのよっ!」
 続くミハルの台詞はアイリスを彷彿とさせた。まるで姉がそこにいるような気さえする。偉そうな口ぶりも、言動の全てを打ち消すような圧巻のフライトまで。

 どうにもおかしくなり、切迫した状況下であるのにジュリアは笑い声を漏らした。

「ははは、とんだ女王様だな?」
「そこはプリンセスってことで!」

 気の利いた返しが笑みを大きくした。余計な力が抜けていく。姫君を守る騎士であるかのように、ジュリアはあるべき姿を想像していた。

「次は撃ち抜く!」
「任せたわよ! CSE900チェック!」

 次なる標的がミハルに撃墜された。ジュリアは機体を大きく動かし、しばしトレースを外す。

「こんな緊張いつ以来だ……?」
 敵機は有人機の三機編隊。ジュリアは二機目の機体へと相対した。今度は絶対に外せない。静かに照準を覗き込み、かけられた期待に応えるべくジュリアはトリガーを引く。

「撃ち抜けぇぇぇえええっ!!」

 張り詰めた重苦しい緊張の中、ジュリアは撃ち放った。一瞬の間が永遠にも感じる。鼓動の高鳴りは、放射されたビーム砲の行方を確認するまで続くのだろう。

「ナイスシュート!!」
 極度のプレッシャーから解き放たれたのはミハルの声によってだった。ジュリアは狙い通りに二機目を撃ち抜いている。これで役目は果たしたはず。けれど、まだ彼の胸は必要以上に脈打つままだ。昂ぶっていく精神が落ち着くことを許さなかった。

「CSC869シュートォォ!」
 ミハルの照射ラグをジュリアがカバーし、またジュリアの照射ラグをミハルが補う。この連鎖攻撃によって有人機の三機編隊をたった一度の接触で殲滅してしまう。先ほどまでならば最大三度の差し向かいが必要となったはず。ジュリアの撃墜はただ一機を撃ち落としたことよりも遥かに大きな意味を持った。

「よし! これよこれ!」
「ありがとう……。ミハル……」

 ジュリアの謝辞は照射ラグを補ってくれたからではない。それは自然と口をついた感謝の言葉だ。ジュリアの撃墜率を知るミハルが攻撃を任せてくれたこと。もう機会はないだろうと諦めていた撃墜を期待されたことだ。

「次行くよ!」
「了解!」

 ジュリアは流れに従い軽く答えただけ。了解と言えど、あらゆる事象に対して許可したわけではない。だが、ジュリアがトレースするミハルの機体は想定外の一団に取り付こうとしている。

「ミハル!? お前、その先には二十機以上いるぞ!?」
 彼女が見逃しているとは思えない。しかし、明らかにミハルの進路は小隊単位の一団へと向かっていた。

「黙って! 集中してんだから……。一度の交戦で半数にするわよ!」
 ミハルは敵機の数を知った上で突っ込んでいた。確かにヒット&アウェイでは彼女の掲げる目標に反する。絶対に抜かれたくないと話す彼女は言葉通りの機動を繰り出していた。

「マジかよ……」
 どうやらジュリアの緊張は解かれる暇がないらしい。一度上手くいっただけで、応用編を強いられてしまう。

「ジュリア、始めるわよ!」
 有無を言わせず取り付いたミハル。結論を得られたのか機動に迷いがない。

「クソッ! やるしかねぇっ!」
 何を言ってもミハルが機動を変えるはずはない。強制的に腹を括った。支援機である彼は機動の主導権を握っていないのだ。

「撃てぇぇぇっ!」
 ミハルの号令で攻撃が始まった。事も無げに撃墜するミハル。ジュリアは続くこの一射だけは外せないと思う。連続して撃墜してこその特攻である。ミハルの算段を台無しにしてはならない。

「当たってくれぇぇっ!」
 神に祈る思いで撃ち放つ。射撃に関しては訓練生時代からずっと不得手と考えていた。しかし、ジュリアの一撃は敵機を貫く。心にのしかかる重圧に打ち勝ったのだ。

「次、いくよ!」
 一機落としたからといって解放はされない。渦を巻くように取り付いたミハルは尚もジュリアの撃墜を急かす。またしても彼女は正確に撃ち抜いてジュリアに順番を回していた。

「ロシアンルーレットかよ!? 俺の撃墜率を知らねぇのか!?」
 心臓が激しく鼓動していた。一射として外せないのだ。自身が外すことでミハルが落胆するなんて神が許しても自分が許さない。

「お前は俺を信用しすぎだっ!」
 二射目も撃墜。ジュリアの集中力はかつてないほどに高まっている。まるで前衛を任されたかのよう。決して後衛機が覚える緊張ではなかった。

「ジュリアはCSB560!」
 的確な指示まで飛ばす前衛機。ジュリアは嘆息している。

 二十機以上もの一団に突っ込んでいく度胸。加えて過剰にも思える信頼。ジュリアが外すなんて想定はミハルになかった。仮にジュリアがミスをすれば彼女の思惑など簡単に破綻してしまうというのに。

「うるせぇぇよっ! CSB560シュート!」
 過去にはない交戦となっていた。ジュリアは余計な思考をする時間すら与えられていない。順番が回ってくれば敵機を撃墜するだけ。ミハルに撃墜する番を代わるためだけに機動を続けていた。

「よし! 一旦、間合いを取るわよ!」
 連続して撃墜すること六回。ジュリアは少しの休息を与えられた。敵機の一団は半数以上が宇宙の塵となっている。それは確実に順番を回してくるミハルに付き合った結果だった。

「この後は少し余裕ができるはずよ!」
 一体どれ程のパイロットが彼女と同じように飛べるのだろう。

 ふとジュリアは考えていた。もしも姉が前を飛んでいたならば、今の交戦は半数以下の撃墜に終わったはず。自身は結果を求められることなく、ただアイリスが撃墜できるだけを撃ち抜いただろうと。

「鬼軍曹、次の接触で殲滅するんだな?」
「分かってんじゃん! でも私は鬼じゃない!」

 余裕なんて少しもなかったはずなのに、ジュリアは笑みを零す。人類の未来がかかった一戦に彼は一定の手応えを掴んでいた。

 ジュリアはノルマを維持し続ける。ミハルの期待に応えるように、敵機を撃墜していく。それはまるで今までの帳尻を合わすかのように。

『マークが落ちた! コリン、上がってきてくれ!』
 通信状態を切り替えていなかったのか、ベイルの通信が全機に流れた。

 不意に届いたその訃報にレーダーを確認する。担当エリアに集中していたミハルは気付けなかった。知らぬ間に五機が失われていたこと。隊の現存機は二十だ。補充が入っていないところを見ると、第二陣以降に撃墜されたらしい。

「ジュリア! ここが踏ん張りどころよ!」
「問題ない! 行くぞ!」

 二人に動揺はなかった。それよりも自分たちのフライトを続ける。次から次へと湧き出す敵航宙機に集中を切らす暇さえない。

 過去に覚えがないほどの敵機をジュリアは撃墜している。ミハルもまた未経験の領域。セントラル基地では決して出会わない数を撃ち抜いていた……。
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